5
「…父さん」
「ん?」
行為が終わりあまりの怠さに風呂にも入らず二人布団に潜っていると、突然智希が口を開いた。
有志はうとうとと意識を飛ばし始めていたため、弱く返事をし自分を抱きしめる智希を見上げた。
「……父さんが、一番許せないことってなに?」
「……なんだ、突然」
「特に意味はないからさ、軽く答えてよ」
「……許せない…か」
有志を後ろから包み込むように抱きしめている智希は、悩む有志の頭に顔を埋めキスをした。
「そんな深く考えないで。……嘘?偉そうな態度?」
「何ソレ。別に許せなくないし」
くすくすと笑う有志。
智希は少し体制をずらし再び有志を抱きしめた。
「……嘘は許せるの?」
「んー。許せるというか、つかなきゃいかない嘘もあるだろ。相手のことを思ってつく嘘とか。それに関しては許せるけど、人を傷つける嘘は許せないなー」
「………」
内心、智希はほっとした。
なぜなら今、有志に嘘をついているから。
でもそれは有志を傷つけるためではなく、自立したいため。
早く大人になりたいため。
バイトをしてお金の重みを知って、少しでも有志に近づきたいため。
「……そうだなー…。嘘なんかより…」
有志の言葉は続く。
「……何も言ってくれない方が嫌かな」
「何も?」
「うん。大事なこととか、大切なことを話してくれない方が悲しい」
「………」
ほんとは、なんでバイトなんかしたいって言ったんだ、って、聞きたいんだよ。
心の中で呟くけれど、声には出せなくて。
智希は有志の言葉に息を飲んだ。
胸が締め付けられるように痛い。
やっぱり、バイトをしていると正直に言うべきなんだろうか。
クリスマス、自分が働いて貯めたお金でおいしいレストランへ行き、豪華なものは無理だけど何かプレゼントを渡したいんだって、言うべきだろうか。
でも、それを言ってしまうと自分の子供っぽさを見せてしまうようで。
バイトはクリスマス前日までにして、終わったら全部父さんに話そう。
今のバイトはしんどいけれど、やり甲斐をとても感じている。
不安材料は、あるけれど。
「あ、智希」
「ん?」
「さっき智希がトイレ行ってる間携帯がずっと鳴ってたぞ」
「………」
しまった、携帯の電源つけて下に降りちゃったんだ。
「ずっと鳴ってたし、急用じゃ…」
有志は智希の腕を掴み見上げると、大丈夫?と首を傾げた。
「あぁ、大丈夫大丈夫。さっきメール見たらクラスの奴だった。月曜にある小テストの範囲教えてって」
「…そっか」
信じてくれたみたいだ。
それにしても…。
まじあの女どうにかなんないかな。
あの女、とはバイト先の石津恵美のことだ。
何度も智希を遊びに誘い、断ってもすぐ電話をかけてくる。
今日だって、週末は恋人と会うんでと言ったのに、電話をかけてきた。
正直、本当にまいっている。
はぁ、と大きくため息をつくと、有志がどうかした?と顔を覗き込んできた。
「なんでもないよ。おやすみ」
「……おやすみ」
もう限界だったようで、有志は最後の声を振り絞ると、目をつぶり深い寝息をたてた。
「……どうにかしないと…いつか父さんとのことバレそうだな」
そう言い智希も有志を抱きしめながら深い眠りについた。
「金曜日…ですか」
「あぁ、忘年会がてら皆で集まる予定だ。社長も来られるから必ず来るように」
「……はい」
月曜日、有志は会社に行くと自分の席に座った途端声をかけられた。
真辺(まなべ)陽一(よういち )、有志の上司だ。
スーツにシワ一つない見た目からして完璧エリート。
40歳を過ぎているというのに鍛えられた体は健在で、事務の女の子から人気のある統括部長だ。
「重里から聞いたけど、最近金曜の夜は用事があるらしいな」
「はい…ちょっと」
あいつ…いらないこと言いやがって。
胸の奥で舌打ちをし、重里のディスクを見た。
まだ来ていない。いつも開始時間ギリギリだ。
「やっと彼女でも出来たのか」
真辺は椅子に座る有志の肩に手を置き、嬉しそうに微笑んでいる。
いや、その日は息子と朝までセックスするんで。
もちろん言えるわけないけれど。
「そんなんじゃないですよ。ただちょっと、父子家庭なんで帰れる時は早く帰って一緒にご飯食べようと思って」
「そうか…」
嘘は、言っていない。
しかしその言葉を聞いて優しく笑う真辺を見て心が痛んだ。
すみません、そんな綺麗なもんじゃないんです。
また一つ、有志の心に罪悪感という名の傷がつく。
「ま、智希君ももう高校生だろ?子供じゃないんだからちょっとは泉水も遊べよ」
「はい」
真辺は有志の笑顔を確認すると、腕時計を見つめながら自分の席に戻った。
もっと遊べ…か。
でもそこに智希がいなかったら楽しくない。
「……あー重症だな」
「はっ…はっ…おはようございますっ」
朝礼が始まる2分前、後輩の重里が走り込んできた。
セーフと言いながら椅子に腰を降ろし肩で息をいている。
「セーフじゃない。なんでも10分前行動を心掛けろっていつも言ってるだろ」
「…すみません…おはようございます…」
パーテーションを隔てた奥から有志が小さく怒鳴る。
その言葉に重里は肩を落としすまなさそうに謝った。
お互い、パソコンの電源をつける。
「そういや泉水さん聞きました?忘年会」
「あぁ、さっき真辺さんから聞いた。お前いらないこと言うなよ」
「いらないこと?」
パソコンが起動しその画面を見つめていると社長が入ってきた。
社員全員、一斉に立ち上がる。
「真辺さんに俺が金曜日あんま飲みに行ってないって」
「……あぁ」
社長の一声で全員挨拶をする。
「今度そういうこと言ったら部長にいつも遅刻ギリギリで来てることチクる」
「でぇー!」
「?どうした重里君」
「い、いえ」
「………」
馬鹿。
内心呆れ気味のため息をつくと、有志は腕時計で時間を確認した。
そろそろ朝礼も終わるだろう。
「で、でも今週は飲み会行くんですよね?」
「…まぁ真辺さんに言われたし、社長来るんならなぁ」
有志が腕時計を直したところで朝礼が終わり、一斉に全員座りはじめた。
ガヤつく中有志も座りパソコン画面に目をやるけれど、重里はまだ座らずパーテーションの上から有志に話し掛ける。
「ずっと泉水さんに相談したかったことあるんで、絶対きてくださいね!」
「はいはい」
有志は気のない返事をすると、パソコンのメールボックスを開きポチポチと中を確認しはじめた。
心、ここにあらず。
智希許してくれるかなぁ。
待ちに待った週に一度の交わりの日に、飲みに行くと言ったら怒るだろうか。
駄々をこねるだろうか。
でも…智希が嫌だって言ったらいくら社長が来るからって、忘年会嘘ついてでも断りそう。
「……はぁ…俺ってダメ大人」
「?なんか言いました?」
「言ってない。外回り行ってくる」
「わっ!俺も出ます!」
慌てる重里を無視し、有志は鞄を脇に抱えると席を立った。
智希の返事は、簡単だった。
「…そ。行ってらっしゃい」
「へ?」
「へ?」
緩い返事をするとそのまま返ってきた。
「オールってわけじゃないんだろ?」
「あ、うん……」
「?じゃあ俺風呂入ってくるわ」
「ん、うん」
……なんだろう。
凄く
「……凄く…」
あまりにもあっさりし過ぎた智希の反応に、有志は動揺を隠せなかった。
あんなにも毎日俺にべったりなのに。
「……もしかして…こんなに本気になってるのって…俺だけ?」
リビングで一人ポツンと立っていると、なんだか涙が出そうになった。
智希はまだ若い。
悲しいことだけど、誰か好きな人が出来たのなら後腐れなく別れるつもりだった。
別れる、違うな。
普通の親子に戻る。
戻れる自信はあったし、覚悟もあった。
でも。
「……なに、この不安…」
シンと何も響かないリビングで有志は胸に手を当てぎゅっと自分の胸倉を掴んだ。
「……無理…無理だよそんな」
智希が自分から離れていく想像がぐっとリアルに浮かび、あまりの恐怖に有志は震えた。
「もう…無理だよ……」
「麻里さんに金曜日も入れますって言おうーっと。思った以上に金貯まりそうだな」
有志の不安なんか気づかず湯舟につかり水しぶきをたてて鼻歌を歌う智希。
ヒビは、突然入る。
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