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「智希(ともき)ー」


バタバタと走りながら名前を呼ぶ声が泉水家(いずみけ)に響く。
朝の8時を過ぎた。自転車で20分のところに高校があると言ってももう家を出ないとギリギリ、または遅刻をしてしまう。
しかも今日は始業式だ。

名前を叫んでいた男は、再びネクタイを締めながら返事のしない名前の主に、先ほどより少し怒り気味で声を張らせた。

「ともー!こら!早く出ないと本当に遅刻っ」

「あーもううっさい。わかってるって。携帯探してたの」

「携帯なんかいいから先に出っ」

「もう見つけましたーいってきまーす」


階段を降りる智希と、階段を見上げながら途中まで上がるもう一人の男。
途中で目が合い、智希は若干馬鹿にしたように男をフっと見つめながら携帯をプラプラと見せつけ、玄関へ体を滑らせた。







俺が好きなこの人は、好きになってはいけない人。
そう、禁忌。



「忘れ物ない?今日は俺も仕事昼までにしてもらったから、学校終わったら連絡して」

「おー」

玄関でスニーカーを履き、さっき見つけた携帯を鞄に押し込む。
下駄箱についている鏡で前髪をチェックすると、その男にニコリと微笑んだ。

「たぶん12時ぐらいだと思う」

「ん。いってらっしゃい」



好きな人。
俺の、好きな人。
世界中で1番好きな人。
この世にこの人さえいたらいいんだ。
この世に、この人と二人だけになりたい。
そしたら、悩まなくていいのに。
他人や世間の目を気にしなくていいのに。

好きになってはいけないとわかっていても、もう止める術を無くしてしまったアナタへのこの感情。


「じゃあまたあとで」


好奇心や、家族愛なんかじゃない。

これは、はっきりとした
愛、欲、性。

止めれるもんなら、止めてほしいよ。




















「いってきます。父さん」









父、有志(ゆうし)に笑顔を向けると、ガチャリと扉を開け家を出た。













「おっす」

「はよ」

始業式も終わり、新2年生となった智希は教室へ向かい黒板に貼られている座席表の場所へ向かった。
座った早々大きなアクビをしていると、親しい声が聞こえる。

「俺等にはクラス替えとか関係ないからいまいち新クラスって言われてもパッとしねーよな」

「だな」

智希の前の席に座り、低い声で笑う短髪のいかにもスポーツマンって感じの男は、智希と1番仲の良い友達、真藤(しんどう)渉(わたる)だ。
きりっとした眉とややつり目気味な顔立ちは、なんだか大人っぽさを感じさせる。


智希は特待生だった。
ここ、私立秋波(あきなみ)高等学校は全国区の高校で、スポーツ推薦と普通科があり、智希はスポーツ推薦でこの高校に入った。
マンモス校、というほどではないので、特待生のクラスは2クラスしかなく、理系と文系に分かれる。
そのため特待生が普通科に変更しない限り、3年間ずっと同じメンバー。
担任と教室が変わるぐらいなので、智希のクラスはぎこちない空気もないまままるで昨日もこの教室で勉強していた様に和やかだ。


「ともんとこ、今日部活ある?」

「いや、ない。真藤は」

「俺あるんだよー」

大袈裟なため息をつき智希の机にうなだれる真藤。
苦笑いをしながらつむじを向ける真藤の肩をポンポンとたたいた。

「まあ野球部は期待されてるからな」

「そういうおまえだって期待されてんだろ、一年のくせにレギュラーだし」

「別に、期待なんかされてねーよ」

別に謙遜でもなんでもない。
本当に智希は自分のことを凄いと思っていなかった。

特待生としてこの高校に入ったのも、家から近くて学費が免除されるからだ。
他にも何校か誘いがあったが、全て寮生活または往復2時間以上かかるため蹴った。

いくら全国区で特待生制度があるといってもまだまだ無名校。
智希を誘った監督が逆に何故うちなのかと疑問に思う。




それは智希にとって簡単なこと。
ただ、あの人の負担を少しでも軽くしたい。
ただ、一分一秒でもあの人の近くにいたい。


本当は部活だってしたくない。
家に帰るのは智希の方が早いけど、朝練や試合前になると土日返上で部活がある。
合宿だってある。

でも部活を辞めるのは契約違反だし、何より試合の日は必ず応援に来てくれる有志に申し訳がたたない。


全ては父、有志のため。

智希の世界は有志を中心にして回っている。


「あ、智。そういやこのあと空いてる?」

「わり、親父と飯行くんだわ」

「また親父かよ」

「なになに、泉水ってファザコンなの」

おもしろそうな話題を見つけ声をかけてきたのは、同じクラスの藤屋(ふじや)俊(しゅん)。
彼も同じく野球部の特待生で、坊主まではいかないが短髪に切れ長の目が印象的な少し軽い感じの男。

「まじ、重度」

「別に普通だって」

智希と藤屋はそれほど仲良くはないが、真藤がこのクラスのムードメーカーみたいな役割なため真藤と話していると必然的に人が集まってくる。

まだ来ない担任に段々苛立ちを覚えた生徒達は自由に動きだし、好き勝手にやりたいことをやり始めた。
その一人である藤屋も、ポテトチップスを頬張りながら座る二人を見下ろす。

「普通って、この前彼女にフラれた理由父親だろ?」

「あー……」

ふと思い出し宙に目を泳がせながら言葉を濁す。
肯定、だ。

「なにそれ、超気になる!」

お調子者な藤屋はお菓子の袋をガサっと掴みながらしゃがみ込み、今度は二人を交互に見上げた。
教えて教えてと、犬の様に目を開かせ好奇心いっぱいに見つめてくる。
智希ははぁと溜息をつくと、机に肘をついて目を閉じた。

「こいつさ、彼女の誕生日より父親の約束取ったんだぞ」

「約束?」

「……久しぶりに早く仕事終わるから……飯食べようって…」

悪いと感じているのか、顔はうつむき声も小さい。
目はまだ閉じたままだ。

「ドタキャン?」

「うん……」

「さーいてー!」

「だろー!」

「うっせ。腹減ってたんだよ」


無理矢理な理由を言いながら壁に顔を向けると、まだケラケラ笑う二人に若干の苛立ちを覚えた。



仕方ないだろ。女はいっちゃあ悪いけど性処理のためだけに付き合ってんだから。
そりゃあ本命が飯食おうって言ってきたらそっちにいくだろうが。

「えーでも40過ぎたおっさんより同年代の女の子取るっしょー」

「確か智んちの親、若いよな」

「あー、うん」

「まじ?いくつ?」

「………33」

「えーー。俺の親父48だぜー」

藤屋は再び驚くと立ち上がり、背中を向けたままの智章の背中をゆすった。
揺られながらもさほど嫌がっていない様子の智希は、小さいながらも父のことを話す。

「うち、でき婚だから」

「といっても早くね?」

「高校生の妊娠だからな」

「おおお。おっちゃんやるー」

「あんま人の家庭詮索すんなよ」

「はーい」

真藤がみんなに人気なのは、こういう気遣いがあるからだと思う。
藤屋も悪い奴ではないのだが、若干、頭が悪い。

そろそろ本気で煩い二人に黙れと言おうとした瞬間、タイミングよく新担任が入って来た。


すまんすまんと遅れたことを謝りながら入って来た男は、生物の笹仲(ささなか)健二(けんじ)だった。
短髪黒髪でガタイもよく、いかにもスポーツマンって感じだ。


藤屋はもっと話を聞きたそうだったが、渋々席につきお菓子の袋を鞄に押し込む。
真藤も席につけと言われゆっくり立ち上がり智希の席から離れようとした。

「おい、真藤」

「ん」

「で、今日何があるんだよ」

「あー。とりあえず笹っちがこっち睨んでるからまた後で言うわ」

「ん」

笹中の視線を気にしつつ真藤は席に戻ると、少し不服そうな智希は配られてきたプリントに目を通した。


……進路…か。

高校2年生になると、こんなことも決めないといけなくなってくる。
だいたいスポーツ特待の智希たちは、推薦で大学へ行くことが多いが、正直智希は迷っていた。

スポーツ推薦で大学を狙うか、就職して父有志の負担を少しでも軽くするか。
早く大人になりたい。
早く大人になって、有志と対等になりたい。
でも、なれたとしても自分の気持ちを伝えることは出来ない、わかっているのに。

それでも今は養ってもらっているということにひどく劣等感を感じ、早くカタチだけでも大人になりたいと思っていた。


心が子供じゃ意味ないけどね。


もちろん、わかっている。



担任の簡単な進路プリントの説明と、明日から始まる時間割や校内プリントが配り終わると、早々に解散となった。

ふと、サイレントにしていた携帯にメールが届いていることに気づく。


父、有志からだ。


「……えっ」

「なに。どうした」

「わっ!びっくりした!」

真藤だ。
解散となりプリント類を一気に鞄に押し込み部活道具を持ち上げすぐに智希の所にやってきた。
真剣に携帯を覗き込み小さく驚いた智希を不思議な目で見る。

「なに。なに驚いてんの」

「………べ、別に」

「きーにーなーるー」

「あーもううっさい。どうせバカにするから嫌だ」

「バカ?あ、もしかして親父さんからメール着てたの?」

「…………」

「智君は本当に嘘がつけないよね」

当てられ恥ずかしくなり耳まで真っ赤にしていると、馬鹿にした口調で顔を覗き込む真藤に携帯を取られた。

「ちょっ!なに!」

「えっとー何々。お。親父さん校門前にくるんだ」

「………」

有志からのメールはこうだった。


『ちょっと早く終わったから学校寄るよ。西門ね。12時半ぐらいかな』


有志が迎えに来てくれている。
それが嬉しくて思わず声が出てしまったんだ。
ふと、時計を見る。
11時45分だ。まだ来てないだろうけど待たせたくないし一秒でも早く会いたいから、すぐ帰る準備を始めた。

「見たい!智の親父みたい!」

「返せよ携帯!……別に見たいっていっても普通だって」

無理やり携帯を奪い返し、ポチポチと返信のメールを返す。
基本返信は遅い方の智希だが、有志に対しては即返すのが当たり前。


「お前の父親だろー。やっぱ背高いの?顔似てる?」

「…………」

親と似てるだとかそういう話になったとき、智希は若干不機嫌になる。
血の繋がりを、あまり感じたくないから。


「全然似てない。父親170ないぐらいだし、顔も俺は母親似だから」

「ふーん」

さほど興味を持たなかったのか、真藤はそれ以上追及せず大人しくなった。
智希はホっとしながらも、早く有志に会いたい思いで帰る支度を進め急いで教室を出る。

もちろん、真藤がその後をついてきていることは気づいていた。
しかし部活があるからといっていたので、運動靴に履き替えるため下足室へ向かっているだけだと思っていた。
しかし。

「……なんでついてくるんだよ。部室はあっちだろ」

「見たいって言ったじゃん。智の父親」

「…部活あるんだろ」

「2時からあ」

ニコっと笑い腕時計を無理やり見せると、まだ11時55分。
智希はチっと舌打ちをしながらも、本当は真藤に見せたくなかったが有志を待たせることの方が嫌だったので渋々一緒に西門へ向かう。

「でもまだ早くね?30分あるぜ」

「校門前にスーツ着た男がいたら怪しまれるだろ。だから早く行って先に見つけてあげるの」

「でもそれだったら待ち合わせ場所別にすればいいじゃん」

「………」

痛いところをつかれる。
真藤はキャッチャーをしているからか、人の読みやするどいつっこみをすることがある。
きっと、頭の回転が速いのだろう。

返答をどうしようか迷っている時、下足室の角から名前を呼ぶ声が聞こえた。



「あ、あの……泉水先輩…ですか?」

「ん?」

振り返ると初々しい姿の男の子が一人顔を赤らめて立っていた。
新入生だろう。制服のブレザーもまだ着こなしていない感がたっぷり。
髪の毛は染めた感じではなく地毛であろう、若干栗色で、眉毛にかかるかかからないかぐらいの前髪がたまに吹く隙間風でなびく。
丸顔と丸い目は完全なる童顔だ。犬で例えるとチワワに似ている。
つい最近まで中学生だった体は若干華奢で制服を着るというより、制服を着させられていた。

「……あ、あの。俺、姫川(ひめかわ)悠斗(ゆうと)って言います!俺、先輩のファンなんです!」

「………」

「………」

決して小さくないその叫びは、別のクラスの生徒にジロジロ見られるほど豪快なものだった。

真藤は思わず笑いそうになるが、それを必死に堪え鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている智希の代弁をしてやる。

「………君は、1年生?」

「あ、はい。すっすみませんお友達と一緒に話しているところをっ」

やっと真藤の存在に気づいたのか、姫川はさらに恥ずかしそうに二人を交互に見た。
まだ驚いた顔をしている智希の肩にポンと手を置きさらに代弁する。

「ファンって、こいつのプレイ見たんだ?」

「あ、はい!去年の県大会実は俺観戦してて……。試合は負けちゃったけど強豪に5点差のゲームは本当に感動しました!先輩凄すぎます!」

「……あ、ありがとう」

「お、フリーズ直った?」


女の子からファンレターや告白を受けたことは何度かあったが、男から真剣に言われたのは初めてだったので、若干まだとまどいがある。
肩に下げた鞄を再びかけなおし自分も先輩になったんだなーと今頃実感が湧き少し嬉しくなると、まだガチガチに緊張している姫川にフっと目を細め笑いかけた。

「ありがとう。でもあのゲームは俺だけじゃなくて先輩達が凄かったんだよ」

「でっでも!俺、先輩があの時1年だって聞いたとき本当にびっくりして…!俺と1つしか違わないのに体も大きいし、スタミナもあるし何より綺麗で…」

「俺なんかまだ小さいほうだよ」

「あー、こいつ褒められるのあんま好きじゃないっていうか、本当に褒めても謙遜するばっかだからおもしろくないよ」

「そういうこと言うなよ。ちょっと褒められるのが苦手なだけだ」

「でも先輩は凄いです!」

「………」

「………」

上級生二人を黙らせる、ある意味大物の1年生だ。


「あ、ありがとう。姫川もバスケするの?」

「はっはい……中学はずっと補欠だったし、背も小さしで全然うまくないですが…」

「じゃあ、高校で頑張ってうまくなろうな」

自分より20センチ近く小さい姫川の頭を撫でると、撫でられた姫川は目を見開き優しく微笑む智希に釘付けになった。

綺麗、それはプレイだけでなく存在自体が綺麗なんだと、頭の奥で何かが響いている。

「ああありがとうございます!」

「………ん、でもここ人多いしもうちょっと声小さくしような」


「はいっ!!」

以前、真藤は笑いを堪えるのに必死だ。

「あ、あの部活明日からですよね……」

「あーそうそう。なんか顧問の須賀(すが)が今入院しててさ。今日退院だから明日からちゃんと練習再開するらしい」

「そうですか…今日からだと思ってはりきってジャージ持ってきたのに……」

「あはは。お前みたいな熱心な新入生が入ってくれて嬉しいよ」

「…………」

また、顔が赤くなる姫川。
笑いそうになって堪える真藤。
天然の智希。

ガヤガヤと下校するもの、部活があるもので賑わう下足室に若干変な空気が流れていた。

「あの、先輩」

「ん?」

「明日からも…先輩に話しかけていいですか?」

「なんで?」

「だってその…後輩が先輩に簡単に話しかけるなんてやっぱその…」

「あー大丈夫。うちの部、上下関係無いに等しいから。先輩達みんないい人だらけだからそんな緊張することないよ」

「まじっすか!」

「そのかわり実力主義だから、3年間ずっとベンチってことも考えられるけどね」

「うぅっ…俺にはありえそう……」

また隙間風が吹き、柔らかい姫川の髪の毛がソヨソヨとなびく。
本当に肩を落とした彼に再びポンポンと頭を撫でてやると、誰もがそれは『落ちるだろう』という笑顔で姫川の顔を覗き込んだ。

「そうならない様に、努力しような」

「はっ…はいっ!!!」


行きかう通行人全てが智希たちを見た。




「あーおもしろいもん見せてもらったー」

「びっくりした…」

その後すぐ姫川はありがとうございましたとお辞儀をし、顔を真っ赤にしたまま走り去っていった。

「でもお前のおかげで今年のバスケ部、入部希望者多いって職員室で先生等が喋ってたぜ」

「だから、俺のおかげじゃなくて県大会で準優勝できた先輩達の…」

「あーはいはい。謙遜もあんまそこまできたらうざいから気をつけろよ」

「……ごめん」

真藤は、とても優しいが時にびしっと言葉を投げてくれる。
智希も悪い癖だと思っていた。
自分を低く言う癖。

本当に謙遜ではなく、自分なんか、と思っている。これはもう、性格なのか、なんなのか。

いや、違う。
血縁者の父親を性対象として毎日見ているイカれた自分が普通なわけない。
そう、思っている。

自分は褒めてもらえるほど良い人間ではない。







褒めてくれるのは、この世で一人だけでいい。



「……やっぱついてくるのかよ」

「当たり前。あのちっこいのに邪魔されたけど当初お前といる目的は親父さん見るためだもんねー」

姫川の一件があった所為で12時30分ちょうどだった。
急ぎ目で西門へ向かい、最愛の人のもとへ向かう。

一人、めんどくさいのがついてきているけど。


すると下校する生徒達に混ざって一人スーツ姿でネクタイを緩めている有志の姿が見えた。
一瞬笑顔になるが真藤が隣にいると気づき必死に抑える。

「ごめん、待った?」

「いや、大丈夫。……おお、友達か?」

「初めまして。1年から友達の真藤渉です」

「あぁ、智希から聞いてるよ。いつもありがとう」

「いえいえ。智、頭もいいからいつも試験前とか勉強教えてもらってるんでむしろこっちがお礼言わないと」

こいつ、大人に好かれるタイプだな。
そう、智希は直感で思った。
野球部の荷物は大きい。そんな大きい荷物を抱えながら爽やかに話す真藤の姿はとても好青年に見える。

「じゃあ俺、部活あるからこれで」

(お前まじ何しにきたんだよ!!)

(だから、見るだけでいいって言ったじゃん)

小声で話すも、真藤は何事もなかったかのように今来た道を再び歩こうとしていた。

「よかったら今度うちに遊びにきてね」

「ありがとうございます。……あ、そうだ智」

「あ」

少し、不機嫌に。


「さっき言ってたこの後なんかあんのーって話」

「……あぁ」

智希は忘れていたかのように気のない返事をすると、肩に下げた鞄をかけなおしながら真藤を見た。
風が、まだ冷たく肌寒い。若干顔が歪む。

「俺は部活だから行けねえけど、なんか井口達が合コンするから人数集めててさ。お前いかねーって思って」

「………合コン」

「…おまっ…!親がいる前でそういうこと言うなって!」

「ほいほーい。じゃあね〜」

ぷらぷらと手を振りながら運動場へと歩いて行く真藤に、智希は精一杯の睨みをきかせ唸った。










今日、有志は仕事を半休した理由があった。

「ただいまー」

近所のカフェでランチを済ませ早々に帰ってきた二人は、特にどちらかがそうしようと言ったわけではなく、当たり前のように仏壇のある部屋へ行く。
今日は智希の母であり、有志の妻である、沙希(さき)の誕生日だ。


「母さん、誕生日おめでとう。ちゃんと高校2年生になったよ」

「……有志ももう17歳だ。早いね。君が逝ってから14年だね」

まだ外は明るいため電気はつけず太陽の光だけで照らされる仏壇の中にいるのは、一枚の髪の長い女性の写真。
智希に似ていてニッコリと笑うその笑顔は、誰からも愛される素敵な雰囲気を持っている。




14年前。智希が3歳の時に沙希はこの世を去った。
前方不注意によるトラックにはねられ、即死だった。

3歳の頃の思い出なんか全くなくて、智希はこの写真と、数枚しか残っていない家族写真でしか母親の顔を知らない。
小学校の低学年までは、よく寝る前有志が母沙希の思い出を語っていた。



とても素敵な人だった。
17歳で智希が出来た時、周囲は反対した。
でも、お母さんは本当にお父さんを愛してくれていたから、二人の子供を産みたいって言ってくれた。
だからお父さんはお母さんと生まれてくる子供を絶対に幸せにするって誓ったんだよ。
18歳で智希が生まれたとき本当に嬉しかった。
あんなに反対していたおじいちゃんやおばあちゃんも、生まれたての智希の顔見たら涙ポロポロ流しながらおめでとって言ってくれて。
智希が生まれてきてくれたから、おじいちゃんおばあちゃんと仲直りできたんだ。ありがとう。


そう言いながら必ず智希の頭を撫でる。
愛おしく、本当に愛おしく撫でる。


でも、二人共幸せにするって言ったのに、お母さんを死なせてしまった。

交通事故だったんでしょ?じゃあおとうさんのせいじゃないよ。

……ありがとう、智。

ぼく、おかあさんのことはあまりわかんないけど、全然寂しくないよ。
いつもお父さんがいてくれるから。

………うん、ありがとう。

お父さん、大好き。

うん。お父さんも……。世界で一番お前が大好きだよ。










この感情は歪んでいるとは思わない。
正当だとも思わないけど、この感情は誰よりも純粋で暖かいものだと、思っている。信じている。










「そういえば、お前合コンとかするんだな」

「……なんだよ急に」


家事は全て分担されていた。
食事、買出しは智希。
洗濯、風呂掃除、食器洗いは有志。

有志も料理をしようと何度も挑戦したのだが、どうもこういうのは不器用らしく、反対に器用でなんでもそつなくこなす智希が食事全般をすることに決定した。
沙希も料理が凄くうまかったから、本当に智希は沙希似だな。

そう言われると、とても嬉しかった。
俺に似ているって言われると、逆に不機嫌になる。

もちろん理由は、一つだけだけど。


晩御飯も外食しようという有志に、智希は少し主夫っぽく無駄遣いするなと怒る。
お金を出すのは俺なのに…。そんなことを小さく愚痴るけど、この家で強いのはどちらかと言うと智希だ。

しかし無駄遣いするなとか言っているが、一番の理由は有志とずっと家にいたいため。
不純だけど純粋な思い。


夕食も作りおえ、モグモグとゴハンを食べているとき突然昼の話を振られた。


「合コンとか、しょっちゅうしてるの?」

「……別に。なに、行きたいの?」

「ばっ…!!……おっさんが行っても馬鹿にされるだけですー」


……景品で貰ったキャラクターの茶碗が似合って、すねて口を尖らせるおっさんなんてあんまいないと思うけどな。


「なんなら行く?父さんすげー童顔だし22歳ぐらいでも信用されるんじゃない?」

「そうか?」

「嘘だよ」

「………ひどい」

誰が大事な人をバカ女達に紹介するかと、フンっと鼻で笑う。
しかしその鼻で笑った行為が、自分に向けられたのだと勘違いした有志は、さらに凹み茶碗をテーブルに置いてしまった。
早生まれの為来年で34歳といえど、性格的に凹みやすい有志は息子の言葉を本気にしてしまいいつも落ち込んでしまう。


「彼女とか…連れてきたことある?」

「俺の部屋に?」

「うん」

「ないよ」

あるわけないと付け加えようと思ったが、そこまで言うと色々聞かれそうなのでやめた。
ズズっと味噌汁をすすりエビフライをとると、自分でもうまくできたと思うその味に少し酔う。

「……平日とか…俺が仕事でいないときに連れてきたり…」

「平日はずっと部活。んで父さんが帰って来るまでに食事の用意するから、家なんか連れてくる暇ないよ」

「ほんと?」

「ほんと」

「…………」



有志は再び茶碗を持つと、誰にでもわかるぐらい嬉しそうにご飯を頬張った。


「……なに、なんでこの話題そんなしつこく聞くの?」

「………なんていうか…」

ゴクンっと音を鳴らし飲み込むと、同じくエビフライを取りおいしいと言いながら口に頬張る。
智希は理解不能と顔に出しながらモグモグ噛み砕き、有志の答えを待った。

「………恥ずかしいけどね、お前も大人になっちゃんたんだなーって」

「なに、童貞捨てたかってこと?」

「ちがっ……!!」

こういう話になると必ず顔を赤くし、怒る。
テレビのキスシーンも真っ赤にするぐらい…ウブ……なのか?

「んっ…ごほん。……昔はあんなにお父さん大好きーって言ってたのに、今では女の子に夢中なんだーって思ったらちょっと寂しく…」


ガタンッ!!


「ん?何?なになに??」


話してる途中で突然智希が椅子から転げ落ちた。
持っていた茶碗とともに落ちたため床には米がばらまかれ、寸前のところで味噌汁が倒れそうになっていたのをまず食い止める。
そしてすぐ床に崩れ落ちた智希の元へかけよると、心配そうに顔を覗き込んだ。

「ちょっ…大丈夫か???凄い音したけど…??なにがあったんだ??」


「っ……くっ…」


「えっ……」


智希は、泣いていた。




「落ち着いたか?」

「……うん、ごめん急に……。それにご飯もあんなにして……」

「気にするな。それよりいきなり頭痛がしたって……。泣くほど痛かったんだろ?もしかしたら何か病気かもしれないから明日病院に…」

「うん…痛かった」

部屋に運ばれた智希は、すぐベットに寝かされた。
布団をかけ有志もベットに座ると、ゆっくり頭を撫でてやる。

「そっか…でもそんな痛かったんなら本当に明日病院に…」

「大丈夫…治ったから……」

「…本当か?」

「……うん……。父さん」

「ん?」

「今日一緒に寝てもいい?」

「……えっ」

「……ダメ?」


布団の中から自分を見つめる息子を、思わず可愛いと思ってしまった。
ガタイは自分よりいいけど、面影は母親に似ているため柔らかい顔をしている。
少し長くなった髪の毛が目にかかりその奥から見える奥二重の目が少し潤んでいるように見えた。

しかも弱った声と寂しそうな表情に、断ることなんか出来ない。



「よし、じゃあ今日は俺もここで寝るよ」

「……ありがとう」

「……それにしてもベットでかいな」

「父さんが、お前はでかくなるからってダブル買ってくれたんだろ」

「そうだっけ」


少し照れながらもなんだか嬉しい気持ちになりながら、開けてくれた布団の中に入っていく。

「……智、身長何センチになった?」

「んー……。今度身体測定あるけど、去年は182だった。たぶん伸びてるよ」

「……なんかもう…追い越されたとかの問題じゃないな……」

「大きくなるよう努力してるからね」

そっと、さりげなく有志の腰に手を回し軽く抱きつく。

「部活、楽しいか?」

「うん」

「そっか」

「試合の日、平日以外なら絶対行くから教えるんだぞ」

「うん」


まるで一緒に寝ていた小学校低学年の頃を思い出す。
もう完全に体は智希の方が大きくなってしまったけど、この安堵と安らぎはいつまでたっても変わらない。



『今では女の子に夢中なんだーって思ったら』

有志の言葉が何度もループする。
また、涙が溢れてくる。

泣いているのを隠すよう有志の肩に顔を埋めると、ポンポンと背中をたたくそのリズムにまた、涙が溢れそうだった。


違う。
違うよ。
女なんかに夢中じゃない。

今も
これからも
ずっと

愛しているのはアナタだけです。






「………ん…」

次の日、目を覚ますと有志はベットの中にいなかった。
いつもと同じベットの広さに眉を顰めると、時計を見ながらゆっくり起き上がる。

朝ごはん……。


朝も晩もお弁当も全て智希が作っているため、どんなに眠くても起きないといけない。
まだぼやける視界を無理やり擦りもう一度時計を見ると、7時半を過ぎていた。



「………ふぅ。そろそろ起こさないとダメかな」

「……父さん!」

「あ、おはよう」

ドタバタと階段を降りる音がしたと思ったら、すぐ智希が制服を乱しながらリビングに入ってきた。
悠長にコーヒーを飲み挨拶をする有志に若干苛立つ。

「なんで起こさないんだよ!朝飯も弁当も作る時間ないじゃん!」

「いいよ。朝はさっきパン買ってきたし」

テーブルの上にはコンビニで揃えたであろう数種類のパンが並んでいた。
一緒に牛乳も置いてあり、智希に座りなさいと命令し朝ごはんを食べさせる。

「こんな…パンとか買わなくても俺作ったのに…」

「いいんだよ。昨日具合悪そうだったし。昼飯も俺は適当に食べるから、お前もこれでなんか食べなさい」

すっと2000円を渡され、育ち盛りには足らないか?と五千円札を出そうしていた。
智希は文句を言いながらもきちんと買ってきてくれたパンを頬張り、注いでくれた牛乳を飲む。

「……そんなにいらない。1000円でいい」


「ダメ。育ち盛りなんだから一杯食べないと。今日から部活始まるんだろ」

「………じゃあ2000円…。余ったら返す」

「いいよ、お小遣いにしなさい」


こういうやり取りはもちろん嫌いだ。

子供と父親、だからだ。


「それより本当に大丈夫?頭痛は?」

「治った」

「ほんとかよ」

クスクス笑いながらもやはり心配だと、3つ目のパンを頬張る智希を見つめる。
ちょっと恥ずかしくて、目を反らしてしまった。
有志はほっとしたように溜息をつくとズズっとコーヒーを飲み干す。

「昨日は父さんが隣で寝てくれたから治ったよ」

「あー智、小さい子供みたいに甘えてたもんな」

「…………」

普通の父親と思春期の息子なら絶対こんな会話はないだろう。
だけど、この二人は親が子を思う感情と、子が親を思う感情は相反している。




今とても幸せなのに絶対報われないとわかっている想いほど、辛いものはない。





「じゃあ学校行くわ」

「ん、気をつけてな」

ガタっとテーブルから離れ椅子を下げると、牛乳を入れていたコップをキッチンへ運んだ。
水を流し洗おうとすると、キュっと蛇口を閉められ腕を掴まれる。

「洗い物はいいから、学校行っておいで」

「……うん。いってきます」


掴まれた腕が、尋常じゃないほど熱を持っている。



いつも通り玄関の鏡で髪型を整えると、まだリビングにいる有志に聞こえるように声を出す。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

すると、必ず答えてくれる。
どんなに有志の体調が悪くても、どんなに急いでいるときでも、お互い出かけるときは必ず声をだした。

このご時世でここまで仲が良いとやはり不思議がられるけど、二人にとって当たり前だし、普通のこと。
一度もグレたことがない智希は近所でも評判の良い息子だった。

もちろんみんな、本当の感情は知らないけれど。







「あ、先輩」

「……おー。姫川。おはよう」

「っ……!!」

「ん?」

下足室で偶然、昨日の大物後輩姫川に会った。
姫川はどちらかというと反射的に呼んだようだったが、智希におはようと言われてから身動きをとっていない。
なにやら驚いて固まってしまってるようだ。

「……どうした?」

上靴に履き替え姫川のところへ寄って行くと、昨日と同様顔を真っ赤にして大きな目をさらに大きくさせている。

「おおお」

「お?」

「俺のこと覚えてくれてたんですね…!」

下足室にいた何人かが二人を振り返った。
姫川の騒音はまだ直っていない。

「っ……お前ね、昨日会ったのに忘れてるわけにだろ。俺そこまでバカじゃないよ」

「ちっ違いますそういうんじゃなくて…!!」

あわあわと身振り手振りいかにも焦っているようで、流石の智希もおかしくなってきた。
本当に自分のことを尊敬してくれているのだと少し嬉しくなり自然と笑みもこぼれる。

「……じゃあ、放課後、部活でな」

「はっはいっ!」


「…………」


また、通行人の注目を浴びた二人だった。




部活には特待生のほかに、普通科もいる。
大半特待生がレギュラーを勝ち取るため段々普通科の人間は止めて行くが、智希の所属しているバスケ部は少し変わっていた。

顧問の須賀はこの学校の卒業生で、特待生ではなく普通科で3年間バスケで汗を流した。
その時、やはり普通科であるというだけで特待生から軽いイジメ、差別を受け辛い思いもした。

だから自分が顧問をした時は絶対に区別はしても差別はせず、実力主義でいこうと決意する。
実際、顧問になった年はやはり生徒と何度も対立したが、次第にその熱さと顧問としての素質を発揮し、今では誰からも慕われる顧問となった。

引き抜きを行うとき、必ず言う言葉がある。

私は特待生だとしても、贔屓はしない。

その言葉に何人もの選手がこの高校を選び、万年市大会止まりだったバスケ部も、全国大会へいけるほどの実力となる。
初めての全国大会は初戦敗退で終わったものの、まだ若い須賀がここまで成長させてきたことに全国の監督を唸らせた。

しかし、去年県大会で2位の成績で全国に乗り込めたのも、須賀のほかにもう一つ要因があった。
もちろん、1年、2年、3年レギュラー、ベンチ入りを含め選手全員が活躍したというのもある。

それより全国を唸らせたのは、泉水智希の存在だった。

中学の頃から曽根中(そねちゅう)の泉水というのは有名で、全国から何校も引き抜きをされていた。

実力は本物だった。
県大会を見ていた関係者全員がそう思った。

ポイントフォワードというポジションで、『ソツなくこなす』プレイ。
司令塔まではいかないが、しっかりゲームを把握し先輩達にボールを回し、運び、ポイントもとる。
姫川も、このプレイに一目惚れしたのだ。

それに加え柔らかく優しい顔立ち。
バスケ選手の中で大きいほうとは言えないが、普通にいたら長身で綺麗な筋肉のつき方をしている。

モテないわけがない。


智希は、二股は絶対しない。
でも、割ととっかえひっかえなところがある。

自分でも自覚している、性処理だ。

毎日死ぬほど好きだけど絶対手を出せない相手が同じ家にいるため、右手だけでは追いつかない。
ある程度の『恋人ごっこ』はするけれど、絶対踏み込ませない領域を持っているため、だいたい智希が振られる。
何より、父有志をどんな場合でも一番にもってくるため、呆れられフラれる。

先々週フラれたばかりなので、そろそろ体が限界だと叫び始めていた。
しかも昨日、同じベットで寝てしまった。
よく自分の理性持ったな、と、関心してしまうぐらいだ。


(いい性欲処理いないかなー)

始まった部活の中、そんなことを考えていた。

智希効果でバスケ部に新入生は増え、自己紹介も前年度にくらべ長い。
顧問の須賀や新キャプテンの大谷(おおたに)聖眞(せいま)は嬉しそうだったが、正直別の部員はめんどくさそうだ。



いい性欲処理。そう思っていたら姫川と目があった。


「っ………」

昨日と今日、適度に喋ったというのに何故か目をそむけ顔を赤らめている。
女みたいだな、そう思った瞬間よくないことを考えてしまった。



……いやいや、あいつはダメだろ。
男だし。



今更本当の父親を好きな時点で男だからとか関係ないと思うが、正直智希は男が好きなわけではなく有志だけがいいので、男に興味があるわけではない。


バスケ部専用の体育館の真ん中でまだ終わらない新入生の自己紹介に飽き始めた智希は、手に持っていたボールをクルクルと回し始めた。


「おぉっ…やっぱすげぇ泉水さん………」

「…………」



バスケ長いことしてる奴なら誰でもできるっての。





小声だけど確実聞こえる声が2・3年にも伝わってくる。
智希は少し居心地の悪さを覚えすぐにボールを止めてしまった。

それを察した1つ上の先輩清野(きよの)道孝(みちたか)は、ニヤニヤしながらそっと智希の隣に立った。


「……なんスか、清さん」

「まじ新入生全員お前のファンじゃねーの」

「まさか」

「相変わらず謙虚だねえ」

「……あっ」

突然智希が持っていたボールを奪い、クルクルと回し始めた。



「……すげぇ、清野さんもめちゃかっこいいよな」

ザワっと新入生が騒ぎ出す。

「………目立ちたがり屋っすね、相変わらず」

「気持ちイイじゃん。お前は勿体無いよ。いい素材いっぱい持ってんのに」

「俺は目立たずコツコツ点数稼ぎしてMVPとか取りたいタイプなんで」

「お前一番そういうの性質悪いんだぞ」

「清野煩い」

「すんませーん」

須賀が一言だけ言うと、清野は謝りながら手を止めた。

ギャラリーはいないため響くのは声だけだが、時折聞こえる運動場からの掛け声がなんだか心地良い。
そう思っていると、今度はさらに小声で清野が智希に耳元で話してきた。

「時にさ、あの姫川って奴、お前の知り合いなの?」

「え?あぁ、昨日初めて会いましたよ。なんか県大会の時来てたらしくて俺のこと覚えててくれてました」

「……ふーん。…あいつさ、確実お前のこと好きだよな」

「…憧れって言ってください」

「いや、あれは憧れとかじゃなくて、お前に抱かれたいって目で見てんぞ」

「んなっ!!」

「んーどうした泉水ー。清野がなんか悪さしたかー」

「ひでっコーチなんで俺が悪いんだよー!」

「アホ、誰がどうみてもお前がちょっかい出してるように見えるわ」

あははと部員が笑い、緊張していた新入生もほぐれたのかクスクス笑っていた。
清野はバスケ部のフォワード。切り込み隊長みたいなものだ。
性格もそのままで、誰からも好かれている。



清野がそんなことを言うから…と、姫川の目が直視できない。
抱かれたいってなんだ。
そんな目であいつは俺を見ているのか。
それは清野の冗談?
でももしかしたら本当に姫川は……。

きゅっと唇を噛み締めゆっくり姫川を見てみた。

「っ………」

「…………」

目が合うと、頬を染めながらすぐ反らされた。

……嘘だろ。

智希の頭の中で清野の声が響いている。


お前に抱かれたいって目で見てんぞ


じゃあ俺は、毎日父親のことを抱きたいって目で見ているのだろうか。
気づいているだろうか。
いや、それはないな。

若干、いやかなり人の感情に鈍い有志が、気づいているわけがない。
それは断言できる。

有志が薄着で部屋をウロウロしているとき、リビングで服を着替えているとき。
全て智希は有志に欲情している。


……有志のあとの風呂は絶対風呂場で抜くからなー
俺ってつくづく変態だなー


まるで他人事のようにぼんやりそう思っていると、突然ピーっと笛の音が鳴った。
急に現実に戻され目をチカチカさせながら顧問の須賀を見ると、どうやら新入生対2・3年でミニ試合をするらしい。



「えーいきなり2・3年とー??」

「まじで、絶対ボロボロじゃん」

新入生達は始める前からブーイングに対して、2・3年は淡々と準備をしている。
毎年恒例だからだ。

「あ、智は審判だって」

「え、まじで」

同級生の阿部(あべ)遥太(ようた)が笛を持ってきた。
準備運動をしていた智希は残念そうにそういうと、渋々笛を持ち点数カードの前に立つ。

「えー泉水さん出ないだ」

「見たかったなー」

また新入生がザワザワ騒いでいるところを今度はキャプテンの大谷が笛を鳴らした。

「はいはいー。泉水のプレイが見たかったら必死に攻めてけー」

「……はいっ!」

一致団結した1年だった。



「やっぱみんなお前のファンだな」

「………清さん、キャプテン呼んでますよ」

「ほいー」

わざわざそれを言いに智希の所までやってきた清野は、リストバンドを左につけながらコートへ向かった。





ピッっという音とともにゲームが始まる。

「今年は特待何人ですか」

「4人」

「うちにしては多いっすね」

「去年が一人だったからな」

「あー…」

「………んゴホンっ」

須賀と大谷が揃って智希を見た。
わざとらしく咳払いをすると、智希は白熱し始めたゲームに集中する。

「お前が入って活躍してくれたおかげで今年こそは全国大会いい所いけそうだよ」

「ども」

キャプテン大谷が少しきつめに智希の背中をドンっと叩くと、照れたように鼻先を爪でかいた。
期待されるのは嬉しいけど、過大評価は好きじゃない。
そう思いながら新入生のベンチを見たら、また姫川と目があった。

あいつ…俺のこと見すぎだろ。

段々呆れてきて、今度は照れなくなった。


「……7番、いい動きしますね」

「あ、お前もそう思う?」

ふと目に留まった新入生のゼッケン番号を言うと、須賀は嬉しそうに声を上げた。

「中学で有名だったの?」

「7番って…佐倉(さくら)?佐倉照(さくら てる)?」

「え、有名なんスか」

「お前、ちょっとは自分の学校以外の選手も把握しとけよ」

「ちゅーぼーじゃん」

ピっと笛がなり、点数が入る。
新入生6点、2・3年19点。
当たり前だが差が出てくる。しかし今の所その6点全てを獲っているのが佐倉だった。


「流石フォワード。ガンガン入れますねー」

「他の1年はお前が見てるからって張り切りすぎてんだろ」

「………」

「まじその褒められるの苦手なのさ、勿体無いよな」

「直したくても直せないんです」

次々に入る2・3年の点数を増やして行く作業をしながら、須賀は誇らしげに腕を組みながら智希に佐倉の話をする。

「うちのフォワードは技術があるんだがなんせ…ムラがあるから…」

あぁ、清野先輩ね。

「今年は佐倉と清野をうまく使いゲームを組み立てていく。そこにお前が入ってさらに流れを作るんだ」

「……頑張ります」

隣にいた大谷はクスクス笑い、まるで全国へ行くんだ!と言わんばかりのこの熱い青春漫画のような空気を気持ちよいと思った。



後半に入り、佐倉や他の1年も頑張っているものの、やはり去年全国大会へ出場したメンバーと最近まで中学生では格が違う。
技術、スタミナ、チームワークにおいてまだまだだ。
キャプテンの大谷やルーキーの智希がいないというのに、その差は40点になっていた。

「くそっ…」

佐倉が悔しそうに肩で息をしながら小さく叫ぶ。
佐倉一人がうまくても、ダメなんだ。周りのメンバーはそれを痛感させられる。

しかし佐倉はキレたり誰かをやじったりしなかった。


なんだ。最近まで中学生だったのに結構冷静じゃん。
だいたい、ある程度バスケが出来る奴は個人プレイが目立つけど、あいつはちゃんとみんなにパスしてるし味方がミスしてもどんまいって言いながら励ましている。
佐倉か…。

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