中庭へと向かう。そこにはいつものアイツはいなくて、俺はひとつ息を吐いた。
中心に置かれたベンチに腰を掛ける。

やはり、ここは良い場所だ。静かで、学園にいるはずなのに、世界でひとりになった気がする。そんなことないのに。というか、誰も俺のことを一人にしてくれないんだ、まったく。どんなにみんなから逃げても誰かしら追ってきて俺の腕を引っ張って、あのうるさい空間へと連れ出すんだ。

「…余計なお世話なんだよ、」

一人言(ご)ちる。自然と上がった口角を手で抑えた。

「何が余計なお世話だって?」

気配もなく後ろから話しかけられ、思わず警戒する。しかし、その声の主がすぐにわかり、呆れた顔でゆっくりと後ろを振り返った。

「…セツカ、いたのか」
「なんだ、いちゃ悪いのか?」

座っていいか、と尋ねることもなく俺の隣に座ってきたセツカにあの暴君を思い出す。

「お前、笑い方兄貴に似てきたな」
「はっ…?」

軽く発せられたセツカの言葉が衝撃的過ぎて思わずフリーズする。なんだって…?俺の笑い方が、あの暴君に似ている…?
なんの冗談だ。やめてほしい。

「いや心底面白そうに笑う感じが」
「…やめろ、それ以上何も言うな傷つく」

心底落ち込んだように項垂れると、喉から漏れるようにして笑うセツカの声が落ちてくる。

「……セツカ、お前今度の演習でボコボコにしてやるよ、俺んとこの副が」
「はあ?やるならお前と戦いてえなあ」
「絶対嫌だね、お前と一対一なんて勝てる気がしない」
「そうでもないと思うけどな」
「あ…?お世辞はやめろ、殺すぞ」
「おー怖い怖い」

ハンズアップしてへらへらと笑って見せるセツカは、その兄には少し異なって優し気な顔をしている。なんだか無性に腹が立って足を思い切り踏んづける。セツカは痛がるフリをして見せ、ごめんってなんて言って俺の頬を触っている。

「ところで、お前あの腹黒と付き合ってんの?」

『腹黒』という単語に思わず眉間に皺が寄る。現在俺を悩ませる筆頭がその男だからである。あの胡散臭い副会長が腹黒であるという共通認識であるというのは大変喜ばしいことだ。
「んな訳ねえだろ、つーか俺はそもそもヘテロだっつうの」

頬を撫でる右手をはたくと「いって」という声を上げ眉毛を八の字にするセツカ。やめろ、お前みたいなデカい男がやっても何一つかわいくない。

「ほぅ…?本当に?」

腰と背中に手を回されてそのまま優しく押し倒される。抱いたままの体勢のため、セツカとの距離が近い。

「おっま、本当にこういうのは…!」
「こういうのってどういうのだよ」

はあ?何言ってんだコイツ。

「だから…こういう恋人にやるような…」
「じゃあなに?あの性格の悪い腹黒にこういうこといつもされてんの?」
「ばっ!されてるわけねえだろうが…!」

猜疑心の籠った瞳に見つめられ、なんだか自分が悪いことをしてしまったような嫌な感覚に陥る。良く考えろ、俺は何もしてないだろうが。

「別に!セツカには関係ないだろう!」

そう言ってセツカの厚い胸をぐっと押すとすんなりとどいた。セツカの下から必死に這い出て、距離を取る。

「関係ない、ね…」
「…なんだよ、お前。どうした?」

少し思いつめたような表情ばかり見せるセツカに、らしくないと若干の心配が頭をよぎる。うつむいた彼の顔を覗き込んだ瞬間、唇にかさついた柔らかい感触が…

中庭に鈍い音が、ひとつ。

「っ〜〜〜!いってえ…!」
「俺の唇は安くねえんだよ、謝れ。俺の唇に」

どんなに唇を拭っても、怒りまでは拭えなかった。

セツカが爆笑しているその場を、地を鳴らすそうにして出ていく。
なんだ、アイツ。
なんだアイツ、キスしやがった…!

だから、俺はホモじゃねえってば…!!

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