Dream | ナノ

Dream

ColdStar

hers

物理的な攻撃が殆ど効かないアラガミが出たらしいから、とコウタとサクヤ、それにアリサを伴ってアナグラを出た藍音を見送ってから俺はいつものようにエントランスにいた。その時に急に、俺の意思とは関係のないところで鳴り響く通信機。
よもや非常事態かと慌てて通信機を取ると聞こえてきたのは……とっくに聞き慣れた、忌々しい声だった。

『やあソーマ、今日は暇みたいだね?』

無為に明るいサカキのおっさんの声が異様に俺の神経を引っかく。何が哀しくてこっちは用もないのにこいつと話してなきゃならねえんだ、と心の中だけで僅かに毒づいていた。
その言葉は形を変えて、俺の口から声になって飛び出している。

「うるせえ。何の用だ」
『いや、ヨハンが遺した研究資料を本部に送ることになったんだがその時に面白いものを見つけてね』
「今更親父が遺したもんなんぞに用はねえ。そんな話なら切るぞ」

通信機に手をかけたところで、僅かに離れた距離からでも聞こえたサカキのおっさんの声はやっぱり無駄に明るい。
その明るさと、何を考えているのか全くつかめないところ……俺がこのおっさんが苦手なままなのは多分そんな所なんだろうと余計なことを考えはしたが、聞こえてきた言葉に俺は手を止めるより他になかった。

『いや、君じゃなく……藍音君に関わる資料なんだがね』

親父の残した資料。それも藍音にまつわるもの。
聞くまでもなく話なんか終わらせようと思っていた通信機を再び耳に当てる――この、藍音が絡むと常に冷静でいられないところは俺も治した方がいいのかもしれねえ、とは思いながら。

***

「やあ、よく来たねソーマ」
「……言いやがるな。藍音の名前を出したら俺が無視することなんてできねえのは分かってたんだろ」
「いやあ、仲良きことは美しきかなと言うじゃないか」

飄々とした笑顔に、忘れかけていた苛立ちを思い出しかける。こんな話をする為に呼び出されたわけじゃないことは分かっている――俺のこの苛立ちは何も根拠のないもんじゃねえと、おっさんも分かってやがるんだろう。

「まあ、確かに藍音君に関わる内容なんだがね……先に断っておくと話の序盤に藍音君は関わらないがとりあえずは聞いていてほしい。ソーマ、君はアラガミ環境病って知っているかな?」
「アラガミ……環境病?」

聞いたことのある言葉がふたつ組み合わさっただけでどうにも聞き覚えのない言葉になるとも妙な話ではある。
俺の表情で答えを悟ったのか……それとも、ハナっから分かった上で尋ねてきたのか、それは俺には分からねえ。だが、おっさんは淡々と言葉を紡いでいった。
俺が聞いてるかどうかは多分二の次三の次、おっさんの言葉は淡々と続いていく。

アラガミ環境病、てのはアラガミがこの世界に出現したのが確認されてから3ヶ月ほどした頃に突如発症者が現れた奇病らしい。徐々に体力を奪われ、床から起き上がることも出来なくなり、最後には衰弱死する――
この病気の原因は最初こそ特定できなかったものの、調べていった結果アラガミが倒れた時に飛散するオラクル細胞や、もっと直接的にアラガミの排泄物だとかアラガミの呼吸での空気の汚染だとかそう言うもんに対して身体が拒絶反応を起こすアレルギーの一種なんじゃないかということまでをアラガミ総合研究所――親父や、俺の母親がいた組織では突き止めた、らしい。その研究には親父たちは関わっておらず、別のチームで研究が続けられていたらしい、が。

「ここでひとつ懸念されたのが、アラガミ環境病の遺伝のことなんだ」
「遺伝?」
「アレルギー性の病気と言うのは遺伝するというのが通説でね。アラガミ環境病がアレルギーの一種であるとするならばその遺伝性についても確認しなければならない――ただ問題としては、実際にアラガミ環境病を発症してしまうと子供を生すのが難しくなる。女性の発症者には出産できる体力なんてないし男性の発症者でさえ『それ以前』の行為に至るだけの体力すら捻出できないほどに弱ってしまっていたからね」

ふぅ、とひとつ息を吐いたおっさんは何かを思い出すように遠くに視線を送り……ぽつりと、何かを呟いた。その言葉は俺は聞こえなかったが、すぐに気を取り直したように言葉を連ね始めた。

「ところで、アラガミ総合研究所が懇意にしていた病院があってね。この病院は外部居住区の人たちに安価で医療行為を行っていたんだがその病院にいた医師の奥方が何の因果かアラガミ環境病を発症していた。……研究者の一部がそれに目をつけたんだ」
「何の話だ」
「病院への支援打ち切りか、奥方に子を産ませるか。どちらかの選択を迫ったんだよ。彼は奥方を大層愛していたようでね、最初は抵抗していたが最後には病院を潰すことは出来ないと断腸の思いで研究のために奥方に無理を強いてこの世に『アラガミ環境病患者が発症後に産んだ子供』をこの世に送り出す決断をした」

そこでサカキのおっさんはぐいと身を乗り出してくる。顔が近い。
藍音はサカキのおっさんとは仲がいいとは言え「あれさえなければ気にならないのに」とこうやって身を乗り出してくるのを嫌がっていたのを思い出しはしたが今はそんな話をしてるわけじゃねえ。

「まあ、命を賭しはしたものの奥方はその後10年ほどは生き延びたんだ、フェンリルから手厚い保護があったからね。さて、ソーマが聞きたい話になるまではもう少し時間がかかるから暫く辛抱していてくれるかな」

俺の表情が変わった理由を曲解したのか、サカキのおっさんは俺から離れて背を向ける。
確かに、この昔話のどこに藍音が関わってくるのかがさっぱり分からない以上どこまでこの、退屈な講義を聞いていなきゃならないのかそろそろうんざりしつつはあったが。

「ともあれ、ここにアラガミ環境病発症者の親を持ったひとりの女の子が誕生する。ただ、タイミングが悪くてね。彼女が生まれて1年もしないうちにアラガミ総合研究所は解体、閉鎖されることになった――」

アラガミ総合研究所の閉鎖の理由はマーナガルム計画の失敗。そのことに気付かねえほど俺は鈍感なわけじゃねえ。サカキのおっさんがマーナガルム計画の名前を出さなかった理由は俺を気遣ってのものだということも、なんとなく。
だが、それよりも今の話に引っかかる部分があった。つまり、生まれた子供は今俺とそんなに年が変わらねえってことで――
頭に浮かびかけたひらめきが形になる前に、サカキのおっさんの言葉はまだ続く。

「その時に、アラガミ環境病の研究をしていた研究者たちの資料をヨハンが引き上げて、オラクル細胞の研究をしていくのと平行して生まれた子供の検査をしていた。だが最終的に、遺伝性は認められないと分かった……これが彼女が6歳の時だったかな。ところで、ここに興味深い資料があってね」

そこで言葉を切り、おっさんは机の上に出してあったデータディスクを専用ターミナルに入れる。
何度かキーボードを叩いて、その結果何かが画面に映し出されたのだろう。それを確かめるようにモニターに視線を送ると、笑顔を崩すことなく言葉を連ねていった。

「この少女は10歳の時点で既に神機適合候補者として名前が挙がっていたんだ。ただ、10歳の子供を戦わせることは出来ないだろうと判断されたこと、当時はまだ神機適合候補者リストの精度に問題があったこと、それに彼女に適合する神機が見つかるまでに実に8年もの時間を要した為彼女が実際に神機使いになったのは彼女が18歳になったばかりの頃だった」

18歳。そのキーワードがさっき浮かびかけたひらめきを形にしていく。
偶然だとしたらあまりに出来すぎてる。それに、俺は元々なんと言ってサカキのおっさんにここに呼び出された?
それを考えれば、おっさんの言葉が指し示している事実はたった一つ――だが、肝心の「答え」を直接口にすることはないまま、おっさんの話はまだまだ続いた。

「ところで、神機使いになった彼女は人間としては極めて高い神機との適合率を誇っていてね。彼女に適合する神機はなかなか見つからなかったのもそのせいじゃないかと考えられている。はっきりと言うのであれば人間としてはありえない数値なんだけど……ここで思い出して欲しい。彼女の母親がどんな人だったかを」
「アラガミ環境病の患者……けど、アラガミ環境病は遺伝しねえ、って」
「患者が誰一人として生き残っていないことを考えれば改めてその研究をすることはもう出来ないからこれは私の仮説ではあるんだけどね……『アラガミ環境病』は遺伝しなかった、だが『アラガミのいる環境に適合した抗体』を作りその抗体を子供に受け継がせたのではないか。その結果、子供はアラガミと言う存在に適合し――結果、極めて優秀な神機使いになった」

おっさんは笑顔を崩すことなく話を続ける。そして、わざとらしくああ……と声を上げてみせた。

「ところで、研究のために奥方の命を懸けざるを得なくなった勇気ある医師の名前をまだ教えていなかったね」
「もう分かってる……『櫻庭』、だろ」

前に、寝物語に藍音本人が言っていたこと。外部居住区暮らしの割には学校にも通わせてもらったし恵まれた生活をしていたような気がする、と。
だが父親は自分が何の仕事をしているのか、どこで働いているのか死ぬまで教えてはくれなかった、と。
……藍音の父親は多分、それを言ってしまうことで自分が生まれた理由に藍音が気付くのを避けたかったんだろう。それに藍音本人は気付いてないとは言え……知らないままでいて欲しかった、んだろう。

「ご名答。そもそも藍音君の話だといって呼び出したのだから途中で気付かれるのも無理はないか」

表情が笑っているとは言え、声は決して笑ってなんかいやしなかった。
それどころかどっか重々しいようにも感じられるおっさんの言葉は更に続く――

「勿論、アラガミ環境病の研究にも協力していたヨハンがこの事実に気付いてなかったわけはない。ヨハンが彼女を手駒にしようとしたのは何も、彼女が新人でヨハン以外の勢力の息がかかっていなかったからと言うだけじゃない。藍音君が持っている潜在能力を見抜いていたからこそ彼女を引き込もうとした……まあ、今となっては全ては推測だけどね」
「……で?それを俺に聞かせてどうするつもりだ」

藍音の全てを、藍音本人ですら知らなかった藍音の過去――だが、それを俺が今後どうすればいいのかなんてさっぱり分からねえしサカキのおっさんがその話を俺にした理由も掴めねえ。
話すなら直接藍音に話せばよかったんじゃねえのか、なんて思ってる俺の考えを見抜いたのか……サカキのおっさんの表情から、不意に笑みが消える。

「この資料を本部に送ることで、その結果藍音君が不当に傷つくような事態になるのはソーマだって困るだろう?だから……そんな事態が訪れそうになったら、藍音君を守ってくれるね?」
「……何を、今更」

短くその言葉だけを返して、俺はおっさんに背中を向ける――
たとえどんな生まれを背負って、どんな宿命の元に生まれてきたとしても藍音は藍音だ。あいつが俺にそう言ったように、俺だってそう思ってる。
その事実があいつを、藍音を傷つけるなら、俺は守ってみせる――藍音がいつか、俺にそう言ってくれたように。

「いやあ、ソーマと仲良くするようにと藍音君に頼んでおいて正解だった」
「うるせえ」

からかうようなおっさんの言葉にそれ以上返事なんて返す必要はなかった。
言葉なんて要らねえ。俺が背負ったものを藍音が支えると言ってくれたのと同じように……藍音自身が知らねえまま背負ったその生まれの意味を、俺は後ろから支えてやればいいだけだから。

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