頂き物 | ナノ

拒否権はキスと引換えに




うららかな午後にぴったりな柔らかい日差しと静かな空間。何だかんだでジムリーダーの仕事で常日頃忙しく働いているグリーンも、暇人でこそないものの家の手伝いとかお買い物とか、それなりにそれなりな毎日を過ごしているアタシも、今日はこれといった用事なんて存在しなかった。

自宅の居間でのんびり雑誌をめくっていたら、ふと思った。最近、グリーンの顔を見ていない。別に忘れていたとかそういうんじゃない。しょっちゅう会わないと不安になってしまうような可愛らしい時期なんてとっくに過ぎたアタシたちは、周りから所帯じみていると言われることも少なくない。それほどの付き合いなのだ、おそらく。

そうは言っても、思い出したら会いたくなるのが人の常。いくら所帯じみてようとアタシはうら若き乙女なのだ。

部屋着を脱ぎ捨て普段着を身につける。もちろんボールホルダーも忘れない。遠出する訳じゃないけれど、そこはやっぱりトレーナーの性分なのだ。つけていない方が気持ち悪くなる。


「いってきまあす」


何でもない言葉でも、返事があることの幸せを感じられる。それって素敵よね。鼻歌を歌いたい気分で家を出た。

今日も今日とて穏やかな、始まりの町。そよぐ風になびく髪を軽く押さえながら、すぐにたどり着いた目的地のインターフォンを押すつもりで伸ばした手は、結局ボタンにふれなかった。


「あら、ブルーちゃん」
「こんにちは。めずらしいですね、ナナミさんがこっちにいるだなんて」
「マサキさんの研究に必要な書類を取りに来たの。――グリーンは二階でまだ寝てるかも」


もう行くわねと微笑むナナミさんに手を振って、遠慮なくあがらせてもらうことにした。まあたまの休みだし、寝かせてあげたいとも思うけど、それでは自分がかわいそうだ。顔くらい見て帰りたい。そんな非常に勝手且つアタシらしいことを考えながらドアノブを捻った。


「グリーンー…?」


一応気遣って、小さく声をかけてみる。スウェット姿でベッドに腰掛けた、いかにも寝起きスタイルのグリーンがこちらに顔を向けた。

以前から生活リズムはしっかりしていてほとんど崩さないだけに、この時間帯にそぐわない彼の姿に、聞いていたとはいえ少し驚いた。


「悪い…今、起きた」
「そんなに忙しかったの?」


自然と気遣うような声色になる。彼の生活が崩れるほどに、最近は慌ただしかったのだろうか。

グリーンは小さく欠伸をして、腰を上げた。


「いや。…ところでお前は、」
「用事ってほどじゃないし…いいわよ、寝てても」
「…」


ぼんやりとした緑の瞳がアタシをじーっと見つめる。何を考えてるかが普段以上に読めなくて、どうしたもんかと見つめ返した。

ベッドが軋んだ音を立てて、アタシは慌てた。さすがに予想以上に疲れの溜まった相手に無理をさせるほど、我が侭にはなってないつもりだ。けれど、近づいて手首を握った腕は思いのほか力強くて、目を瞬いているうちに視界は――90度くらいは、変わった。

やわらかな感触。さっきよりも軋むベッド。困惑してただ熱に浮かされたように回らない頭で、必死に言葉を探す。けれどアタシの視界に広がる体温が残るシーツのせいで、グリーンの力強い腕のせいで、霧散した。


「…ぐ、グリーン?」


可哀想なくらいに混乱したアタシはただ名前を呼んだ。お世辞にも冷静とは言えなくて、少し声も上擦っている。


「お前…冷たいな」
「はいっ!?ど…な、何がよっ会いに来てあげたじゃないのよ」
「違う」


体が。そう言って更に抱きすくめる力が籠もって、どくりと心臓が音を立てた。肩口に顔を埋められ、暖かい吐息を感じる。首筋に当たる髪の毛が少しくすぐったかった。


「今日…寒いのか」
「で、でも、この時期では暖かい方よ、ええ。それより今の状況っ――、」


はた、と止まる。

アタシの肩口に沈んでいた筈の顔が、アタシの鼻先のすぐ近くにある。整いすぎた顔でいっそう目を引く鋭い緑の瞳は、強い意志を奥深くに称えて射抜いてくる。


「何も言うな。ここにいろ」


そう言って。

鼻先に、瞼に、額に、頬に。丁寧に、どこか熱っぽく、優しく、口づけが落とされて、行為にはいるときの情熱的なそれとはどこか違うのに、アタシの心臓は煩いまま。

だって。


『俺を何だと思ってるんだ』と。『お前としばらく会えないこてをストレスに感じる程度には、お前を』と。


そんな、そんな風に言われたら――アタシ。冷静になれるわけがないじゃない。


「どうした。いやに大人しいな?」


グリーンは自身の薄い唇をぺろりと舐める。何気ない動作なのに妙に色っぽくて、熱を帯びた顔を無視するようにそれを睨みつけた。グリーンは少し肩を竦めて息を吐いた。その顔が楽しそうに――嗜虐的な意味で!!――見えたのは気のせいじゃない、多分。いえ、絶対にそうよ!!


「――俺のせいか」
「ぁ当ったり前でしょ!?んもう!どーしてくれんのよばかぁ!」
「責任はとる。もちろん今日は空いてるんだろ?予定」


返事の代わり、と唇に軽く口づける。顔をはなすと、にやりと口の端を上げた。


「足りないな」


再び唇が塞がれる。甘く、深く、何度も重なって、鈍る思考。今日のアタシが大人しい?当たり前よ。こんなに余裕なあんたに勝てる女がいてたまるもんですか!…そうよ、

今日のあんたが絶好調すぎんのよ!



契から相互で頂きました!
相変わらず素敵小説…!色んな意味で大人っぽい。笑
どうぞこれからもよろしく!




prev next