Dream | ナノ

Dream

ColdStar

Super Moon

その夜はどうしてだか分からないが、悲しいくらいに月が綺麗に見えた。
廃寺から見上げた月が何故か普段より近いような気がして、藍音はゆっくりと――その腕を月に向かって伸ばす。

「何やってんだよ、藍音」
「……なんだか今日は、月に届きそうな気がして」

そんなわけないのに。
自嘲する様に短く吐き捨てた藍音の言葉に、ソーマも視線を月に送る。ふっと彼の表情が緩んだのは、今はあの月に――遠くに離れてしまったシオと共に過ごした日々のことを思い出しているからなのだろうか。
短いながらも充実した日々。隊長になったばかりの藍音にはめまぐるしく、嵐のように過ぎていった日々。そしてソーマには、それまでの18年の人生の全てを否定するほどに大きな変化を齎された日々……
月から視線を外した彼らは互いに顔を見合わせて笑みを交わし、そして……歩き出そうとした。恐らく同じように迎えを待っているはずの、リンドウとサクヤと合流する為に。

――だが。

「ソーマ、藍音!!早く、早く来て!!」

遠くから聞こえたサクヤの声に、よもや新手でも現れたかとソーマと藍音は顔を見合わせる。そして、声のするままに駆け寄る先――夜だというのに目映い光が、ソーマと藍音の視界を灼く。
だがその目映さに目が慣れ、はっきりとした視界を取り戻した時……2人は、そこに在る光景に己の目を疑うことしか出来なかった。

「……そーま、あいね」

幼いその声で自分たちに呼びかけるその声は間違いなく――かつて遠く離れたはずの、懐かしい姿を持ったアラガミの少女――シオの、ものだった。

「……シオ……?」

呆然とその名を呼び、そちらに視線を送ることしか出来ないソーマ。その表情は、彼らしくもない驚愕に彩られ――名を呼びかけたきり、その声が発せられないままにソーマはただただ立ち尽くしている。

「うん、シオだよー」
「で、でもどうして……」

一歩一歩とシオのほうへと足を進めながら、藍音は呆然とそう問いかける。藍音の、ソーマの、そしてサクヤやリンドウの困惑など何処吹く風と言った風情のシオは相変わらず、笑みを浮かべたままで楽しそうにゆらゆらと身体を揺らしている。
かつて彼女がアナグラにいたときに見せていたのと同じその仕草に、はっきりと思い知らされる。そこにいるのは間違いなくシオなのだ、と。

「きょうは、いつもよりちかくにいるから」

シオはゆっくりとした仕草で、先ほど藍音が知らず知らずそうしたように月を指差してみせた。
だがその言葉の意味が分からず、藍音は首を捻るばかり。そこで思い出したように、サクヤが短く呟いていた。

「スーパームーン……一年で一番、月と地球が近づく日。そうよね、シオ」
「おおー、すーぱーむーんっていうのかー。さくやはものしりだなー」

ニコニコとサクヤの言葉にそう返したシオの無邪気な表情に、藍音の目頭が不意に熱くなる。
いつかまた出会えると信じてはいたものの、それがこうやって現実のものとなった――喜んでいいのか、それとも……?

「いずれにせよ、立ち話もナンだな。……サクヤ、お前はコウタとアリサに連絡を頼む」

リンドウの指示の言葉に、サクヤは小さく頷いて通信機を取り出していた。それを確かめてから、リンドウは歩き始める――その向かう先が何処なのか藍音とソーマには見当もつかなかったが、シオだけが何かに気付いたように嬉しそうに笑みを浮かべているだけだった。

* * *

やがてリンドウを先頭にして一行がたどり着いたのは、最早人が住まなくなって長い時間を経過したと考えられる一軒の廃屋だった。
――だが何故だろう、藍音にはこの場所に見覚えがある……そんなことを考えている間に、リンドウは廃屋に上がりこんできょろきょろと辺りを見渡していた。

「いやー懐かしいな、あの時と全く変わってない」
「……あ、この場所って……もしかして」

リンドウのその言葉に、思い出したように藍音は僅かに目を見開く。嬉しそうにニコニコと笑っているシオもきちんと状況を理解しているようで、状況が分からないソーマがひとりで首を捻っていた。
だが首を捻っていても仕方ないと彼もわかったのだろう、リンドウのほうに視線を向ける。

「……おい、どういうことだ。説明しろ」
「シオ、みんなとあうまえにここにいたんだよ」
「あの時、ディアウス・ピターにやられて倒れた俺をこいつが運んできてくれたのがここだった、ってことだ」

何かを思い出すように目を閉じたリンドウは懐かしそうに自分の右手に触れる。シオはリンドウの隣まで動いて、そしてリンドウの手を見つけると一瞬だけ目を見開いて――不思議そうに首を捻った。

「あれ……なんでだろー」
「どうした、シオ」
「いろ、かわってる」

シオは何の迷いもなくアラガミ化したリンドウの手を取り、そして手の甲の中央辺りにちょいちょいと触れた。

――以前に藍音が、レンとの間に起こった感応現象のときに見た光景のように。

「ああ、これか――お前の力がなくなって、またアラガミ化しかけたんだが――俺の相棒が助けてくれた」
「そうか、じゃあもうくるしくない?」
「そうだな、だがあの時お前が助けてくれなかったら俺は相棒が俺のところにたどり着くまでの間に完全にアラガミになっちまってたかもしれない――ありがとうな」

リンドウの礼の言葉に、シオは屈託のない笑みを浮かべて大きく頷いた。だがそうやって、リンドウとシオとの会話を黙って聞いているだけだったソーマは……小さく、ぽつりと口に出した。

「……俺たちは……助けられてばっかりだったんだな」

藍音がその言葉にこくりと頷き、何処となく寂しそうに笑みを浮かべてみせる。そのやり取りを黙って見ていただけのシオではあったが、不意ににぃと笑みを浮かべると並んで立つソーマと藍音にぱたぱたと駆け寄ってきて、ふたりに向かって手を伸ばした。

「――シオ?」
「そーまも、あいねも、ひとりぼっちだったシオといっしょにいてくれた。いろいろ、おしえてくれた。シオを、まもってくれた――シオ、みんながだいすきだから。だから、あのときさよならした」

伸ばした手が、ソーマと藍音のそれぞれの手を取る。繋いだ手はどこかひんやりとしていて、それが妙に心地いい。
ソーマと藍音はシオの言葉に互いに顔を見合わせ、互いに頷きあう。やがて藍音はしっかりとシオに手を握られたまましゃがみこんで、シオと視線の高さを合わせた。

「……でも、助けてもらったのに礼を言う暇ももらえなかったのは少し悲しかった」
「へへへ、そっか。ごめん、あいね」
「だから、今言わせてくれ……シオ。『ありがとう』」

藍音の言葉にシオは照れくさそうに笑ってまた身体を揺らす。皆で作ったドレスを褒められたときのように、気分よさげな表情を浮かべながら――そんな些細なことが、なんだか懐かしく思えて藍音はそっと、握られたのと反対の手をシオの背中に回して抱き寄せていた。
それはまるで、シックザール支部長によってコアに干渉されたシオを守ろうとしたあの時のように。
その姿勢のまま、藍音は首を動かしソーマの方へと視線を向ける。その視線の意味が分からないまま、ソーマは抱き寄せた藍音と抱き寄せられたシオを交互に見ていたが……やがて、藍音が薄く笑みを浮かべたまま口を開く。

「……ソーマもシオに、言っておかなきゃいけないことがあるんじゃないか?」
「急に、何言い出すかと思ったら」

ふん、と鼻を鳴らして視線を反らしたソーマではあったが――藍音には既に見抜かれていることに気付かないほど頭が悪いわけではないだろう。
視線を反らしたまま、ソーマはぽつりと短く呟いていた。

「……会いたかった、シオ」
「そういうセリフはきちんと目を見て言わないとダメだろ」

背後からその様子を見ていたリンドウがさも可笑しそうに笑う。うるせえ、と吐き捨てたソーマではあったが照れくさそうに視線をシオの方へと向けなおしていた。

「シオもだよ。でも、シオはいっつも、このほしをみてた。このほしにいる、そーまやあいねや、さくややありさやこうたのことかんがえてこのほしをみてた。だから、ちょっとさみしかったけどへいきだった」
「……俺たちもだ。月を見上げるたびにシオのことを思い出してた」

観念したかのように言葉を繋ぐソーマに向けられるシオのまなざしは真っ直ぐで。そして、同じようにソーマを見上げている藍音の笑みはとても穏やかだった。――その様子を後ろで見つめているリンドウが笑いをこらえている理由についてはソーマは敢えて考えないことにしたようではあったが。
シオの背中に手を回したまま、藍音は同じ高さにあるシオとしっかり視線を合わせる。

「いつか、また宇宙船に乗って月へ――シオに会いに行こうって、ソーマと2人で話していたんだ。だからこうやって、シオの側から会いに来てくれたことが本当に嬉しい」
「そっか。へへ、なんだかうれしいな」

表情は微笑みから変わることのないシオは、かつてアナグラにいた時と何も変わっていないように思える。だからだろうか、あれから時間も経っているのにも関わらず当たり前のように「あの時」と同じような時間が3人の間には流れている。
違うことがあるとすれば、背後でその様子を見守っているリンドウの姿がそこにあると言うことだけ。

「そーま」

こうやってシオがソーマの名を呼ぶのもあの頃と同じ。ソーマはやはり、ぶっきらぼうに何だよなんて短く返すだけではあるが――やがて、笑みを象ったままのシオの唇からは、あの頃からは考えられないような言葉が飛び出すことになる。

「そーま、あいねのことすき?」
「なっ……!?」

その言葉に目を白黒させたのは言われた当人のソーマだけでなく、名前を出された藍音も同じ。一体今の状況で何がどうなってその質問が出てくるのか、2人には皆目見当がつかない。
――ひとまずはシオの背後で笑いをこらえているリンドウを軽く睨みつけておいてから、ソーマは取り繕うようにシオのほうへと視線を向けた。

「急になんだよ」
「てをつないでたらわかるよ。そーまはすごく、あいねのことをたいせつだっておもってるってかんじるよ」
「……感応現象……ではない、よな」

取り繕うようにそう問いかけてみる藍音ではあったが、もちろんシオがその答えを持ち合わせているわけではないだろう。
ただ――シオは一度、ソーマに問いかけたことがあった。アラガミを目の前にして、ソーマのアラガミはアラガミを食べたいと言っている――と。
ソーマが普通の人間よりアラガミに近い存在であるからこそ、アラガミであるシオにだけは伝わる何かがあるのかもしれない。

「シオも、そーまやあいねのことだいすき。でも、そーまがあいねにおもってる『すき』はシオの『すき』とはちがうってわかるよ」
「……そこまで分かっちまうもんなのかよ」

はぁ、と溜め息をついてみせたソーマのその言葉は、シオの問いかけへの何よりの答えだっただろう。それが分かるからこそ――シオは、ソーマの言葉に満足げに頷いてみせた。
そのまま、藍音へと視線を向ける――シオが聞きたいことはその視線だけで分かったのだろう、藍音は覚悟を決めるように表情を引き締め……その耳に、藍音が想像したとおりの問いかけが届く。

「じゃあ、あいねは?」
「……好き……いや、愛している。この世界で一番、ソーマが大切だと思っている」
「そっか」

にこにこと嬉しそうに笑うシオ。そして、互いの顔を見合わせながらなんとなく恥ずかしそうに笑みを交し合うソーマと藍音。3人を取り巻く空気はとても穏やかなもので……

「おーいお前ら、俺もいるってこと忘れてないか」

リンドウの呼びかけに、3人は顔を見合わせ……やがて、4人はそれぞれに声を上げて笑い始める。
その笑い声もどこか、ほのぼのとした空気を纏った柔らかなものだった。

……そして、そこに。

「シオちゃん!」
「ほんとだ、ほんとにシオがいる!!」

聞こえてきた声に視線を移せばそこには……サクヤと、そして彼女から連絡を受けてやってきたのだろうコウタとアリサが立っていた。

「こうたー、ありさー」
「シオちゃん……!嘘みたい、シオちゃんがまた地球に帰って来るなんて……!」

嬉しそうに声を上げたアリサはシオめがけて一目散に駆け寄ると、そこにいた藍音とソーマを押しのけるようにしてシオにぎゅっと抱きつく。そのアリサの様子を見ていて苦笑いを浮かべることしか出来ない藍音とソーマではあったが、その後からやってきたコウタがまた嬉しそうな表情を浮かべて歩み寄ってくるものだから自然とふたり揃って場所を譲るようにリンドウの近くへと移動して行った。
そのまま、少し離れた位置から……頬に嬉し涙を光らせたアリサや、いつもの調子であるように見えてどこかいつもより幸せそうなコウタの様子を見守っている。そうやって語らっている3人を見ているうちに、シオが手招きをして……ソーマと藍音も、リンドウやサクヤも、自然とシオを取り囲んで――彼女が地球を離れてからの時間を埋めるかのように、和やかで穏やかな時間を過ごしていたのだった――

* * *

「じゃあね、みんな。またあいにくるからなー」

もうそろそろ夜が明けようかと言う時間まで存分に語り合い、やがて月が地平へと沈もうとする頃。
帰らなければならないと言い出したシオの身体がゆっくりと光に包まれ、そしてシオはあの時と同じように穏やかな笑みを浮かべる。

「なあ、どうしても帰らなきゃいけないのか?」

寂しそうなコウタの声に、シオは無邪気な笑みを浮かべたままながら小さくこくりと頷いた。
シオの手をぎゅっと握ったままのアリサも、言葉にはしないまでもきっとコウタと同じことを考えている。だが、そんな2人の言葉にもシオは笑顔を崩すことなく言葉を紡ぐだけだった。

「ずっとここにいたら、シオはシオじゃなくなっちゃうから――でも、はなれててもいっしょだから」

あの時と同じ言葉をコウタとアリサに向けて、シオはゆっくりと目を閉じる。シオの身体を包み込む光は少しずつ、少しずつ強くなっていく。
よく見ればシオを包む光は、青く輝く月から降り注いでいるように見える――月から、迎えに来たということなのだろうか。

「……まるでかぐや姫だ」

ぽつりと呟いた藍音の言葉に、リンドウとサクヤは納得したように笑みを浮かべる。やがてリンドウはシオへと光を届ける月を見上げてぽつりと呟いた。

「けど、かぐや姫とは違う――シオはまた、俺たちに会いに来てくれるんだろ?」
「うん。シオ、そーまもあいねもりんどうもさくやもこうたもありさもだいすきだから。だから――また、ぜったいにあいにくる」
「……ああ、待ってる。お前がまたこの星にやってくるまで、誰一人くたばらせたりしねえ」

言い切ったソーマの言葉に、シオは嬉しそうな表情を浮かべて大きく頷いた。
それと同時に、シオを包む光は一段と強くなり――


「……行っちゃいましたね」

目映さに目を閉じた一行が目を開けたとき、そこに既にシオの姿はなかった。
それを確かめるようにぽつりと呟いたアリサの言葉に、それぞれが胸をきゅうと締め付けられるような感覚に襲われる――暫く誰も言葉を放つことのなかったその空気を破ったのはサクヤだった。

「でも、シオは必ずまた会いに来てくれるわ。あの子はそういう子だもの」
「ああ、そうだな……さて」

サクヤに応えるように言葉を発したリンドウは何かを振り払うように大きく伸びをしてみせた。
続けた言葉は明るかったが、わざとそうしているように感じられるのは……気のせい、なのだろうか?

「俺たちも帰ろうぜ、アナグラに。もう朝になっちまう」
「そう言えば明日俺朝からミッション入ってるんだった。ヤバイなー、帰ったらすぐ寝ないと」

茶化すような口調は寂しさを隠す為なのだろうか。コウタまでもがそんなことを言って歩き出し、次いでアリサが、そしてサクヤもまた歩き始めた。
自然としんがりを歩く形になった藍音とソーマだったが――藍音は隣に立つソーマをちらりと見遣り、そして思いついたようにそっとソーマの手を握る。シオがそうしたように――

「……藍音」
「少しくらいは寂しいと思ったっていいだろう?だから今は……こうさせていてくれ」

シオを目の前にして口には出せなかった感情を向けられた側のソーマは僅かに苦笑いを浮かべ、ぎゅっと藍音の手を握り返す。そのまま、繋いだ手を解くことなく……ふたりの視線は月へと向かう。
いつかまた会える日を信じている。ふたりが共に抱いたその願いを確かめるかのように――

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