Dream | ナノ

Dream

ColdStar

北風と太陽

誰かに心を開くなんて下らねえ。
信じた所で結局失うだけで、そのたびに失ったのは自分のせいだなんて俺を責める声が俺に届く。
失ったことで一番苦しんでるのが俺だなんて思うつもりはねえが、それでも全く傷ついていないと言えば嘘になる心にそうやって責める声は痛くて、苦しくて……
結果として俺は心を閉ざした。
心を開いて自分を曝け出して、その結果苦しむのはまっぴらだなんて思っていた、から。

「今更そんな話をされてもな。そんなことは十分知っているんだが」

俺の言葉に、藍音は言葉のとおり今更何を、とでも言いたそうな顔をして俺の方を見てやがった。
俺がなんで急にこんな話をし始めたのか、藍音は多分気付いちゃいねえ……そんなことを思いながら、俺は藍音がベッドサイドに置きっぱなしにしていた本を指差した。

「その本読んでて、思い出しただけだ」
「童話大全集、か。あんたには随分不似合いだと思うが」
「人のこと言えんのかよ、藍音」

言い返してやってから、自分で話が逸れているのに気付いて一度咳払いをした。
それに気付いたのだろう、藍音はもう一度だけ分厚いその本に視線を落とし、僅かに首を傾げてみせた。

「しかし、童話大全集を読んでいて思い出すというのも妙な話だな」
「……北風と太陽。どんな内容だったか、知ってるだろ」

言葉にしてやると、藍音は小さくああ……と言葉にした。
そのまま、一度目を閉じるといつもの淡々とした口調で……時折記憶の糸を手繰るように言葉を止めながら記憶の中の物語を言葉として紡ぎ上げていく。

「北風と太陽が、ひとりの旅人を見つける。その旅人は分厚いコートを着込んでいて、どちらがそのコートを脱がせることができるかを競うと言う話になった。北風がコートを吹き飛ばそうとしたがうまくいかず、太陽が照らすことで暑くなって自分からコートを脱いでしまった……そんな話だったな、確か」
「……その旅人が俺と重なった」

心無い言葉。俺を人として認めず傷つけてきた数々の言葉から逃れる為に俺は心を閉ざしていた。
さながら、北風から逃れる為にしっかりとコートを着込んだ童話の旅人のように。

「……あんたにしちゃ珍しく詩的なことを言い出したな」
「悪いか」

からかうようにそんなことを言われ、その先を口にする気が失せかける。
だが、その続きの方が大事なんだと言うことを思い出して藍音に視線を向け……そこから、言葉が続かなかった。
俺も藍音みたいに、思っていることを何も考えずに口に出せるくらい悪い意味で素直だったら良かったのに、なんて思いながら。

「旅人がいて、北風がいるんだから……太陽だっているに決まってるだろ」

考えた挙句に言葉に出来たのはたったそれだけ。
でも、それだけでも藍音には伝わるとそう信じて……俺はそのまま、藍音から視線を反らした。

「……自惚れていいのか、それは」

確かめるような藍音の言葉を、何故だか素直に肯定することが出来なかった。
暖かい光。着込んだコートを纏い続けたままでは暑くて近づくことが許されない太陽――俺が旅人だとしたら、俺のコートを剥ぎ取った太陽は……暖かく、真っ直ぐな言葉で俺を受け入れようとしてくれた藍音。
心ではそう思っていても、それをはっきりと言葉にするのは妙に恥ずかしい。

「そういう意味じゃなかったらこの場で言うわけねえだろうが」

誤魔化すようなその言葉と共に藍音に背を向けた。
顔見るのさえ恥ずかしいって一体何だって言うんだ。
……だが、俺のそんな気持ちを知ってるのかいないのか……背後から響いた藍音の声は優しくて、暖かく俺の耳まで届く。

「私は……ソーマを変えることができた、んだな」
「なんか嬉しそうだな」
「嬉しいに決まっているだろう?初めて会ったときから、私はあんたに心を開いてほしかったんだから」

全く。
いつまで経ってもこういうところでは藍音に敵う気がしねえ。

「……それこそ、今更だろうが」

今の俺がどれだけ藍音を必要としているかとっくに知ってるくせにこういうことを言いやがる……そんなことを考えるとなんだか小憎らしくも思えてきて、そのまま振り返って藍音をしっかりと抱きしめてやった。

「俺はとっくに、離せって言われても藍音を手放すつもりなんてねえ」
「私だって、離れろって言われたって離れてやるつもりなんてないが」

藍音の言葉に小さく鼻を鳴らしながら……勝てる気もしねえけど負けるつもりだってねえことをはっきりと教えてやる為に、俺はそれ以上を言葉にせずただ藍音の唇を奪ってやった。

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