「あのフォレストという男は失敗しはりましたね」
「左様でございます」

闇に包まれた一室で灯籠に照らされ影に映るの二つの影が揺れる。
美しく黒の着物に身を包んだ女性の影がうっそりと微笑んだ。

「あのメレフとかいう犬はどないしたんどすか」
「どうやら呪いを完成すべく今は何処かに息を潜んでいるようです」
「ククッ…愚かな男…まあいい。アレが完成すれば此方には大きな利益になるやんな、アレの好きにさせてやりなさい」
「御意」

ひとつの写真をうっとりと眺め、それはそれは愛おしいものを見つめるように真っ赤な紅で塗られた爪でなぞった。

「嗚呼…何時になったら彼奴はこの手に堕ちてきてくれるん…?ずうっと待っているって言うんに…」
「猩々緋様…しばしお待ちしを。私めが必ず連れてきてみせますゆえ」

その写真に映った男は、黒を纏う平凡な少年だった。確実に隠し撮りとわかる角度からの写真には学生服に身を包んだ彼が学友と微笑んでいるところが抜き取られている。

待っているよ…オレの愛おしい黒

美しい瞳の奥に映った黒は、何物も染め尽くす深い深い黒だった。



「はあ…あんのクソ副会長おお…まじ殴りてえ…」
誰もいない会議室。そこは先ほどまで副会長親衛隊の集会場として使用していた場所だ。一年の自分を睨む先輩隊員たちの目つきには動じることはないが、それでもやはり胃にくるものがある。この大所帯を俺が上手くまとめなければ友人の身が危ないのだ。

自分の友人のことをまるでサンドバックのように扱うあの腹黒に腹が立って仕方がない。
シキは親衛隊の制裁に平然としているが、あの肝の座った性格には恐れ入る。第七師団三番隊の隊長というだけあって心臓に毛でも生えているのかもしれない。

それでもどこか危なっかしい友人を助けたいと思っているのだ。
きっと王家の末端の末端にいる俺がシノやクロエのように力を貸すことはできない。逆に俺がシキに守られて終わりだ。

俺ができることは、この権力を物にすること。この無駄に回る頭を使うこと。ずる賢いとも言うが、どれだけ俺にできることが少なくても自分のやれることをやるんだ。

シキの身を煩わせないように。

しかし、あのクソ副会長のせいで普段も荒れてる学園がさらに荒れている。

煽られるようにして、親衛隊の動きも活発になり制裁が頻発している。
もともと穏健派のところは今のところなにも動きがないようだが、今回新聞部が一面にした記事のせいで会長のところと一緒に自分たちの親衛隊が大荒れだ。

今回は、表向きは今後の活動方針。実際のところは不満を持つ隊員たちを集めて制裁をするかするまいか、というところだろうか。

俺がこの親衛隊の隊長になって約半年。俺についてくれる隊員集めに奔走した。それが功を奏したのか、今回制裁するべき、と声を上げたのは古株の隊員半分。
今回のところはどうにか丸め込み、「副会長親衛隊は制裁はしない」という結果まで持って行った。

ただ親衛隊としては制裁をしないというだけであって、きっと奴等は個々に動くことが目に見えている。細々としたやつらの動きをよく見ていなければならない。気を抜いてはならない。

ぐったりとしていると、会議室の扉が開く音が聞こえた。

急いで上半身を上げて、普段の自分を作る。
「すみません、今出ま…」
入口の方に視線を向けると、そこにいたのはあのクソ副会長が驚いたような目でこちらを向いていた。

「副会長様…」
「……なんだ、君か。こんなところで一体なにをしているんだい?」

話しかけてくるとは思わなかった。無視されるかと思ったのに。

「いえ…集会が終わったばかりでしたので、資料のまとめを…」

そう言うと、口元を意地悪く上げ端正な顔を歪ませた。

「フッどうだか。ここでいかがわしいことでもしていたんじゃないの?」

な、んだそれ…俺、一応アンタの親衛隊なんですけど…
「……僕は貴方様の親衛隊ですので、そのようなことは」
「ふうん?まあ俺にはどっちでもいいけど」

そう言って部屋にどんどん入ってくる男に、戸惑いしか生まれない。いや、俺が嫌いならどっか行けよまじで。俺だって別に嬉しくねえわ、お前なんかと二人きりなんて。

この部屋を使いたいのか?一人で?…いや、こいつの思考回路なんて考えても俺にはわからにのだから、さっさとこの場から離れよう。
椅子から立ち上がり、副会長の隣を通って会議室から出ていこうとした。

「…あの、離していただけませんか」
腕を掴まれ、そこから離れることができない。

いや、本当にこの人何がしたいんだ。

「君、男なら誰でもいいんでしょ?ビッチのノア君」

はあ?と毒づきたくなるのをなんとか抑える。

「…なんのことでしょうか、僕は多人数と関係を持ったことはありませんし、ましてや男なら誰もいいなんて思ったこともありません」
誰だ、そんな噂を流しているのは…本当にやめてほしい。
「それも清純のフリするための嘘なんじゃないの?」

いい加減にしろ!そう言って叫びたがったが、口を開いた瞬間柔らかい何かが俺の口を塞いだ。

「ン”ッ…」

ああ、やめろ。気持ち悪い。

「…いっ…た…」
口の中に広がる鉄の味に吐き気がする。副会長は赤い舌を出して「痛いなあ、もう」なんて軽い調子で言っている。

目の前の男が得体のしれない何かにしか見えなくて、クソを着き飛ばして廊下を猛ダッシュする。

…クソ、次会ったら股間を思い切り蹴とばしてやる。



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