Dream | ナノ

Dream

ColdStar

茨の海

通信機からの呼び出しはアリサからのもので、なにやら第一部隊に緊急のアラガミ討伐命令が出されているらしい。
だがその状況で隊長である私が捕まらないので連絡してきたのだと通信機の向こうで私に語りかけるアリサの声さえ、半分ほどしか頭には入ってこない。
だが、討伐指令が出ているというのにいつまでもぼんやりはしていられない。アリサにはすぐ向かうとだけ告げて私はエントランスへと足を運んだ。

「全く。しっかりしてくれよリーダー」

冗談めかしてコウタは笑みを浮かべるが、それに対して返事をする気にはどうしてもなれなかった。
コウタの向こう側……相変わらず腕を組んだまま立ち尽くしているソーマの姿が目に入ってしまったから。
どうしても思い出されるのは先ほど見たディスクの内容。
ソーマの過去、彼が生まれた経緯。そして彼が背負った業……そんな全てが私の心に鋭い刃を突きたてる。

「藍音?どうしたの?ぼんやりしてるし……なんだか顔色も悪いみたい」

心配そうに私の顔を覗き込むサクヤさんの表情は私が見てはっきりと分かるほどに心配の色に染まっている。
ディスクの内容はディスクの内容として……皆に心配を掛けてはいけない。突き刺さった刃に血を流す心を悟られないように、私は無理やりに笑顔を作ってみせた。

「何でもありません……少し眠いだけで」
「藍音の場合眠いのはいつものことだろ」
「ちょっとコウタ、それは流石に藍音さんに対して失礼ですよ。確かに藍音さんは口癖みたいに眠いって言ってますけど」

誤魔化すように呟いた言葉をコウタが……きっとそんなつもりはないのだろうけれど上手く茶化してくれたことで、それをアリサが諌めた言葉がまた冗談めかしたものだったことで……その場の空気は一気に和やかなものに変わる。
時々その空気の読めなさに辟易することがないわけではないけれど、今だけはコウタの明るさにほんの少し感謝して……私は気分を引き締めなおすようにひとつ頷いてみせる。

「では、ブリーフィングを始める」

しっかりしなければ。
私が知ったことは知ったこととして、今の私は第一部隊の隊長としての職務を全うしなければならない。
それでもやはり、私達を視線に捉えようとしていないソーマのことがどうしても気がかりで仕方なかった。
とは言え、そのことを皆に告げるわけには行かないから……時折ソーマに視線を送ることしかできなかったけれど。

***

緊急任務、なんて言っても出てくるアラガミはそんな大したこともなく、第一部隊の面々はいつもの通りあっさりと討伐を終えて――雪がちらつく廃寺の近くで、それぞれが迎えの軍用車を待っている。
そんな中……いつものように私達から離れたところにいたソーマの後姿から、どうしても目が放せなかった。
私たちを拒絶するように背中を向けて立つソーマに、私は……無意識のうちに歩み寄っていた。
それでもあと一歩、彼のすぐ隣に踏み込む勇気が出ない――こんなの、まるで私じゃないと思いながらも。
だが、そんな私の気配を感じ取ったのだろう、ソーマはゆっくりと振り返った……私の顔を見たところでソーマの様子が変わることはない。決して私を受け入れようとはしていない、冷たい眼差し。

「……何か用か」

ソーマの顔を見ていることすら苦しくて、それでも黙っていることが出来なくて。
これをソーマに話すことが正しいのかどうか、それは分からないまま……私はゆっくりと口を開いた。

「……サカキ博士のディスクを見た」
「何の話だ」
「支部長がかつて研究していた内容と……あんたのファミリーネームを知った。って言えば分かるだろう」

その瞬間、ソーマの表情が変わったような気がした。
ファミリーネーム。支部長と同じ、「シックザール」と言う名を彼が背負っている意味――そして、支部長が研究していたこと、マーナガルム計画。そのふたつを繋ぐ糸を私は知っている。
それでソーマには伝わると信じて、それだけを告げる。余計なことは言わない方がいい、なんとなく……はっきりと言うことを感情が止めた。それだけの話ではあったけれど。
今まで見たことのない驚きの色が一瞬だけ差しだが、取り繕うようにいつもの冷静なソーマの表情が戻ってくる。
やがて――ソーマはいつものようにふん、と小さく鼻を鳴らす。
そして聞こえた言葉……余計なことを、と。その言葉はきっと、目の前にいる私ではなくこの場にいないサカキ博士に向けられたものだったのだろう。

「……余計な詮索は不要だ」
「ソーマ……私は」

何を言うのが正しいのか。
それとも何も言わないのが正しいのではないのか。
躊躇いは私の口を鈍らせていく。こんなにも、言葉を発することが難しいなんて思ったことは今まで生きてきた中で一度もなかった……気が、する。
ぐるぐると頭の中を回る口に出来た言葉は本当に、どうしようもないくらいに情けない一言だけ。

「私は……あんたに何を言えばいいのか分からない」
「だったら黙ってろ。お前が何を知ろうが知るまいが、お前には関係ない話だ」

私の存在そのものを拒むように私に背を向けたソーマ。それが独りよがりとは言えほんの僅か近づいたと思っていたはずの距離がそこで離れていくのを感じて……そこでようやく、私の口からははっきりと、自分の考えていることが溢れ出ていた。

「……関係なくなんかない」
「関係ないだろ」
「だから関係なくなんかない。何が正しいのかなんて私にだってまだ分からない、でも……私を、皆を遠ざけようとした理由がそれだとしたら、私は……」

ああ。
言葉って言うのはどうしてこんなに操るのが難しいのだろう。普段はそんなこと、考えたりしないのに。
言葉は出て来ない、その代わりに脳裡に過ぎった映像の内容……震える手を止めるようにぐっと握った。
……眼鏡があるのにソーマの顔がぼやけて見えるのはどうしてなんだろう?

「……その涙は同情のつもりか」

ソーマに言われて、ようやっと私は自分がまた涙を流しているのだと気がついた。

「同情、なんかじゃない……私は」

言葉が続かない。
意味もなくあふれ出し続けている涙の代わりに言葉が出てくればいいのに。
一度眼鏡を外し、乱暴に溢れる涙を拭った。眼鏡を掛けなおしても未だぼやけた視界のまま、ソーマの姿をこの目にしっかりと映す。
この胸の奥で渦巻き続けている感情を……どうしても、ソーマに伝えなければならない。
それがたとえ独り善がりでも。

「私は……正論を吐いているつもりで、無神経にあんたを傷つけていたのかもしれない」

ソーマの答えはないまま、私は……溢れ出る言葉を止めようともせずにひたすらにソーマに語りかけ続ける。
黙ったままのソーマが何を考えているのかなんて、そこまで考える余裕は私にはなかった。

「でも、私にとってのソーマは今私の目の前にいるソーマだけだ。どんな過去を、どんな生まれを背負っていても。化け物でも死神でもない、ソーマはソーマだ。何を知ったところでその気持ちが変わることはない」
「……藍音」
「あんたが失うことに怯える理由も、だからこそ人を遠ざけようとする気持ちも分かった。これからはそれを責めたりなんてするつもりはない。でも……だからってあんたから離れるつもりもない。あんたの存在が死を呼び込むなんてことは今後金輪際起こらないって証明するのが私の役目だって気持ちは変わってないし、寧ろより強くなった」
「この、頑固者」

私の方を振り返って一言だけそう告げたソーマが目を伏せたままだった理由は私には分からない。
フードに隠れて見えない彼の横顔が微かに笑っていた……様な気がするのはきっと、私の気のせいなのだろう。私の言葉のどこにも、ソーマが笑うような理由は存在しないのだから。

「勝手にしろ。お前が何を考えようと俺の知ったことじゃない」

それだけを言い残し、ソーマは私の目の前から立ち去っていく。
その背中を見つめることしか出来ない私の中に、はっきりと――強く焼きついた感情。

それで頑固だと言われるならそれでもいい。
分かってるつもりになってるだけだと責められるとしてもそれを甘んじて受け入れる覚悟だって出来た。
茨の上を素足で歩くにも等しい、己を傷つけるだけだと分かっている決意。

正しいかどうかなんて分からないまま、それでも私は……進み続けるしかない。
少しずつ小さくなっていくソーマの背中を見ながら、私はその決意を胸の中だけで新たにしていた。

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