Dream | ナノ

Dream

ColdStar

精神世界

「……ここは……アナグラ?……どうして」

私が覚えている限りでは、私はリンドウさんに……黒いハンニバルに向かっていった、はずだ。
それならばどうして私はアナグラにいるのだろうか。だが、このアナグラはどこかいつもと違う気がする。――まるで、感応現象の最中にでもあるような。

「やっと気が付きましたね」

声をかけられて振り返ると、そこに立っていたのは――どことなく不機嫌そうな顔をしているように見えるレン。

「レン、どうして……いったい何故、私はアナグラに」
「説明すると長くなるんですけどね」

呟いて、レンは一つ息を吐いた。そして、ちらりと私の方に視線を送り……もう一度、今度は深くため息。
一体何が言いたくて、私の何が不満だというのか。今のレンからそれを読み取ることはできない……その答えを語り始めたレンの口調は、その表情と同じようにどことなく不機嫌そうに私には思えていた。

「まず、リンドウの神機による侵喰であなたの腕部がアラガミ化しました」

レンの言葉に、思わず自分の左手を見やる――だが、そこにあるのは紛れもなくいつもの私の腕だ。アラガミ化しているようにはとても思えない。
思わず眉間に皺が寄ったのにレンも気づいたのだろう。それについては後で説明しますと短く告げてから言葉をさらに紡ぎ始めた。

「そのままリンドウを刺せばよかったのに……血が上ったのか天然なのか、藍音さんはアラガミの方に攻撃を仕掛けたんです」
「……今の言い方、なんか棘を感じるな」
「そうでなきゃ困りますね」

どうやらレンが不機嫌そうな理由はそこにあるらしかった。
……確かにレンはずっと、リンドウさんの神機でリンドウさんを刺せと私に言っていた。
勿論その直前の瞬間までそうすることに迷いを抱いていたのは事実だ。だが、決意を固めて取った行動がリンドウさんではなくアラガミの側を攻撃したのではそれはレンだって不機嫌になろうというもの。
だがそれは分かっていても、あの時私にそこまで冷静な行動をとれたかともしも問い返されたら……おそらく、できなかったのではないかとしか答えることができない。
誰から言われたかなんてもう思い出せないほど言われ続けてきたこと……何かあれば一人で突っ走る癖があるということをこんなところで改めて思い知らされることになるなんて。私は思わず苦笑いを浮かべることしかできなかったが……そんな私を見て、何か言いたげにため息をついたレンは再び話を始めた。

「その影響で藍音さんはリンドウと強く感応し、その結果……リンドウの意識の中に迷い込んでしまったんです」
「意識の、中……?」
「ええ。このアナグラはリンドウの意識の中に作られた光景、いわばリンドウの記憶の産物と言うことになりますね」

そのままレンは私に背を向け、ターミナルに歩み寄る。レンが手を動かしてターミナルを操作すると、まるでアナグラにあるターミナルと同じように画面に明かりが点る。その様子だけを見ていればこの場所が本物のアナグラではないとはにわかに信じがたかった。
……私の考えていることはレンにも分かったのだろう。ぽつりとレンが口を開く。

「それだけはっきりとリンドウの中にこの場所が……アナグラが焼き付いているんだってことでしょうね」

呟いたレンの横顔はどこか寂しそうに見えた。「つくりもの」であるはずなのに本物と見まごうほどのアナグラを作り出してしまうリンドウさんへ、レンが抱いている想い……それは私には計り知れない。
そもそもレンはどこでリンドウさんと一緒に戦っていたんだろう。リンドウさんを親しげに呼び捨てにするレンに対しての違和感がここへきて私の中で首を擡げた。

「なあ、レン。あんたは……」
「そうそう、さっき言いかけていた藍音さんの左腕の件ですが」

私の言葉が意味を成すよりも前にレンが言葉を繋ぐ。問いかけを遮られたことは正直あまり気分のいいものではないが、レンの言わんとしていることは気にかかる。私は口を閉ざし、そのままレンの続く言葉を待った。

「ここはリンドウの意識の中。今の藍音さんはいわば精神体とでもいうべき存在です。だから左腕はなんともないわけですが……ここで一つ、大きな問題が発生します」

全く、こいつはどうしてこうももったいぶった言い回しを選ぶのか。
先ほどレンが私に対して抱いていたのであろうものとは別の苛立ちが芽生える。だが、それを口に出すよりも前に続いたレンの言葉を要約すると……
ここはリンドウさんの精神世界。すなわち、本来はリンドウさん以外が入り込むことができない場所。そこへ、どういうわけか精神体のような状態になった私が紛れ込んでしまった。今のリンドウさんは「私」を追い出すほどの力を残していない、その代わり……入り込んだ異物を取り込んで自分の一部としてしまう可能性がある、と。

「つまりこのままここにいればいずれ藍音さんはリンドウと同化し、その存在は消えてしまう。……どうです?少しは危機感を持っていただけましたか?」
「そんな言い方をする以上は、そうならない方法ももちろんレンは知っているんだろう?」
「……可能性があるとすれば、リンドウを呼び戻せればあるいは」

確実ではありませんけどね、と付け足してレンは目を閉じる。
すぐに開かれた瞼の奥の瞳からは、なぜか「迷い」が感じ取れた。
彼が思っていたのとは違う行動をとった私が、彼の思っていたのとは違う結果を引き起こしたことがきっかけになって。このまま私に任せていいのかとでも思っているのかもしれない、暖かなオレンジ色の瞳は……やがて、何かに思い当たったように一点で止まる。
それを合図にしたかのように、レンの唇は再び言葉を紡ぎ出した。

「以前にリンドウが戦った足跡をたどって、リンドウを探し出すんです。そして彼を連れ戻す」
「リンドウさんの足跡、か」
「簡単なことでしょう?あなたはリンドウの後継者として、ずっと戦い続けてきたんだから」
「簡単に言ってくれるな、全く」

はぁ、とため息をついてアナグラの……リンドウさんが作り出した虚構の空間とは思えないほど私の中の記憶と合致した天井を見上げる。
リンドウさんが見ていた世界と私が見ている世界はこれほどまでによく似ている……連れ戻さなければ、と何故か強く思った。このままリンドウさんをこんなところに閉じ込めては置けないし、私だってこのまま本当のアナグラへ……ソーマの、みんなの許へ帰ることができないなんてまっぴらごめんだ。

そこで不意に思い出したのは、いつかソーマが私に向かって言った言葉。
何故今こんな言葉を思い出したのか、それは私自身にすら分からないけれど――

「それにしても、妙な話だ」
「何がですか?」
「ソーマから以前、私がリンドウさんになろうとしていると……でも私にはリンドウさんにはなれないと言われていたのを思い出したんだ」

あれはそう、リンドウさんの腕輪反応が見つかったとかなんとかそんな騒動が起こっていた頃だったか。
私はリンドウさんを超えようとしてるのではなくリンドウさんになろうとしている。だが、私とリンドウさんでは人間性が違いすぎて私では到底リンドウさんになれない。確かそんな言葉を投げかけられたんだった。
その時は確か隣にシオがいて、そのこともあってかとても暖かい記憶として私の中には残っている。それが不意に、今呼び起された。

「その私がまさかリンドウさんと同化しそうになってるなんて妙な話でなかったら何だというんだ」
「その事態を引き起こしたのが誰なのかはもうわかってるんでしょう?」
「やっぱり言葉に棘を感じるな……それで?私たちはどこへ行けばいい?」

こっちです、と呟いて歩き出したレンの背中を追い、いつの間にか自分の神機を手にしていた私は歩き出す。
その途中、一度だけ振り返ってみた――この場所を作り出した人を、リンドウさんを連れ戻すのだと言う決意を込めて。

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