Dream | ナノ

Dream

ColdStar

不器用なあなたと

「心底屈辱的って顔してやがるな」
「心底屈辱的だからな」

神機を支えにしながら歩き出した藍音の足取りはどこかいつもよりもぎこちない。
――けど、藍音がこの状況で「屈辱的」だなんて言い出す理由は何も、単独任務で深手を負って、迎えを呼ぶことになった――その結果、訪れた迎えが俺だったってことだけじゃねえ。
藍音の背後に聳え立つ建物から聞こえてくるどよめきの声、その中には間違いなく藍音の名前を呼ぶ声も混ざっている。
……俺の知らねえ藍音を知っているこの場所の空気は、どうにも今の俺には好きになれそうにはなかった――なんてのは、多分嫉妬も混ざってるんだろうと思い至って苦笑いを浮かべる。

「大体、何がそんなに嫌なんだよ」
「さっきあんたを出迎えたあれは私の担任だった人だ。あっちの窓から様子を見てるのは確か慧多の同級生だった奴らだし――」

はぁ、と溜め息をついて藍音は聳え立つ建物を見つめる。いつもの藍音らしくない複雑な表情に滲む感情が何なのかまでは、俺には読み取ることが出来そうにもねえ。
なんせ、この場所に藍音がどんな想いを抱いているのかなんて――藍音が当たり前のように「この場所」にいた頃を知らねえ俺に分かるはずもない。
……だから、敢えて……「俺の知ってる」藍音になら答えられるであろう言葉を選んで藍音に向かって投げかけてやる。――それしか、今の俺には出来そうにねえ。

「小型アラガミ複数体の討伐だと思ってたら隔壁の修理が間に合わなくてディアウス・ピターが飛び込んできた、までなら別によくある話だろうが」
「そこまで、ならな。……だがここがどこだか分かっているのか」

それだけ言って、藍音はふいと視線を反らす。「この話」をする時はこんな風に拗ねた子供みたいな表情を見せる――何がそんなに嫌なのか、いくら藍音のことを知ったつもりになってたってそもそも「学校」ってもんに通ったことのない俺には多分分からねえんだろう。
けど、なんにせよ俺の隣をよろよろとした足取りで歩く藍音をそのまま放っておくわけには行かねえ――俺の考えは多分、何一つ間違っちゃいねえ。
大体が、普段の藍音ならディアウス・ピター程度にここまで深手を負わされることだってなかったはずだって言うのに――そう考えたら、「分からねえ」で放っておくことが癪な気さえしはじめたりして。

「……何がそんなに嫌なんだよ」

自然と口をついて出てきたその言葉に、藍音は不意に目を反らした。
大体藍音がこういう態度を取る時は――それを言うことで俺に笑われることを危惧している時だってなんとなく分かってる。そう考えれば、俺は十分藍音のことを理解してるのかもしれねえが……それだけじゃ、足りねえとなんとなく思ってしまうからこそ、その言葉の続きを促すように藍音の肩に触れた。
それで俺が引き下がる気なんてねえのに気付いたんだろう。藍音は大きく溜め息をついて、言葉を紡ぎ始める――

「『高校生だった私』と『神機使いである私』が自分の中でまだ一致しないだけだ。私の高校生時代を知っている人間に、神機使いをやっている自分の姿を見られるのは少し抵抗がある」

そのまま藍音はそこで足を止める。表情が歪んでいるのはきっと、ここが藍音にとってその「抵抗」の原因となっている、藍音の高校生時代を知る人間が山ほどいる場所――FWC付属高校の校庭だから、ってことだけじゃねえ。
現に、むき出しになった太腿にはざっくりとディアウス・ピターから喰らったらしい爪痕が残されている。このままじゃ多分、歩くのも辛いんだろうと俺にだって分かるくらいに深い傷が。

「余計なこと考えてて大怪我して、相変わらず大馬鹿野郎だなお前は」
「放っておいてくれ」

突き放すようにそう言って再び歩き出した藍音の足取りはやっぱりぎこちなく、どこかふらついてるように見えた。多分藍音本人に言ったって平気だ、なんて突き放されるのがオチなんだろうが。
半歩後ろを歩いていたが藍音が立ち止まったことで同時に立ち止まることになりゃあしたわけだが――そのまま俺は何の迷いもなく、藍音の腕をしっかりと掴んでいた。

「……ソーマ」
「とりあえず、無理はすんな」
「無理なんて、」

してない……と言う言葉が藍音の唇から滑り出すよりも先に、腕を強く引いて藍音の身体を抱き寄せてやる。
バランスを崩したのをいいことに、俺は……普段はベッドに連れて行くときにそうするように藍音を横抱きに抱き上げていた。

「待て、何のつもりだ?」
「つまらねえこと考えてないでさっさとアナグラに帰るぞ。よろよろ歩かれるよりはこっちの方がよっぽど早い」
「だからって、ちょっと待て……あ、その……お久しぶりです先生」

俺たちが校門の近くまでやってくるのを見守っていた教師に向けて律儀にそんな挨拶の言葉を向け、状況に思い至ったのか藍音から睨みつける。
挨拶をされた側の教師はなにやら驚きの表情を浮かべている――なるほど、高校生だった頃の藍音はこんな風に抱きかかえられて運ばれる姿を人に見られることがなかったんだろう。
その違和感から出てきたらしい表情を考えてみれば、なるほど藍音がこの状況を歓迎してねえのもほんの少し分かったような気がしていた。
戦う上では頼りがいのあるリーダーと言われているのに、過去の自分と現在の自分の乖離に戸惑っている――俺が思う以上に不器用な藍音に、ただただ浮かぶのは苦笑い。

「……高校生だろうが神機使いだろうが関係ねえ……藍音は藍音だろ」
「そのセリフが今になってあんたから返って来るとは思わなかった」

自分を化け物と呼んで仲間を遠ざけていた頃に藍音から向けられた言葉をそのまま返してやると、先ほどまでの憮然とした表情が僅かにほぐれ藍音の表情には笑みが浮かぶ。

……俺の心を開いてみせた奴は自分のこととなると途端に不器用になるらしい。なら、それもまた補ってやるのが俺の仕事――なんてことを俺が考えてたなんて、多分藍音は気付いちゃいねえんだろうが。

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