世界の引金
「今までありがとう、彩羽」
 崩壊してゆく世界で、王は少女の前に優しい顔で跪いた。
「玄界(ミデン)からお前を連れ去り、お前から安息を奪った私たちを許せとは言わない。だが、彩羽。私たちがお前に会えたことは何にも代えがたい大切な財産だ。だからお前は、私たちと共に逝くなんてバカな事は言わないでくれよ」
 少女は言葉を発することが出来なかった。溢れ出てくる涙が、嗚咽が、彼女に別れの言葉すら言わせてはくれなかった。ただ、泣き叫ぶことでしか、感情を伝えることは出来ない。
「王……、そろそろ限界です」
「あぁ……」
 側近の騎士が歩み出てきた。国の終わりは近い。王の後ろには幾万人もの傷ついた仲間たち。王が少女へ手をかざせば彼女の後ろには黒い穴、玄界へと続く門(ゲート)が繋がる。
「最期にお前を玄界へ帰してやれそうで良かった」
 皆が優しい表情で微笑む。気の合う者も、お互いを敵視していた者も、高め合ったライバルも、お世話になったトリガー職人も、パン屋さんも、国王もお妃様も姫も王子も先生も、みんな。
 少女は思い切りかぶりを振る。彼女だって、十数年離れて暮らした世界よりも、この世界で仲間と過ごした生活は、かけがえのない存在なのだ。王が自分の事を代えがたい財産と言ってくれたように、少女だって、この世界の人たちを愛しているのだ。なのに……、一緒に、とは言ってくれない。
「私、だっで……ッ!!」
 振り絞った声は濁音だらけで、聞き取りやすいものとは言えなかったが、王は少し驚いたようだった。
「お前にこれを託すのは迷っていたんだが……」
 王は少女の肩にそっと手を掛け、何かを決めたように優しく語り掛ける。
「彩羽、最期の願いをひとつ、聞いてくれるかい?これは、私たちのわがままでもあるのだが……」
 少女は、当たり前だと言うように力強く頷く。
「今からお前に渡すものは私たちであり、この国そのものでもある。お前が苦しい時も嬉しい時もずっとそばにいる。力が欲しい時は私たちがお前の力になる。だからお前は、何も悲しむことは無い。我らはお前と共に生きよう」
 王は後ずさり、祈るように目を閉じる。後ろの全員は、王へ力を乗せるように手をかざしていく。次第に集団は輝く光となり、力尽きた者から塵となって風に攫われてゆく。
「おう、さま……」
 王の手の中に形作られた首飾りのようなそれを国王は彩羽の首に付ける。
「これは“黒(ブラック)トリガー”という。今まで使ってきたトリガーとは比較にならないほど強力なものだ。だから、これを狙ってお前を殺そうとする者も出てくるだろう。だから、二つ、約束をしてほしい」
 少し心配げな表情で王は少女を見つめる。
「今まで充分戦ってくれたから、平和に暮らしてほしい。これは、私たちが叶える事の出来なかった悲願でもある。だから、あまり見つかるのは好ましくないなぁ。あと、お前のしそうな復讐だが、出来れば忘れて暮らしてくれ。止めはしないし、復讐したら憂いは晴れるかも知れないが、何も残りはしない。悲しませる俺たちが言うのもあれだが、虚無に包まれるお前を見たくはないんだ」
 約束できない、そんな約束なんかできないッ!心で叫んでも、涙しかでてこない。
「でも、決めるのはお前だ、彩羽。大丈夫、また会えるさ」
 光がすべて黒トリガーに吸い込まれた。皆が塵となって消えていく中、最後に少女を力強く、けれど優しく抱きしめて、王も風に舞い、跡形もなくなってしまった。
 少女は一人泣きじゃくっていたが、不意に聞こえてきたトリオン兵の音に門の存在を思い出す。まだ、敵は近くにいる。
(折角、国王が開けてくれた玄界への門、無駄にしたらみんなに怒られちゃう。それに、今あいつらと戦っても私に勝ち目は、ない)
 門をくぐる間際、一度世界を振り返った。
「さよなら」
 呟くと再び涙が溢れだしてきた。私の愛した、花と泉の新緑の国……。今はもう、見る影すらない。目をこすり、顔を上げる。行こう。ぼやけていた焦点を定めた、瞬間だった。
 光線が一直線に、文字通り光の速さで彩羽目掛けて飛んできた。咄嗟に自分のトリガーで受け止めるも、あまりの威力にトリガーは砕け散り、彩羽は門の向こうへと吹っ飛ばされる。
(……王様、油断していました。そちらに行くのが、予定より早くなるかもしれません……)
 そして、彩羽の意識は暗転した。



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