彼女はどんなミュージカルが気に入るだろうか。
雑誌を捲り、スマートフォンをスライドさせながら何やら悩んでいる辰己に幼馴染みの申渡は物珍しさを感じた。


「観劇するミュージカルで迷うなんてあなたらしくもない。」
「初心者向けのミュージカルを探しているんだけれど…。」


辰己がミュージカルを知らない人と観劇するのは意外だと申渡は思った。辰己は多くを語って教えるようなタイプでは無いから、むしろそれは自分の役目なので彼がこういった行動に出るのは極めて珍しいと思ったのだ。
一番に申渡が思い浮かべたのは、同じミュージカル学科のスター枠であるチーム鳳のリーダー、星谷悠太。
彼はミュージカルに関して初心者であり、あまり観劇もした事がないという。


「マイナーなミュージカルよりメジャーで誰でも知っている物が良いのでは?」
「メジャーなものかあ…。」


しかし変だと思った。いくら星谷が初心者とはいえミュージカルに触れているものとしての彼を公演へ連れていくとするならばそうは悩まないだろう。
もしかして星谷ではない別の誰かを誘おうとしているのだろうか、申渡は長年付き合ってきた幼馴染みの楽しそうに雑誌を見る姿を見て、懐かしいとも思った。
まるで中学に入学する前、自分たちがミュージカルの道を志した時と同じような、わくわくとした表情を今の彼はしている。



「さては辰己、好きな女性でも出来ましたか。」


ぱたりと読んでいた雑誌を閉じて驚いた表情で辰己は申渡を見上げた。
何故今の会話の流れでそうなったのだろうかと言いたげな顔をしているが、申渡はそれ以上は何も言わない。言わずにただ辰己を見ている。


「好き…か、ちょっと違うな、…でも気には掛けてるかな。」
「そうですか。」


流石、栄吾は俺のこと何でもわかるねと笑う辰己に申渡も笑って返した。
中学時代辰己に気のある女子生徒は山という程いたが彼は見向きもせず、ただまっすぐミュージカルの事だけを考えていた。
今の辰己は心にゆとりが出来たのか、それとも相手の女性にはよっぽど惹かれる何かがあるのか。
それは辰己本人にしかわからない事だが、申渡はただシンプルに自分もその相手に一度会ってみたいと思った。






「星野さん、こんにちは。」
“辰己くんいらっしゃい!”

あの日からいくらかメールのやり取りをしたせいか、彼女は辰己の事を漢字で表記する様になっていた。以前は平仮名だったのに、と辰己が思い出しながら微笑むと、約束したミュージカルの話題に移った。


彩音もそれなりにミュージカル系の雑誌を読み込んでいたようで、机の上には大量の雑誌が置かれていた。
ロビーの雑誌なので返さなくてはと彩音は雑誌を次々と重ねて全てを持ち上げると雑誌の下から、何やら長細い紙が出てきた。
どうやら紙にペンで書かれた、手書きの鍵盤の様だ。
辰己が不思議そうにその紙を眺めていると、彩音は持ち上げていた雑誌をもう一度、今度はベッドの上に下ろし、ペンを取った。


“ピアノの腕が鈍らないようにって、友達が。”

「へえ、星野さんてピアノが弾けたんだね。」


俺はピアノはさっぱりだから羨ましいや、と言うと、彩音は照れくさそうに顔を赤く染めて喜ぶ。そんな姿に辰己は一瞬、胸が高鳴る。いつもの笑顔とはまた違う、こんな風に笑う彼女は初めてだ。

この分だと自分の幼馴染みが言っていた事は当たってしまうのではないかと、辰己はいい加減エスパー並に言い当てる彼に心の中で苦笑いをした。


“ピアノは小さい頃からやってるんだ”
「そうなんだ。聴いてみたいな。星野さんのピアノ。」

そう辰己が呟くと彼女の動きはピタリと止まる。
それまでスラスラ動いていたペンも動かなくなってしまった。


「ねえ、星野さん来週は何時に迎えに来ればいい?」


辰己は暫く動かない彩音に問い詰めることも、声をかけることも無く、話題をすりかえるかのように優しい表情で彼女の目を見つめた。



“辰己君の好きな時間でいいよ。私はいつでも待ってるから。”









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