Dream | ナノ

Dream

ColdStar

Fuu-Ka

「藍音!!」

最後の力を振り絞って振り回されたボルグ・カムランの尻尾に弾き飛ばされた藍音に駆け寄るソーマは、廃墟と化した聖堂の壁に叩きつけられた藍音を慌てたように抱き起こす。
丁度、その瞬間にサクヤが放ったレーザーが的確にボルグ・カムランの開口部を捉え――ソーマの耳に聞こえるのは、何度聞いてもあまり気持ちのいいものだと思えない断末魔。
アラガミの脅威はひとまず去ったことを確かめてから、ソーマは抱き起こした藍音のむき出しの素肌に刻まれた傷を視線だけで確かめた。
……崩れた石材が傷口に突き刺さり、また汚れた砂が藍音の傷口を覆う。

「……大丈夫か」
「この程度、大したことは……っ」

うめき声を上げた藍音の痛みの源は太腿にざっくりと刻まれた傷口に突き刺さった細かい石だろう。だが、手で払おうにも血で濡れた傷口にそのまま触れることは躊躇われ――ソーマは何の迷いもなく、藍音の傷口に口をつけていた。

「っ、何してるんだ……ソーマ」
「こうするのが一番早いだろうが」

血に混じって口の中へと移って来た石材の欠片を吐き出して、ソーマはこともなげにそんなことを言う。藍音の反論の言葉よりも先に、見せ付けるなよ……なんてリンドウの言葉が聞こえてくる。勿論、ソーマがそんなことを気にするはずもないが。

「とりあえず、帰るぞ。さっさと傷の手当てだ」

藍音に向かって伸ばした腕は躊躇いがちながらすぐに取られ、立ち上がった藍音の腕を引いてソーマは歩き出していた。
――このときソーマが取った行動が、その後の不思議な体験に繋がることなど全く知らないままに。


その日の夜。
なんとなく眠れなくて、神機保管庫に向かったソーマの目に……見慣れない人影が映る。
銀色の髪はおかっぱに切り揃えられ、いつだったか藍音が着ていた「振袖」によく似た桜色の衣を纏った……少年、なのだろうか。それとも少女なのか――
少なくとも神機使いには見えないその姿に、ソーマは訝しんで声をかけようとした――ところで、目の前の人物がゆっくりと振り返った。
まるで大空を映した様に青い瞳が、ゆらりと揺れてソーマの姿を捉える。その瞳は何故か――ヒトとは違う生き物であるかのように、ソーマには見えていた。

「……誰だ、てめえ」
「我が見える……のか。そうか、あの時主の血を取り込んでしまったか」

涼やかな声はやはりソーマの聞き覚えのないもの。それ以前に、彼女――声を聞く限りは女性の様でもあったが、もし声の高い男性だといわれたらそれも納得できる声色ではあったが――が言っていることがソーマにはよく分からないまま、じりじりと距離を詰める。
幸いここは神機保管庫。少し動けば自分の神機を手に取ることが出来る――ソーマが直感的に考えたのは、「彼女」がヒトではないことを無意識に悟っていたから、なのだろうか。

「案ずるな……ソーマ・シックザール」
「何で俺の名前を……おい、てめえは一体」
「残念ながら、そう問われても答えることは出来ぬ。我は名乗る名を持ち合わせてはおらぬ故」

儚げに見えて、何処となく凛とした空気を漂わせる「彼女」はひたひたとソーマに歩み寄り……静かに、その頬に触れる。
何処となく寒気のするような冷たいその手は、まるで廃寺の雪を思わせた。その冷たさが妙に恐ろしくて、ソーマは瞬間的にその手を払う。

「だがしかし……誰、と問うたな。我は……」

ソーマが振り払った手がすぅっと伸ばされ、その指が一点を指差す。
シオのそれを思わせる真っ白な肌。そして、伸ばされた指が示したものは――藍音の、神機だった。

「おい、藍音の神機がどうした」
「……主から聞いておろう。神機に心が宿り、ヒトの姿を借りることがあると」

確かに、藍音は言っていた。
リンドウの神機に侵喰されてから、そこに宿る精神体がヒトの姿を為して藍音の目の前に現れたと。そういえば一時、藍音が誰もいない場所に向けて何か言葉を投げかけていたように思ったのはそれだったのかと後から思い知らされたものだが――
その事実と、「彼女」の行動。それを合わせて考えれば……「彼女」の言いたいことはそれだけで伝わってきた。

「藍音の神機だって言うのか、お前が」
「……そなたが主の傷を吸い出した時に、主の血をそなたが取り込んでしまった……だから、我が見えておるのだろうな」

ソーマの問いかけの答えになっているのかいないのか。
だが、「リンドウの神機」が藍音にしか見えなかったにもかかわらず今こうして自分が「藍音の神機」と対峙している理由の説明には、「彼女」の言葉は十分過ぎた。

「ああ、安心すると良い。我はそなたを喰らおうなどとは考えておらぬ故。主を助ける為とは言え、他の『心』が主を蝕んだあの時の不快さは忘れられぬものではない。尤も、そなたに宿る『魂』は我のそれよりも強い……そう簡単に喰らうこともできぬだろうが、な」

眉を顰めるその表情も、どことなく持って回ったような言い回しも何処となく藍音と似ている気がした――のは、ソーマの気のせいだろうか。
だが、ソーマがそんなことを考えているとは露知らぬのであろう、「彼女」の言葉は淡々と続いていた。

「……だがしかし僥倖。僅かな時とは言え、こうしてそなたと話ができるとは」
「何が言いたい」
「我は主と共にある。悪鬼を初めて斬ったその時から。目の前で仲間が悪鬼に喰われたあの時も、全てを捨ててもそなたと共に大切なものを守ると決めたあの時も――仲間たちのために危険を顧みずひとり崩れた島へと乗り込んだあの時も」

ふ、と「彼女」が目を細めた気がした――ともすれば「彼女」は、藍音と共に歩んだ日々を懐かしんでいるのだろうか。
だがその表情が不意に曇る。視線は伏せられたまま――涼やかな声はただひたすらに、言葉を紡ぎ続けた。

「主は――己を犠牲にしてまで全てを守ろうとし続ける。大切なもののために全てを捨てんとする主は誇り高くもあり――だが、そんな主が時々歯痒くもある。我は何を置いても主を守る、とは言え主自身が自分を省みぬのでは意味がない」

「彼女」の言うことはソーマにも納得できた。確かに藍音は、仲間を守る為に自分が多少傷ついても問題ないと考えているふしはある――自分が感じ取っていることなど、常に藍音と共にある「彼女」にはお見通しだということか。そう考えれば、なんだか少し悔しくもあった。
ソーマのそんな胸中などきっと知らないのだろう、彼女の青い瞳は真っ直ぐに――ソーマを、捉えていた。

「だから。主が誰かを守る為に己を捨てようとした時には……そなたが、主を救ってくれぬか」
「……どういう、ことだよ」
「我は――随分と長い間、主と巡り会うのを待っていた。そう簡単に主と引き離されてはたまらぬのでな。もし主が己の意思で己を捨てようとしたその時は……主を、救って欲しい」

その言葉に、ソーマは心の中だけで舌打ちをしていた。
藍音を大切に想い、守りたいと願っているのはソーマだって同じだ。それなのに――自分よりも深いところで繋がっている「彼女」は自分だけが藍音を想っているかのような言葉をソーマに投げかける。それがどうにも気に入らなかった。
……そんな反感を抱いたところで、「彼女」が藍音の神機である以上自分は「彼女」ほど藍音に近づくことなど叶わないと分かっていても。

「てめえに言われなくたって……藍音は、俺が守る」
「ありがとう――主の選んだ相手が、そなたでよかった」

その言葉と共に、ふと見遣れば「彼女」の姿はゆらりと揺らぎ……少しずつ、色が薄らいでいくのが見えた。

「おい、てめえ……!」
「……言うたはず、主の血を取り込んだが故に我が見えたと。だがそなたの『魂』は僅かに取り込んだ我など容易くかき消すほどに強い――元々、そう永くそなたと語らうことなど許されるはずもない」

ああ、そうか。
ソーマはそこで気付いた。藍音の血を身体に取り込んでしまったから、藍音の中にあるオラクル細胞の一部を一時的に身体に取り込んでしまったから「視えた」とは言え、本来「彼女」は自分には視えてはいけない存在なのだと。

「我は我の誇りにかけて、この魂が滅ぶその瞬間まで主を守ると誓う。だが主がそれを望まぬ時が来たら――その時は任せたぞ、ソーマ」

その言葉と共に、「彼女」の姿は不意に掻き消える。
「彼女」との語らいが夢ではなかったのであろうことは――どういうわけか、持ち主もいないのにうっすらと銀色に輝いていた藍音の神機をみていてなんとなく察することが出来た――



「雪?」
「ああ。昔の極東の、この辺りが日本って呼ばれてた頃に『雪』を意味した言葉は他にはねえのか」

――不思議な邂逅のことは、藍音に話す気にはなれなかった。
勿論、藍音は自分の神機と会いたいと願うこともあるだろう。だが、だからこそ――藍音を差し置いて、自分が先に「彼女」と出会ってしまったことは藍音には伏せておくべきだと、当たり前のようにそう考えていた。

「色々とあるな。災害を巻き起こすことから『白魔』、雪を降らせるといわれている女神の名を取って『青女』、結晶が六角形であることから『六花』、晴れた空に舞う雪は風に舞う花に準えて『風花』」
「カザハナ……いまいち語呂が悪いな」
「語呂を気にしてもな……ああ、だが私はこの言葉を本で読んだ時に、間違って『フウカ』と読んでしまった記憶がある」

フウカ。
冷たく、雪のようで……澄んだ瞳は晴れた空のようで。
なんとなくその名が、名乗る名を持たないと言った「彼女」には似合いな気がした。

「……風花、か」
「どうしたソーマ……なんだか楽しそうだな」
「いや、なんでもねえ」

もう二度と出会うこともないのかもしれない、だが目的を同じくする――藍音を守ると誓ったソーマにとっての「盟友」に心の中だけでつけた名を、いつか藍音の神機に向かって呼びかけてやろう。ソーマは藍音にすら告げぬままにそう考えていた。

ソーマのその考えを、感じ取ったのだろうか。
藍音の握ったままだった細身の神機は、あの時と同じように――うっすらと、銀色の光を帯びて見えた、気がしていた。

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