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目前に広がるブルー、ブルー




海に行きたい。
唐突に彼女はそう言い出した。


ばさり、と一度羽ばたいて夕焼け色の竜は砂浜に着地する。
この時期には珍しくオレ達の他に人の姿は見えなかった。
滑る様にしてその背中から降り、労いの言葉をかけてやる。
人間の言葉を話せない彼は返事の代わりにごぉ、と小さく炎を吐いた。
オレがリザードンをボールに戻す間にもブルーは波打際に駆けて行く。
その途中でサンダルを放り出して。
子供か、というオレの言葉も聞き流し、ブルーは海に足を浸した。

「冷た」

ぱしゃぱしゃと爪先で海水を掻き回していたかと思えば、足の甲で掬い上げ蹴り上げる。
そんな仕種はブルーを年齢より幼く見せた。
自分だけが知っている彼女の姿。

暫く水を玩ぶと、ブルーは大人しくなった。

「…ねぇ」

オレに背中を向けたままブルーが言葉を紡ぐ。

「海の色って、実は空が映ってるだけなのよね」

何処か憂いを帯びた声色に、吹き付ける潮風が冷たくなった気がした。

「アタシも、海と同じだわ」
「…どういう意味だ」

オレの問い掛けにブルーは笑って空を仰ぐ。

「アタシは、一人じゃ唯の無色なの」

一瞬、呼吸の仕方を忘れた。
暑さの所為では無い汗が頬を伝って砂の上に染みを作る。

「光が無ければ色を持てない」
「違う」
「自分自身じゃ輝けない」
「それ以上言ったら、怒るぞ」

オレの剣幕にも動じず、彼女は言葉を続けた。


「この"ブルー"も、ニセモノなのかもしれないわね」


それでも、貴方はアタシを好きでいる?と掠れた声が問う。
オレは溜息を吐き、言葉で止めるのを諦めた。
足早にブルーに近寄り、肩を掴んで振り返させる。
そして尚も続けようとする唇を塞いでやる。

「んんっ…!」

始めは抵抗していたブルーだったが、次第にそれも無くなった。
唇を離すと、眉尻を下げてオレを見上げている彼女と目が合う。
その瞳から視線を逸らさずにオレは言った。

「確かに海の"青"は偽物だ。だが、オレの目の前に在る"青"は偽物なんかじゃない」

瞬間、本物の青い瞳から透明な雫が零れ落ちた。
嗚咽を漏らす小さな身体を抱きしめてやる。
その温かさに安堵しながら、再び彼女に深く口付けた。


タイトル:THREE WISHES様




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