辰己はその数日後、通院という名目で再び病院を訪れる事となる。
軽い診察を受けると、会う約束をしている少女の病室を訪ねた。


入室しても良いか断りを入れるために病室のドアをノックしようと手を伸ばすと不意に中から声が聞こえ、辰己はノックをしようと伸ばした手を振ったピタリと止めた。


「…事なら心配いらないから、しっかり休みなさいね。それじゃ。」


ガラリとドアが開くと落ち着いた雰囲気の背の高いすらっとした女性が彩音の病室から出ていた。見た目から年齢は30代前半といった所だろうか。
彼女は辰己に気付くとペコリとお辞儀をしてきたので、辰己もまたそれを返す。

女性が通り過ぎると辰己はゆっくりと病室の扉を開けて中へ入る。


彩音はボーッと浮かない顔をしていたが、辰己に気付くと笑顔を見せる。


「こんにちは、星野さん。」

“こんにちは、たつみくん”


先日よりも筆談のスピードが早くなっている気がして、彼女がいかに生活の殆どをこの小さなメモ帳とペンに頼らざるを得ないかと言う事を実感してしまう。

彼女の手元を見ると、印刷されて折り畳まれていないそのままの楽譜があった。
きっとさっきの人は彼女の所属する合唱部の顧問か何かで、新い合唱曲の楽譜を彩音に届けに来たと言うところだろうか。

歌は辰己にとっては自己表現であり、自分の武器であり、何より好きなものである。それを奪われてしまった彼女は、今は一体何を思い、考えているのだろうか。
そう思うと胸が締め付けられるように痛かった。彼女もまた、自分と同じ様に歌や音楽が好きな筈だから。


“たつみくんは学校ではどんな勉強してるの?”

「そうだね…今はダンスの稽古が多いかな。ミュージカル学科って言う学科だから、舞台とかミュージカルの勉強ばっかりかな。」

“それ知ってる!”


と彩音は興奮気味にペンをメモ帳に走らせた。
難しい画数の多い字は分からないのか面倒くさいのか、必ず平仮名になるのが彼女の癖のようだ。


“中学の時の友達があやなぎ学園の、確かミュージカル学科なんだ!”

「そうだったんだ、もしかすると俺の知り合いだったりするのかな。」

“どうだろう、あんまりフレンドリーな方じゃないから…”


でも、ミュージカルの勉強、楽しそう!と彩音は変わらず笑顔で続ける。どうやらミュージカル方面も興味があるようだ。
しかし、興味があっても知識はないらしい。“あんまりわからない、良かったら教えて下さい”と少し控えめに彩音は文字を綴った。


「じゃあ今度、DVD持ってこようか?それとも出歩けるなら一緒に公演見に行く?」


自分の好きな事は誰にだって勧めたいし好きになって貰いたい、興味があるなら尚更だ。
辰己は彩音を音楽好きの友人と認識しているが、出会って間もない自分が彼女をミュージカルへ誘うのは少し変だろうか、と自分で思いつつもついつい声をかけると、彼女はベットから身を乗り出して辰己を見る。
その行動から彼女が言わんとしていることは充分に伝わってくる。


“行きたい!”

「じゃあ今度チケットが取れたら連絡するよ。…えっと。」


辰己が連絡先を交換しようと上着のポケットを確認しようとすると、それよりも早く彩音はメモ帳に自身の携帯のアドレスを書き込み、破って辰己に手渡した。
そわそわしている所を見る限り、ミュージカルが楽しみで仕方が無いようだ。


それからまた暫く音楽の話をして、今度は来週の通院の日に、と辰己は彩音に別れを告げ、病室を後にした。
















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