微熱(第3回アンケートより)

微熱(第3回アンケートより)





部屋から出ると、今にも崩れ落ちそうな足に力を込め息を飲んだ。

階段までの距離って、あんなに遠かったっけ?


壁に手を付き這うように前へ進むと、一歩一歩確認するよう足を進めながら階段を降りていく。



腰に力が入らない。
力を入れようとしたらいつもの10倍、鈍痛が俺の全身を襲う。

息を切らしながらゆっくり降りているとリビングの扉が突然開き、母が出てきた。


「あら、びっくりした。なにその格好…気持ち悪い」

「るせー」

壁に体を預けながら最後の階段を降りると、なかなか降りてこない俺を起こしに来た母が怪訝な顔をしている。

「ぎっくり腰?」

「違う」

「じゃあなんでそんな気持ち悪い格好してるのよ」

「るせー」


自分の息子に気持ち悪い連呼するなよな!

無理矢理体を起こしてリビングに入ると、用意された朝食と新聞を読む父の姿が見えた。


「おはよう陸。どうした?辛そうだけど」

「昨日変な寝方したみたいで…」

「はっはっはっ」

「ほんと気持ち悪い動きよね〜」

「そんなことないよ。どれ、シップでも貼ってあげようか?」

「だ、大丈夫!」


もう治ったから!と、嘘をついてまだ絶賛ギシギシしている腰を抑えながらテーブルに座った。

味噌汁の湯気に揺れながら俺の体も揺れてしまいそう。

「そう言えば聖眞は?」

「ぶふっ」

「きったないー」

思わず味噌汁を吹いてしまって母親に心底嫌な顔をされた。

「そうね、起こしてきましょうか」

「あ、せ、きょ、あ、今日は昼まで寝るって言ってたから起こさないほうがいいよ!」

「なんであんたがそれ知ってんのよ」

「昨日兄ちゃんが帰ってきた時たまたま廊下で会ったから」


一気に喋って味噌汁をズズッと吸い込む。
母はふーんと言ってさほど追求すること無く同じく味噌汁をすする。

父は当分ゆっくりしてあげようと言いながら再び新聞を読み始めた。

流石兄ちゃんのお父さん!理解あってかっこいい!
なのに俺の母親ときたら…


「なによ、ため息なんかついて。おいしくないなら食べなくていいのよ」


ほんと、俺の生意気は母親譲りだと自ら思うわけで。




朝ご飯を食べ終え階段を登る。
さっきよりだいぶ体がましになってきた。

軽快に登り終え自分の部屋へ恐る恐る入ると、中にはまだ眠っている兄ちゃんがいた。

やばい。ニヤニヤが止まらない。

俺のベッドで、兄ちゃんが寝ている。


起こさないように静かに扉を閉め中に入ると、寝息の声が聞こえるぐらい近くへ行きしゃがんで兄を見つめる。


整った顔。

筋のある綺麗な腕。

半開きの薄い唇が上下して動いている。


俺、昨日の夜この唇とキスしたんだ。


そう思ったら一気に顔が赤くなって頭から湯気が出そうだった。


相変わらずニヤニヤは止まらなくて、ずっとここで見てたいなって思いながらさりげなく見た時計は家を出る5分前だ。


ぎあああ!


遅刻する!


まだパジャマ姿の俺は急いで制服に着替え髪の毛もとかさないまま鞄を持って部屋を出る。

でも名残惜しく扉を開けたまま振り返ると、さっきと同じ格好の兄がいた。




ただ、眠っているだけの姿なのに、無性に涙が出そうになった。









学校はなんとかセーフだった。
髪もシャツも乱れたまま教室に入ると、春が笑いながら俺のところへやってきた。


「顔ぶさいくー」

「ぶさいく言うな!」

ぜーはー言う俺の髪を手ぐしで直してくれる。

どこまでお前は俺の母ちゃんなんだ。


「でもよかった、元気になったみたいで。今日は休むと思ってたよ」

「あーうんー…まぁ」

「?」


俺がゴニョゴニョと返事をするもんだから、春は不思議そうに覗きこみ首を傾げる。
その時担任が教室に入ってきた。

一斉にみんなが席へ戻る。
俺も息を整えながら座ろうとしたら、春は「あっ」と閃いたようなジェスチャーをして、俺の耳にそっと口を寄せて囁いた。


「お兄さんとうまくいったの?」

「っ!!」


ボンッっと耳から煙が出た。





休み時間、春にしつこく兄ちゃんとのことを聞かれ、流石にセックスしたとは言えなかったから、好きだと告白したと答えた。
すると春はなぜか褒めてくれて、凄い凄いと握手を迫ってくる。

よくわからないまま握手をしていると、急に春は寂しそうな顔になり眉を下げつぶやいた。


「でもたまには僕とも…遊んでね?」


「おっまえは…兄ちゃんとは違う好きだから……その…いつも……ほんとに…ありがとうって…思ってるし………春と友達になれてよかったって…まじで…思ってる…し…」


「陸…!」


初めて春に感謝の気持ちを伝えると、春は感動したと喜びながら俺に抱きついてきた。
教室だ。
休み時間だ。
周りにはたくさん生徒がいる。

もちろんあいつも、いる。



「お、おい!きもいぞ!なに抱きついてんだよチビ!」

「見てわかんねーのかよクソ馬鹿が。春が俺に抱きついてんだよ」

「離れろよクソチビ!」

「飯塚くん、これ以上陸に突っかかったらもうお話しないよ?」

「うぅっ……」



春……お前飯塚を手懐けるスベを覚えたのか……恐ろしい子……



時間が経つごとに腰の痛みは消え普段通りの自分に戻る。
でもそれはそれでなんだか寂しかった。


俺ってもしかしてドMなのか…?

痛みがあったほうが…いいなんて…
兄ちゃんを感じられるなんて…


雲ひとつない空を見上げながら、自分の行く末を案じた。









部活も終わり急いで家に帰る。
春に焦りすぎと笑われたが、別に焦ってないとツンと返す。


家の玄関先で春と別れると、勢い良く扉を開け中に入った。


靴が……ある!



兄のいつもの靴を見つけ一気にテンションが上り靴をそろえることもせず2階へあがる。

リビングから母の怒鳴り声が聞こえたが無視だ。
たぶんただいまって言えーとか叫んでるんだと思うけど。


駆け上がって自分の部屋に入ると、もちろん兄はいない。

ま、そうだよな。


鞄を置いてすぐ部屋を飛び出し隣の部屋の扉を叩く。

すると数秒して兄ちゃんが笑いながら出てきた。


「お前元気すぎ」


俺の慌ただしい音がおもしろかったのか、兄はずっと笑い目を細めていた。


いた。いた…!兄ちゃんだ…!!


「おっと…」


思わずうれしくて抱きつくと、驚いたのか兄ちゃんは一歩後ろに下がり少しよろけた。


「何、今日はいつもより素直だな」

「俺いつでも素直だけど」

「あっははー」


全然心から笑っていない声が頭上から聞こえ抱きついたまま顔をあげる。


「ん?」


目が合うと兄は微笑んでくれた。


ただ好きと言っただけなのに、こんなに気分が楽だなんて。
もっと早く好きだと言っておけばよかった。
まぁ、とっくにバレてたんだけど。


「にちゃ…遊んで?」

「無理」

「えっ」


恥をしのんで遊んでと言ったのに、即断られた。


「べ、勉強もうしなくていいんだろ?テスト終わったんだろ???」

「引っ越しの準備しないといけないから」

「えっ」


ギィっと兄の部屋のドアが大きく開き、中が見える。

中に入ったことが無い部屋は綺麗に整頓され、ダンボールが数個と、スーツケースが置かれていた。


「ほんとに…家出るの?」

「出るよ」

「なんで??出ないでいてくれるんじゃないの??」

「俺がいつそんなこと言った?」


ぐ、っと顔を歪める。

確かに言われていない。

冷静になって昨日のことを思い出すと、俺は好きだと言ったが兄は俺のことをどう思っているか教えてくれておらず、さらに家を出ないなんてことは一言も言っていない。



「いーやーだー!!」


さらにきつく兄を抱きしめ離さないと駄々をこねる。
すると母が階段を登ってきた。


「え、何してるの?陸のバカな声が聞こえると思ったら…これ、なんの状態?」

「陸が俺に家を出て欲しくないんだって」

「陸ー…そんなわがまま言ってお兄ちゃんを困らせないの」

「………」


ひたすら兄の胸に顔を埋め押し黙る。


兄ちゃんの笑い声が聞こえると、背中をポンっと叩いて頭を撫でられた。


「陸、週末は遊びにおいで。バイト入ってるだろうからずっとは無理だけど、勉強教えてあげるから」

「ほんと!?」


ばっと顔を上げて兄を見ると、背筋が凍るほど綺麗な笑みをしていた。



「あぁ。言ってた勉強、まだまだ教えきれてないからな」



「っ………」



ゴクン、と生唾を飲んだ。


体の奥が熱くなり、芯を持ち始める。


「ごめんなさいね、聖眞くん。大学の勉強とか忙しいんだから無理に合わせなくていいのよ」

「いえいえ。それに料理とかやったことないしコンビニ弁当とかになりそうだから、もしよければ料理を陸に持たせて持ってきてもらったら嬉しいです」

「あら、そうね。じゃあこれから長持ちするご飯作って陸に持って行かせるわ〜」

「はい」


俺の頭上でおほほ、あはは、と笑い声が聞こえるけど、俺の心臓はうるさくずっと響いていた。

またチラリと兄を見る。
それに気づいた兄は俺に笑いかけてくれる。

とても、凍るほど綺麗な笑顔で。





「じゃあこれから陸に引っ越しの手伝いしてもらうんで、終わったら一緒に下に降りますね」

「あら、私も手伝いましょうか?」

「大丈夫ですよ、2人で。な?陸」

「う、うん…」


兄のシャツの裾を掴み力なく頷く。

煩い。
心臓が煩い。

まじで煩い。



「じゃあ晩ご飯の用意するわね〜買い物行ってきま〜す」

「いってらっしゃい」

「いってら…」


母さんは機嫌よく階段を降りて行くと、薄っすら聞こえる鼻歌を歌いながら買い物へ出かけていった。



「………兄ちゃん」

「ん?」



「お、俺…………兄ちゃんが好き」






「……………そうだな」






なんだか息苦しくて、胸を上下させながら兄を見つめる。
すると俺の頬に兄の両手が重なり熱い体温を感じながら目を閉じた。






「…じゃあ昨日の勉強の復習……しよっか」

「………うん」






目を閉じながらまた兄にきつく抱きつくと、優しく俺の腰に手を回しこめかみにキスを落としてくれる。



いつになったら兄の本音を聞けるのだろうか。

もしかしたら一生聞けないのかもしれない。

だけど俺はもう、堕ちてしまった。




この、震えるほど綺麗な黒い瞳に。





ギィ…バタン


END

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