朱い水:SIDE-S

朱い水:SIDE-S









「あれ、佐倉?」

「…大谷先輩」

「まだ帰ってなかったんだ」

「………はい」


練習試合が終わり一旦全員学校へ戻った。

軽く練習をした後監督の話を聞いて早々に解散になったけど、俺はまだユニフォームのまま体育館でゴールを眺めている。
もう、30分は経っただろうか。

帰ろうにもまだ動きたくなくてただ、立ちつくす。
すると体育館の鍵を閉めに来た大谷キャプテンが入ってきた。

俺を見つけると少し驚いたように目を見開きゆっくり中に入る。
もう帰る所だったようで、体育館シューズを履いていないため靴下で近付いてきた。

俺は振り返り一礼したけれど、一人になりたかったからすぐまたゴールに体を向き直す。
先輩には悪いけど、鍵は俺が閉めるから出てってください。
もちろん、言えないけど。

「後半、よく頑張ったな」

「……ありがとうございます」


俺の気持ちに気付かず大谷さんは横に立ちポンと肩を叩いた。





後半、俺は泉水さんの変わりに試合に出た。


泉水さんが、好きな人のところへ行く変わりに。


「…大谷さん」

「ん?」


西日がきつくなりだして、上窓からの日差しに目を細めながらさっき終わったばかりの高校初試合を思い出す。

「……泉水さんて、化けもんですか」

「……なんで?」

大谷さんはクスリと笑うと、わかっているのにわかっていないふりをしているようだった。



前半、泉水さんは簡単にプレイしているようだった。


簡単に点数を入れているようだった。
簡単にみんなへパスしているんだと思った。
対戦した相手には悪いけど、格下だと思った。

「……対戦相手、強かったんですね」

「…監督言ってたじゃん、強いって」

「だって泉水さんがあんな簡単に点取るから…」

まるで言い訳する子供のように大谷さんに反論する。







そう、相手は強かった。

全然格下じゃなかった。

あの人が凄すぎただけ。

「どうだった?泉水と同じポジションいって」

「死ぬかと思いました」

「あはは。お前途中スタミナ切れてフラフラだったもんな」

後半残り10分。

前半に泉水さん達がたくさん点を稼いでくれたけれど、点差はどんどん縮まって気が付けば20点差になっていた。


守りきらないと。


それが空回りとなって俺はペース配分を間違え最後は機能していなかった。

「…すみません」

「いやいや、最近まで中学生だったのにあそこまで動けたら問題ないよ」

「…でも」

「泉水も、最初はあんなだったさ。お前もこれから頑張ればいい」

「………」

大谷さんの言葉に思わず涙が出そうになった。


試合はボロボロだったし、泉水さんはきっと今頃…。



「………」

「……悔しい?」

「………」

俯き喉を唸らせコクンと頷くと、大谷さんが優しく肩を寄せ頭を撫でてくれた。
ポンポンと軽く叩く。

「……俺たち3年は今年が最後だからな。頑張ってくれよ」

「……はい」



昔から、自信はあった。


「佐倉、お前彼女できたんだって?」

「……ん」

中学3年にもなれば周りが彼女だ彼氏だと騒ぎ始め、特に好きになった女の子はいなかったけれど、好奇心からつき合おうと言われつき合ってみた。


「で、どうだった?」

「……なにが?」

休み時間、教室の端でゆっくりバスケ雑誌を見ていた。
そこへクラスメイトの橋本がいきなり声をかけてきたので少し鬱陶しそうに返事をすると、目を輝かせ身を乗り出してくる。


「なにって、エッチだよ、エッチ」

「……あぁ」

わざとらしく俺の耳に手を当て小声で言うと、そういうことかと呆れ顔で返事をした。
その態度に不服だったらしく、橋本は眉間にしわを寄せてさらに身を乗り出してきた。


「なんだよそれ!教えてくれたっていいだろ!」

「……別に、普通」

「普通って?普通って?」

「…普通に気持ち良かった」

「うーらーやーまーしー」

橋本は立ち上がり頭を抱えて悶絶しているようだ。


鬱陶しい奴。



誰だ、こいつに俺が彼女出来たこと言ったの。



「いいよなぁモテる奴はー。俺もヤリたいー」

「………」

やればいいだろ勝手に。

心の中で思いながらバスケ雑誌に目を通すと、高校生プレイヤーの特集が組まれていた。

「……あ、この人また出てる」

「なに?」

興味なんかないはずなのに、橋本は俺の雑誌を奪ってその記事を見つめている。

声を出した俺が悪かった…。
反省しながら雑誌を奪い返す。


「泉水って人。最近よく名前見るんだよなー」

「へぇ、凄い人なんだ」

「知らん。だってまだ1年だし」

「佐倉も有名プレイヤーなんだろ?」

「知らん」


泉水智希。
写真は小さかったり白黒だったりで外見はよくわからないけど、相当凄いらしい。

あまり他人に興味ないから調べようと思わなかったけれど、ここまで言われているというのは、同じバスケプレイヤーとしてやっぱり少し気になる。


「佐倉とどっちが強いかな」

「さぁ」

「対戦してみたい?」

「……別に」

「相変わらずクールだなぁ」



対戦しろって言われたらするけど。

言おうと思ったらまた橋本が煩そうだったから言わなかった。





同じ学区じゃないから、この高校から呼ばれない限り一緒にプレイすることはないだろうな。
ま、誘われても行かないだろうけど。


夏にもなれば特待の話がどんどん出てきて、最近はよく監督と高校選びについて話合っている。
正直今のところ、ここがいいっていう高校はないけど低過ぎないレベルの高校だったらどこでもいいかな。
とか。


今思えばめちゃくちゃ生意気だったな。

半年前の俺。



















「佐倉、インハイ予選のDVDもらったんだけど、見る?」


練習が終わり更衣室へ行こうとしたら、同じ部活の米田が声をかけてきた。

手にはその、DVDを持っている。



「…んー。特に興味ないからいい」

「でもお前推薦きてんだろ。何校か推薦もらってる高校出てると思うから見るだけ見てみたら」

「……わかった」

渋々受け取り『予選』とだけ書かれた盤面を見つめる。


「返さなくていいから」

「え、いいのか?」

「うん、俺には関係ないし」

米田は皮肉に笑うと、くるりと背中を向け廊下を歩いていった。

「………推薦…か」

周りは受験で苛立っているというのに、俺はスポーツ推薦で高校へ行く予定だったから全く焦っていなかった。
それがまた、癇に障るんだろな。

だからって別に、謙虚になんてならないけど。







家に帰りご飯を食べ終え部屋に行く。
ベッドの上に置いていた携帯がカチカチ光を放っていて、髪の毛をタオルで乾かしながら携帯を開いた。


「………」

彼女、か。
そういえば最近会ってないな。


同じ学校だけどクラスが違うから頻繁に会えないし、俺が学校でずっと一緒にいるのは嫌だって言ってるから会いに行かないし。
それに部活、あるし。


「…なんで付き合ってるんだっけ」

独り言を言いながら文章を見ると、今週の日曜日久しぶりに遊ぼうということだった。

日曜か、なんも用事なかったな。
久しぶりに部活もないし一人の時間を過ごしたかったのに…。


それでも一応付き合っているし。

なんだかめんどくさいな…。



そう思いながら日曜日大丈夫、と返信した。


すぐメールが返ってきたけれど、携帯を再びベッドに投げて立ち上がった。
なんかテレビでも見るかな。


そう思いながらリモコンを取ろうとしたら、鞄につまづいて中身が出てきてしまった。



「…はぁ」

めんどくさいな…。

肩を落とし溜め息をつきながら中身を拾うと、今日もらったDVDが出てきた。

「……あぁ」

一瞬忘れていて、盤面の『予選』で思い出した。


見る気は全くなかったけど、気まぐれで、本当に気まぐれで見ることにした。

プレステに貰ったDVDを入れてテレビの画面をつける。
カチカチとゲーム用の操作ボタンを押して、オールプレイを押した。


「…始まった」


体育館にはいっぱいまではいかないがそこそこ人が入っている。

俺はテーブルに肘をついて特に意識もせずぼーっとしながら画面を見ていた。


「……やっぱ高校生はでかいなー」

ぼーっとしながら、どこの高校が試合をやっているのとか全く気にせずただ、走る選手とボールを目で追っていた。

「……腹減った」



飽きた。



俺はテレビをつけたまま台所へ行きアイスを取り帰ってきた。

扉を閉めた瞬間、煩いほどの歓声が鳴り響き思わずアイスを落としそうになった。



「…なんだ?」

流石に驚いて、スプーンをくわえながら画面を見つめると、一人の選手がコート内を走っていた。

「………」





心臓が、飛び跳ねる。



しなやかな筋肉、踊るように動く体、視野の広さ。

短めの髪の毛がアップし、ダウンしたと思ったら一気に攻め込み相手にボールを与えない。




俺は気が付いたらアイスのカップを握りしめ、くわえたスプーンは床に落ちていた。









そして直感でわかった。















泉水智希。

















「……この人が…」


試合が終わり整列する選手が映し出されていた。

俺は画面に釘付けとなり、溶け始めていたアイスは手の上でぐちゃぐちゃになっている。



でも今はそんなことも気にならない。
気付かない。
見たい。
もっと、彼を見たい。

整列された選手を一人一人撮ってくれている。
グッジョブだ。



「………いた」

一番端で汗をリストバンドで拭い、腰に手を当てて荒い息を整えている。


「奇麗…」


家庭用ビデオだからそんなに画質は良くないはずなのに、その時見た泉水さんの姿はとても奇麗に見えた。


そこで突然画像が切れ、別の場面に移った。
次の試合だろう。

「……これはいらない」

俺はすぐ画面から顔をそらすと、携帯を取り監督へ電話した。


「……あ、すみません夜分遅く」
『どうした』
「えっと…インハイ予選ってあと何回ですか?」
『確か……今週の日曜でベスト4が決まるから…今週ので終わりだな』
「すみません、どこでするか教えてもらっていいですか」


ついさっき、彼女から今週の日曜日遊ぼうと言われたのに、もちろんすっかり忘れて泉水さんを見たいためだけに隣の県まで行くことにした。



次の日そう言えば…と、約束したのを思い出して、休み時間彼女に会いに行き断ると、泣かれた。



めんどくさい。

でも泣かれても怒鳴られてもいい。
あの人の試合が見れるなら。














日曜日、試合は9時からだというのに朝6時に起きて準備を始める。
母親にどこか遠出でもするのかと聞かれたけど、適当に流して朝風呂にいった。

なに、緊張しているんだろう。


教えてもらった体育館の住所と地図を握りしめて会場へ向かうと、流石ベスト4が決まるということもあって、試合開始1時間前だというのに応援や警備の人達でにぎわっていた。
取材もきているようだ。

対戦シートをもらうと、帽子を深く被って緊張のまま体育館に入った。


泉水さんの高校は2戦目だ。


トーナメント形式で、上位2チームがインターハイに行けることになっている。

泉水さんの高校はすでに、その2校に入っていた。
そして今回の対戦相手は強豪(らしい)だ。
つまり、1位通過か、2位通過か。

「…でもインハイ行き決めてるからあんま実力出さないかな…」

そんなことを考えていた俺は、やっぱりまだまだ未熟だった。


「………」

1戦目は正直、消化試合だった。
インハイ行きを絶たれている2校は、中学生の俺から見てもやる気がないのがわかる。


つまんない。


見る気も起きなかったから次の試合が始まるまでロビーで待っていた。
眠い。

緊張し過ぎて昨日あまり眠れなかった。
なのに6時に起きた。
バカか。

うとうとと眠気に襲われていると、急に体育館から黄色い歓声が聞こえてきた。
驚いて時計を見て時間を確認すると、まだ試合は始まっていない。

「……よかった。でもあと5分か。危ない危ない」

ペットボトルを持って重い扉を開けると、1戦目で見た光景と全く違う観客、歓声で沸きだっていた。

「………」




思わず息を飲む。

会場はほぼ満員状態で、歓声と応援団の声も一際大きい。
耳を塞ぎたくなるぐらいだ。

「……るせ」

俺は耳に手を当てながら空いている席を探すと、ちょうど真ん中に一席だけ空席を見つけそこへ向かう。


その途中、先ほどの黄色い歓声が再び聞こえてきた。
理由がわかった。



泉水智希だ。





「泉水くーん!」


「がんばってー!」



泉水さんがコートに出てアップをしているだけだというのに、制服を着た女の子たちが名前を呼んで絶叫している。
呼ばれている本人はその声に気付くと照れくさそうに身を縮めてペコペコと頭を下げていた。



「もっと堂々としたらいいのに…」

クスっと笑い空席に腰を下ろすと、ちょうど始まったようでピーっと笛が鳴った。
その瞬間、あんなに煩かった館内が一気に静まり返る。






……始まる。



自分がプレイするわけではないのにとても緊張している。






でも、正直。試合はあまり覚えていない。


だけど鳥肌が立って泉水さんが動く度に心臓が跳びはねた。

歓声は黄色から熱のあるものに変わり、気がつけば泣いている子もいる。










泉水さんの高校はその日、負けた。





インハイ出場権を持っているからか、選手達は涙を流していなかった。
マネージャーは泣いてるっぽかったけど。
泉水さんを見ると、腰に手をあて深く深呼吸をしている。
汗の量がハンパじゃない。

泉水さん、他の人達より何倍も動いてたからな…。

負けた選手達に暖かい拍手が送られ、整列だと笛が鳴る。

ずっと、泉水さんを見ていた。


泉水さんは先輩らしき人に肩を寄せられ中央に歩いていく。
歓声の中、まだ呼吸が整わないのか少し辛そうだ。

ピッと笛が鳴り、選手全員が頭を下げる。

それと同時に観客の拍手も一層大きくなって、激励の言葉が響いていた。

泉水さんはそんな観客の声なんかまるで聞こえていないように感じた。
礼をして顔を上げたあと、電光ボードを見る。

負けた点数を、じっと見ているようだった。








体が熱い。
なんだ、これは。
風邪を引いた時のように頭がボーっとして、芯が重くて熱い。

もしかして、と。俺は表彰式の準備が始まるとすぐに席を立った。


「っ……やっぱり」

気がつかないうちに俺のソコは反応し始めていた。
まだ主張はしていないけれど、ジーパンが少し張っている。

「……確かに興奮はしたけど…」

独り言を呟きやがらやや前屈みで体育館を抜け、試合が終わったため帰り始めた観客とすれ違いながら人通りの少なそうなトイレへ駆け込んだ。

誰もいませんように。
そう願いながらドアを開けると、ユニフォームを着たまま洗面台に顔を俯かせている選手がいた。

ちっ、と眉間にシワを寄せたが、そのユニフォームの選手も俺に気付いて顔を上げた。

あれ、ちょっと待てよ。

このユニフォーム…まさか……。







「……泉水…智希…」









「え、なんで俺の名前……」



驚いた顔で俺を見つめる泉水さんの目は、涙で溢れていた。
ポタリ、と洗面台に雫が落ちる。

泉水さんは泣いているところを突然見られ、それだけでも恥ずかしいというのに名前まで知られていて戸惑っているようだ。

個室が二つだけある、どうやらスタッフ専用のトイレらしい。




もちろん、俺も心底驚いていて。
ドアを半開きにした状態のまま中に入ることも出来ず動けない。

その空気を打ち破ってくれたのは、泉水さんだった。


「……高校生?」

「あっ…いえ、中3です」

「そっか……バスケしてんの?」

「……はい」


泉水智希の声は、想像していたよりずっと甘かった。



「……さっきの試合…見てた?」

「は、はい」

あんま覚えてないけど。


「そっか……。俺ね、その試合の負けたチーム側の奴なんだ」

「………」

知ってますよ、あなたしか見てなかったから。



「……でも、インハイ行きは決めてるんですよね」

「ん?うーん」

泉水さんは出しっぱなしの水を止め鼻をすすると、俺から視線を外し暗そうに俯いた。

トイレの電球が、とても綺麗に映し出してくれる。




「俺さ、めちゃめちゃ負けず嫌いなんだよね。先輩達は強豪相手に5点差は凄いって慰めてくれたけど……負けは負けだ。ほんと悔しい」

「………」


俺の体が震え始めた。気付かれていないだろうか。
再び鼻をすすり悔しそうに語る泉水さんは、芸術のように綺麗だった。


「っ…俺」

「?」

「本当に感動しました。泉水さんのプレイ見て、バスケやっててよかったって思いました」

「そ、そこまで…」

照れているようだ。
俺から目を反らし泳がせている。

「バスケ、頑張るんで……いつか泉水さんとプレイしたいです」

「………ん、待ってるよ」

「………」


ニコリと笑う泉水さんを前に崩れ落ちそうになった。



こんなに熱くなったのは生まれて初めて。
こんなに人と話して緊張したのは初めて。
こんなに目を見て息が出来なくなったのは初めて。








こんなに他人をもっと知りたいと思ったのは、初めて。




「じゃあ俺、そろそろ行くわ。表彰式始まるから」

「はい。お疲れ様でした」

「…ありがと」

泉水さんは手拭き用の紙ティッシュで鼻をかむと、まだ中に入れず扉に挟まった俺の所にきた。

いや、俺の所にきたというか、俺が出口を塞いでいるだけなんだけど。



すぐに扉から離れ通れるよう道を開けると、泉水さんはまた笑顔で俺に声をかけてくれた。

「お互い頑張ろうな」

「………はい」

ポンと叩かれた肩が本当に熱くて、泉水さんの姿が見えなくなってもまだ、高揚は収まらなかった。



















「……もしもし、美嘉?今日はどたキャンしてごめんな」

気がついた頃には、会場を出て駅へ歩いていた。
すぐ携帯を取り出し彼女へ電話する。


「今、暇?」

電話の向こうは、怒っているような、喜んでいるような。

「用事はもう終わったよ。それよりさ、今日俺んち誰もいないんだけど……来ない?」


この高ぶりを収めないと。

この体に、なんでもいい、誰でもいい。



その日俺は彼女と最後の交わりをした。












この感情は一体何なんだろうか。

恋?
憧れ?

こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。



「……はぁ」


恋する乙女並に熱いため息をついて、リビングのソファに寝転んだ。
どうしたらいいかわからない。でも体は熱いから早くどうにかしたい。


「はぁ………」


またため息をついていると、7つ年の離れた姉が風呂から上がってきた。


「照、邪魔」


「ん……」


冷たく言われモソモソと起き上がりきちんと座る。
すると姉は開いたスペースにドカンと座り髪の毛を乾かし始めた。


「………菜夕(なゆ)姉ちゃん」


「なに」


少し欝陶しそうに返された。


「………恋愛の好きと、友達の好きの違いって何」


「………エッチしたいか、したくないか」


「………」


たくましい……。


「彼女とうまくいってないの?」


「……昨日別れた」


「は。一ヶ月経ってないじゃん」


言い方はきついけど、結構心配してくれてるみたいだ。
乾かす手を止め俺に体を向ける。

「……他に…気になる人出来たから」


「…ふーん。だからあんなこと聞いたの?」


「ん」


小さく頷きソファにもたれ目を閉じると、バスケをしている泉水さんと涙を流している泉水さんが脳裏に映し出された。




また、熱くなる。



「……よく彼女が別れてくれたね」


あんなにあんたにゾッコンって感じだったのに。
そう言いながら再び髪の毛を乾かし始めた。
テレビをつける。


「……泣かれたけど」


「刺されなかった?」


「花瓶投げられそうになった」


「あははは」



姉は視線をテレビに向けたまま本当におもしろそうに笑っている。
気に入るチャンネルを見つけたのか、リモコンをテーブルに置きだらりと背もたれに体を預けた。


「あんま女の子は泣かしちゃダメだけど…照がそこまで悩んでるってことは、運命の人なのかもね」


「………」


姉の声を聞きながら、真っ暗な瞼の裏で汗で光っている泉水さんが走っていた。

触りたい。



妄想の中で俺は手を差し出すけれど、泉水さんは俺の顔なんか見ないでどこかに消えてしまった。





「……やっぱり恋愛の…好きなのかな」

「……別にすぐ答え出す必要ないんじゃない?」

「……ん」



恥ずかしいから言わないけれど、心の中でありがとうと姉に感謝した。





バタン。

足取り重く部屋に戻ると、電気もつけずベッドに崩れ落ちた。
スプリングの跳ねる音がする。


「……泉水…智希」


名前を呼んだだけで熱くなってきた。
高ぶる体は抑える術を知らない。


「……エッチしたいか、したくないか…か……」


布団に顔を埋めさっき姉に言われた言葉を繰り返すと、そっとハーフパンツの中に手を入れた。

少し、反応している。



「……んっ」


風呂にはもう入った後だったから、汚さないようにとすぐ下着からソレを取り出しゆっくり揉み始める。



「泉水…智希……」



魔法の名前を呟きながら。



「…んんっ…んっ」


しゅっしゅっと手を筒状に丸め全体を擦り、顔を枕に押し付けてあの日の試合を思い出す。

「…あっ…んんっ……泉水…さ」

汗を流し、肩で息をし、腰に手をあて休憩する。
全てが絵になり綺麗だ。

今まで見たどんなエロ本より クる。


「あっあっ……泉水さ……あっ」


次第に先が濡れてきていい感じに滑りがよくなると、自分の唾液を右手にたっぷりつけさらに滑りをよくする。
ネチネチと粘着音が大きくなり始め、先端のくびれを親指で強く押して震えるほどの快感を自ら引き出していく。


「…泉水さん……いっ…泉水……あっ」


いつも以上に、興奮している。
さっきまだ反応し始めたばかりだったというのに、もう完全に勃起していた。


目を瞑れば泣いているあの人の顔が鮮明に浮かび上がる。


「っ…くっ……イ…イく……」


簡単にイってしまいそうだったので動かす手を止めた。
はぁはぁと大きく呼吸をしとりあえず気を落ち着かせる。


「……はぁ…はぁ」

イく寸前で俺のソレはプルプルと震えていた。
白濁の液が出せないことに怒りを覚えているのかと思うほどトロトロと溢れ出てきている。


「……はぁ…」

俺は自分の唾液と精液でベトベトになった右手を見つめ、呼吸を整えながらふと思った。



「……男同士なら…ココだよな…」


おもむろに右手を蕾に当て、人差し指を中に入れてみる。


「……気持ちわる」


にゅるっと入った自分の指があまりにも気持ち悪かったので、思わず割りと大きめの声で喋ってしまった。
こんなののどこが気持ちいいんだ。

「……やっぱこういうのは慣らさないとダメなのかな…」

とりあえず中を人差し指で動かして見たけど、全然気持ちよくない。
中に入っている感じはするのだが、気持ち悪いという感覚が勝り快楽の扉は開かれない。

そこでまた、姉に言われた言葉を思い出した。





『………エッチしたいか、したくないか』




「……エッチ…したいか……したく…ないか…」



機械のように繰り返すと、その瞬間泉水さんの顔が浮かんだ。



「……泉水さんと…エッチしたいか…したく…ないか……」



その人の名前を入れただけで、全く違う感情が湧き出てきた。


「……泉水さんに……抱かれたいか…抱かれたく……ないか」




ドクン。




「っ……!!」



あんなになんとも無かった奥が突然疼いた。
俺のソレも、少し大きくなったようだ。



この手が…泉水さんだったら……



「っ…んんっ…んんっ」


この俺の中で動いている指が、泉水さんの指だったら…


「んっ…はっ…はっ……」


気が付けば人差し指はグリグリと中をかき混ぜていて、唾液と精液のおかげで簡単にほぐされていく。
さっきまで全然気持ちよくなかったというのに、この指が泉水さんのものだと思ったら快感のあまり気絶しそうになった。


指を、2本に増やす。


「あっ…泉水さんっ…」


やはり少し、きつい。

それでも前を擦りながら後ろも掻き混ぜると、あっという間に絶頂を迎えてしまった。



「あっあっ…あっ…んっ…いっ泉水っ……泉水さっーーーーー!!」


最初は下着を汚したくなかったから慎重に自慰をしていたというのに。
快楽に負けてしまい俺は下着、服、ベッド全てに精液を飛ばしてしまった。



気持ち良過ぎて、数分間放心状態となり起き上がれなかった。





「……はぁ…はぁはぁ……」


大量の液が飛び散って、精液特有の匂いをまといながらベッドに体を預ける。
べたつく感じが気持ち悪いけれど、初めて自慰を覚えたときと同じぐらいの快感が押し寄せ顔に飛んだ液を拭うことも出来ない。


「……はぁはぁ………はぁ」


必死に擦っていた左手を顔の前に持ってきて、大量の白濁液を見て自嘲気味に笑う。

「…こんな…出た」

そしてズルっと音を立てて、蕾から2本の指をとり出した。


「……ははっ…こんなのが中に入ってたんだ…」


2本の指をくねくねと動かしていると、疲れ果てた体はバタンとベッドに再び全神経を預けた。


「……風呂…こっそり入らないと…」


家族全員が寝静まったのを見計らって、俺はその日2回風呂に入った。





決定だ。

これは、恋だ。



俺は泉水智希に



恋愛感情を抱いている。




ある意味開き直ったのだろう。
それからの俺はいい意味で強くなった。




























「……でも、覚えてないんだもんなー」

「ん?」

「いえ」

なんだか感情的になってしまって、泉水さんと初めて出会った頃を思い出していた。
半年後、泉水さんの通う秋波高校から推薦を貰い、考えることなく即答した。

推薦が来なかったら、全ての推薦蹴ってここに入るつもりだったし。

「ほら、早く着替えろ。鍵閉めるぞ」

「……大谷先輩」

「ん?」

俺の背中を押して追い出す先輩に、力無く声をかけた。


初めて高校に入って声をかけた時、緊張し過ぎて気分が悪くなった。
初めて一緒にプレイした時、感動のあまり涙が出そうになった。
初めて泉水さんに触れた時、溶けてしまうんじゃないかと思った。
初めて泉水さんに触れてもらった時、消えてもいいと思った。
初めて泉水さんから携帯に連絡がきた時、動揺してすぐに出れなかった。
初めて泉水さんの好きな人に会いに行った時、嫉妬で狂いそうだった。



全て、泉水さんは俺の初めてだった。






「………初恋が実らないって、本当だったんですね」

「…なんだ、失恋したのか?」

「……はい」

「………」

無理矢理追い出そうとしていた大谷先輩の手が、俺の頭に移動する。
ポン、ポンと。
子供をあやすように優しく撫でられた。


いつもなら、払いのけるけれど。



「………失恋で泣くなんて、おまえ結構可愛いんだな」

「っ………」

言われてから気付いた。
俺の頬に、大粒の涙が止まる事なく溢れ出ている。


こんなに泣いたの、生まれて初っ………




「……悔しいぐらい、全部俺の初めて持ってかれた」



「………バスケ、全国行こうな」

「……はい」



抱きしめる、まではいかないけれど、大谷先輩は後ろから優しく頭を撫で、肩に手を回した。

人の温もりが気持ちいい。


まだまだ溢れる涙を拭うことが出来ず立ちすくんでいると、大谷先輩は何も言わずずっと俺の隣にいてくれた。



夕日が傾き暗くなるまで、ずっと。


二人の影をじっと見つめながら大谷さんの腕を掴み、ゆっくり目を閉じた。


後悔は、もちろんしていない。
















泉水智希は、俺の初恋の人。





END

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