背徳のブルー【R-18】.3



気がつけば朝になっていた。どうやら晩ご飯は食べたらしい。
お風呂にも入ったらしい。課題はしていない。これはいつものことだ。

朝、父が新聞を読んでいた。いつも通り。
母は朝食を作っていた。いつも通り。
だけど少し、目を腫らしていた。


兄は、帰ってきていなかった。





「おっはよー陸ー」

「………」

「陸?」

春人が元気よく陸に話しかけたのだが返事が返ってこない。

いつもなら春人ほど元気ではないし無愛想だがちゃんと返事は返ってくる。

首を傾げながら陸の顔をのぞき込むと、眉間にシワを寄せ辛そうな顔をしていた。

「…陸?どうしたの?お腹痛い?」

「大丈夫」

全然大丈夫な声じゃないじゃん。

かすれた覇気のない声が聞こえさらに心配そうに顔を覗き込む。
しかしすぐに予鈴のチャイムが鳴り担任が入ってきた。

急いで自分の席に戻ったが陸が心配でいつも以上にオロオロと見つめていた。




その日の陸は一日中虚ろだった。

運良く当てられる日ではなかったが、毎時間休み時間になると春人は陸の席へ向かったが机に突っ伏し顔をあげようとしない。
お昼の時間も弁当を食べずずっと机に伏せている。

いつもなら昼休みのお弁当を食べている時が一番元気な陸なのだが、賑わう教室の中でただひたすら何かを押し殺していた。

「……陸ぅー…」

心配そうに見下ろすのだが、陸は春人に気づいているのかいないのか、ずっと塞ぎ込み沈黙を続ける。




放課後になると一目散に陸の元へ向かった。
やっと起きた陸はノロノロと鞄に教科書を詰め帰る支度をしている。

「陸…やっぱり体調悪いんじゃない?部活休む?」

「………行く」


家に帰りたくない。


「でもフラフラだよ?」

「大丈夫だって……っ!」

「あっ…!」

鞄とスポーツバックを持って席を立とうとした時、急に目眩がして再びイスに座り込んだ。

春人は慌てて陸の肩を掴み支えると、自分の鞄を床に置いて陸の鞄も机に置き直した。

「………悪い」

「ううん。やっぱ体調悪いんだよね?とりあえず保健室いこ?そんでお母さんに迎えに来てもらお?」

陸は微かに春人の声を耳の奥で感じながら、目を閉じゆっくり頷いた。





「じゃあ悪いけど朝日くん、大谷くんのお母さんが来るまで見ててくれる?ちょうどお母さん出かけてたみたいで30分ぐらいかかるらしいの」

「はい、大丈夫です」

「ごめんねーこれから会議で…。鍵はあとで職員室に返しに来てね。じゃあ大谷くんのことと君のことは顧問の先生に言っとくわね」

「はい、ありがとうございます」


フラフラなままの陸を保健室に運ぶと、ちょうど保健医がこれから会議で職員室へ向かう所だった。
しっかり者の春人なら大丈夫だろうと、鍵を渡され陸の母が来るまでの番を任される。


陸…本当にどうしたんだろ…。
もしかしてお兄さんとのことかな…。

保健医を見送り扉を閉め陸が眠っているベッドへ向かう。
するとモソモソと音が聞こえちょうど陸が体を起こした所だった。

「陸!大丈夫??」

ダルそうに上半身を起こし頭を抱える。
春人は頭が痛いのかと重い心配そうにベッドに手をつき陸をのぞき込むと、一瞬間があって体が反転した。


「………ん?」

わからない。
目の前に天井があって、そして陸の顔がある。


?………僕、押し倒れててる?


「りっ…!!」



「春、キスしよ」


「ふえっ?!!?」

近年で一番変な声が出た。

「ちょ、どうしたの陸??」

「いいじゃん。この前俺の部屋でしようって言ったのお前じゃん。ってか飯塚ともうやってんじゃん」

「あ、あれは事故だし…!陸に言ったのも本気じゃなかったし!」

思ったより陸の力は強くて、簡単に振りほどけない。
重力で上から強く押し付けられているからか、動けないこの状態に春人のこめかみからダラダラと汗が流れてきた。


「だ、ダメだよ陸!僕たちともだっ」

「やらせろ」

「んーーーーーー!!!」


唇と唇とくっつけるだけの乱暴な行為。


触れた瞬間春人は顔を左右に振り逃れようとする。


「逃げんな。もっとさせろ」

「なっなんなんだよほんとにー!!」







あんなにエロいことしてんのに、兄ちゃんとキス、一度もしたことない。








ふと、春人の頬に雫が落ちた。


「?…………陸?なんかあった?」


上からこぼれてくる、陸の涙。

喉奥が鳴り辛そうに唇を噛み締めている。


ポタポタと落ちてくる涙がどんどんこぼれ、ベッドのシーツにこぼれていく。
春人は心配そうに見上げ優しく何度も言葉をかけるのだが、陸はじっと動かない。


「……陸…」

これは少し時間を置いたほうがいいな。
そう思った瞬間、保健室のドアが勢い良く音を立てて開いた。


「おい………??!!おいっ!!!!」


不機嫌そうな飯塚だった。


「えっ?!飯塚くん?!」

「何してんだクソ大谷!!」

「っ………」


飯塚に気づいた春人は目を見開き押し倒されたまま顔を少し上げる。

それを見た飯塚は顔を真っ青にしてズカズカと中に入ってきた。


「い、飯塚くん!ドア!ドアしめて!」

「あぁっ??!!あ、あぁ…」


まだ押し倒された状態のままの春人はドアが全開なのに気付き慌てて飯塚に叫ぶ。
飯塚も怒りながらもちゃんとドアをしめ改めて中に入ってきた。


「おっまえなにしてんだよ!2人で保健室入ったと思ったら急になんか声聞こえるし入ったらお前こいつ押し倒してるしなんなんだよ!」

陸の肩をグイっと力いっぱい引き寄せると、バランスを崩し陸がベッドから離れた。

床に尻もちを付き力なく座り込む。

「り、陸!大丈夫?!」


自由になった春人は崩れた陸にかけより顔を覗き込む。

もちろんそんな2人を見て楽しくない飯塚。


「何してたかって聞いてんだよ!」

「やめてよ飯塚くん!陸、今日は体調悪いんだから!」

「体調悪かったらお前押し倒すかよ!」

「っ…せーな…!お前だって無理矢理春にキスしたんだろ」

「俺はいいんだよ!」

「よ、よくないよ!!」


何がなんだかわからない。

とりあえず三人共興奮している。

飯塚は陸の胸ぐらを掴み威嚇するように睨みつける。
陸も負けじと飯塚の腕を掴み応戦して睨み返す。


「お前なんなんだよ!春が好きなら好きって堂々と言えばいいだろ!」

「そんなの俺の勝手だろ!なんでチビに指図されなきゃなんねーんだよ!」

「チビ関係ねーだろ!本当は春のこと好きでずっと春のこといじめてたくせに!陰険なんだよ!好きなら好きって言えよ!きもいんだよ!」

「きもくねーよ!あぁ好きだよ!」

「春のこと思いながらオナってんだろ!」

「あぁ毎日オナってるよ!!」

「ちょちょちょ!!それ僕のいない所で話してよ!!」


湯気が出るほど顔を真っ赤にさせた春人はベッドから離れ無理矢理2人を引き離す。
床に座る陸を残し飯塚の腕を掴みドアへ誘導すると、扉を開け強引に外へ出した。


「なっ…おいっ!」

「ご、ごめん飯塚くん…今は帰って…」

「でもお前っ」

「明日ちゃんと…話し…しよ?僕もちゃんと…飯塚くんとお話したい…」

「っ………」


真っ赤になりながら目を見て話さない春人。
飯塚は自分より少し背の高いその顔をじっと見つめ、呆れたようにため息をついた。


「……帰る」

「あ、あのっ飯塚くん」

「………明日な」

「………うん!」


春人に背を向け廊下を歩いて行く飯塚。
廊下に響く足音は部活動をする生徒の声とともにすぐに消えていった。


「………陸」

再びドアをピシャンと音たてて閉めると、うなだれる陸に近づきそっと隣に座った。

「…………」

なにも話さない。
涙は止まっているようだが、さっきより体が熱くなっている気がする。

「陸……?」

「……めん」

「ん?」

「ごめん……ほんと、ごめん」


小さいし、かすれているし、とても短い言葉。

だけど今の陸には精一杯の言葉だった。



その後、陸は一言も喋らずひたすらベッドに座り俯いていた。

涙は止まったが顔をあげることができずずっと自分の膝を見つめる。

春人は何も言わず陸の隣に座り、ずっと背中を撫でていた。
聞こえなくなった嗚咽に少し安堵したが、まだこちらを見てくれない陸を不安げに見つめる。

「陸…その……喉…乾いてない?」

「………」

力なく首を横に一度だけ振る。

何か気のきいた言葉を。
そう思う春人だが、何も出てこずしゅんと俯く。

するとガラっと音を立てて突然扉が開いた。

「…失礼します……あら、春ちゃん?…え、なに?二人共お葬式みたいな顔して」


陸の母親だった。



「ごめんねー遅くなっちゃって。気分悪くなったんだって?」

「ん……」


自分の息子が体調を崩したと聞いたのだが、友人の春人も暗かったので心配になった。
一緒に帰る?と聞くと、部活があるのでと弱々しい笑顔を作る春人。

まだ少し心配ではあったが、一緒に保健室を出るとまた弱々しくお辞儀をして運動場へ向かっていく春人を見送った。


学校内にある駐車場へ向かうと家の車を見つけ、足早に向かう。
その間陸は何も喋らず、泣いた痕を見られたくないためずっと俯いていた。

陸の母はいつもと違う息子に気づいていたが、難しい年齢のため何も言わずそっと車のキーを開ける。

学校から家までは徒歩10分ほどだが、陸の体調が悪いと聞いたためあまり慣れない車で迎えに来た。

だから少し、運転が不安だ。

「ちゃんとシートベルトしてね。ぶつかってもいいように」

「…ぶつかる前提かよ」

クス、と小さく笑いながら答える。


母も小さく笑いアクセルを踏んだ。




徒歩で10分だが、車だと信号が多く、一通、踏切があるため運が悪いと15分ほどかかる。

そして運悪く踏切につかまり沈黙が訪れた。

「………」

「………」

母はハンドルを掴み背もたれに体を預けふぅ、と一息つく。
久しぶりの運転に緊張したのか目が少し充血しているようだ。

陸は窓の外を見つめながらポロっと、突然こぼれ落ちた。



「……兄ちゃん…家、出てくの?」



車の中の空気が、一瞬にして変わる。



「………お兄ちゃんから聞いたの?」

「母さんとお父さんが話してるの…聞こえた」

「……そう」


少しの間を置いて、電車が通り過ぎ遮断機が上がった。
無言のままアクセルを踏み車が走り出すと、陸の母はいつもと違う低いトーンで一言だけつぶやいた。


「家に帰ってから、ね」


「………」


陸は相変わらず窓の外を見つめていて、走りだした風景をただ見つめているだけだった。








家に帰ると聖眞はまだ帰っていなかった。
今日は帰ってくるらしいが、夜遅くなるらしい。

家につくと鞄を部屋に置き学ランのまま下へ降りる。
すると母がホットケーキを焼いていた。

「手洗った?」

「うん」


テーブルに座ると同時に目の前に甘い匂いのしたホットケーキが置かれた。
2枚だ。
いつもなら3枚皿の上に乗っているのだが、今日は陸の調子を理解してか2枚だけにした。

「ミルクティでいい?」

「ん」

カチャカチャと音を立ててホットケーキを口に運んでいく。
甘い。とても甘い。
溶けたバターが染み込みさらに甘く口いっぱいに広がる。

湯気が宙を舞うミルクティに手を伸ばし、ふぅふぅと少し冷まして一口飲む。
こちらも甘い。

だけど、おいしい。


「……陸、おいし?」

「……普通」

ボソボソと食べながら本音よりも辛口で答えると、母はわかっているのかクスクスと笑い陸の向かい側に座った。
テーブルに肘をつきにっこりと陸に笑いかける。

何、と顔を歪め母親を睨むと、ホットケーキの欠片が口端についた陸の顔を見てまたにっこりと笑った。


「……お兄ちゃんね、志望校はほぼ、100%受かるんだって。担任の先生が言うには当日事故に合ったり、生死をさまようような病気にならない限り、だって。かっこいいよね」

「……ん」

何故か陸が照れる。

「……バイトもしたいし、一人暮らし、始めたいんだって」

ぐ、っと陸の喉の奥が詰まる。

「それなら入学してからとか、入学の一週間前とかでもいいじゃない?って言ったら、大学もバイトも一人暮らしも一気に始まったら付いていけそうにないから、先に一人暮らしとバイトは始めたいんだって。かっこいいよね」

「……ん」

「もう…アパートもバイトも、見つけてるんだって。流石聖眞くんだね」

「………」

そこは頷くことができなかった。

「で、アパートを借りる親の承諾と、保証金とか、お金貸してほしいって。必ず返すからって」

「………」

自分の知らないところですべてが進んでいる気がした。
もぐもぐと口を動かしているのだがなかなか飲み込めない。
飲み込もうとすると胸が苦しくなって吐き出してしまいそうになる。

「でね、お父さんと相談して決めたんだけど、お金は大学祝いとして出してあげて、聖眞くんの大人の一歩を見守ってあげようって…」

「っ…やだ…!!」

「…陸?」

口に溜まったホットケーキを一気に飲み込み涙目になりながら立ち上がると、フォークを投げ捨てリビングを飛び出した。

「ちょっ…陸?!」

散らかったテーブルの上を気にしつつ扉の奥を見ると、どうやら自分の部屋へ向かったらしい。
凄い音を立てて階段を登っていく。


「………はぁ。そうよね、折角仲良くなったお兄ちゃんだもんね…寂しいわよね」


陸の母も辛く寂しい表情を浮かべながらこぼれたホットケーキを拾い、後片付けを始めた。





「うっ…うっうっ…うぅっ」

学生服のままベッドにダイブすると、顔を枕に押し付け止まったはずの涙をまた流し始める。

いやだ。
いやだ。

しかし聖眞のことだ。陸がいやだと言ったところで絶対に聞いてくれないだろう。
きっと、来週には予告通り家を出て行く。

「っ……やだ…いやだ…やだ……」


縁が切れるわけでも、一生会えなくなるわけでもないのに、2人が繋がっているこの家から聖眞がいなくなるということは陸にとって絶望しかなかった。


もう俺に興味ないんだ
俺のことなんかどうでもいいんだ


次々とネガティブなことばかりが頭に入ってくる。

まだ兄に自分のことをどう思っているのか聞いていない。
自分が兄にとって何番目の位置にいるのか聞いていない。


「…兄ちゃんと…ずっと一緒にいたい……そのためには…」

埋まった枕の中で疼くものがあった。
今まで何度もシゴき合いはしたが、まだその先はいっていない。




セックス。


それをすれば、兄は家を出ずに自分の隣にずっといてくれるだろうか。




はぁ、と息をすると白いモヤが宙に舞う。

濃い。

聖眞はわざと何度も白いモヤを出してその奥を見つめる。

真っ暗な住宅街を独りで歩きながら目をとじた。

静かだ。
だけど頭はクリアにならない。

角を曲がると自宅が見えてきた。
リビングがある場所からは電気の光が漏れている。

ふと上を見ると、2階の部屋は明かりがついていなかった。





「……ただいま」

鼻をズズっとすって中に入りドアを閉める。
鍵をかけ流れ作業で靴を脱ぐと、リビングの扉がキィと開いた。

「おかえり。思ったより早かったのね。日付け変わるかと思ってたわ」

そう?と、軽く返事をしながら玄関にある時計を見ると21時を過ぎたところだった。

本当は日付けが変わる頃に帰ろうと思ったのだが、外にいても金を使うだけなので特に用事もないので家に帰ることにした。

友達はいるのだが、一日中馬鹿騒ぎをするような友達はいない。
しようとも思わない。

馬鹿騒ぎをするぐらいなら、本を読む。


リビングに上がりラップされた夕食を見つける。
二人分だ。

「食べる?」

「うん」


聖眞と父の分だろう。
陸はもう食べ終えたのか。

いつもなら聖眞が帰ってくるとたとえ夜遅くてもリビングでダラダラしていたり、物音を聞いて下に降りてくる。

そして別に待ってたわけじゃないし、という顔でおかえりと言うのだ。






なんだか、気に入らない。





「………陸は?」

なんでもないように、さほど気にしていないようなトーンでポツリと呟き興味の無いテレビをつける。
クイズ番組が映し出されると、すぐチャンネルを変え一通り見るがこの時間の番組は聖眞に合わないのか結局ニュース番組で落ち着いた。

「陸ね、今日はちょっと…気分悪いみたいで」

少し言いづらそうなしゃべり方だった。
温めなおした味噌汁とご飯を持ってきて、皿にかけてあったラップを取り電子レンジへ移す。

「風邪?」

「さぁ…。授業が終わったあと迎えに行ったんだけど…。そういえば昨日からちょっと様子がおかしくてね…。その…聖眞くんが来週には家をでる予定ってのを聞いてたみたいで…。その話をしたら急に怒って部屋に閉じこもっちゃって…。さっき洗面所で物音がしたから、お風呂には入ったみたいなんだけど…」

「………ふーん」

寒空ではいた白い息のようなモヤが聖眞の中に入り込む。


夕ごはんを食べ終え2階へ上がると、自分の部屋のドアノブを開ける直前ふと隣の部屋を見た。
陸の部屋だ。
物音はしない。

特に何も考えていなかったのだが、陸の部屋の扉を見た瞬間足先がそちらへ向かった。


コンコン


「陸」


ノックをしたが返事は無い。
もちろんそれでも、入るのだが。

「陸ー入るぞー」

そう言いながら中に入ると真っ暗な中ベッドのある位置でモゾっと何かが動いた。

聖眞はため息を付きながら電気をつけると、丸まった布団のあるベッドへ向かい腰をおろした。

この中にいるであろう陸の顔は見えない。
先ほどモゾっと一回動いて、止まってしまった。

聖眞は再びため息をついて丸まった布団の頂点を撫でると、ビクっと反応するその姿に少し笑い声がもれた。

「気分…悪いんだって?」

「………」


聖眞にしては十分過ぎるほど優しい声を出したというのに、反応が無い。

そもそも、わざわざお前の大好きな兄ちゃんが来てくれたってのに、ずっと芋虫かよ。



気に入らない。



「………お大事にー」


熱の無い声を出しながら立ち上がりベッドを去ろうとしたら、突然腕を掴まれた。
聖眞は一瞬驚いて体を強ばらせると、ゆっくりベッドを振り返る。

布団の中から伸びた細い腕が聖眞を捉えている。


妖怪かよ。


振り払おうとした瞬間、ガバっと布団がめくれ中から陸が現れた。

汗をかき、顔が真っ赤になっている。

ずっと布団に潜っていたから?
それにしてはだいぶ呼吸が荒い。

「……何。風呂入って寝たいんだけど」

「………っ…ちゃ」

掠れて熱のある声。
まるで本当に風邪をひいている時の声だ。

しかし聖眞は、不覚にもその表情を見て体の芯を熱くさせた。


「……おれ、お、おれ……と………セックスしよ」


「………は?」


精一杯だとわかる。
声が震え涙も浮かべている。
しかし、だ。
聞こえてきた言葉は聖眞が想像していなかったものだった。


「お前、何言ってんの」

「お、おれと…セックスして」


はぁ、はぁ、と息が荒くまるで発情した動物の顔だった。
いや、もしかしたら発情しているのかもしれない。


聖眞は眉をひそめて腕を振り払うと、乱れた袖口を戻して冷たく口を開いた。


「お前と性の勉強はしてきたけど、最後までする気はないよ」

「な、なんで!俺が弟だから?男だから?中学生だから?」

「全部」


冷たくあしらったというのに、聖眞は心の中で少し動揺していた。



セックスまでして、俺と一緒にいたいのか。



陸に対してはペット感覚だった。
自分のことが大好きで、従順で、逆らわない。
ちょっと反抗的な態度をしたためこちらが冷たく扱うとすぐ耳を垂れ下げごめんなさいと謝ってくる。




聖眞の中で、決まり事があった。

セフレは作らない。

セックスをしたいと思うのは、自分が好意を持っている相手にだけ。


お前は違う。

陸にはそういう感情は無い。

ないんだ。




「や、やだ…!俺としてよ!ちゃんと…ちゃんと調べたから!男同士のやり方も…準備も…」

「準備?」

「お風呂も入って…中…綺麗にしたし……その…拡げるのも…」


ベッドに下半身を預け半分布団をかぶったままの陸。
上半身はパジャマを着ているのが見えるが下半身は見えない。

顔を真っ赤にして汗が吹き出る陸をじっと見つめ、聖眞はふっと笑いすぐ近くのイスに腰をおろした。

「……拡げたのか?」

「………うん」

「どうやって?」

「……母さんの使ってないハンドクリーム……使って…指と……っ…っ…で…」

ベッドに両腕を預けうなだれる格好で視線を落とす。
後半何と言ったか聞き取れず聖眞が聞き返すと、今度は反対にうるさいぐらいの大きな声で下を向いたまま叫んだ。

「っ…指とペンで!!」

「………」


あまりにもストレート過ぎる感情に、少し目眩がした。



お前、そんなに俺としたいのか。


「……見せて」

「えっ」

「今もペン、入ってんだろ。見せて」

「っ……」

体を震わせながら聖眞を見ると、背筋が凍るほど綺麗な笑みを浮かべていた。
足を組み机に頬付えをつくと、さっき眉をひそめた時とは全然違う表情で陸を見ていた。


怖い。
だけど…

陸はおずおずと布団を取り下半身をあらわにする。
下は何も、履いていない。

「っ………」

羞恥で汗と涙がどんどん溢れてくる。
震えながらベッドに尻をつき体育座りになると、ゆっくり、ゆっくりと足を開いていった。


「………偉いね、陸。ちゃんとタオルひいてやってたんだ」

「っ……」

ぎゅっと目を閉じていると、突然声が真上から聞こえた。
目を開けるとすぐそこに聖眞がいる。
上から自分を見下ろし、ハンドクリームで濡れた下半身を見ている。

優しい声。
麻薬のような声。

「もっと足開いて」

「うっ……」


聖眞もベッドに座ると、陸に触ろうとせず再び足を組んでにっこり笑う。


見ている。
兄、聖眞が見ている。


さっきまで萎えていた陸のペニスが膨らみ始め、それに気づいた聖眞はニッっと口端を上げる。


陸は自分の両膝を持ちさらに奥が見えるよう開くと、カチャリと音を立てて中からボールペンが一本出てきてしまった。

「あっ…」

潤滑剤のハンドクリームのせいか力を抜くとすべて出てきてしまいそうだ。
普段使っているであろう黒のボールペンが中から出てきた時、聖眞は初めて陸に触れた。

「ほら、もっと力入れないと」

「っあぁっ!」

陸の膝に手を置いて出てきたボールペンを再び中に押し込む。
普段は排出する器官だ。簡単に押し出されてしまう。

「おもしれー何本入ってんの?」

「やっ…あっやめっ…そんな無理矢理…押さないっ…でっ……あっ……み、みっつ…」

「ふーん」


ゲームのように出てくるボールペンを何度も人差し指で中に埋める。
その度に中のペンとぶつかって中が大きくうねり腰が跳ねてしまう。

「でもお前…ボールペン3つぐらいじゃ俺の入らないよ?俺の舐めたことあるだろ?」

「うぅっ……」

思い出したのか顔を歪め目を反らす。

「……2つは…普通のボールペンで…一つは…太い…マジックペン…」

「まじで?へー。………1回全部出してみて」

「へっ」

「ほら、早く」

「やっ…待って!お腹押さないで…やめっ…あっ!!」


液体と空気音が混ざって陸の中からペンが出てくる。
どれもハンドクリームでベタベタになり光っている。

「はっ…はぁ…はぁ…」

無理矢理排出させられた所為で額には脂汗が滲み息苦しい。
しかし聖眞はそんな陸におかまいなしで開いた陸のアナルに指を入れた。

「あぁっ!」

グジュ、と、たっぷり使った所為で中から液体になったハンドクリームが溢れてくる。


確かにいつもより拡がってるけど、俺のは入らねーよ。


フン、と笑いながら中指を根本まで押し進め中を確認する。
とても熱く熟しているような感覚だ。

何度も陸のアナルを弄り刺激したことはあったが、元々入る場所ではない。
自慢ではないが聖眞のペニスは小さくはない。


「痛い思いするの…お前だよ」

「…そ、それでもいい!」

「え、やだよ。痛がってる奴の顔なんか見たくないし」

「っ……」

涙が溢れ聖眞の顔がぼやける。




なぜこの人は、こんなに簡単に突き放すのだろうか。


なぜ自分は、この人に突き放されても追いかけてしまうのか。



「……好き……俺………兄ちゃんが…………好き」


「知ってる」


「へっ」



一世一代の告白だというのに、あっさり肯定された。
違う。求めていた言葉はそれじゃない。


「あ、あ、あの、その」

「で、どうしたいの。俺に告白して、どうしたいの。俺は来週この家を出ることはやめないよ。俺と付き合いたいの?セックスしたいだけなの?」

「に、兄ちゃんと付き合いたい!!」

「やだよ」

「ひどい!」


気がつけば涙が止まっていた。


ダン、っと怒りを拳に込めベッドにおろしたが簡単にスプリングに相殺されてしまう。
情けなくベッドが弾んで小さな間ができる。




「………だって、付き合ったら、いつか別れるじゃん」




「えっ」

聖眞は指についた液をベッドに敷いているタオルで拭くと、独り言のように陸を見ずにポツリとつぶやいた。


「……兄ちゃん…俺、絶対兄ちゃんのこと……嫌いにならないよ?別れたいとか…絶対思わないよ?」

「俺は思うかもしれないじゃん」

「ひどい!」

またベッドが弱く跳ねる。


「でも……ま、そんなに俺との繋がりが欲しいなら…あげるよ」

「あっ」

聖眞はベッドに体を乗り上げベルトを外し、ゆっくりジッパーを下げていく。
それに気づいた陸は息を飲み体を硬直させる。


ダメだ!怖がっちゃダメだ!折角兄ちゃんがしてくれるって言ってるんだから…怖がるな俺!

自分を奮い立たせ足を大きく開き胸の前で祈るように手を組む。
その光景を見た聖眞はクスリと笑ったが、祈っている本人は気付かず目を閉じ息を止めた。

「半勃ちだけど大丈夫かなー」

呟きながら陸のアナルに指を入れグニグニと掻き混ぜる。
指を3本に増やし奥を付くと、いい所に当たる時があるのか陸の体が時折大きく跳ねる。

しかしこれでは入れにくい。

「…陸、枕取って」

「は、はい!」

体育会系の返事で陸は上半身を起こし隣に置いていた枕を掴み聖眞に渡す。
ありがとーと言う聖眞の声が優しかったので、少し緊張はほぐれた。

陸の背中に枕を置いて腰を浮かせると、よく中が見える。

それでもまだ狭いよなー。緊張もまだ残ってるし。

枕元に置いてあったハンドクリームを無くなるほど出して自分のペニスと陸の中に塗りつける。
まだ神に祈っている陸をチラリと見ながら指を抜きグイっと膝裏を掴んで持ち上げた。

「あっ…」

ついに、くる。
先ほどより少し硬くなった聖眞のペニスを入り口に押し当てる。
緊張で体が強張っているのが痛いほどわかる。


「陸…ちょっとイキめ」

「イキメ?」

「尻に力入れろってこと」

「えっ…あっ…うん」

その部分に集中させ中に入れようとすると当然だが押し出される。


「そのまま…まだ力入れてろ」

「う、うん」

聖眞は少しずつ腰を動かしながら陸のアナルにまるでキスをするかのようにペニスで吸い付く。

「っ……よし、力を抜け」

「えっあ、んっ…んんっー!」

言われた通り力を抜いた瞬間先端が入ってきた。


い、痛い…!


ペンなど比較にならないほどの質量、そして熱。

陸は息が出来ないほど苦しくポロポロと涙を零した。


ダメだ…!痛いって思っちゃダメだ!
折角…折角兄ちゃんが俺とセックスしてくれてるんだ!
痛がってるって思ったらもう二度としてくれない…二度と…俺にかまってくれない!


声にならない激痛が走り歯を食いしばり目を閉じる。

震えそうだ。
痛いって言いそうだ。

だけど陸は我慢してシーツを掴み必死に堪えた。



つっー…きっつー。これこっちも痛いなー。
陸のほうが何倍も痛そうだけど。

脂汗と涙でグチョグチョになった顔を見つめた。


「……陸…体勢変えるぞ」

「っ……」

コクン、コクン、と頷くだけ。
まだ声が出ず歯を食いしばっている。

先端が入ったまま陸の片足を持ち上げ横向きにすると、背中を撫でながら首筋にキスを落とした。


「……痛いか?」

「い、痛くない」


うそつけ。


ふぅ、ふぅ、と呼吸を整えている。
横向きにされて少し楽になったのか、閉じていた目を開け一点を見つめいている。

「にっ…ちゃっ…」

「なんだ」

涙を溜めながら聖眞を見上げる。
微かに震えているようだ。
聖眞にはわからない。
なぜここまでするのか。
わからない。


「兄ちゃんは……気持ち……いい?」

「っ………」




全然。全然気持ちよくない。




「……あぁ。気持ちいいよ」

「ぅ…へへっ」


陸は嬉しそうに笑うと、聖眞の手を取り口に運んだ。
手の甲に何度もキスをして、再び聖眞を見上げる。

「にっ……ちゃん……キス…して」


「………」


グッ、と聖眞の体の奥が反応した。
今まで経験したことのない感情が、感覚が、溢れてきている。

認めたくなかった感情。

違うと否定してきた感情。


聖眞はゆっくり腰を曲げ、陸と触れるだけのキスをした。


「んっ……んんっ!」


陸の体が一瞬緩んだのを見逃さなかった。
その瞬間、先端だったペニスを奥へ埋めていく。

「ぐっ…んんっ」

陸の頭を掴んで固定し、舌を押しこんでいく。
初めての深いキスに戸惑いどうしたらいいのかわからないが、聖眞の舌が入っているというだけで嬉しさのあまり痛みとは違う涙が溢れてきた。

しかし、痛いのには変わりない。


「ふっ…うっ…んんっ」

ずっと唇を離さず唾液を絡ませ陸に押し込んでいく。
ゴクン、ゴクンと交換された液体が陸の喉奥へ流し込まれていく。

「っ……ふぅ…全部入ったな」

「……うん」


糸を引いて唇が離れていく。
もっと、という顔で聖眞の唇を見つめていると、ズン、っと脳天に刺激が走った。


「っ!!」


声にならない衝撃。


「動くからな」

「んっ…うん」


気持ち良さはやはり無い。
だけど、見上げた先に見えたのは、普段見たことの無い汗をかいた聖眞だった。



兄ちゃん…凄い汗かいてる…
顔も赤いし…ちょっと目も潤んでる…

なんだか…



嬉しくて思わず笑みがこぼれた。
しかしそれに気づいた聖眞はむっと眉をひそめた。


「……なに」

「うっ…ううん……兄ちゃんが…エッチしてる姿…可愛いと…思って」


悪気は一切なかった。



「…へぇ」



「あっ」


横向きが再び正常位に戻され、足首を掴まれ足の裏が天井を向いている。


や、やばい。
怒らせた…?!


聖眞は陸のふくろはぎにキスを落とすと、口端を上げ意地悪な笑顔で見下ろした。


「余裕だね」


「まっ、まっ…あぁっ!」


ズン、っと腰が使われ奥に入ってくる。

その瞬間は一切息が出来なくて、内蔵が口から出てきそうだ。

だいぶほぐれたが違和感と圧迫感は消えずひたすら辛い。

男同士は、はまると気持ちいいと書いてあったのに。
このまま気持ちよくなりそうな感じは全くない。




それでも、兄にそれをバレたくなかったから。



「っ…あっあっ…んっ……っ…に……ちゃ……にっ……ちゃっ…もち…気持ちいい……気持ちいい……よぅ……気持ちいいよう…」


「…………」



嘘つけ。
萎えて縮こまってんじゃねーか。


聖眞を見上げ何度も気持ちいいと伝える陸。
しかし陸のペニスは最初聖眞に見られた時膨らんだぐらいで、挿れてからはずっと小さいままだ。

聖眞のピストンと同時に小さな性器が跳ねて、なんだか寂しい光景だ。



こんな誰もがわかる嘘つかれても嬉しかねーよ。



全然。


全然嬉しくない。



「………陸、腕、首に回しな」

「んっ…うん」


陸の腕を掴み自分の首に誘導する。
近くなった顔。再び舌を絡める深いキスをする。


「ふっぅっ……ん」

「っ………」


鼻から漏れる陸の声。
ゆっくり動く聖眞の腰。

重なる2つの温度。



さっきまで外はあんなに寒かったというのに、今は火傷しそうに熱い。

しかし聖眞は、その熱さがさほど心地悪くないということに気づいた。



陸と恋人になりたいなんて思わない。

やっぱり思いとどまって家を出ないなんて思わない。




陸のことが好きだなんて………?

























携帯の目覚ましが鳴る。
いつもの爆音だ。

陸はそれに気づき携帯を取りストップを押す。


「つっ…!!」


その簡単な動きだけで、下半身に痛みが走った。


そっか…俺…昨日…兄ちゃんと…。


重い腰をさすってぼんやり目を開けると、いつもの見慣れた天井だった。

この痛みからして昨日のことは夢じゃない。

でもいつも通り朝はくるし、兄ちゃんは隣にいな……


するとモソモソと隣が動いた。


「?!!?」

驚いて布団をめくると、スヤスヤと眠る聖眞の姿があった。



え?!なんで???なんで兄ちゃんここにいるの???
いつもは絶対朝まで寝てくれないのに??なんで????


わけもわからずドッドッドッと心臓が速く脈打っていると、朝日に起こされ聖眞が目を覚ました。


「………ん…何時」

「し、7時…」

「俺学校ないからまだ寝る」

「ちょちょちょ!」


二度寝しようとする聖眞。
しかし陸は学校だ。起きないといけない。
あまり遅かったら母が上がってきてしまう。


「に、兄ちゃん…なんでここで寝てんの??」

正直、昨日のことはあまり覚えていない。
聖眞に抱きついて何度もキスをしたのはなんとなく覚えている。

しかし聖眞が達したのかも、自分が最後どうなって眠りについたかも覚えていない。


「んー………お前途中で気絶したんだよ…俺イってないのに……お前の意識がトんだあと1人寂しくシコったんだからなー」


知らない聖眞の朝の声。
低く、思ったより不機嫌だ。
もしかしたら朝は苦手なのかもしれない。

「ご、ごめん…」

「…………それより腰、大丈夫なのか」


気づけば陸は真っ裸で、聖眞はきちんと服を着ていた。
しかし下半身は綺麗になっている。聖眞が拭いたのだろう。

聖眞はまだ寝ぼけ眼のまま陸の腰に手を回すと、妖しく腰に指を這わす。

「ひっ!」

驚いて飛び跳ねた瞬間、腰に張りと痛みを感じた。


「つつっ…」

腰を押さえベッドに顔を埋める。


「………痛いの?」


聖眞もベッドに肘をついて頭を持ち上げると、うずくまる陸の背中を優しく撫でた。


「い……いた…痛……くない」




最後まで嘘を通すのか。




「そ。じゃあ早く準備しないとお母さんくるよ」


「あっわぁあ!」


ボン、と押され陸がベッドから落ちる。
何度も言うが、真っ裸なのである。
足を大きく拡げ全てが丸見えだ。


聖眞はくすくす笑っていたが、ついに耐えられず腹を抱えて笑い出した。


「わ、笑うな!!」


勢い良く立ち上がるが腰に力が入らずすぐ床に逆戻り。


「……立てないぐらいきつかった?」

「全然!余裕!」


足に力を込め再び立ち上がると、フラフラになりながら近くに置いてあった服に着替えドアへ向かった。



酔っぱらいみたい。


ベッドから聖眞が見つめる。

心の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、陸は振り返りじっと聖眞を見つめる。




「俺…兄ちゃんのこと……す、好きだからな!」


「知ってる」


「っ!!…朝ご飯食べてくる!」


「いってら〜」


ヒラヒラと手を振って見送ると、扉が閉まった音と同時に今度は聖眞がベッドに崩れ落ちた。


「おもしれー」


目に涙を溜め先ほどの千鳥歩きの陸を思い出し何度も笑う。




聖眞は天井を向いて寝転ぶと、ジワジワと侵食しているこの想いにため息をついた。



「………情が移るとか……人並みにそんな感情あったんだな」


ため息をついたがなぜか笑っていて、数分もすれば戻ってくるであろう陸の対応をどうしようか考えながら目を閉じた。





END

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