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ColdStar

初恋ってなんだっけ

「コウタの奴……妙なものを飲ませやがって……」

ミッションの合間に、笑いをかみ殺していたジーナから詳しく話を聞いて……その内容から感じた嫌な予感は何も間違っていたわけではなかったようで。
気になってソーマの部屋を訪れた私だったが、そこで見たのは彼らしくもなく蒼ざめた顔をしてベッドに腰掛けているソーマ。
案の定、と言えばそうなのだがこの状態のソーマにかけられる言葉なんて……正直、そう多いわけじゃない。

「初恋ジュース、だったか。あんたがその反応ってことは余程酷い味なんだな」
「あれは酷いなんてもんじゃねえ。言っとくが、藍音はあんなもん飲むなよ……うぅ」

こんな時でも私を案じる言葉を投げかけたソーマの優しさに素直に喜んでいいものかどうか。
そんなことを考えながらも私は苦しそうに小さく呻いたソーマの隣に座り、力づけるようにその肩をぽんぽんと叩いた。
だいたいが、コウタのやることなんだからソーマも少しくらい疑ってかかればいいのに、なんて言葉はきっと今の彼を余計落ち込ませるだけだろうからぐっと飲み込む。
飲み込んだ言葉の味と彼が騙されて飲まされたという初恋ジュースの味、どちらが酷いものなのだろう……なんて考えてみたりして。
それにしてもコウタは一体何と言ってそんな怪しい飲み物をソーマに飲ませたんだろうか、なんて余計な事まで気にかかる始末だ。
それだけソーマがコウタを信頼できる仲間として見ているのだと思えばそうなのかもしれないがそんな美談にしてもいいものなのだろうか、なんて。

「それにしても」

余計なことがぐるぐると回る思考を切り替えるために無理やりに言葉を繋ぐ。
そうは言ってもどんな言葉を投げかけるのが正しいのかなんて今の私には全く分からない。ソーマに対して何を言っていいか分からないなんて随分と久しぶりに思ったような気がするが、前にそんなことを考えた時と今とでは状況が違いすぎる。
それでも無理やりに搾り出した言葉はもしかしたら、ソーマに植えつけられたトラウマを抉ってしまうのかもしれない……なんて、こんなどうしようもないシチュエーションではなかったとはいえやっぱり前にもそんなことを考えたような記憶がある。だが、他に話すような内容があるわけでもなく――

「ほろ苦さと甘酸っぱさ、って言えば確かに初恋っぽいとは感じるが……博士は一体何を思ってそんなものを作ったんだろうな」
「あのおっさんの考えることなんざ知るか」

ある程度想像通りとも取れるその答えと共にふい、と機嫌が悪そうに視線を逸らしたソーマはまるで拗ねているようにさえ見える。
普段の彼らしくもなく幼いそのしぐさに、堪えきれず笑みが零れる――よくよく考えてみれば、ソーマのこんな表情を今までに見たことがあっただろうか。ソーマが私に、こんな表情さえも見せてくれるようになったのはそれだけ彼が私に心を開いてくれたからだと思えば少しは嬉しくもなろうと言うもの。
だが、私の笑みの意味をどう受け取ったのか。拗ねた表情のままで、ソーマは短く一言だけ言葉を発していた。

「……笑うな」
「すまない」

謝ってやったとは言え更に不機嫌そうになったように見えるソーマに向かって、私は自然と手を伸ばしていた……そして今度は、まるで子供にそうするように頭を撫でる。
それをソーマが余計嫌がるかもしれないと考えなかったわけではないが、ほんの僅かソーマの機嫌が直ったように見えたのは私の気のせいなのだろうか。
それが気のせいではないと信じて、それでもどことなく奇妙な重苦しさが支配している部屋の空気を換えようとばかりに私は言葉を紡いでいく。

「博士は『初恋』に何か恨みでもあるんじゃないか」
「だからあのオッサンが考えることなんざ俺は知らん。大体が……」

そこで言葉を切ったソーマは不機嫌そうな表情のまま私に向かって手を伸ばした。
なんのつもりだ、なんて問うよりも先にソーマの手が私の頬に触れ――その意図を測りかねているうちに、唇を重ねられていた。
反射のように目を閉じるとソーマの手は私の頬から後頭部へと動き、私が逃げないようにしっかりと押さえ込む――そんなことをしなくても、今更私が逃げられるわけなんてないのは知っているくせに。
最初は重なっていただけの唇は、やがて少しずつ絡み合い深くなる――

「ん、ふ……」

私の全てを奪い蕩けさせるような甘い口付けに自然と声が漏れる。
気付けば唇を絡め合わせたまま、私の身体はソーマのベッドに押し倒されていた。やがて唇が離れ、瞼を開くと真剣に私を見つめているソーマの表情がそこにはあった。
先ほどまでの、どこか幼くも見えた機嫌悪そうな表情とは違う。そこにいるのは――ここ暫くですっかり見慣れてしまった、立派な「大人の男」の顔をしたソーマ。

「……ソーマ」
「『初恋』の味はあんな酷いもんじゃねえ。藍音とキスしてはっきり分かった」
「……ああ」

人を拒絶して生きてきた彼にとっての『初恋』は今ここにいる私。
私にとってそうであるように、ほのかに甘くそして熱い蕩けるような口付けが……私たちの、初恋の味。
なんて、言葉にしたら少し気恥ずかしくはあるけれど……それでソーマが立ち直るのならば別に気分が悪いわけではない。
そんなことを考えて無意識に笑みを零した私に、ソーマから微笑みが返される。だがそれは、今ここにソーマと共にある幸せを噛み締めている私のそれとは違いまるで何かを企んでいるような――

「分かりはしたが……キスだけでやめるつもりもなくなっちまったけどな」

笑みを象ったままのソーマの唇が、今度は私の首筋に落とされる。そのまま鎖骨の辺りまで何の迷いもなく滑る唇の動きに私は小さく身を震わせた。
私の反応を確かめるよりも早く、ソーマの手は既に私の上半身を露わにしようと動き始めている……
その刹那、部屋に響いたのはノックの音。

「おーいソーマ、さっきは悪かったって。ちょっと開けてくれないか?」

ノックに続いて聞こえたコウタの声に、私たちは顔を見合わせ……私を組み敷いていたソーマは大きくため息をついて身体を起こした。

「今度はいいところで邪魔しやがって、コウタをぶっ飛ばす理由がもうひとつ増えたな」

ソーマの言葉に小さく笑いながらも釣られたように私も身体を起こし、乱されかけていた衣服を整える。
さて、扉を開けたソーマがコウタに何を言うのか。それをほんの少し楽しみにしている私はもしかしたら意地が悪いのかも知れない。

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