「やあ、俊平くん。昨日ぶりだね」
もう二度と見たくなかった顔に、俺は笑顔を引き攣らせるしかなかった。やあ、とか何とか言って軽く片手を振って見せる男は昨日のスーツから一転、ラフな格好に、明らかに高級な車の前でスタイリッシュに立っている。
 モデルかなにかかと思った。高校生の俺でも知っているシトロエンC3、丸みを帯びたフォルムがかわいらしく、黒というのがこの男らしかった。

 ここは俺の通う学校の前で、しかも下校中。周囲には同じ学校の奴等が興味津々でこちらを見ているのがわかる。
 そのせいで、俺はその場で発狂することも、目の前のただの美形にしか見えないヤクザを殴ることもできなかった。

 園長の仕事場で、男に脅され魂を売ったに近い行為をさせられた。制服はなんとか綺麗にでき、顔が摩擦でなくなってしまうのではないかというほど洗い、歯を溶かす勢いで口をゆすいだ。
 俺の記憶史上、最大級に最悪な事件だ。しかしあれで終わりだと思っていた俺がアホだった。いや、俺はアホではない。相手が狂っているのだ。

 普通被害者の学校の前で、高級車乗りつけて待ってるか…?
 あの初対面で浴びた威圧感がなければ、ただの優男にしか見えない山蛇は通りすがっていく女子たちにきゃあきゃあ言われている。
 クソ、お前らもコイツに鬼畜なあんなことやこんなことされてから、きゃあきゃあ言いやがれ。

「なにしにきたんスか、というか誰ですかアンタ」
言いながら最初から知らない人のフリして素通りすれば良かったと後悔した。いや、スルーしたところで意味ない気がするんだよなこの人。地の果てまで追いかけてきそう。
「デートしようよ」
「嫌です、俺テストあるんで」
笑みを浮かべているが、俺はわかっている。この人のこれは笑っていない。表情を一切変えないから、余計に不気味だ。
「じゃあ俺の事務所おいでよ、勉強できるよ」
「自分の部屋でやるからいいです」

 こうしている間に周りに人が集まっていることに気が付いた。このままだと変な噂を立てられかねない。クソ、ほんとこの人どっか行ってくんないかな…

「一緒に来てくれるよね?」
「……はい」

 ごり押しの笑顔に俺は折れるしかなかった。



 山蛇に連れてこられてきたのは、いたって普通の事務所だった。後部座席に座ろうとしたら、無理矢理助手席に座らされたのだが、男が運転する隣で山にでも連れていかれるのではないかと始終ビクビクしていた。外車のように運転座席は左側ではなく、右側だった。

 都心から少し離れているものの、栄えた街だった。ビルの一角に『ヤマダ法律事務所』と書かれている。

「法律事務所…? 詐欺…?」
「どうだろうね?」

 ええ…怖いんですけど…全ての質問に答えない山蛇にそろそろ腹が立ってきた。いや、知らない方が吉ということもあるかもしれない。この人、ホントわっかんね〜という顔をすると、山蛇はふふ、とまた笑った。
 事務所は平日だというのに誰もいないようで、山蛇は鍵を開けて部屋に入っていく。特に変哲もない場所だ。奥の方に個室があり、手前には応接間が広がっている。

「それで俺は何すればいいんですか? お仕事のお手伝いですか?」
「うーん、仕事の手伝いもしてほしいけど、高校生の君にはちょっと難しいかな」

 すみませんね、ガキで!!と声に出して言い返したくなるが、逆にこの男を喜ばせてしまいそうなのでググッと我慢をする。自分、偉い。

「それよりも」
事務所の固そうなソファに腰を掛けた山蛇が、ちょいちょいと指で俺を呼ぶ。近くに来い、ということだろうか。
 俺は疑いもせず、山蛇に近づいた。その瞬間、視点が反転し、この悪い大人の言うことに従った自分を恨んだ。

「なんでも、してくれるんだよね?」
昨日軽率なことを言った自分にも、恨みを込めることになるとは思わなかった。


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