Dream | ナノ

Dream

ColdStar

雪月花

たかだかザイゴート4匹の討伐なんて任務に然程時間がかかるはずもなく、鎮魂の廃寺で俺たちはアナグラから迎えが来るのを待っていた。
こんな任務、本来であれば俺一人で十分だったはずだ。だが、どういう理由か自分も同行すると言い出して無理やりついてきた藍音。

「借りが出来たからその借りを返さないといけない」

……なんて言ってやがったがまさかこいつ、俺が受ける任務全てに同行するつもりでいるんだろうか。
流石に支部長からの直務についてはこいつが存在を知る余地もないからともかくとして……死にたくなければ近づくなとあれほど言ってあるにも関わらず俺に同行しようとするこの女は命が惜しくないのか、それともただの馬鹿なのか。
表情ひとつ変えることもなく、壊れた天井から空を見上げているその姿を見ているとただの馬鹿だとはどうにも思えないが……

「……返事はしなくていい。ただ……聞いていてくれないか、ソーマ」

俺が自分の方を見ているのに気付いていたのか、それともただの偶然か。藍音は空に視線を送ったまま、少し離れた場所にいる俺にようやっと聞こえる程度の声で言葉を紡ぎ始めた。

「……ソーマは知らないかもしれないけど、昔この辺りが日本と呼ばれる国だった頃に『雪月花』って言葉があったんだ。雪と月と花……季節折々の自然の美を表す言葉。アラガミが跋扈し始めてから、季節なんてものはなくなってしまったけど」

普段は淡々としているくせに、空を見上げたまま語り続ける藍音は相当に饒舌だ。
こいつはこんな性格だったのだろうか……なんて考えを頭の中に宿したまま、聞くともなく藍音の言葉に耳を傾けている。

「私は子供の頃から、アラガミ出現以前の世界に興味を抱いていた。死んだ母親が語ってくれた世界に憧れを抱いていたんだ……もしアラガミがいなくなればこの世界は再び美しさを取り戻すんだろうか、なんて甘いことを考えてた」
「……お前の憧れる世界を壊したアラガミが憎いか?」

言葉にしてしまってから後悔した。
この女は俺の出自を知らない。こんなことを尋ねたところで返って来る答えなんて分かりきっている。
他人から拒絶されることなんて慣れているのに、返って来るのであろう拒絶の言葉を聞くのがなんだか怖くて……藍音に背を向けた。

「憎い……と言うと少し違う」

返って来た言葉が俺の予想とは違って、俺は再び藍音の方へ振り返る。藍音は相変わらず月を見上げ、掌に雪を載せて……相変わらずの小さな声で言葉を紡ぎ続けていた。

「生まれたときからアラガミがいるのが当たり前で、自分の考えていることもやっていることも悪あがきだと分かっている。今更憎んでもどうしようもない」
「悪あがき、か」
「……ただ、この雪や月を見て美しいと感じられる心を持った人間がアラガミに喰われ減っていくのが哀しい」

月の光を浴びた藍音の横顔は本当に哀しみを秘めている。
何故だろう……藍音の横顔から、目が離せなかった。

「実際に神機使いになって、私のするべきことは……美しい世界を取り戻すことじゃなく、この美しさを感じられる人たちが減らないように守ることなんだと考えを改めた」

藍音の言葉に、俺も空を見上げる――破れた天井から見える月は確かに美しく輝いていた。
ひらひらと舞い落ちる雪は月の光を受けて微かに光を帯びているように見える――自分でもそんなことを思うなんて考えていなかったが、確かに月と雪は美しかった。
それに、そんな光を浴びて凛と立つ藍音の姿も。

「もし、その美しさを理解できるアラガミがいたとしたらお前はどうする」
「……人間を喰わないのなら生かしておいてやりたいな、そんなアラガミがいたとしたら。神機使いとしては失格かもしれないが」

冗談めかして藍音がそう言ったところで遠くから聞こえるエンジン音。
俺は藍音の呟きには応えず、廃寺の本堂を後にした。

この女はどうして俺を拒絶しない?
どうして全てのアラガミを憎まない?

どうして、拒絶され憎まれて生きてきた俺を受け入れようとしている……?

藍音の何もかもが分からない。
これ以上一緒にいたら、俺が俺でなくなってしまうような……そんな気がしていた。

ただ、俺の心には深く刻まれることになった。雪と月と――花のかわりに凛とした強さを抱いてそこにいた藍音の美しさが。

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