Dream | ナノ

Dream

ColdStar

確信

呆然としたままの私はタツミとシュンとカレル、それに私に追いついてきたソーマやコウタ、それにレンに引きずられるような形でそのままアナグラへと戻ってくることになった。
あの黒いハンニバルがリンドウさんだとしたら。だが、その意識の中でタツミ達や私の存在を認識している――まだ、リンドウさんの意識が残っているのだとしたら。
私に出来ることは一体何なのだろう、そんなことを考えていても今この状況で……あれがリンドウさんだなんて、間違っても口に出すことは出来そうになかった。
……レンだけは何かを悟っていたのだろう、私の横顔を見ながら時折何か言いたそうにしてはいたがそれに答えられる余裕などその時の私にあろうはずがなかった。
ただただ、どうすればいいのか――自分が何をすべきなのかで頭が一杯で、誰が何を言ってもその言葉は私の中に留まることなく通り抜けていく。
軍用車は気付けばアナグラにたどり着いていて、ソーマに肩をゆすられるまでその事実に気付いていなかったのだから自分でも相当ぐるぐると考え込んでいたらしい。そんな自分に苦笑いを浮かべながら車を降りたところで……ソーマは、私の目を見ないままぽつりと呟いていた。

「……あの黒いハンニバル、あれは……何か混ざってる気がする」

図星を指される、と言うのはまさにこう言う状況のことを言うのだろう。
そもそも、ソーマの身体に根ざした偏食因子は私たちより深い。そんなソーマになら分かっても不思議はないわけで――ただ、「何か」と言う言葉をソーマが選んだのはきっと、「あれ」がリンドウさんだというところまでは気付いていないからなのだろうとなんとなく伝わってきた。
……言葉を返せなくなった私に向かうソーマの視線が厳しくなる。その視線から、できることなら逃れてしまいたいと思うほどに。

「藍音、お前俺に何か隠してないか」
「……別に、何も」

アナグラの皆はリンドウさんが「ヒトとして」生存していることをまだ信じている――今はまだ、あれがリンドウさんだなんて口にすることが出来るわけがない。
私のその答えに不満そうに舌打ちをしながら、ソーマはそのままエントランスのソファへと足を向ける。私はそのソーマの背中を見送ることしか出来なかった。
私の答えが嘘だということくらい、ソーマは気付いているのだろう。だがそれを追求しなかったのは彼なりの優しさで――それでも、私の態度に納得が出来なかったが為の舌打ち。
……知っていることを、誰よりも信頼している人にさえ伏せなければならないと言う「重荷」がまた私の心を押しつぶそうとしている。その状況を打破したのは――私たちの一歩後ろあたりでやり取りを見ていたレンの声だった。

「……まずは、ツバキ教官に報告を。報告が終わったら……お話があります。エントランスに戻ってきてもらえませんか」

レンの言葉には短く頷いて、私はエレベーターに乗り込んだ。そのまま向かう先は役員区画――支部長室にいる、ツバキ教官の元へ。
ノックして扉を開いた時の私の表情に気付いたのだろう。ツバキ教官は一瞬だけ眉根を寄せ、やがて口を開いた。

「……あまりいい報告ではなさそうだな」
「はい。先刻防衛班タツミ隊長以下3名が遭遇した黒いハンニバルの件についてお伝えしておきたいことがあります」

――躊躇いがなかったわけじゃない。このことを知ることで、彼女だってきっと傷つくはずだと言うのは頭では分かっている。
だが、ツバキ教官ならきっと大丈夫だと信じて私は……一言だけ、告げた。

「あの黒いハンニバルとの間に精神感応が起こりました。その結果――あくまで私の推測として聞いていただきたいのですが、あれは……アラガミ化したリンドウさん、なのではないかと」
「……そう、か。言いにくいことを良くぞ報告してくれた」

そう、私に告げてみせた作り笑いが泣きそうに見えたのは私の気のせいなのだろうか。
だが、それをツバキ教官に直接問うようなことは出来るわけがなかった。たとえ気のせいではなかったとしても、今この状況で、部下である私に対してそれを口にするようなことをツバキさんがするわけないと分かっていたから。

「今後の対策については追って指示を出す」

短い言葉に頷きだけを返して、私は支部長室を後にした。
……今は教官をひとりにしておいた方がいい。何故だか無性にそう思えてならなかったのもあったが――それよりも、レンが「話がある」と言っていたことの方が気になって仕方なかったから。

エレベーターに乗り込み、エントランスに向かう。出撃ゲートの前に立つレンは私の姿を見るや淡々と言葉を繋ぎ始めた。

「あの黒いハンニバルは間違いなくアラガミ化したリンドウさんです」
「だろうな……私にもそれは伝わってきた」

私がそう言うとレンは頷き……淡々と、言葉を繋いでいく。
アラガミ化したまま安定してしまうと人間には決して戻れないと言うこと。そして、アラガミ化した神機使いを倒す為には本人が使用していた神機を使うのが最適だということ。

「他人の神機を使うことでアラガミ化の危険性はありますが、藍音さんは一度リンドウさんの神機を手にしています――今は症状は抑えられていますが、藍音さんはリンドウさんの神機の偏食因子に僅かに侵喰された状態のままです。つまり」
「リンドウさんの神機を、リンドウさん以外で扱える可能性があるのは私だけ……そう、言いたいんだな」
「そう言うことです。……それを踏まえて、もう一度聞きます。藍音さん」

レンのオレンジ色の瞳は色合いの暖かさに反して妙に冷たく見えた。その冷たさに、私の背中にぞくりと戦慄が走る。

「あなたは……あのアラガミを殺せますか」
「殺せるわけがないだろう――だが、リンドウさんの意識が残っているうちに助け出すことは出来る、そう思っている」

レンの言葉はない。
表情は相変わらず険しく、冷たい。どこか私を軽蔑するようにさえ見えるその表情――だが、私は引かなかった。ここで引き下がることなんて出来るわけがない。私が見出した一筋の希望の光、その光を絶やすことなど私に出来るわけがない……

「何が何でも助け出す。たとえどんな手を使っても、リンドウさんを取り戻してみせる」
「……随分と甘い認識ですね」

吐き捨てるように言ったレンの声はその表情にたがわず冷たかった。だが、すぐにその表情も、声色も緩む。

「ですが、物事を為すにはそのくらい強い信念が必要なのかもしれませんね。僕は、藍音さんのそう言うところ嫌いじゃありません」
「無駄口を叩いている暇があると思っているのか?」

そう言い切ってやってから――不意に、私の脳裡に蘇ったことがある。
以前、アリサとの間に起こった感応現象。そして、今――私の背後、ソファの辺りで何かを考え込んでいるソーマ。自分の考えに没頭しているせいか、私やレンがここにいることには気付いていないかのように。
……リンドウさんを助けに行く前に、確かめておいた方がいいのかもしれない。

「少しだけ、待っていてくれ。……ソーマ」

私が声をかけるとソーマは顔を上げ、何かを考え込んでいる表情のまま視線だけをこちらに送ってくる……やはりそうだ、今、ソーマは……

「サカキ博士からまた頼まれごとをしていてな。少しアナグラを空けるのでよろしく頼む」
「あのおっさんはこんな時にまで……俺もついていってやるから少し待ってろ、すぐ準備する」
「いや、その必要はないからこのままアナグラで待っていてくれたらいい」

気が逸ったのだろう、立ち上がりかけたソーマの肩を押さえつけてそのままソファに座らせる。――その勢いに任せて、ソーマの方へと顔を近づけた。
――本心を隠したまま唇を重ねるのはこれが2回目だ。だが今はあの時とは違う。
あの時は、ソーマに告げられなかった想いを言葉にする代わりに唇を重ねただけ。だが今は……ふたつの意味を込めて。
戻ってくることが出来るか危うい戦いに向かう自分を奮い立たせる為、そして……

「……お前な、いくら皆が俺たちの関係を知ってるからっていつ誰が出てくるか分からないんだぞ。何考えてるんだ」

唇が離れたところできょろきょろと辺りを見渡したソーマは不服げにそう言ったが、そのソーマの答えが私の思ったとおりだったこともあって――私はただ、首を横に振った。

「……その答えは、帰ってきた時に話す……じゃあ、行ってくる」

そのままソーマに背を向け、出撃ゲート近くに控えていたレンへと視線を送ってみせた。
レンは不思議そうに首を傾げた後、からかうようににっこりと私に笑顔を向けてくる。……私が本当に考えていることなど、気付いていないかのように。

「仲がいいんですね」
「妙なところ見せたがこれで私はリンドウさんに負けるわけには行かなくなった。必ず帰ってこなくちゃいけない。ソーマの元に」

エントランスにやってきたエレベーターに乗り込み、ソーマのいるアナグラから私のいる世界が切り離される。
そのくらいの覚悟を持って、リンドウさんと戦わなければならない――だが、それよりも何よりも。

――今、ソーマの目に「レンの存在は映っていなかった」。

これが何を意味するのか、私にはまだ分からない。だが……明らかに「普通の人間ではない」ことだけがはっきりとしているレンの存在はこの状況を打破する為の切り札になるのかもしれない。
きっと他人が聞けば何の根拠もないその考えは、私の中ではどういうわけかこれ以上ないほどの自信へと繋がっていたのだった。

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