Dream | ナノ

Dream

ColdStar

その背にあるもの

サカキのおっさんに頼まれたことがある、と言って藍音がアナグラを出たのは小一時間前。
ついていってやるって俺が言ったにも関わらずすぐに戻るから不要だと突き放して本当に一人で出て行きやがった藍音がどこに行ったのかを確かめる為にサカキのおっさんに直談判しに行った結果、返ってきた答えは――

「私が藍音君に頼みごと?今日は知らないね、何の話かな」

このおっさんのことだ、とぼけてるだけってことも考えられたが……態々「今日は」なんて前置きをしたあたり、何も知らないってことを今日は信じてやってもいいだろう。
――だがそうなると、藍音はどこに行った?
それを確認できるのは多分、腕輪のビーコン反応を調べられる奴。俺はそれ以上はサカキのおっさんに何かを言うことなく、すぐにエントランスへと戻ってきていた。

……俺がエントランスに戻った時には、多分俺がここに来たのとは違う目的だろうとは考えられるがサクヤやコウタ、アリサもそこにいて。
ヒバリが懸命にキーボードを叩きながら時折何かを考え込むように手を止めている。

「一体どうしたってんだ、ヒバリ」

俺の聞きたいことの答えは多分、ヒバリがどうやら今抱えてるらしい問題が解決するまでは手に入りそうにもねえ。先にそっちを聞いてやるかと声をかけると、ヒバリは一瞬だけ目を伏せてからモニターに視線を送った。

「エイジスに巨大なアラガミ反応。恐らく、黒いハンニバルが……えっ?」

そこで手を止めたヒバリは驚きの表情を浮かべたままモニターを注視する。一体何が起こってるのか、カウンターの向こうの端末が見えない俺たちには分からねえが……
ヒバリは更に続けてキーボードを叩く。やがて、表示されている内容を読み上げたのだろうヒバリの言葉は、俺の質問の答えと同時に俺がほんとに聞きたかったことの答えにまでなってやがった――

「……黒いハンニバルと藍音さんが、単独で交戦中?」
「え……どういうこと?」

聞いたコウタだって、ヒバリがその答えを持ち合わせてるなんて思っちゃいねえだろう――
だが、それでなんとなく「あの時」の藍音の行動には答えが出た気がした。今までに交戦例のない黒いハンニバル、そんなもんを一人で討伐に向かおうとしていたからこそあの時藍音は――

 ――……その答えは、帰ってきた時に話す……

俺にそう言うことで、自分は帰って来なきゃいけねえんだって自分に言い聞かせるために。
自分の帰る場所が、俺の存在がアナグラにあることを確かめて……帰ってこれるかどうか分からない戦いに出向いた。藍音は――そう言う奴だ。

「あの大馬鹿野郎……」

ぎり、と歯噛みした音が自分にもはっきりと聞こえた気がした。
何を考えてる?危険なアラガミだから俺たちを巻き込まずに自分だけでなんとかしようとしたとでも言うのか?
危険な戦いだって分かってるならなんで、俺が一緒に行くと言ったときにそれを断った?あいつが、リンドウの生存の可能性を調べる為に俺たちに自分が秘密裏に受けていた任務のことを隠し通したことは俺だってもう知ってる。だけどこの期に及んでなんで藍音があんなつまらねえ嘘をついてまで独りで行く必要があった?
疑問は藍音への怒りとなって俺の中から湧き出してくる。だが、そんなごちゃごちゃとした感情は結局――たった一言の、短い言葉に集約されるしかなかった。

「おい、全員出るぞ!」
「全員動くな」

俺の言葉を即座に否定するように聞こえたのは――ツバキの声。
俺たちの視線は自然、そちらに向かうことになる。だが、自分じゃ分からねえがきっとこのときの俺の表情は相当に苛立っていたことだろう。
何で止めるのかとツバキに問いかけようとした所で……ツバキははっきりと言い放っていた。
多分それは、俺たちにとっては藍音が独りでエイジスに向かったこと以上に素直に受け入れがたいこと。

「……あの黒いハンニバルは……恐らく、アラガミ化したリンドウだ」

ツバキの言葉に、俺の頭の中だけで全てが繋がる。
思い出したのは、俺たちが――第一部隊がリンドウの捜索から外されることになったときに俺がそれを藍音に問いかけた時の答え。

 ――例えば……サクヤさんがアラガミ化したリンドウさんと戦えると思うか?
 ――コウタやアリサはアラガミ化したリンドウさんを目の当たりにして平静を保つことができるのか……今の気持ちのまま、リンドウさんを助けたいと思ったまま私にリンドウさんの介錯を務めることができるのか……

だから、藍音はひとりで向かった。
アラガミ化したリンドウと戦わなければならない、その苦しみを皆に……俺たちに、背負わせない為に。
本当にどこまでもクソ真面目で、どこまでも責任感が強くて……どこまでも、馬鹿な女。
俺が惚れたのはそんな奴だったんだとこんな時になって改めて思い知らされていた。
そして、俺の――ついでに言えばあのときの藍音の推測が正しかったことを物語るようにツバキは問いかける。
リンドウに銃を向ける覚悟が出来ているのか、と。
それに答えを返せなくなるサクヤ、それにコウタとアリサ。重苦しい沈黙の中、時折ヒバリの正面にある端末が動く機械音だけがやけに俺たちの神経を引っかく。
沈黙の重さがこの場を押しつぶしそうになったところで、ツバキは……はっきりと、3人に告げた。

「ないなら、今ここで覚悟しろ」

……その言葉はきっと、藍音の懸念とは正反対にあるもの。ツバキもきっと藍音と同じ考えだったからこうやって独りで出て行ったことを受けてやっと気付いたんだろう。
藍音独りに背負わせていいもんじゃない。リンドウのことはアナグラの全員で何とかするべきなんだってことを――

「これより新たな特別任務を通達する。目標はエイジス等に現れた黒いハンニバル!」

はっきり通達された任務、そして――ツバキは淡々と続ける。ハンニバル種は修復速度が速いためコアの回収と同時にすぐにその場を離脱するように、と。
ついでにサクヤにはアナグラに残れと命令していたが――サクヤはそれに対してあっさりと、その命令には従えないなんて答えやがった。
もし俺が同じ命令をされたとしてもやっぱり蹴ってみせただろう。たとえアラガミ化したのが藍音だったとしたら俺は……約束してる。この手で斬る、って。
勿論サクヤだってそんな弱いわけじゃねえ。俺に決めることの出来た覚悟を改めて決めた、それだけのことだが――言い切ったサクヤの背中は、なんとなく俺の知ってるサクヤとは違うもののように見えていた。
サクヤだけじゃなく覚悟が出来たとはっきり言うコウタ、それにアリサ……その背中に向けて、俺が告げることの出来る言葉なんてそんな多いわけじゃなかった。

「俺たちの仕事はいつだってひとりで背負い込みがちなバカなリーダーを支えることだけだ、だろ?」

クソ真面目で。思い込んだら一直線で。融通が利かなくて。
そんなバカがリーダーである以上……そんなバカに惚れちまった以上、俺に出来ることなんて他にあるわけがねえ。
サクヤたちに向けたようでいて自分に告げたその言葉を自分の中だけで噛み締めながら、俺たちは――頷きあう。

俺たちが向かうのはエイジス島――「あの時」と同じ場所で、また俺たちの運命が動き始める。

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