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ColdStar

彼女の選択

リンドウさんの捜索命令が出されたことで、ひとまず私のなすべきことはひとつ終わったと考えていいだろう。
サカキ博士にここまでの経緯についてもう一度確認する為にエレベーターに乗り込んでラボラトリフロアに向かった私だったが――エレベーターの扉が開くと、自動販売機の前には初恋ジュースの缶を片手に持ったレンの姿があった。

「リンドウさんって本当にみんなに慕われてたんですね……数も数えられないようなバカなのになあ」

何かを思い出すようにぽつりと呟かれたレンの言葉。きっと、あの……三つの命令のことを言っているのだろう。
リンドウさんがいなくなった今でも、リンドウさんの下で戦っていた神機使いたちが皆胸にとどめたままの――三つと言いながら四つ為された命令。

「そう言えば、あなたが初めてオウガテイルと戦ってた時にもやってましたね」
「レンも聞いたのか、あの命令」

ああ、そうだった。あの命令を聞いたのは私の初陣の時、リンドウさんと2人だけでオウガテイルを倒すべく出撃したときのこと。
まだこのときの私には、そこで懐かしむ余裕があった――その時は、まだ。
私の考えなど知らないように、レンの言葉は淡々と続く。リンドウさんに緊張を解される側だった私が今はアナグラでリーダーとして慕われているのだと言うことを確かめるように呟いた上で……レンは淡々とした口調ながらはっきりと私に向かって言い放った。

「あなたに伝えるべきことがあります――アラガミ化した神機使いの処理方法です」
「処理、方法……?」

レンが選んだ「処理」と言う言葉が……私の頭の中で今までの話と繋がらない。
アラガミ化した神機使い、と言うのは勿論リンドウさんのことを指しているのだろう。そのリンドウさんを、ヒトではないものであるかのように扱われたことが受け入れられなかったのかもしれないが。
そんな、私の戸惑いを他所に……レンの言葉は、更に続いていく。

「アラガミ化した神機使いの処理方法として最も効果が高いのは……適合した物にしか扱えないと言う矛盾を孕む為確実な方法とは言えないのですが」

そこでレンは言葉を切る。
だが、私はもうレンの言葉をしっかりとは聞いていなかった。――聞くことが、出来なかった。
無意識のうちに、レンが発する言葉を否定するように頭を振る。だがそれしきのことでレンが話を止めてくれるわけもなく――

「アラガミ化した本人の神機を用いて殺すことです」

頭に血が上ったせいだろうか。
気がついたときには私はレンに掴みかかっていた。その華奢な身体を自動販売機に押し付け、しっかりとレンを見据える。
耳に響いた重い音は先日聞いたのと同じ――レンが手にしていた缶を取り落としたのだろう。だがその音くらいで私の冷静さを呼び戻すことなど出来ようはずがなく。
長い睫毛に覆われたレンの瞳に映る私の表情は――冷静さを欠いている状態でもはっきりと分かるほどに、強い怒りを孕んでいた。

「リンドウさんを…殺せって言うのか」

口にした言葉は、発した声は自分のものだとは思えないほどに低い。
リンドウさんを殺す?私が?そんなことが……できる、はずがない。
私のそんな考えなど、きっとお構いなしなのだろう。レンの言葉は今まで同様に淡々と続いていくだけ。

「リンドウさんの足跡を辿って運良く彼に出会ったとしましょう。もし、その時彼がアラガミ化していたら……藍音さん、貴方はどうしますか」
「……だからって、私は」
「言ったでしょう。アラガミ化した人間は普通のアラガミよりずっと危険な存在だと……そんな危険なアラガミを放っておくことが出来ないことくらい、藍音さんには分かっているんでしょう?」

――分かって、いる。
危険なアラガミを放っておくことが、第一部隊の隊長である私に許されるはずがないことなんてとっくに分かっている。
頭の片隅にいる冷静な自分はそう言っているのに、口から出た言葉はそれとは全く相反するものだった。

「あんたに何が分かる……私達が、アナグラの人間がどれほどリンドウさんを……っ」

それ以上、言葉にはならない。
噛み締めた唇の痛みにさえ気付けないほど、ぐるぐると頭の中を色んなことが回る。
リンドウさんの生存。ただその先にあるのかもしれない絶望。それに対して私ができること。でもそれは。
言葉にならないまま、レンに掴みかかった手の力を緩める。レンは私から視線を反らすことなく、それでも私からゆっくりと身体を離すとぽつりと呟いた。どんな選択をするのか、と。
その問いに私が答えることはない。私が言葉にしたのは――レンの問いかけとは全く関係のないこと。

「あんたは神機使いのアラガミ化を専門に研究してるんだったな」
「ええ」
「だとしたら私よりあんたの方がよっぽど詳しいって、頭では分かってる」

ぐるぐると回る雑多な思考を言葉にすることでまとめていく。
怒りだけに支配されたまま、冷静さを欠いたままで話なんて出来るわけがない。落ち着けと頭の中で何度も自分にそう言い聞かせながら、どこか――自分が発しているはずなのに不自然にも聞こえるような声を絞り出していくだけ。

「そのレンがそういうんだ、本当にそうせざるを得ないのなら……覚悟を決めるべきなんだろう。ただ」
「ただ?」
「私は……諦めたくない」

こうやって言葉にしてみれば、私の考えていることなんて……結局、それだけだった。
リンドウさんが生きている。たとえアラガミになっていようがなんだろうがリンドウさんが生きているのなら、そう簡単に諦めることなんて出来るはずがない――
まだ聞きたいことが山ほどある。リンドウさんに伝えなければならないことだってある。アラガミ化しているからと言って、「処理」なんて言葉を使ってそう簡単にリンドウさんを消してしまうことなんて私には――できない。

「たとえ1%でもリンドウさんを助けられる可能性が残されているなら私はその可能性に賭けてみたい」
「どうして?賭けるにしてもあまりにも分が悪すぎると思わないんですか?」

レンの言うことは確かに尤も。だが――私は心の中で思っていた。だからどうした、と。

「どんな状況でも最後まで悪あがきをする、それが私の……フェンリル極東支部第一部隊のやり方だから、な」

そこでレンに背を向け、私はエレベーターへと向かう。その私の背中に向かって、レンの――冷たくさえ聞こえる声がはっきりと届けられていた。

「でも藍音さん。奇跡を起こしたアラガミの少女はもうこの星にはいないんです」
「……そうか、あの時……シオのことを」

確かに、私がリンドウさんの生存の可能性を「視た」あの時にレンの側に私の記憶が伝わっていたとしても何ら不思議はない。
私がその先の言葉を捜している間に、レンが先に言葉を繋ぎ始めた。先ほどまでと同じように、凍りつくように冷たい声で。

「あの少女は確かにリンドウさんを、そして皆さんを、この星をも救ってみせた。でも彼女がこの星にいない今、その奇跡はもう起こらない……奇跡に縋っても、残されるのは絶望だけなんです」
「そうかもしれないな。だが」

反論の言葉と共に胸に過ぎったのは、最後に見た気がするシオの笑顔。
私とソーマが必ず守ると言っておきながら、最終的にシオに守られたのは私たちの方だった。だったら。

「残念ながら私は頑固な上に諦めが悪くてな」

シオが奇跡を起こしてくれないことなんてもう分かっている。
でも、シオが守ってくれた私と言う存在が、シオが救ってくれたこの星で――一度シオが助けた人を、もう一度私が助けてみせる。
それがきっと、シオに何も出来なかった私にできること。

「奇跡に縋るつもりなんてない。私は私のやり方で、ほんの僅かの可能性に賭けてみせる。それだけだ」

もう、レンの言葉を聞くつもりはなかった。私のやるべきことは決まったのだから。
エレベーターの扉が開き、何も言わずに乗り込んでいく。元々このフロアに何をしにきたのか忘れてしまったが、最早そんなことはどうでもいい。

「……僅かな可能性さえ、残されていないかもしれないのに」

レンが呟いた言葉は――私の耳には届かないまま。

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