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それでは愛がありません




けだるい体を起こして、机の上に放置されたままのおいしい水を口に含んだ。中身は何の変哲もない水だけれど、あられもない声を上げ続けてかさかさになった喉には、普段以上に染み渡る気がして、目をぎゅっと瞑った。

意図的に思い出そうとしなくても、体の変化がありありと昨晩のことを思い起こさせた。さすがに思い出すだけで恥ずかしくなるような時期は過ぎているけれど、やっぱりそれなりに思うところはある。

冷たい印象を与える切れ長の瞳も、必要以上に喋らない唇も、全てが熱を持って与えられる感覚。それを知っているのは今までもこれからもあたししかいないのだという優越感、そして独占欲。

こんな風に考えながらも、彼の方に終わりを告げられたら引き留める術なんて持ち合わせていない。もうあたしはこの人に本当に大事な局面で虚勢を張ることなんてできなくなっているのだから。

やっぱり、あたしの最大の武器は強がりなのかもしれない。


「ぬるい」
「…だから冷蔵庫に入れておけと…」


もそりと布団が動いた。あたしは振り返らない。起きてたの、なんて聞くのは愚問だし、こんな風に驚かされたのは1度ではない…とは言えしょっちゅうあるわけでもないけれど。

あたしの無意味な呟きを聞きつけて起きたのかはわからない。もっと前からかも。

小さく肩をすくめて、おいしい水を冷蔵庫へ入れた。

ふと近くに置かれた鏡に目をやる。胸元に申し訳程度につけられた華を指でなぞった。

このシルシは貴方にとって意味があることなのかしら?あたしに、所有欲とか持っていてくれているのだろうか。ただの前戯だったりするのだろうか。

ぶは、と肺に溜まった空気を吐き出す。らしくない。どうしてこんなにも弱気になるの。グリーンはあたしを側に置いてくれている。これが何よりの特別の証明じゃないか。

呆れたようにため息をついても、その目が優しいこと。抱きしめてくれる腕が暖かいこと。きっとこの世界の誰よりも知ってる。もちろん、彼があたしを好きだということも。

ぞわりと総毛立って、肩を抱く。ああ、もうすぐ冬が来る。シャツしか着てないことも相まって――なんて。理由はそれだけじゃないくせに。

寒さはあたしを、過去のあたしにしてしまう。そんな後ろ向きな幻想に縛られ続けているだなんて、滑稽だと頭では理解しているのに。





気持ちは今すぐにでも走り出して、グリーンに飛びつきたかった。けれど思うように足は動かない。

時折、思い出したように強ばる体。怖いものなど何もないのに、わかっているのに、グリーンもレッドもシルバーもみんなも、とても優しいのに。

部屋に戻ってみれば、むくりと起き上がってベッドの淵に腰掛けるラフな格好をした愛しい人。あたしの顔が青ざめていたからか、小さく肩をすくめて毛布を放った。きれいに放物線を描いてあたしの腕の中に収まる。


「見てるだけで寒い。それでも被っていろ」
「…これじゃまだ寒いわよ」


ぽつりと呟いただけ。でもグリーンは眉を上げた。あたしは刺さる視線にも臆せずに歩みを進めて、無抵抗の彼を押し倒した。

少し不可解そうに顔をしかめただけの、あたしを見透かすまっすぐな目線に涙が出そうになる。わけもわからず、怖くて。安心して。彼の胸に顔を埋めると、びくりと少し強ばった。とくんとくんと胸の鼓動。

暖かい。


「…ブルー、」
「抱いて。めちゃくちゃにされたい」
「お前は嘘が下手だ」


わけのわからない言葉に反応する間もなく、まだ体温の残るベッドへ引きずり込まれた。そしてそのまま、きつく抱きしめられる。それ以上の行為を一切する素振りはない。

多少の苛立ちを含んだ声を上げても、ただあたしの頭をかるく叩くだけ。


「ちょっと、あたしは今」
「目が覚めるまで付き合ってやるから寝ろ」


それらしい動きがやはり見られない。あくまでも添い寝ということらしい。これ以上は何を言っても無駄のようだ。あたしはグリーンにしがみつく。

めちゃくちゃにされて、余計なことなんか考えないで今が過ぎてしまいさえすれば、不安も消えてしまう。そう思ったけれど。


「忘れるための手段にされるのは不本意だ」


確かにそうよね。

あたしは貴方の体温とか、優しい手つきとか、そういうものに包まれていることが幸せなんだもの。そこに互いの愛がないなら、何かが失われてしまう。

それじゃあ相手の顔なんて関係ない、ただの行為。八つ当たりみたいなもの。後に残るのは虚ろだけ。

ならば。彼がこんなに苦々しい顔をしているのは、自分があたしにとってそれだけの存在になるのが気にくわないからなのだろうか。

胸の内で小さくごめんと言って、首筋に唇を這わせる。彼が固まった。まだ抱かれたいと言われると思ったらしく、整った顔は歪められた。

違うよ。あたしはもう欲しいものを違えたりしないから。



「じゃあ―――」





朝になったら、


優しいキスで起こして。




「…わがままだな」



口の端を持ち上げ、優しい緑の双眸があたしを見つめるのを見届けた後、微睡んだ。







見るのはきっと、優しい夢だろう。



契杜様から頂きました!
素晴らしきかな大人な緑青。格好良くエロいです(黙ろうか
本っ当に有難うございました!!






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