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「ねぇママ、この人はだれ?」


「………その写真、どこで見つけたの?」


「押し入れの奥にあった」


「………そう」


「…ママ?」


「………この人はね、ママの大事な思い出」


「思い出?」


「そうよ」


「………優しそうな人だね」


「うん。とても優しくて、素敵な人だったよ」


「……ママ?」


「なぁに?」


「………うぅん。なんでもない」





































「部活はいつから?」


「来週。今週はずっと父さんと一緒にいれる」


「無理だよ、俺は仕事」



いつも通りな日曜の夕方。
日が落ちる時間も遅くなり、時計を見れば19時になっていた。
うっすらベランダから見える外の色はまだ若干明るい。


夕食を作るため台所に立つ智希と、テレビのニュースになんとなく目を向けている有志。


いつも通りの光景、いつも通りの二人。
クーラーは付けずベランダの窓を全開にする。扇風機の風と自然の風が合わさってなんとも言えない心地良い風が通り抜ける。
やや温かく、だけど蒸し暑くない風と共に二人の声が重なりあう。




「会社の盆休みはいつから?」


「12日から15日まで」


「えー合宿と重なってんじゃん!」



包丁の手を止め膨れっ面になりながら智希がリビングにやってきた。
黒のエプロンで手を拭きながら有志が座るソファにドカッと座る。



「夏は毎年だから仕方ないだろ。インハイもあるんだし。むしろ盆休み時期まで練習見てくれる監督に感謝しないと」


「……折角の休みなのに…」


「………」



クスリ、と有志の吐息が漏れる。

頭を垂れて拗ねる大きな息子を愛おしい目で見つめた。


愛おしい。
誰よりも。




学生達は夏休み真っ只中。

智希も部活があるものの、通常より時間はたっぷりある。


しかし日本の働くサラリーマンは長期休みなんて簡単に取れるわけもなく、ひたすら毎日働いているわけで。


「あー明日から暇だー」


「宿題と部活があるだろ」


「……んー」


「あ、こら」



智希はゴロンと有志の膝上に寝転ぶと、甘える子猫のようにスリスリと頬を有志の膝に押し付けた。



「俺も早く働きたい」


「今は今しか出来ない学生を楽しみなさい。ほら、料理の途中だろ」


「………ん」




優しく智希の頭を撫で微笑むと、まだ若干不機嫌な息子は重い腰を上げ立ち上がった。




「……ご飯作ってくる」


「ん」




自分よりも大きくなった息子の背中を見つめながら有志はソファにもたれかかった。








可愛い…。


そう思いながら喉を鳴らしたのは有志のほう。









昨日より今日のほうが愛してる。
そして、きっと明日はさらに愛している。


怖いぐらいの幸福感。






















料理を再開する包丁の音を聞きながら有志は微笑み再びテレビに目を向けた。







『ピンポン』



5分も経っただろうか、智希が台所へ戻ってから少しして家のチャイムが鳴った。

誰だろう。小さく呟きながら有志が立ち上がる。


智希も気づいているようだったが、有志が出てくれるだろうと気にせず包丁の手を進めた。






「はい」



『………』



インターフォンを取る。
声を出すが向こうから声は聞こえない。
聞こえるのは微かな雑音と風の音。




「…?どちら様ですか?」


『………』






まだ何も喋らない。
おかしい、と受話器を耳から離し眉間にシワを寄せていると、再び智希がエプロンで手を拭きながらやってきた。



「なに、イタズラ?」


「わかんない。ちょっと出てくる」


「いいよ、俺行く」


「でも…」


「変な奴とかだったらどうすんの。俺が行くから」


「……うん」








どうなってこの子はここまで男らしくなってくれたのだろか…。

自分の頼りなさに恥ずかしさを覚えるぐらいだ。



しかし守られてばかりではやはり男として、父親として情けないから、有志も玄関へ向かう。





「…よし、開けるぞ。父さん危ないから中入っとけって」


「大丈夫!」


なんだか、情けない。



智希と有志はゴクリと生唾を飲み込むと、2重にロックされた玄関の鍵を一つずつ開けてゆっくり外を覗き込んだ。







「…………あれ?」


「なに?なに?どした??」



智希の広い背中で外が見えない。
有志も体を乗り出し玄関のドアから顔を出すと、そこには一瞬誰もいないように見えた。







しかしすぐ視線を下に向けると、黒いキャップを被った男の子が立っていた。



子供?





少年はじっと智希を見つめていたが、有志を見つけた途端大きな目がさらに大きく開いた。





「っぁ……」



「ん?」




微かに漏れた声を聞き取ることができなくて、智希が聞き返そうとしゃがんだ。
その瞬間、器用に智希の体をスルリと抜け不思議そうに少年を見つめている有志の元へ駆け込んだ。










「っ……パパ!」


「ん?」


「あ?」



「えぇええええぇぇえええええ」





嬉しそうに有志に飛びついた少年は満面の笑みを浮かべ「パパ」と、はっきり、はっきりと有志の目を見て叫んだ。



驚いて近所に鳴り響く程奇声を上げたのは、目をまん丸にした有志だった。





































「…お前、名前は?」


「………」


「無視すんなよ」


「………」




とりあえず少年を家に入れると、お茶を汲みに行った有志を除いて智希と少年がソファに座っていた。
流しっぱなしにしていたテレビはいつしか消えていて、扇風機の風の音が無常に響いている。



あんなに満面の笑みを浮かべていたというのに、少年は有志がいなくなった途端全く笑わなくなった。
礼儀正しくソファに座るけれど、智希の問いかけに一切答えない。

沈み始めた太陽を背に、智希は苛立ちを抑えれなかった。






パパってなんだよ、パパって。






「……はい、麦茶だけど飲むかい?」


「うん!」


「………」




有志がリビングに戻ってくると、再び満面の笑みで首を縦に振る少年。
さらに不機嫌になる智希。







有志もソファに座り麦茶の入ったコップを少年に渡すと、ふぅとため息を付きながら智希を見た。
じーっと有志を見ている。


う……。



睨まれている。
そう感じた有志はいたたまれなくなり、思わず逃げるように視線を反らしゴクゴク喉を鳴らしてお茶を飲む少年に話しかけた。




「僕、何歳?」


「………9歳」


「9歳かぁ。お名前は?」


「春日部(かすかべ)将太(しょうた)!」


「将太くんは、どうしてここに来たの?」



子供相手にうまいなーと、有志をまじまじ見ている智希。
有志と智希に挟まれ空になったコップを膝の上に置いて一息ついた少年将太は、有志から視線を外し小さく深呼吸した。


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