窓の外を見ていると、段々と人気の無い道に入っていく車に「あれ…?」と思わず声が出た。運転している園崎さんに、恐る恐る話しかける。
「園崎さ…ほんとにこっちで合ってますか…?」

 ブレーキがかけられ、停車した。
「ちょっとつまみ食いくらいは許されるかなと思ったんですが…随分と警戒心のない子犬ですねえ」
突然シートが倒されて、背凭れに身を預けていた俺は当然後ろに倒れた。運転席から覆いかぶさってきた園崎さんが、どうやらシートを倒したらしい。
 デジャヴすぎる。己の警戒心の無さを今更悔いても遅いのかもしれない。

「そそそそそ園崎さん…!? これは冗談ですよ、ね…?」
「事務所に戻ったら所長に殺されてしまうかもしれませんね?」

 じゃあやめてくれ…!俺はまだ命が惜しい!
 そう思っても園崎さんは止まらない。折角昨日買ってもらったばかりのワイシャツのボタンが音を立ててブチブチと飛んでいく。せめて普通に脱がせてくれ…

「いいですね、ちゃんと筋肉がついている。健康的な身体だ」
謎に褒められたので「ありがとうございます…?」と語尾に疑問符がついたが礼を述べる。園崎さんはそれがおかしかったのか、軽く笑って冷たい指で腹の筋肉をなぞった。
 冷たくてくすぐったくて思わず身を捩る。
「なにか部活とかやってるんですか?」
「い、え…なにもしてないです…」

 へえ、すごいですねえ、と本当に思っているのかわからないトーンで話す園崎さんにどういう感情なんだそれは!と言ってやりたくなる。
 しかし、何度も言うが相手はスキンヘッドの鋭い目のヤクザだ。なまじ顔が良いだけに、余計に凄みを増している。どんなに口調が丁寧でも、他人の服を脱がせるのにボタンを引っ張って脱がせるような人間だぞ…?ここで下手に抵抗したら命が危ない。絶対危ない。それにここは人気の無い通りだ。助けは望めない。そもそもこの巨漢に抵抗したとしても意味が無い気がする。
 どうして自分はこんなにも弱いのか、警戒心も無く簡単に人を信じてしまう。不甲斐なくて、思わず泣いてしまいそうになる。最近は涙腺がゆるゆるだ。クソ。

「園崎さ、やめてくださ…」
嫌だ、という意思表示はしなければと震える声で訴えた瞬間、園崎さんの動きがピタリと止まった。
 お…?なんだ…?素直に言えばやめてくれる人なのか…?
 そう思った自分がアホだった。フーーッと深く深く息を肺の底から吐き出した園崎さはん先程よりもギラギラした目でこちらを見ている。まるで、獲物を捉えた獣だ。

「……俊平君…それは煽ってるのかな…?」
「エッ!? 違いますけど!? 俺は本気で嫌で…!」
「ノンケって怖いなあ」

 アーッやめてください!腹を弄るのはやめてください!
 誰か助けてくれ…!
 
 園崎さんの方からジワジワと圧を感じる。攻撃的なオーラのようなものが俺を圧倒して、恐怖心すら感じる。これが自分よりも強いDomのGlare。
「あ、君Domなんだね」
園崎さんはカタカタと震える俺に気が付いたのか、スッとGlareを引っ込めた。その瞬間首を絞めるような苦しさが一気に楽になる。

 その瞬間、俺のものではない携帯が鳴った。つまり、園崎さんのもので。
 今度こそ動きを止めた園崎さんは俺から身を引いて、運転席に戻った。
「時間切れですね、所長からです」
普通に電話に出た園崎さんに、俺は安堵する。良かった、助かった…
「え? なにもしてませんよ、まだ」

 『まだ』ってなんだよ!まだって!充分色々しただろ!俺のワイシャツが被害にあったわ!少しまだ肌寒い季節に前が開いているのは寒い。使い物にならなくなったワイシャツを両手で握りしめ、前を隠した。

「はい、今から向かいます。そんなこと言わないでくださいよ。はい、それでは」
電話を切った園崎さんがこちらを向く。思わず、ビクッと肩が上がってしまった。園崎さんはその怖い顔で少し微笑んで「あとで殺すって言われました」と言った。

 いや、笑いごとじゃないでしょ…


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