この人がヤクザだとしたら、目の前の相手は何を目的にここにいるんだ。園長は山蛇相手に怯えることもなく、普通に話をしていた。
「どうしたの?俊平くん」
実に楽しそうにして笑う山蛇に対して、恐怖とそして怒りが湧いてくる。その高そうなスーツも、その懐に隠された黒光りするソレも、異様なまでな威圧感もすべて職業がそうさせているのだとしたら、納得がいく。
「もしかして、警戒させちゃったかな」
山蛇は、その端正な顔を少し曇らせているが、それすらも相手の演技にしか見えない。俺はもう相手の全てを警戒し、疑心暗鬼に陥っていた。

「ねえ俊平君」
「わ、ッ」
いつの間にか俺の隣に座っている山蛇。先程よりも距離がグッと近くなる。俺の右肩と、山蛇の左肩が触れるほど、近かった。

 山蛇の唇が、俺の耳に触れた。

「俺がここになにをしにきたのか、気にならない?」
「なにって…」
「聡明な君ならわかるだろう?こんな危ないものを持ってる俺が、わざわざ児童養護施設に来ている意味がさ」

 俺の横腹付近に山蛇がもつソレが当たっている。この男のことだから、俺をこの場で殺そうと思えば殺せるのだろうし、今やすらぎ園にいるチビたちを殺して、園長を殺して、ここを血の海にすることができるのだろう。

「何が目的だ?」
自分の恐怖心を無理矢理押し込めて、山蛇を睨め付ける。蛇のような目が三日月のように細くなり、それは笑っているように見えた。「さあ?」といかにも答える気のない男の様子に、頭の中は「どうすればいい」と言う言葉がぐるぐると回っている。
「そうだよ、君の想像する「最悪」は起こるかもしれないし、起きないかもしれない。でもゼロじゃないんだ。俺がここにいる限りはね」

 やすらぎ園が血に染まる未来、チビたちが裏社会の人間どもに連れていかれる未来、やすらぎ園が裏社会の人間の所有物となり、チビたちの将来が危ぶまれるかもしれない。
 最悪な可能性が枝分かれになっていくつもの最悪な未来を俺に見せる。吐いてしまいそうだった。

「そのいくつもの最悪な未来をどうやって回避しようか、ねえ俊平くん?」

 目が笑っていないなんてものではない。笑っているように見えるその表情の奥、黒に吸い込まれてしまいそうだった。人はピンチになっても色んなことを考えてしまうらしい。山蛇の白い肌はまるで陶器のようで、綺麗だと思った。
 どうやって回避する、なんて俺にわかるわけがない。そもそもこの目の前の男が望むモノがわからないのに。

 自然と俺の腰はソファから浮いて、膝を床につけていた。
 爪先から、膝も、腰も、肘も、指先も全てが震えている。ゆっくりと頭を床にこすりつけ、口を開いた。

「お願いします…この園に、手を出さないで…」

 山蛇からの応答はない。俺にはわからなかった。ある程度思考回路がわかる人間ならば、相手の要求するものがわかったかもしれない。金か、働き手か、それ相応の答えがわかったと思う。でも、この男が何を考えているかなんて俺にはわからないのだ。
 一般人の俺と山蛇の思考回路は一生相容れることなく、平行線のまま辿るであろう。それも、片方は今日、この瞬間途切れるかもしれないが。

「なんでもしますから…俺が、あなたの言うことを聞きますから…」

 狭い視界に山蛇の姿が映る。スッと男の手が俺の顔を上げさせた。大きな掌で顎を掬い上げられる。視界いっぱいに端正な顔が広がった。

「本当に? なんでもしてくれるの?」

 まるで玩具を手に入れた子供のような笑みだった。闇を抱えて濁った瞳がキラキラと輝いている。俺はとんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
 これは、悪魔との契約だ。もう後戻りはできない。

「じゃあ、舐めて」

 山蛇が指差したのは、自身の股間。喉からこみ上げてくる嗚咽を飲み込み、俺は震える手を伸ばした。


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