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バイト先に電話して店長の麻里さんに金曜日も入れることを伝えると、是非入ってほしいと喜ばれた。


クリスマスまであと2週間しかない。
あとちょっと、あとちょっとで父さんの喜ぶ顔が見れる。


内緒でバイトをしていたことは怒られるだろうけど、この日の為に、父さんの為に頑張ったんだって言ったら許してくれるかな。

















しかし、有志は元気がなかった。
もちろん、智希も気づく。



「なんか最近あんま食欲ないみたいだけどどうしたの?」


「え、別に」



朝ごはんを二人で食べながら智希が問うと、有志は少しビクリと体を震わせ目を見開いた。


別に。
そう言っているけど、智希は納得しない。




「もしかして風邪?」


「いや、ほんとそんなんじゃないから。ちょっと最近仕事が忙しくて…」



ヘラっと笑い箸を持つと、智希に言われたからだろうか勢いよくご飯を食べはじめた。



なんかあるな…。


でもその『何か』にはもちろん気づけなくて。






















ほんと俺って、ダメな大人だな…。



智希を送り出し、一人になったリビングで大きなため息をついた。





気がついた頃にはもう手遅れで。



有志の中の智希は大きくなりすぎていた。






















そんな思いのまま、木曜日になった。







『ピンポン』



「?」






19時を過ぎた頃家のチャイムが鳴った。
今日は木曜日。智希は部活で遅くなる、ということになっている日だ。


実際は有志の為に働いている日、なのだが。




「誰だろ」



リビングのソファに座りくつろいでいた有志はゆっくり立ち上がると、インターフォンの受話器を取った。


『あ、夜分遅くにすみません。石津と申します』


「?」



女の子?




『……智希君とお付き合いさせて頂いています』


「っ……」





体が震え受話器を落としそうになった。





今…なんて?







ガチャ


ゆっくり玄関の扉を開けると、小さくて可愛い女の子がいた。
ダッフルコートを着て真っ白のマフラーをしている。
世間一般の、可愛い女の子。


「っ……ちょっと智希…まだ帰ってなくて」


「はい、知ってます」


「………」



まるで智希のことはなんでも知っている。

有志にはそう聞こえた。


石津恵美は有志を見て少し驚いた顔をすると、丁寧にお辞儀をしてニッコリ笑う。





「実は先週会った時に智希君、忘れ物していって…」


「……そう」





息が、出来ない。

今俺は、息してるのか?



それさえもわからない。



どんどん青くなっていく有志の顔なんか気にせず、石津恵美はゴソゴソと鞄の中を探しはじめた。



「……あったあった。はい、これ智希君に忘れてたよって渡してください」


中から出てきたものは赤いマフラー。



「あ…うん。ありがとうね」




それは確かに智希のものだった。
有志が4年前買ってあげたもの。
もう色あせてしまい毛玉も増えてきているというのに、智希はずっとそれを使っていた。

有志が新しいマフラーを買ってあげると言っても、気に入っているからと優しく断る。





その、マフラーが。



智希の彼女だと言う女の子の鞄から出てきた。



「私の家にきた時に忘れていったんですよ」


「っ……そ、そう。それって…いつ?」


ダメだ、体の表面は寒いのに、中が熱く震えている。


嘘…だよな?



寒空の中有志は上着も着ずに外へ出た。
でも、寒いのはその所為だけじゃない。

心の底からナニか、冷たくて痛い感情が押し寄せてくる。





「木曜日ですよ。智希君部活忙しいし、毎週木曜しか会えなくて寂しいんですけどね」




苦笑いする石津恵美の顔を、有志は息をせずじっと見つめた。







だって、木曜日は…。





毎週木曜日は…。














部活じゃないの?



















「ただいまー」


「…おかえり」






今はもう、全てのつじつまが合ってしまう。





毎週木曜日。
いくら強化するためと言っても学校側が夜11時までの部活を許すわけがない。

許すとしてもまず、保護者に連絡がくるはずだ。




そして、なぜ。



なぜ、木曜日。




帰ったらすぐ風呂に入るのか。


















「……彼女と…ヤってきたから?」

















智希が朝に作ってくれていた晩御飯を、結局口にできなかった。

テーブルの上に乗ったおかずが湯気もたてず寂しそうに置かれている。







聞く…べきだろうか。





「でも聞いて…本当だったら…」




ゴクンと喉を鳴らし唾液が流れていく。
ひどく疲労した顔の有志は、智希が風呂から上がってくる数分の間グルグルと言うか言わないべきか迷っていた。





するとガチャリ、と音をたてて扉が開かれた。

智希だ。



「…わっ、びっくりした。どしたの、そんな所に突っ立って」


「あ、うん…」



有志は立ち上がりソワソワとドアの前に立っていた。

髪の毛を濡らし湯気を立たせたまま中に入った智希と目が合う。


至近距離の所為か智希から熱気が感じクラっと目眩した。






智希、あの子は…誰?







「お、おかえり」


「?うん」



精一杯笑顔を作って言うけれど、やっぱり少し曇ってしまう。
智希は有志の異変に少し気づいたが、さほど気にすることなく台所へ向かい冷蔵庫を開けた。


中からミネラルウォーターを取り出すと、キュッと音をたてて蓋を取りゴクリと喉を鳴らす。


数口飲んだ所でふと、テーブルの上の食事に気づいた。





「あれ、晩飯食べなかったの?」


「っ…あっ!」




しまった忘れてた!

智希が帰るまでに食べようと思ってたのに!





「あああごめんちょっと今日帰るの遅くて食べようと思ったんだけど智希帰ってきたからあああ今すぐ食べるよ!」




「……?」



急いで台所へ向かうと、ラップされた皿を取り電子レンジに入れる。
ジジジ…と音をたてて皿が回りはじめなんとも悪い空気が漂っていた。


電子レンジの前で暖まっていくおかずを見つめながら、有志は痛いこの空気にため息をついた。



その後ろで、智希はじっと有志を見つめる。





なんか…隠してる?





ミネラルウォーターをテーブルの上に置くと、髪の毛を乾かすために首にかけたタオルをぎゅっと握った。


湿ったタオルは心地悪く、すぐに手を離し一歩、前へ進む。




「…父さっ」


『チンッ』



タイミングが良いのか悪いのか。
智希が声を出した瞬間電子レンジが終了の音を鳴らした。



有志は電子レンジの扉を開け、湯気が立ち込めた皿を取り出した。
今日の朝智希が作ってくれていた、野菜炒めがおいしい匂いを漂わせている。




「うまそっ」


アチチ、と呟きながらその皿を急いでテーブルに置き、ご飯と温めておいたみそ汁も持ってくる。


椅子に座るとパンっと手を合わせて合掌した。




「いただきます」


「………」




もぐもぐと食べはじめる有志を見つめながら、腑に落ちない、そんな顔をしながら智希も椅子に座り膝をつく。





「……なんか、あった?」


「…なんかって?」




なに?
そう顔を緩めながら有志は智希を見るけれど、智希はまだ眉間にシワを寄せたまま。



「朝も言ったけど……仕事がね、ちょっと忙しくて。やっぱ年末は忙しいから」


「………そ」






この日、晩御飯の味が全くしなかった。
噛んで、飲み込む。噛んで、飲み込む。




おいしいのに。
おいしいはずなのに。



















「そういや、明日だろ、飲み会」


「…ん」




大きなベッドに親子が二人。
それでもまだ少し余裕があるぐらい。



寝る支度を終え二人はベッドに入ると、当たり前のように智希は有志に抱き着く。…いや、しがみつくと言ったほうが正しいだろうか。


後ろから抱き着かれて眠ることが当たり前になった有志は、前で交差する智希の腕に手を添えぎゅっと掴む。



「…智希」


「ん?」


「部活…楽しいか?」


「?うん、まぁ…大変だけどね」


照れる、智希の声が頭上からする。



心地好い。



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