朱い水:SIDE-H

SIDE-H




先輩は俺なんかのどこを好きになってくれたんだろう。


いや、まだ直接好きって言われた訳じゃないんだけど。





「姫、悪いけどストップウォッチ持ってきてくれるか」


「あ、はい」

あの、公園での出来事があってから俺は清野先輩を意識して見るようになった。



「あ、あの清野先輩、ストップウォッチ……」


「ん、サンキュ」


「………」



そんなの、マネージャーに言えばいいのに。
そう思うけれど、礼を言いながら俺の頭を軽く撫でる先輩の顔を夢中で見てしまった。

視線を上げた先に見える男らしい鎖骨と、綺麗に焼けた素肌。
少し長めで汗をしたたらす、髪の毛。

肩につく…まではいかないけれど、あまりスポーツマンらしくない髪型は(ホストみたいと言ったら怒られた)清野先輩を妖艶に映し出す。

切れ長の目に笑いかけられたらどんな女子も落ちるんだろうな。


清野先輩にストップウォッチを渡すと、このままだとずっと見つめてしまいそうだったので早々に背中を向け走り去った。
バスケシューズを鳴らし、一年の基礎練に混ざる。


今日はドリブルとパス回しの練習だ。
基礎の基礎だけど、俺は嫌いじゃない。


「あーあと20分もドリブルかよー」


「なんで?楽しいじゃん」


特待生で入った秋田には、やはり不満が募るらしい。
秋田は確かにでかい癖にスピードがあってパスも的確。だけど正直調子にのっているところがある。


「俺、特待だぜ」


「……秋田」

一瞬にして一年全員の空気が変わった。
はぁ…。

「特待だからって背番号貰える保証はないって、監督言ってたろ」


「………」

佐倉の一言で場の空気がまた潤った。
佐倉も特待だけど、絶対手を抜かない。
それはきっと、絶対泉水先輩とバスケがしたいという気持ちが強いからだろう。

いやいやそれなら俺だって。
先輩達と一緒にプレイしたいって気持ちは変わらない。

普通科だって、大谷キャプテンみたいにレギュラーになれる可能性あるんだし。


「…姫川頑張るなぁ」

「だってうまくなりたいし!」


速答すると、佐倉は笑いながらドリブルを続けた。



いつか、越えてやる。














「………」


「?清さん?何笑ってんの?」


「いや、やっぱ姫川って可愛いなぁって思って」


「……そうっすね」


「やらないよ」


「いりませんよ。てかいつの間に自分のモノにしたんすか」


「まだまだ。難しくて奮闘中」


「………」










本当は気付いていた。
清野先輩に見られているって。

でも気付かずドリブルに熱中するふりをした。












「ひーめ」


「あ、お疲れ様でした」


体育館の掃除を終え更衣室へ戻ると、着替え終わっていた清野先輩がドアの前で待っていた。
俺を見つけるとスポーツバックを背負い携帯を触りながら歩いてくる。


「ケー番、教えて」


「え、え、え」


「早く」


「な、なんで」


「先輩命令」


「えーっ」



不思議なことに、強引過ぎるのは段々慣れてきた。
俺は口で自分の携帯番号を言うと、清野先輩はポチポチとボタンを押しながらどうやら登録したようだ。

上機嫌に鼻歌なんか歌っている。

次は何を言われるだろう。
首に巻いたタオルを握りながらドキドキしていると、先輩は携帯をパタンと畳み鞄に押し込んだ。


終わり?



「サンキュー。夜電話するわ」


「え、あ、え」


「オツカレー」


「お、つかれ…さまです」



簡単に俺に背を向け帰ってしまった。
なんだろう、強引な先輩のことだから、またこの後ご飯付き合えとか言われるかと思った。









「……なんだ」



………?

なんで?





なんでちょっと、ショック?











胸に何か重りがかかったような、あまりスッキリしない気分のままとぼとぼと更衣室に入った。















「…………」


カチカチカチカチ…


時計の音だけが響いている。


「…………」



カチカチカチカチ…




家に帰ると夜勤に出掛けた母親が作った晩飯がテーブルに置いてあった。
一気に食べ終え部屋にこもりベッドの上に置いた携帯を見つめる。



「…………」


カチカチカチカチ…



携帯は、鳴らない。



鳴ったらサブディスプレイが光るからわかるというのに、もしかして見落としたかも。そう思い何度も携帯を開く。

夜って、何時だよ、夜って!


部活終わりの先輩を思い出して、なんだか腹が立ってきた。

別に待つ必要ないじゃん。
俺は用事があるわけじゃないし。
それに夜電話するって、今日じゃないかもしれないし。


ってか別に待ってないし。


「…………課題しよ」


段々バカらしくなってきて、携帯をベッドに置いたまま机に向かった。


「…………」


でもやっぱ、チラリと携帯を見てしまう。



ブンブンと首を振って邪念を取り、教科書とノートを取り出した。

それでもやっぱ、5分に1回は携帯を見てしまう。












「……9時…か…」


喜ばしいことに、課題が終わってしまった。
提出は3日後なのに出来てしまった。



「…………」


ダランと椅子の背にもたれ携帯を見る。




「電話…するんじゃないのかよ」



もしかしたら、聞かれていたのかもしれない。




『♪〜』


「でぇえぇ??電話っ…わわわっ」



着メロが鳴り着信を知らせる。
不安定な座り方をしていた為転倒した。



「ってぇー」

肘、負傷。
着メロは鳴り続ける。



這いつくばりながらベッドに向かい携帯を取ると、知らない番号からだった。



「…………」



ゴクン、と生唾を飲み通話ボタンを押す。




「……はい」


『あ、もしもし姫川?清野だけど』


「は、……はい」


緊張して声が裏返ってしまった。



『ごめん、忙しかったか?』


「や、あの……知らない番号だったんで取ろうか迷ってまして…」



何故咄嗟に嘘をついてしまったのか。




『あ、まじ?もしかして俺が夜に電話するって忘れてた?』


「……はい」


『ひっでーなー』


「…すみ…ません」





なんで?
なんで嘘、ついちゃうんだ?


なんだか急に胸が苦しくなった。
連絡がなかった時の方がまだましだ。

なんでこんなに、辛いんだ。






『今、家か?』


「はい。先輩は……もしかして外ですか?」


『お、わかる?当たり。コンビニ行こうと思って』


声のクリア感が大きく聞こえた。やや雑音も聞こえるし。
こんな時間に外出て危ないですよ、と言うと苦笑いが聞こえた。


『姫は寝る準備してた?』


「9時ですよ」


『なんか姫って9時ぐらいには寝てそう』


「どういう意味ですか!」


『あははは』




よく、わからない。

先輩が何考えてるか、わからない。




「……先輩」


『ん?』


「なんで…電話を?」


『俺ね、メール苦手なんだ』


「………だから?」


『だから、電話した』


「………なんで?」


『え、そりゃ姫川と喋りたいから』


「っ………!」





これ、なんていう乙女漫画?





「…部活で喋ってるじゃないですか」


『姫、最近俺の事避けてんだろ』


「………いえ」


『あっはは、嘘くせー』



先輩の笑い声が聞こえる。
痛めた肘を摩りながらベッドに腰を降ろすと、気がつけば胸の苦しさが和らいでいた。


なんで?





『……姫、さ』


「はっはい」



突然の真剣な声に心臓が跳びはねた。
耳から伝わる振動が揺れてどんどん俺の中に入ってくる。



『……今から外出れる?』


「へっ?」



『……実は、さ』


「………」



折角収まりかけていた胸の痛みが、また強くなりはじめた。














「………先輩」


「…こんばんは」



携帯を持ったまま階段を急いで降り、玄関の扉を開ける。

見慣れた一軒家が並ぶ住宅街の街灯下に、見慣れない私服姿の清野先輩がいた。




「……なんで」


「いやー流石に家の前いますって言ったらドン引きされるかなーと思って言わないつもりだったんだけどー」


「………」


街灯薄明かりの下で、先輩がゆっくり近づいてくる。


「やっぱダメだな、姫の声聞いたらめちゃめちゃ会いたくなった」


「………」


だから、これなんていう乙女漫画だよ。


玄関の扉を閉めると、俺んちの柵に肘をついてニコリと笑う先輩が見えた。
私服の先輩は、いつも見てるジャージやユニフォーム姿と違ってとても大人っぽい。




「……姫はいつも部屋でそんな格好してんの?」


「へっ…わっ!」

まさか外に出るなんて思ってなかったから、白Tシャツに中学の時のハーフパンツと、ゆるゆるな姿のまま出てきてしまった。
思わず携帯を握りしめ自分の胸倉を掴む。



「カーワイ」


「………」



痛い。
痛い。


胸が痛い。




「先輩」


「ん?」


「……先輩が何考えてるか…わかりません」


「…わかんない?」



柵から玄関の扉まで2mほどだけど、近づくことも家に閉じこもることも出来ない。

なんだか、凄く遠いようだけど、すぐ近くにいるような感じ。






「……俺ね、姫が好き」


「なっ…!」



まさかこんな…あっさり?


「好きだからマネージャーの仕事姫にやってもらうし、好きだから姫に電話するし、好きだから姫んち調べてストーカーみたいに会いにくるし、好きだから姫の普段着見れてテンション上がるし………お前が大好きな泉水智希にめちゃめちゃ嫉妬もするし」



「………」


顔が熱すぎて、先輩を見ることができない。
きっと薄暗い街灯でも俺の火照りははっきりわかるだろう。

「ほんとはこの柵ぶっ壊してそっち行きたいんだけどな」


「だっ…ダメです!親父に怒られる…!」


「……ん、怒られるもんな」



咄嗟に顔を上げたら、先輩はニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「っ………」


再び顔を俯かせる。



「………帰るわ。最後にいい顔見れたし」



「………」



カシャン、と柵が鳴った。

顔を上げると、もう先輩はいなかった。




「っ……清野先輩!」


「んー?」



急いで柵へ行き辺りを見渡して先輩を呼ぶと、先輩はゆっくり振り返り俺を見た。



「おっ…俺!……いい泉水先輩の事は…ただの憧れですから!」


「………」




何を、言っているのだろう。
気がついたら叫んでいた。


でもなんか、この人には恋愛感情だと思ってほしくなかった。


「……まじ?」


「…………」


小さく頷く。



「ほんとに憧れ?」


「…………」



頷く。



「恋愛感情じゃない?」


「…………」




ゆっくりと、頷く。





「そっか…そっかそっか…そっかぁ…。ははっ」


「………」



先輩は嬉しそうで、とても照れているようだった。
また、胸が痛みだす。


「ごめんな、いきなり来て」


「い、いえ」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


「また明日」


「はい」




背を向け、歩き出す。





「っ……っに…これ…」



先輩が見えなくなると、力が抜けたのかヘナヘナと地面に崩れ落ちた。

胸が痛すぎて、なんだか吐きそうだ。



「…なんだよ……これぇ…」




胸を押さえ生まれて初めてのこの痛みが意味を持ち始めていた。












ある日の部活。

朝練に行くと、泉水先輩が佐倉に怒鳴っていた。



「……泉水…先輩?」



重くなった空気を放っておくことは性格上出来なかった。


泉水先輩は影を落としながら出口へ向かい、体育館を後にする。

シン、と、朝の体育館が不気味な空気に包まれた。




「な、何があったんだよ佐倉」

「……ううん、ちょっと……。今の先輩にはタブーを言ったみたい」

「タブー?」

「なんでもないよ」


俺の質問に、答えてはくれたけれど。
全くすっきりしない表情と返事だった。













「……はぁ」


「泉水の事考えてる?」


「はい……え、えっ清野先輩?!」




昼休み、弁当を食べ終えた俺は人があまり来ない西庭のベンチに座っていた。


何があったんだろう。
泉水先輩と佐倉のことを考えていると頭上から声が聞こえた。
俺がもたれるベンチの背に手をついて見下ろしている。
勢いよく見上げてしまったため顔がすぐそこにある。


く、唇が…くっつきそう…!




「わわわっ」


ベンチに崩れ落ち体制を崩した。
清野先輩はまだ両手をついてじっとこっちを見ている。

怒ってる?


なんで?











「……聞いた、佐倉と泉水が喧嘩したんだってな」


「………」


先輩はため息をつきながらゆっくりベンチに座り足を組む。
まだ情けなく腰を抜かしたような格好をしている俺の手を掴み引き寄せた。



「怪我してない?」


「あ、はい」


簡単に起こされ、隣に座らされた。
制服が少し重なるぐらい、近い。

「……そういえば朝練、先輩いなかったんですよね」

心臓が高鳴り始め、このままでは緊張しているのがバレてしまう。
さりげなく座り直す振りをして少し離れると、先輩の喉が少し鳴った、ような気がした。

「………俺、朝練は滅多に行かないからな」

目を反らしながら言う先輩は大きくため息をつく。
何故か俺もため息をつく。

「………」


「………」


なにこの沈黙。
凄くいやだ。


言葉が出てこなくてモジモジしていると、ポンと頭に何かが乗った。

「?」

見上げるとすぐそこには先輩の顔が。
先輩の温かくて大きな手が俺の頭を撫でている。

「お前が考え込む必要ないよ」


「……はい」


わかっているんだけど、あの先輩が、あの泉水先輩が怒鳴ったんだから。


「……まだ複雑そうな顔してんな」


「……だって…あの二人なんかあったのかなって…」


「………なんかあって欲しくない?」


「え?」

急に先輩の声が暗くなった。
撫でている手も止まる。


見上げると…俺よりもっと複雑そうな顔をした先輩が目の前にいた。

あ、先輩ってこんなところにホクロあったんだ。
こめかみの所にある小さなホクロを見つけた瞬間、目の前が真っ暗になった。
それとほぼ同時に、唇に熱がこもる。

「っ………」


「………」

キスをされたんだ、と脳に伝わったのは、先輩が唇を離した直後だった。


「………しちゃった」


あはは、とイタズラっぽく笑う先輩がいる。

一気に、心臓が跳ね上がる。



「姫川……俺な」

ダメだ、近付かれたら心臓の音が聞こえてしまう…!

「いやっだ!!」

「っ………」


きっと顔も真っ赤になっているに違いない。
顔を俯かせおもいっきり先輩の胸を押した。

すると先輩は少しだけよろめき息を飲む。

俺なんかの力じゃ絶対敵わないだろうけど、今近づかれたらバクバク言ってる心臓の音を聞かれてしまう。
そんなの、恥ずかし過ぎる!

「姫川……」

「やっやめてください!こっち来ないでください!」

こんなにドキドキしてるの、知られたくない。
なんか…先輩の事、好きみたい……じゃんか。

まだそれを認めたくなくて、駄々をこねる子供のように顔を何度も振り嫌だと叫んだ。

先輩は俺の腕を軽く掴んで、じっと黙っていた。


「……ごめん、調子に乗った」


「………」

先輩はゆっくり腕を離すと、顔を上げない俺の頭を一撫でし、立ち上がった。
バランスを崩した俺はベンチにへばりつく。

顔はまだ、見れない。
赤いから。

「………ごめんな」

「っ………」



顔を上げたい。上げないと。
だけど今自分がどんな顔をしているかわからないから簡単に上げることが出来ない。

「っ……!先ぱっ……」

やっと顔を上げれた頃には、小さくなった先輩の後ろ姿しか見えなくなっていた。
ズボンのポケットに手を入れ校舎に入っていく。


「っく……はぁはぁ」


なんだ、これ。

「びびび、びっくりしたー…」

まだ熱い唇を押さえ気持ちの整理をしようとしているのに。

『キーンコーンカーンコーン』


「………」


無情にも、チャイムが鳴る。













その日の部活。
清野先輩はなんだか様子がおかしかった。
いつもなら絶対話し掛けてくるのに、今日は目も合わせない。


「………」



なんで?

ちょっとだけ、寂しい。
ほんとにちょっと。ちょっとだけ。



家に帰っても、携帯は鳴らなかった。
ソワソワしながらリビングの窓に立ち外を見る。


街灯の下に誰もいない。当たり前なんだけど。


「何、どうしたの」


「別に」


今日は仕事が休みだったから母さんはリビングでくつろいでいた。
趣味の旅行パンフレットを見ながら息子の落ち着きの無さに不思議がっているようだ。


俺もリビングのソファに座りテレビをつける。もちろん、携帯をチラチラ見ながら。

「そういえば」


「んー」

チャンネルを変えていると、母さんが話しかけてきた。
気の無い返事をする。

「最近泉水先輩の話ししないわね」


「そ、そお?」


「うん。入学したばかりの時は凄い凄いって毎日言ってたじゃない」


「そうだっけ」

言ってた。
興奮してた。

「でも最近は…えっと……そうそう、清野先輩?の話よくするわね」


「うへぇえぇ??」


「やだ何その気持ち悪い声」



思わず甲高い声が出てしまった。
母さんは眉間にシワを寄せ本当に嫌そうな顔をしている。

「おお俺清野先輩の話してる??」


「してるわよー。バスケ凄くうまくてかっこいいってー」


「………」

本当に、覚えていない。
でも先輩に会ったことない母さんが言うんだから、本当だろう。

「ん?顔真っ赤よ」



「ねっ寝る!」


「まだ10時前よ」


「もうすぐ練習試合だから、朝練きついの!」

テレビの電源を切り勢いよく立ち上がると、母さんの前を通ってドアへ向かう。


「ユニフォームも貰えない超超超補欠のくせに〜」


「るさい!」


「折角今日母さん仕事無いのにー。つまんなーい」


「おやすみ!」


「はいはいおやすみー」

ペラリと雑誌をめくる音を聞きながらリビングを飛び出した。

顔を真っ赤にさせて、3階の自分の部屋へ戻る。


なんかもう、この数日清野先輩に振り回されっぱなしだ。

「……くっそー」

部屋に入りベッドに飛び込むと、ズボンのポケットに入れていた携帯を取り出した。



「……メール無し、着信……無し」


ボソボソと呟き目を閉じると、今日は普段使わない部分の体力を使いすぎたのかすぐ眠りに落ちた。










朝練に、清野先輩はいなかった。
別に朝練は自主練だから、来なくてもいいんだけれど。



「……先輩レギュラーなのに…」





気がつけば先輩を探すことが癖になっていた。



それから先輩は、今までが嘘のように俺に声をかけなくなった。










「いよいよ練習試合かー」

「やっぱ佐倉はすげーよな、一年で一人だけ背番号もらえて」

「………」

「秋田拗ねんなって。ユニフォームも背番号も貰えなかったからって」

「拗ねてねぇ!」


一年だけで掃除をしていると、話題は日曜日の練習試合になった。
モップをかけながら手を止めず話し続ける。
監督や先輩達も、ちゃんと掃除をしているなら怒らないからいつも掃除の時間はくだらない話しで盛り上がる。


「スタメンまじやばいよな、泉水さん、大谷さん、阿部さん、横石さん、清野さん、だぜ」

「………」


髪型は丸刈りに近く、背がひょろ長い一之瀬が明日のメンバーを指で数えながら言う。なぜか最後の清野さんの言葉に反応してしまった。


「泉水さんのプレイ見れるなんてまじ最高!」


「俺らVip席だしな」


「……姫川も、嬉しいだろ?」


「へっあっえっあっ、うん」


「なにそれ」


突然佐倉に声をかけられおかしな声が出た。
クスクス佐倉が笑う。

前の俺だったら、泉水さんの試合が見れるだけで今から興奮してはしゃいでいたと思うけど。

今はそれより…



「最近姫川、清野さんとあんま喋ってないね」


「……別に」


佐倉の鋭さに背筋が凍る。


「二人仲良かったよな」


「そ?」


普通に。普通に。

「でもなんか、前は清野さんが姫川お気に入りにしてるって感じだったけど、最近は逆に冷たくない?」




「………」


恐ろしい。
恐ろし過ぎる、佐倉。


俺は佐倉と泉水先輩の仲も気になるけどな。
言ったら清野先輩とのこと色々聞かされそうだから、胸にしまっておこう。


「……おーい、佐倉ー」


「?あ、噂の清野さんだ。なんだろ」


「えっ……」

体育館の入口を見ると、すでに着替え終わった清野先輩がヒラヒラプリントを掲げて立っていた。
なんだろう。

「なんですか」


佐倉はモップを持ったまま先輩のところへ向かうと、何か一言二言話し、プリントを受け取った。
先輩は渡すとすぐ体育館を出ていってしまった。



「………」


「…やっぱおかしい」


佐倉が帰って来た。
何故か首を傾げている。

「?」


「さっき監督が配ったプリント、明日の集合とか詳しく書いてんのに泉水さん持って帰るの忘れてたんだって」


「……へぇ」

そういえば佐倉が渡されたプリント、さっき貰ったやつだ。

「なにがおかしいんだ?」


俺も首を傾げる。

「清野さんに、悪いけど泉水さんちに届けてやってって言われたんだ」


「……へぇ」


「おかしいだろ。今までなら絶対姫川に声かけてたと思うんだ」


「そ、そうかな」

ドクン、と心臓が鳴る。

「……姫川なんかした?」


「え、俺?」


ドクン、ドクン。
痛いほど鳴っている。

「なんかして、嫌われたとか」



「………」




痛い、痛い。
痛い。




佐倉は冗談で言ったんだと思う。

でも俺には…
















もしかして、嫌われた?





















眠れない。
明日は大事な練習試合だっていうのに、眠れない。



「………」


ふとベッドの端に置いてある時計を見た。


【AM 02:14】


「うっわ…」

さらに焦ってしまって、布団をガバっと被せた。

「………」



眠れない。

「………」



眠れない、眠れない。

「………」




眠れない眠れない眠れない!

「あーっ!」



叫びながら布団を剥ぎ取り起き上がった。
何に苛々しているのか、何に不安を感じているのかわからなくて、頭を抱え再び寝転ぶ。
ボーっと隣の壁を見つめていたら、先輩の顔が浮かび上がってきた。


泉水先輩、じゃ、なくて。



「ほんとも…なんなん……」

無理矢理寝ようと思えば全然眠れなくて、結局その後2時間程悶えていた。







「はよー」


「はよ。なんか姫川疲れてねぇ?」


「………」

目覚まし時計に無理矢理起こされて、フラフラにながら試合会場の学校にきた。
正直、事故らずここまでこれた事は奇跡だと思う。

更衣室として用意された教室にいくと、秋田が先にきていた。
中学から一緒なだけあって、俺のテンションにすぐ気付いたようだ。

鞄を机に置いて対になっている椅子に腰を降ろす。

「ちょっと眠れなくて」


「なんで試合に出ないお前が緊張してんだよ」


「あー…うん」

そうじゃないんだけどな。でも反論するのはめんどくさかったから適当に頷いた。

佐倉ももう来ていて、着替え終わったところだった。

「はよー佐倉ー」


「んー」


「ユニフォームかっこいいなー」


「いいだろ」


普段クールな佐倉が意地悪な顔をしてケラケラと笑う。

一年で唯一ユニフォームと背番号を与えられた佐倉。
正直めちゃめちゃ悔しい。
でも今の俺じゃ全然佐倉の足元にも及ばない。

これから頑張るんだ。
そう思って着替えようとしたら、ポンっと頭を撫でられた。

「?」

なんだ?
口をヘの字に曲げて振り返ると。


清野先輩だった。





「あっあっ…」


「早く着替えろよ」


「はっ!」

先輩はフっと笑い、それだけ言うと自分の荷物を肩にかけ教室を出た。





こ、声かけてくれた!

でも、それだけ。
もっと声をかけてほしいのに、それだけ。



「………」



しゅん、と肩を落としながらいつものジャージに着替えた。








あと15分で試合が始まる。
選手全員がアップを始め緊張感も高まってきた。
チラリと、清野先輩を見る。

髪の毛を揺らせて黙々とゴールにシュートを打つ。
左腕につけたリストバンドで汗を拭う姿は正直かっこいい。

ぽーっとなりながら見ていると、体育館の裏側に佐倉が見えた。
もう試合は始まるというのに、何をしているんだろう。

呼びに行こうとしたら、もう一人現れた。


泉水先輩だ。



「っ………」

二人ともなんだか、重い表情をしている。
気が付いたら俺、後を追って体育館を出ていた。




「……に………お」


「…ぃ………は」




「……何喋ってんだろ」

体育館の真裏に行った二人を、死角になる角の影から耳を傾ける。
聞こえない。


もっと奥に……




「姫っちなにしてんの」

「いっ!!!!!」





ガサッ…


「?誰かいるのか?」

「……?なに?何も聞こえませんよ?」










「っ………」


「馬鹿、気付かれんだろ」


「………」

清野先輩だった。

後ろから抱きしめられる体制で口を塞がれ、ふぅふぅと呼吸する。
不安定な恰好によろけながら先輩の腕を掴み苦しいですと訴え見上げると、先輩はゴクンと生唾を飲んでゆっくり離してくれた。

「ごめん、苦しかったか」

「………」

先輩に抱きしめられて、ドクドク心臓がうるさい。
聞かれてしまう…!

「………」

無言で先輩から離れると、早く治まれと自分の胸に手をあてた。

でも、また先輩には誤解されたみたいで。

「………あーごめん。嫌だった…よな」


「っ………」

振り返って違うと言いたいけれど。
これじゃああの日と同じだ。

キスを、された日と。


「…………」


「…………」




お互いなんだか動けなくて、沈黙が続く。
風がまるで俺達を急かす様にビュンビュンと通り抜ける。


「……今日の試合、頑張るから応援してくれな」


「……はい」

まだ、顔は見れない。


「………泉水より、絶対点取るから」

「………」

なんで、泉水先輩の名前を出すの?

振り返り先輩を見上げると、ニコリと笑って俺の頭を撫でた。



「お前が泉水見ないように、いっぱい点取って目立つよ」



「っ………」



これが、殺し文句ってやつか。



再び俺の頭を撫でて優しく笑うと、先輩は体育館へ戻っていった。


「……清野先輩…」


やっと元に戻りかけていたというのに、再び俺の心臓が高鳴り出した。














練習試合結果。


97対89で俺達の学校が勝った。












「……お疲れ様です」


「………おーお疲れー」


学校に戻り監督の言葉を聞いたあと、すぐ解散となった。
着替え終わり一人でトボトボと歩いていると、渡り廊下を抜けた所にある水道場に清野先輩が顔を洗っていた。

思わず声をかけると、先輩は軽く返事を返した。

「………今日、勝ちましたね」

「………ん」

きゅっと蛇口を回し水を止めると、隣のコンクリートにかけていたタオルを掴み顔を乱暴にふいている。
ちょっと、機嫌悪そうだ。


「………」

何か、言いたいのに。
言葉が浮かばず黙っていると、先輩はタオルを首に巻き水道場に腰をおろして俺を見た。
ドキっと心臓が跳びはねる。

「……ごめんな、泉水より点取るって言っといて、全然取れなくて」

「えっ」

先輩は悔しいのか悲しいのか、複雑な表情のまま目をふせた。
髪の毛に水の雫が染み込んでいてなんだか綺麗だ。

「後半、あいついなかったのに……得点数負けた」

「そうなんですか?」

「だって前半にあんな取ってたんだぜ?まじ悔しいー」

「俺清野先輩しか見てなかったから、泉水先輩がそんなに活躍してるって思わなかった」


「えっ?」


「え?」

清野先輩は体を起こし、真剣な目で俺を見た。
自分で何を言ったかちゃんと理解していなかったから、思わずなにが?と聞き返す。




あれ、


え、




え、





俺今…





何言っ………





「っ!!!!!!」


「姫川……」


「いいい今の無し!無し!!忘れてください!!」


「姫川」


「おおお俺帰ります!」



「姫川!!」



がしっと、腕を掴まれた。
びくりと体が跳ね、動けない。

「………」


「……姫川」


「は、はい」


「……俺、見ててくれたんだ」


「………」



何も言わず、一回だけコクンと頷く。

「泉水より俺を?」

「………」


コクン

「泉水の方が活躍してたのに、俺を?」

「………」


コクン。



「ずっと、俺を?」


「………はい」





搾り出すように声を発すると、先輩の動きが止まった。
不思議に思い振り返り見上げると、そこには顔を真っ赤にした先輩がいた。




「ばっ!急にこっち見んな!!」


「えっわっえっ」




照れ隠しなのか先輩は大声を出すと、急に俺を抱きしめた。



ドクンドクン、と。
二つの異なる鼓動が心地よく響いている。






「……抱きしめられんの、嫌?」


「………」


首を大きく振る。



「……まじ?」



「………」


ゆっくり、頷いた。

「じゃあ…なんでキスした時拒否ったの」


「きょ…拒否したんじゃなくて……先輩にドキドキしてるの聞かれたくなくて……」



「………そっか」



ぎゅっと力が込められる。
先輩の胸に顔を埋め少し息苦しい。
でも、苦痛じゃない。

「よかったー。俺暴走してキスしちゃったからーてっきり嫌われたと思ってたー」


「っ…嫌ってません!好きです!」


「えっ?」


「え?」






あぁああぁぁぁぁーーー!!






先輩は力を緩め俺の顔をまじまじと見つめると、頬に手をあて少し乱暴にキスをした。


「はっ…んんっ」


「…姫川……」



先輩の舌が入り込んできて、どうしたらいいかわからずとりあえず目を閉じる。
息が、苦しい。

先輩の腕を掴んできつく握ると、気付いてくれたのか唇を離してくれた。
だらし無く開いた口端から唾液が零れていく。

「……好きだ」


「…お…俺も……好きです」


「泉水より?」


「なんで泉水先輩が出てくるんですか」


「だってお前部活入った当初泉水の事絶対恋愛の好きだったろ」


「……それ、佐倉にも言われたけど…違うって言った」


「……俺は、ちゃんと恋愛の好き?」


いくら今日は休日とはいえ、誰か通るかもしれない。こんな密着して、見られたら絶対怪しまれる。
でもその時の俺には、そんな事考える隙間すらなかった。

「………清野先輩とは…き…きき…キスしたいって思うけど…泉水先輩とは思わない」


「……姫っちダイターン」


「っ………」



ボンっと、頭が破裂した気分になった。

「じゃあ……いっぱいキスしよっか」


「……先輩」



ゆっくり、唇が降りてくる。
さっきとはまた違う、優しくて暖かいキス。

「……んっ」


「……やべ、まじ可愛い」




見上げると、部活の時とはまた違う高揚した顔をしていた。
なんだか、やらしい。

と、思っていたのに。


「……姫、すんげーエロい顔してんぞ」

「えっ」


俺が?!


「顔真っ赤で……目も潤んでる…」


「先ぱ…」


頭を撫でられ頬に手を当てられる。
そういえば俺、さっきから息が荒い…かも?


「もっかい……キスしてい?」


「は、はい」

少しどもってしまって、恥ずかしくなりまた顔を赤らめる。
先輩はクスリと笑うとゆっくり唇を俺に落とした。


「っ…んんっ」


キスって、こんなに気持ちいいんだ。
すがるように先輩の腕を掴み背伸びをする。もっと、もっとと何度も口を突き出した。

「……はぁ…先輩…」


「………そんな顔で見んなって。我慢出来なくなる」

本当に辛そうに俺の肩を掴み少し体を離した。
そうだよな、ここ学校だし、外だもんな、

俺も冷静になろうと背伸びをやめ一呼吸おいた。

あれ。




あれ。


あれあれ。


ままままさか。






「せ、先輩」


「ん?」

まだユニフォーム姿の先輩の裾を掴み、言うべきかと躊躇する。
俯き濁していると、先輩はもう一度優しい手で頭を撫でてくれた。

「どした?」

見上げると優しく目尻を下げる先輩の顔がすぐそにあって、顔を見ただけでまた芯が疼いた。


「お、おお俺」


「ん」


「たっ…たたたっ」


「た?」




「勃っちゃっ……た」


「………」



先輩の顔がどんどん険しくなっていく。
やばい。やばい。


引かれた……!




「あっ…」

今度はサーっと血の気が引いていって、掴んでいた裾を離し先輩から離れようとした。


すると突然腕をきつく掴まれる。痛いぐらいだ。

「あっ……すみまっ」


「くそっ……無理だっての」

先輩は怒ったように呟くと、俺の手を掴んだまま乱暴に歩き出した。

「ちょ…先ぱっ」

「………」



怒らせた?


なんで!



水道場を抜けて、どんどん南館に入っていく。
南館はクラブの部室が並ぶ閑散とした場所で、しかも今日は学校が休みだから誰もいない。


さっきまでいたバスケ部のみんなも帰ったようで、本当にシーンとしている。
あ、そういえば佐倉は体育館にいたっけ。

そんな事を考えていたら、テニス部の部室前に来た。

テニス部?



「あっあの先輩…」


「今テニス部の部室、鍵壊れてんだよ」


「えっ」

閉じられていた南京錠は簡単に外れ、高校の部室にしてはしっかりしたドアを開く。

まだ明るい。外の光が中を映し出す。
綺麗にしてるな…。

なんて、ボケっとしていたら肩を押され中に入らされた。
バタン、と扉が閉まる音がする。


「………」


「………」



先輩は俺の真後ろに立ったまま動かない。
息遣いだけが聞こえる。



荒い。


「………姫川」


「は、はい」

後ろから先輩の声が聞こえる。
いつもより低くてなんだか…興奮する。


また胸が高鳴り始めたと思った瞬間、後ろから抱きしめられた。
すっぽり、入ってしまう。

「うっえっ…えっ」


「……ごめん、ちょっとだけ」


「先輩あのっ…あっ」


耳元ゼロ距離からの先輩の声はやばい。
非常にやばい。

前でクロスする先輩の腕を掴むこともできずただ、突っ立っていた。
すると急に先輩の手が動き、シャツを割っての中に手が入ってきた。
直に触られビクリと体を揺らしてしまう。

「あっ…ちょっ…先ぱっ……!」


「ごめん……まじ、ちょっとだけ…お願い…」


「あっ!」

先輩の右手が俺の無い胸をまさぐる。
女の子みたいに柔らかくないし、細くて薄っぺらい胸板。


「やっ…あっ……なんか…変っ…あっ…やめっ」


「……ちょっとだけ…触らせて」


「はっ…あぁっ!!」


電撃が走る。
胸の突起に爪をたてられた。
爪先までその刺激が伝わり、足に力が入らず膝からガクンと崩れ落ちた。



「……っと」


先輩の腕に包み込まれ地面に膝がつく事は免れたけど、まだ刺激が残っていて自力で立てない。
すると先輩は優しく後ろから抱きしめゆっくり膝をついた。


「力、抜けた?」


「……はい」


右耳後ろナナメ45度から聞こえる熱い声が、俺を狂わせる。

「絶対怖がるようなことはしないから…もっと触っていい?」


「………」



先輩は、ズルイと思う。

「……ダメ…か?」


「………」




そんな事聞かれて

「……姫?」


「………」



断るわけ、ないのに。





「………触って…ください」


「……ん?」


語尾が上がる。
絶対聞こえてるくせに……!




「もっと、触ってください」

振り向き潤む目で見上げると、先輩はまるで時間が止まったように静止した。
瞬きもしていない。


「……せ、先輩?」


「…これは……まじ危険だな」


「?先ぱっ…わっ!」

やっと動いたと思ったら無理矢理押し倒された。
普段意識して見ない部室の天井を仰ぐ。


部室の床はフローリングだから正直硬くて痛い。
後頭部の位置を変えようとした瞬間、ベルトを外す音が聞こえた。


まさか。

「ちょっ…?!先輩??」


「………」

無言のままカチャカチャと音をたて外していく。


え、嘘だろ。

俺の不安は的中した。
簡単にチャックも降ろされ下着越しに俺のソレを掴む。

「ちょっ!先輩!」

肘を床に着いて起き上がると、先輩は何?ととぼけた顔をして俺を見上げる。

「どした?」


「どっどこ触って…!」


「触ってって言ったのおまえじゃん」


「だっ…だってこんな所触るなんて思わなかっ…」


「あ、こっちのがよかった?」

怒る俺なんか無視して、いつものマイペースで強引さを発揮し今度はシャツの中に手を這わせてきた。
カリっと胸の突起に爪をたてられる。

「んっ!!」

突然の刺激にまた脳が痺れて声が漏れた。手の甲を唇に押し付けて目を閉じる。

体が尋常じゃない熱を持っている。


「胸気持ちいいか?触ると腰が揺れてる」

クスクスと先輩の笑い声が聞こえるけれど、今は意識が朦朧としていてずっと遠くで喋っているように聞こえる。

はぁ、はぁ、と息が荒くなりはじめた。
なのに先輩はまた俺の胸を刺激し始めた。



「はっ…あっ!」

手がシャツの中をゴソゴソと動き回り、二つの突起を見つけると同時につねった。

その強さは痛くもなく、くすぐったくもなく。
甘い刺激が溢れてくる。

「やっ…先ぱっ…もっ、無理っ」

「もう無理って……これからだぞ」


拗ねたような口調でそう言うと、倒れる俺に覆いかぶさってきた。
顔が近い。


唇が近い。



「………」


「………」



篭った部室にジリジリと重なり合う体。
先輩は俺を見下ろし、俺は見上げる。



「………」


「………」





見られて、見て。

ジリジリ。




「………」


「……目、閉じろよ」


「ごっごめんなさい!」



謝りながら勢いよく目を閉じると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
眉をひそめうっすら目を開けると、口に手をあて震えながら笑っている先輩がいた。

俺またなんか…した…のか。

「あー……。いいね、いいな。いい。お前いいな」


「?」

床に両手をついて俺を見下ろしながら、笑ったからだろうかほんのり頬が赤い先輩は目尻を下げた。
優しく、でもなんだか鋭くて、かっこいい。



「好きだよ」


「っ……ん」


俺も、言いたいのに。
言葉を発したいのに。

唇を塞がれ舌がゆっくり入ってくる。
俺の口内を動き回る先輩の舌はとてもやらしい。
鼻で息をするのがなんだか恥ずかしくて、ずっと止めていたら酸欠になった。

「ぱっ…!はぁはぁ…!も…むっ無理っ苦しっ」

「息しろよ」


俺と同じ時間キスをしていたというのに、先輩は全然苦しそうじゃない。
むしろ笑っている。


なんで?
肺活量の問題?



「鼻で息、してもいいし」

「んっ!」

また、唇が重なる。

「っ…ぷはっ!はっ…はくのは出来るけど吸うのは無理!」


「そうそう、はくのは鼻で」

「んっふっ…」


また、酸素が無くなる。
なんか小学校の時苦手だったプールの補習受けてるみたいだ。


「……で、俺が角度変えて一瞬唇が離れた時に一気に吸うんだ」


「っ……」



一気に……!!



ゆっくり先輩の唇が離れた。



「っ!…すぅぅうぅぅ!!」


「あっははは!吸い過ぎ!あはははは!!」





…。失敗。




あんなに甘かったムードは一気に崩れて、先輩は床に転がりお腹を抱えて笑っている。
寝転んでいた俺はのそのそ起き上がり、肩を落としながら正座をした。


「……ごめんなさい」


「ん?」

膝の上に置いた手をぎゅっと握り情けなく声を出すと、先輩は寝転びながら俺を見た。
先輩、涙溜めてる…。



「…俺……ほんとこういうの…わかんなくて……た、たぶん……つ、つまんな…」

情けない。
非常に情けない。

今までそういう事に興味がなかったわけじゃないけれど、もっと勉強しておくんだったと自分を責めた。


こんなんじゃ、絶対先輩にすぐ飽きられる。



嫌だ。
嫌だ。


「ひーめ」


「……は、はい」


「泣いてんの?」


「……いえ」


「鼻声じゃん」


「……風邪です」


「さっきまで元気だったのに?」


「……今ひいたんです」


「…ククっ」



はっ!
やってしまった!



ずずっと鼻をすすりながら先輩を見ると、仰向けだった体は俯せになり顔を伏せて笑っている。
静かな部室に先輩の押さえたように笑う声だけが響いた。



「あー腹痛ぇー」


「………」

先輩は上体を少し起こすと、肘をついて顔をささえる。
ニコリと笑いながら俺を見ると、そっと右手を伸ばし俺の頬に手を当てた。

その瞬間、ビクっと体が揺れる。


「……俺な、今すんごい楽しい」


「……楽しい?」


「ん。さっきまではお前の気持ち知れてすんごい嬉しかったけど、今はすんごい楽しい」


「………」

俺の頬を撫でながら先輩はまた目尻を下げた。


「これから先、お前とどんな風に過ごすんだろうって思ったら、ワクワクし過ぎて心臓飛び出しそうだもん」


「飛び出っ……。でも俺、つまんないかも」


「なんでー」


「……いや、絶対つまんないと思う」


「それ決めるのは俺だろ。勝手に決めんじゃねーよ」


「ご、ごめんなさい」

思わず謝ってしまった。
だって先輩の目、笑ってないんだもん。


「楽しみ、だな」


「……はい」


頬を撫でる先輩の手に自分の手も添えて満面の笑みで笑うと、先輩も今まで見た中で1番嬉しそうに笑った。

自分が子供過ぎて飽きられるかもしれないと思うと不安だけど、今は先輩と一緒にいれる事が幸せだ。
飽きられたら飽きられた、その時。
俺はずっと飽きられるまで先輩についていく。



「…清野先輩」


「ん?」



暖かい陽気につつまれながら、部室の隅で俺達は確かめ合う。




「好きです」











いつか俺も、絶対レギュラーになって清野先輩と一緒にプレイするんだ。






SIDE-H
END


NEXT→
おまけ

[ 89/121 ]

[*prev] [next#]

[novel]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -