■ふたりがくれたもの
ソーマが変わった、と最初に言い出したのは誰だっただろうか。
最初はこっちが心配してやっても冷たく突き放されてたのに、と不満げに呟いていたコウタだったか、いつの頃からかだいぶ素直になったわよね、なんて笑っていたサクヤだったか、それとも……ほんとに随分丸くなっちゃいましたよねとからかうように笑っていたアリサだったか。
「あのアラガミの少女は俺だけじゃなくソーマのことも救った、ってことか」
「そうなるわね。シオがリンドウのことも助けてたって聞いたときは流石の私も驚いたわ」
何かを思い出すように笑みを浮かべたサクヤが思い出しているのは、シオ――ソーマを変え、リンドウをも救ってみせたアラガミの少女と過ごした日々のことなのだろうか。その表情は、どこか懐かしいものを思うようで……それが分かるから、誰も敢えてそのことを確かめたりはしない。
「ソーマを変えて、リンドウさんを救った……か」
そこでコウタがぽつりと呟き、どこか遠くへ視線を送る。
その先にいるのは、何事かソーマと熱心に話し合っている……コウタにとっては同期で入隊した友人で、そして――今は上官に当たる第一部隊隊長、藍音の姿。
「どうしたんです、コウタ」
「ソーマを変えてリンドウさんを救った。それって、藍音も一緒だなって」
今、藍音とソーマがどんな話をしているのかは彼らのところにまでは聞こえて来ない。だが、真剣そうなその表情から恐らくはなんらか任務にかかわることなのだろうとおぼろげながら推測はついている。
こうやって見ていればあのふたりが恋人同士だなんてことは俄かには信じられないが――そんなことを彼らが考えたのをまるで悟ったかのように、藍音の「第一部隊隊長」の表情が不意に解れ、穏やかな笑みへと姿を変える。ソーマを捉えるその視線は、隊長としての厳しい眼差しから愛しい人へと向ける優しいものへ――藍音を見つめるソーマの目もまた、いつものソーマからは考えられないほどに穏やかで優しい。
「言われてみれば、それもそうね」
「……だからこそふたりともソーマには大切にされてる、って気もします」
様子を黙って見ていただけだったサクヤとアリサがそう付け加え、コウタは我が意を得たりとでも言うように大きく頷いた。
「……俺も感謝しなきゃなあ。今更口に出してそんなこと言うのはなんか照れくさい気もするが」
「俺もですよ、そんなの。今の俺達がこの『かたち』で存在できてるのは藍音とシオのお陰だなんて……思ってても多分、あいつには言えそうにないや」
「……アーク計画を阻止した時に話した気がするんだけど、私たちの誰が欠けていてもこういう結末にはならなかった。あの時、アリサが私を守ってくれたから、コウタがエイジスへの鍵をくれたから、藍音とソーマが支部長を止めてくれたから、シオがノヴァを月へと運んでくれたから……私たちは今こうやってここにいられる、のよね」
過ぎ去った日々への想いをそれぞれに唇に乗せるリンドウ、コウタ、そしてサクヤ。
その言葉を聞きながら、アリサは大きく頷いていた。
「もっと大切にしなきゃいけませんよね、この毎日を」
「そうだよな。シオと藍音がくれた日常を、もっと大切にしないと。それで、俺たちは俺たちで大切な毎日をもっと大切なものにしていきたいし」
「……コウタがそんなことを言うと雨が降りそうですよね」
「な、なんでだよ!!」
アリサとコウタのそんな掛け合いを聞きながら、リンドウとサクヤは顔を見合わせ笑みを交し合う。
そんな彼らに気付いたのだろうか、少し離れた所で話し合っていたソーマと藍音もゆっくりと彼らの元へと近づいてくる――
作り上げられた毎日を精一杯生きる、第一部隊のそんな日常はこれからもきっと続いていく、そう――誰もが、信じていた。