嵐が過ぎた夜
幼い頃は暗闇が苦手だった。子供なら誰でもそうであっただろうことが、当たり前のようにあたしだって嫌いだったのである。小さな弟があたしの手を握り、ひとこと、怖いようと呟いた。あたしはもう弱音が言えなくなってしまった。シルバーがすべてだった。彼が暗闇を怖がるのなら、あたしを頼ってくるのなら、弱いところなんて微塵も見せられなかった。だから、夜道だって、真っ暗な部屋だって、あたしは泣きたくなるほど怖くて、震えてしまうほど弱音を吐きたかったけれど、ぐっと我慢して、震えそうな手で拳をこっそり作り、シルバーににっこりと笑いかけたのだった。ただひとこと、なんの根拠もない言葉を。大丈夫よ、と。
「…そんなところでなにをしている」
グリーンがジムから帰ってきた。部屋の明かりもつけずに彼の部屋で膝を抱えて座っていたあたしを見てグリーンがため息をついた。とりあえず電気をつけた。そしてエアコンのスイッチを入れると、あたしに毛布を寄越した。
「風邪引くだろ」 「大丈夫よ」 「なにがだ」
グリーンはあたしに毛布をかけるとキッチンへと消えていった。その後ろ姿をぼうっと見つめる。
大嫌いだった暗闇は、いつしかあたしの居場所になってしまった。 たくさんの悪いことをした。日向で生きることはできないのだと気付いた時、自嘲気味に笑った。
「ほら」
渡されたのは温かいココア。マグカップを手に持つとじんわりと手が温かくなる。 ひとくち飲めば、甘くて、あったかくて、優しくて。
「グリーン…」 「なん、」
なんだ、と言いながら振り向いたグリーンはぎょっとした。そりゃそうである。なにせ、さっきまで隅でいじけていたと思っていた女が今度は泣き出してしまったのだから。
「グリーン、あたし…あたしだって…」
本当は怖かった。夜道だって、真っ暗な部屋だって、あたしだって怖かった。ただただしがみついてくる小さな弟を邪険にできず、震える身体を叱咤したけれど、本当は誰かに泣きつきたかった。助けて欲しかった。
「…お前は、抱え込みすぎだ」
グリーンが毛布ごとあたしを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。髪を撫でられると、甘やかされているみたいで安心する。もっと溢れてきた涙をグリーンがなにも言わずに拭った。
「泣きたいなら、はじめからそう言え」 「泣きたくなんか、ないわよう…」 「嘘をつくな。下手だから」
嘘が下手だなんて言われたことがない。むしろ上手な方だと自負している。 仮面を被り続けていたのに、それをいとも簡単に剥がしたのはこの男だけだった。
「ぎゅってして」 「もうしてる」 「もっと」
毛布越しの彼の体温がもどかしかった。グリーンがきつくきつく抱きしめてくれたけど、まだ足りなかった。毛布から腕を突き出すとあたしも抱きしめ返した。
「…グリーン」 「なんだ」 「好き」 「知ってる」 「グリーンも、言って」
彼の腕の中でもぞりと動けば、言葉と共にキスが降ってきた。
嵐が過ぎる夜 (泣きたい夜に、泣かせてくれる彼が好き)
みたから頂きました! 兄さんにだけ弱音吐く姉さん可愛い過ぎる! 確かに兄さんは「泣くな」より「泣け」って言いそう。姉さんには特に。
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