背徳のブルー【R-18】.2
「春?どうした?」
「うぇっ!?陸?!」
後ろから声が聞こえ振り返ると、ゆっくりと歩いてくる陸が見えた。
怠そうに学生カバンとスポーツバックを持って春人に話しかけると、驚く春人を無視してスタスタと前にやってくる。
「貧血?」
「ち、ちが」
「じゃあ早く立てよ。もうプリント取ったんただろ?校門閉まるって」
ゆっくりと立ち上がり学生カバンを肩にかけようとしたらバランスを崩してしまい、再び同じポーズで廊下に崩れ落ちた。
「やっぱ気分悪いのか?」
「ち、違うよ…ちょっと…びっくりして」
「?」
わけがわからない、と表情で示したが、それよりも校門が閉まってしまっては罰を受けてしまう。
春人の脇を持ってムリヤリ立たせると、春人の鞄も持ってあげて一緒に歩く。
「い、いいよ陸…!僕重いし!」
「じゃあ早く歩いてくれ」
「う、うん」
一生懸命足に力を入れて一歩踏み出すのだが、まだ完全に力が入らない。
「鞄は俺が持つから」
「ご、ごめん」
陸の肩に手を置いて支えにしながら早歩きで廊下を進むと、校門の前に生活指導の先生が立っていた。
春人は怒られると思い顔を歪めたが、陸が生活指導に春人が貧血で倒れていたと告げると、怒られず簡単に通してくれた。
「陸…ありがとう…ごめんね、嘘つかせて」
「嘘じゃないじゃん。お前まだ足に力入ってないみたいだし。それよりなんかあったのか?」
「あ、…うん…その ……。なんでもないよ。今日の部活ハードだったから、ちょっと足にきたみたい。でももう大丈夫だよ。陸の家までちゃんと送れるよ」
自分は迷惑をかけている。
そう感じた春人は陸から自分の鞄をムリヤリ奪い、もう大丈夫だと肩から離れた。
「春…お前、ほんと嘘付くの苦手だよな」
「えっ」
「ほら、一回春んち寄るぞ」
「え、なんで?」
「明日学校休みだから、俺んち泊まりに行くっておばさんに言え。そんで泊まる用意してこい」
突然の誘いになんのことだかさっぱりわからず、やっと力が入るようになった足に重点を置いて休めのポーズ。
泊まり?明日?あ、うん。今日金曜日だもんね。明日学校無いもんね。
泊まり?俺んち?俺?俺って陸?陸の家にお泊まり?ママに泊まるって言うの?誰のおうちに?陸のおうち?
「……………お泊まりしていいの?!!!」
「うるせー」
さっきまであんなに暗かった顔が一瞬にして喜びにかわり、自分の鞄が肩からすり落ちたというのに気付かずぴょんぴょん飛びはね文字通り全身を使って喜んだ。
「土日なんも用事ない?」
「ないっ!」
全力で答えると、いつも通りに戻った春人を見て心から笑い安心した。
「あ、でも用意に時間かかるなら先に家帰ってるけど」
「大丈夫!昨日用意したから!」
「予定決めてないのに用意したのか?」
「うん!いつ誘われてもいいように!!」
「…………」
「あ、それはさすがにきもいって思ったでしょ」
「うん」
ケタケタと笑って、二人肩を並べて春人の家に向かった。
「かーさーん。今日、春うちんち泊めていい?」
「なに急に…あら、春くんいらっしゃい」
「す、すみません突然!あ、あの、これ、つまらないものですが!!」
陸にいらないと言われながらもムリヤリ春人の母に持たされた桃が入った袋を陸の母に渡す。
「もう、こういうのいらないって言ったでしょ〜。あ、あとお泊まりはいつでもいいって言ったから全然構わないけど、晩ご飯普通なのよね。今から食料の買い出し行ってくるわ」
「そんな!おかまいなく!むしろ僕の分は結構ですので!」
狼狽える春人を余所に陸の母は一旦リビングに戻り財布を取り出すと、サンダル履いてちゃっちゃと出かけてしまった。
「晩ご飯の用意するまでお勉強してなさ〜い」
ドアが閉まるタイミングで声が聞こえると、春人はまだ靴を履いたまま玄関をウロウロしていた。
「前言っただろ、飯作るのしか趣味無いから好きにしてやって」
「あぁ…ありがとうございます…」
春人は申し訳なさそうにいない相手にお礼を言うと、先々進む陸の後を追って一緒に2階へ上がった。
「お、お邪魔します!」
「2回目なのになんで緊張してんだよ」
「お世話になるので!」
なんで敬語?と爆笑しながら服を着替えると、すでに私服で来ていた春人は正座をしながら教科書を取り出している。
「ちょ、なんで教科書なんか出してんの??」
「宿題出てたじゃん」
「今しなくていいだろー!!」
春人の教科書をムリヤリ奪い取って自分の机の中に放り投げた。
あぁ…と、教科書の行方を悲しそうに見ていた春人の腕を引っ張りベッドに座らせると、自分も座り真剣な顔をして春人を見つめた。
「今日、何があったんだ。またイジメられたのか」
ゴクン、と春人ののどが鳴る。
肩が揺れモジっと身を固めうつむこうとする春人の肩を強く掴み顔を上げさせる。
「お前廊下で顔を真っ赤にさせて泣きそうになってたろ。なにされたんだ。飯塚か?」
「っ………」
飯塚。その言葉に強く反応しさらに体を震わせたので陸は確信し、あいつ…と怒りで唇をかんだ。
「ち、違うんだ!」
「飯塚じゃないのか?」
「そ、それは違わない …」
「飯塚に何されたんだ」
「えっえあっあっ」
ダラダラと汗をかいて目が泳ぎ動悸も激しい。
普段から嘘をつかない真っ直ぐな春人にとって嘘をつくという行為はまるで犯罪を犯しているようだ。
陸の目と声が響き、まるで重罪を犯したかのように怯えている。
春人の性格をわかっている陸は大きく深呼吸し、冷たい春人の手を握りしめた。
「春、大丈夫だから。俺もお前に変態に襲われたって話しする時凄く怖かったけど、お前に相談して正直よかったって思ってる。ため込んだら余計辛くなるぞ?」
決して優しい口調ではなかったが、その言葉に春人は息をするのを忘れ、気がつけば涙が流れていた。
「……うっ…」
「………飯塚に何言われたんだ?」
「陸の悪口……いっぱい言って…」
「うん」
「僕がやめてって…大きな声出したら…」
「うん」
「……ス……された」
「え?」
「キスされた」
「あぁあああっ?!!!」
陸の野太い声が部屋中に響く。
「り、陸、声が大きいよ!」
「っ…あいつ…!!さんざん俺らのことホモとか気色悪いとか言っといて…!春のこと好きだったんじゃねーか!!」
春人の手を放り投げて、怒りがおさまらないのか立ち上がりウロウロと徘徊し始めた。
自分の部屋だというのに落ち着きなく怒りにまかせ唸っている。
「す、好きなんて言われてないよ!!」
「キスされたあと、なんて言われたんだ」
「陸とばっか…喋るなって……」
「嫉妬じゃねーか!!!!」
さらに血が上ってしまった。
部屋を飛び出し階段を降りていく陸の後ろを春人は顔を真っ青にしてついていく。
慣れない他人の家の階段に少し足を絡ませながら必死に追うと、陸は玄関で靴を履いていた。
「ちょ、陸?!どこ行くの??」
「飯塚殴ってくる」
「だっダメだよ!!」
「だってあいつ春のことあんなにひどい事言ってイジメたのに、本当は好きでちょっかい出してたってことだろ?すっげー腹立ってきた!」
陸の服を掴み離そうとしない春人の腕を無理やり振り払うと、玄関のドアを開け飛び出そうとした、瞬間だった。
「陸?」
「っ……」
「あっ……お兄さん…!いらしてたんですか!すみませんうるさくしてしまって…!」
大谷聖眞がリビングから制服のまま出てきた。
ついさっき学校から帰ってきたのだろう。
そういえば聖眞の靴が玄関に置かれている。それに気付かないぐらい頭が沸騰していたわけだが。
「春人くんいらっしゃい。どうしたの?さっきから声響いてたけど」
「あ、あの…」
「兄ちゃんには関係ない」
「……」
「陸ぅー………」
聖眞の優しい声に反抗して、ドアを見たまま決して小さくない声で叫んだ。
シン、と静まる玄関。
「陸」
「これは俺と春のもんだ…」
「陸、俺は陸に聞いてない。春くんに聞いてるんだけど」
「っ……」
優しいけれど、芯のある強い声。
「あ、あのすみません。僕がちょっと…友達とトラブってしまって…それを陸に相談してたら…陸、凄く優しいから、僕のためにその友達の所に行くって…」
決して陸が悪いんじゃない。と、態度で訴える春人。
涙目になりながら陸と聖眞を交互に見つめ、オロオロと冷や汗を流している。
「…友達の所に行くって…今の感じじゃ話し合いじゃないだろ?殴り込みにでも行く気だった?」
「…………」
兄ちゃんにはいつも、うそがつけない。
「あの、ほんと、ほんと僕が悪いんです。僕がしっかりしてないから…」
「そんな自分を責めると可哀想だよ。俺でよかったら話聞くから」
「そんな!悪いです!」
「君は陸の友達だろ?兄として、これぐらい普通だから」
何が兄として、なんだ。
自分で自分に笑う。
春人の背中を押してリビングへ促すと、気になるのか横目で陸を悲しそうな表情で見つめる。
聖眞は春人をリビングに入れると、まだ玄関で立っている陸の腕を掴み中へ入れた。
「で、どんなトラブル?やっぱ好きな子の取り合いとか?」
私服に着替えた聖眞と春人たちは、晩ご飯の準備を始めた陸の母に挨拶をして陸の部屋へ向かった。
春人はもう一度申し訳なさそうに断ったが、悩みは色んな人の意見を聞いたほうがいいという言葉に押され相談する事に決めた。
もちろん羞恥で何度も言葉が詰まったが、聖眞の頷く声と大人の雰囲気に気がつけばポロポロと今まで飯塚にされたこと、今日飯塚にされたこと、すべて話していた。
聖眞は特に驚くこともせずただひたすら聞くだけだった。
陸は2人の様子を少し離れたベッドの上から聞いていた。
「春くんは、飯塚くんのことどう思う?」
聖眞の言葉に一瞬身を震わせ、眉を下げながら陸を見た。
目が合った陸は少しむっと口を尖らせたが、小さくため息をもらし目を閉じる。
「春の思ってる事言えよ。俺はあいつの事大嫌いだけど」
「陸」
聖眞が小さく静止させると、今度は陸が少し身を震わせ眉を下げた。
「飯塚君とは…一年生の時もクラスが一緒で…。一年の時は今みたいにひどい事言ってこなかったんだけど、ここ最近…二年になって、少ししてからかな…僕の顔を見るたびに悪口を…。もしかしたら僕が何かしたのかな、ってずっと思ってて…。僕、飯塚くんのことは…その…怖いっていうか…」
もじもじと意見をふらつかせる春に対して陸が苛立ちを覚えるが、また何か言うと聖眞に怒られるかもしれないとぐっとこらえる。
「春くんって、一年の時は小さかったんだよな、たしか」
「あ、はい。陸よりも小さくて…よく女の子に間違われました」
「俺より小さいはいらないだろ!」
間髪入れず怒りを込めて突っ込むが、聖眞も春人も軽く流す。
「俺の勘だけど、飯塚君は戸惑ってるんじゃない」
聖眞は一呼吸置くと、まだ緊張した面持ちで足を崩さない春人に微笑みながら頬杖をついた。
「とまど…う?」
「1年の時、女の子みたいに可愛かった春くんが気になってたけど、2年になって背が伸びた。男っぽくなった春くんに慣れてきて、1年の時の感情は気の迷いだった、と思った。だけど常に陸と一緒にいて、陸が一番だっていう春くんを見て嫉妬した、とか」
多感な年齢はまだそれが恋か友情か区別できない。
戸惑いながら成長し、痛みを覚えて大人になっていく。
しかし聖眞は物心ついた頃から大人びていたため「多感な年齢の戸惑い」という感情は正直持ち合わせていないのだが。
「ぼく…どうしたら…」
もちろん、春人も多感な年齢である。いきなり自分に向けられた恋の感情に飯塚同様戸惑う。
春人の場合は自分に自信がなく、まさか自分なんかが誰かに好かれているだなんて想定外だ。
まぁ、好かれている相手が男の時点で予想を大幅に上回る想定外なのだが。
「飯塚くんがなんかしてきたらまた相談においで」
「でも春が飯塚にムリヤリ犯されたら…!」
「お、犯されないよ!」
「はいはい二人とも声大きいぞー」
「「っ…!!!」」
二人して顔を真っ赤にして下を向くものだから、聖眞は思わず若いなーと微笑んでしまった。
自分も十分若いのだが、いかんせん照れて顔が真っ赤になったことなどこの18年間一度もない。
初々しい二人の行動を見て、自分は何か大切なモノが足りないのかと、ふと思った。
「たぶん飯塚くんは春くんが嫌がったりすることはもうしないと思う」
「で、でも今まで春にずっとひどい言葉言ってきたし、何度春がやめてって言ってもやめなかったんだよ?!」
信じられない!と、ベッドから立ち上がり興奮のせいでさらに声が大きくなる陸。
春人はそんな陸を見てただ狼狽えるだけだったが、聖眞はため息をつきながら陸に近づき落ち着けと軽く頭を撫でる。
興奮していた陸の顔がみるみる緩み目を伏せ再び聖眞と一緒にベッドに座り込んだ。
そんな二人のやり取りを見て、春人は少し顔が歪み唇を噛んだ。
「そこまで言うなら来週学校行って、春くんと飯塚くんの2人だけで話しをしてみな。そんでまだ態度が変わらないっていうならまた俺に相談したらいいから」
「い、いいの?」
相談者は春人なのだが、なぜか陸が嬉しそうに見上げる。
聖眞は陸を見ながらふっ、と笑って目を閉じた。
「月曜日でテスト終わりだし、いいよ」
それを聞いて喜んだのはやはり春人ではなく、陸だった。
嬉しそうに、だけど悟られまいと口を突き出しふーん、とそっけなく振る舞うが、来週から構ってもらえるオーラがだだ漏れである。
やった!嬉しい!来週からまた兄ちゃんと色々できる!色々……いろい…
ボン、っと顔が真っ赤になって、なぜ顔が赤くなったかすぐにわかった聖眞はニヤニヤと口端を上げ、それを見て春人がまた、複雑そうに顔を歪めた。
コンコン
「ご飯できたから降りてきてー」
ドアの向こうから母の声が響く。
ご機嫌の陸は待ってましたと満面の笑みで立ち上がり、春人を引っ張ってドアへ促す。
すると春人は陸に引っ張られながら振り返り聖眞に向かって一礼した。
「あ、あの、ありがとうございました…相談にのってくれて。すごく、すっきりしました」
「そ。それはよかった。今はいっぱい悩んだほうがいい大人になれるよ」
聖眞もゆっくり立ち上がると、二人に続いて階段を降りていった。
食事もすみ、一緒に風呂に入った陸と春人は、嫌がる陸を強制的にテーブルへ向かわせ課題に取り組む。
わからない所があると陸が独り言のように言うと、そわそわしながら聖眞に聞こうかと隣の部屋を気にし始めた。
春人はむっと口を尖らせ、わからない所は全部自分が教えると若干やけになりながら陸に勉強を教える。
陸より勉強はできる春人だが、いつもなら自分から教えてあげるという発言はしない。
なんだかいつもと雰囲気が違うな。
泊まりにきてテンション上がってんのかな。
陸はそんなことを思いながらおとなしく春人に付き合っていた。
しかし勉強を教わりながら残念そうな顔をしたため、春人の胸がズキリと痛んだ。
「……陸」
「ん?」
「お兄さんのこと、好き?」
「ばっ!」
プリントがグシャっと音を立て部屋に響いた。
突然発せられた質問に、陸は心臓が速くなるのを感じ落ち着けと自分に言い聞かせる。
「ばっ…かじゃねーの…なんだよいきなり」
「だってさ、お兄さんの一言一言に一喜一憂してるんだもん」
「いっ…き 、いちゆうしてない…」
正直、一喜一憂の意味はよくわからなかったのだが、自分の感情がバレているのではと思い酷く動揺した。
「いいな…」
赤くなる陸を無視してテーブルに体を向けると、独り言のようにボソボソと言葉がこぼれた。
課題をやっているようなのだが、シャーペンの先は遊んでいて文字を書き出していない。
「す、好きとか!俺と兄ちゃんは兄弟だし!」
「でも血は繋がってないんでしょ」
いつもおどおどしているのは春人のほうなのだが、今は完全に陸が狼狽え春人はするどく反応している。
止まってしまった課題勉強。
何とも言えない空気に今更ながら心地悪さを覚える。
「僕ね、生まれてはじめて人に好きって言われた」
「よかった…じゃん…。相手は最低な奴だけど。俺ならあんなガキみたいな奴絶対いやだけどな!俺のことチビチビ言うしさ!自分だって春より小さいくせになに粋がってんだよってな!」
いますぐ話題を別のことに変えたくていつも以上に饒舌になっているつもりなのだが、春人は心ここにあらずな表情をしてじっとペン先を見ていた。
「ねぇ陸、キスしたことある?」
「なっ!」
一気に顔が真っ赤になって頭から湯気が出ると、言葉が出てこず狼狽え生唾を飲んだ。
そんな陸を見て春人は笑うと、シャーペンを置いて陸に近づいた。
「な、なんだよ」
「…してみよっか、キス」
「しっねーよ!!」
「なんで?僕のこと嫌い?」
「嫌いとか好きとかじゃなくて、俺たち友達だろ!」
ずいっと春人の影が大きくなった。
自分より体格の良い春に見下ろされ、陸はダラダラと脂汗が出てくる。
陸の股を割ってさらに奥に進入されると、背中にベッドがあたりこれ以上逃げられないと悟る。
ど、どうしよう…!殴る?!で、できない!だって春は友達だし…!
震え始めた陸の体。
それに気付いた春人は悲しそうに目を伏せると、ゆっくり陸を抱きしめた。
「っ!!」
「ごめんね…急に変なこと言って」
「ばっ!冗談かよ!!」
「え、ほんとにしてよかったの?」
「ダメだ!!」
陸にむき直して真剣に聞くものだから、慌てて両手を大きくクロスさせ×を作った。
それを見た春人はおかしそうにケラケラ笑うと、抱きしめていた手を離し先ほど座っていた場所に戻った。
「ぼく、陸に好かれたかった」
「なんだよそれ」
まだ心臓がうるさく響いている。
陸も乱れた服を直しテーブルに戻ると、春人の行動を警戒しながらシャーペンを持った。
「お前のこと好きになったら、友達じゃいられなくなるじゃん」
「…」
ため息をつきながら何となしに言った言葉だったが、春人の耳に深く響いた。
「月曜日…飯塚と話すのか?」
「うん…。飯塚君が本当に僕のこと好きなのか聞いてみる」
「襲われたらっ」
「ぼく、中身こんなんだけど力は結構あるから大丈夫だよ〜飯塚くんよりも大きいし」
笑う春人の顔は少し引きつっていた。
不安なのだろうか。複雑な顔をしている。
「春…お前、怖いんだろ」
陸の言葉にぴくりと体を揺らし、引きつる笑顔がなくなり眉がさらに垂れ下がる。
静まった部屋はなんだか淀んでいて空気はあまりよくない。
聖眞の部屋からもテスト勉強の為か物音一つ聞こえず二人の呼吸音だけがリアルに響いていた。
「………その、ほんとは凄く…嬉しかったんだ…飯塚くんが僕のこと…好きなのかもって思ったら…。相手が男の子だとしても…酷い言葉を言う飯塚くんでも…僕みたいな人間を気にしてくれる人がいるんだって思ったら嬉しくて…」
「なんだよそれ、俺だって春の事大事に思ってるじゃん」
「陸は僕から近づいたからね。またちょっと違うんだ」
「そんなの関係ねーし…」
まるで自分は春人の事を気にしていないと思われていると感じ、あからさまに顔を歪め小さく唸った。
しかし春人は冷静に笑いながら小さく答える。
「関係あるよ」
「だとしても!俺は春のこと凄く大事な友達と思ってんだからみんながお前に無関心だなんて思うな!」
「……うん、ごめんね」
みんなが陸みたいに素直で強い人間だと良いのにね。
笑いながら言う春人を見て苦しくなった。
友達の前では強く言えるのに、兄、聖眞の前では思っていることが言えない。
もっと甘えたいのに、もっと触れたいのに行動に起こせなくて毎日悶々としている。
「俺は全然素直なんかじゃない」
落ち込む陸を見て、ピンときたのか春人はゆっくり体が触れるぐらい近づいた。
腰を下ろすと、落ち込む陸の肩を掴みこちらを向かせる。
「な、なんだよ」
「お兄さんに、好きって言ったら?」
「っ?!!」
顔から火が出るかとおもった。
もしかしたら出たかもしれない。
「ステキな人だよね。陸が好きになるのわかるもん」
「!!!」
まだ火が出ている。
否定しないと。
血が繋がっていないとはいえ、戸籍上兄弟だ。
この感情はバレてはいけないものなのだ。
「あ、あの、その、あ」
グツグツと脳が沸騰しているようだ。
否定すればいいだけなのに、言葉が出てこない。
こんなの、肯定しているみたいなものだ。
「大丈夫だよ、陸。誰にも言わないから」
親友の笑顔からこぼれた優しい声に、ぽろりと涙が流れた。
「悪いことじゃないよ」
さっきまで不安定だった春人が嘘のように寛大で大きな器をした人間に見える。
一方的に自分だけが好きで、相手は大人でかっこよくて自分と全く釣り合わない。
何を考えているかわからないし自分を好きになってくれる要素は全くない。
だけど好きでいることはやめたくなかった。
「っ…春…」
顔がぐしゃりと曲がり、一滴だった涙はまるで滝のように溢れてきた。
春人に抱きつき声が出ないよう胸に顔を押しつけ喉を押しつぶして唸りながら涙を流す。
春人は陸の背中に手を回し、よく妹たちにしているように撫でながらポンポン、とリズムをとった。
「でも…ごめんね、あまりにも陸がお兄さんのこと好きだから、ちょっと嫉妬しちゃった」
「嫉妬?」
「うん」
鼻水を流しながら春人を見上げると、服に鼻水がつく!と言って慌てる春人を見てなんだか笑顔になった。
「お兄さんに会う前までは、お兄さん子なんだーって感じだったんだけど、今日お兄さんと会話してるの見てこれは違うな、って思ったんだ。本当に好きなんだなーって。でね、あまりにもお兄さん好き好き光線出してるから陸を取られたような気がしてむっとしちゃった」
「そ、そんな光線出てた?!」
「出てた出てたー」
ケラケラ笑う春人とは反対に、陸は聖眞への思いが漏れているかもしれないということにひどく動揺した。
「ど、どうしよう…兄ちゃんにばれてるかな…」
「あー…」
あのお兄さんになら、2000%ばれてるだろうけど…
「でも、もし気付かれてたとしても陸を拒絶したりとか態度は変わってないんだよね?だったら少しは受け入れてくれてるんじゃないかな?」
「ほんと?!」
変態に襲われてから冷たくされた期間はあったものの、この前は久しぶりに一緒に寝てくれたし、相手もしてくれるようになった。
これって、拒絶されてるわけじゃないよな??
一気に陸の顔が笑顔になる。
また春人は複雑な気持ちになって苦笑いすると、胸元が陸の涙と鼻水で湿った自分のトレーナーを気にしながら陸から離れた。
「うまくいくといいね」
「う、うん」
認めた陸は素直に頷きはにかみながら笑顔を作った。
春人に兄のことを言えたので、今まであった重荷がすっと消えた気がした。
もちろん、性教育のほうも手伝ってもらっているなんて言えないが。
「あーもう寝るかー」
「ダメだよ陸まだ3ページ残ってるでしょ」
「もういいじゃん〜明日休みだし明日やろ〜。なんか今日は色々あったし疲れた〜」
大の字になって寝転ぶ陸を最初は咎めていたが、確かに今日はいろいろなことがあり普段使わない筋肉や脳も使った気がする。
「じゃあ…寝よっか」
「よし!」
春人のお許しが出たため陸は勢いよく飛び起きベッドへ向かう。
今から寝る人の動きか…と春人は笑いをこらえ部屋の明かりを消し同じベッドに入った。
「ほんとに僕もベッドでいいの?狭くない?」
「客用の布団敷くの面倒だし」
「もうー」
シングルではないが中学生男子二人が寝転ぶとちょうどぐらいだ。
陸が小さい為まだ陸側に余裕があるようだが。
「俺ちっちゃいしそんなスペース取らないだろ」
「あ、小さいの認めたんだ」
「昔から認めてる。否定はしない。だけどその内大きくなるから今に見とけ」
「陸のお母さん、陸にすっごい似てたね。すっごい小さくて可愛らしいお母さんだね。陸にほんと似て」
「喧嘩売ってんのか」
「ナンノコト?」
ゲシゲシと春人の足を蹴ると、やめてよ、と嬉しそうに抵抗する。
自分より段々体格が良くなっていく親友を毎日見て、あまり身長の変わらない自分に焦ることはあるけれどそれは仕方ない。個人差というものがある。
男は二十歳超えても成長するって言うし。
あまり記憶にない父親は背が高かったって聞いたことあるし。
今のところ顔のパーツや髪の毛の癖も全て小さい母親似だが。
「明日は…公園でサッカーして…ゲームして…課題して…」
「やっぱ勉強はするのかよ」
「だって……陸放っておいたら……すぐ僕の…写すでしょ……そんなんじゃ…また先生に…バレて…陸が…怒られ………」
「…………」
春人も相当疲れていたのだろう。
段々声が小さくなり、整った寝息が聞こえ始めた。
ネガティブ過ぎる春人にとって、自分が好かれているということは混乱と戸惑いが駆け巡ったのだろう。
しかも相手は自分を嫌っていると思っていた飯塚だ。
もしこれが飯塚の冗談で、春人をからかって遊んでいたとなったら…。
考えただけで頭に血が登ってしまう。
いけないいけない。
冷静になれと呟き目を閉じていると、気がつけば春人と同じ心地よい寝息を立て始めた。
陸は目が覚めると少し瞼に違和感を覚えた。
重い。
だけど気分は清々しくて、親友に恋の相談をした昨日のことを思い出す。
春は俺と兄ちゃんのこと応援してくれるって感じだったな…。
俺は春と飯塚のこと応援できないけど。
そんなことをぼんやり考えているとふと、まだ完全に開かない瞼で顔を動かさずあたりを見る。
すると部屋の主より早く起きて持ってきた鞄をゴソゴソしている春人が見えた。
まだ寝ぼけ眼の陸に気付いたようで、笑いながらおはようと声をかける。
「いつ起きたんだ」
「僕もついさっきだよ。洗面所借りていい?顔洗ってくる」
「俺も…」
「陸まだフラフラじゃん。もうちょっと寝てなよ。先に僕が顔洗ってくるから」
「ん…」
じゃあお言葉に甘えて…と、再び布団に潜る陸。
春人はそれを見てため息を付きながら静かに笑うと、洗面道具を持って階段を降りていった。
階段を数段降りた所でとてもいい匂いに気づいた。
頬を緩ませながらリビングへ向かうと、朝ご飯を作っている陸の母に会った。
香ばしい匂いと暖かい空気がリビングいっぱいに広がり、先ほどまで感じていなかった空腹感が一気に押し寄せてくる。
「あ、おはようございます」
「おはよう、早いわね、陸まだ寝てるでしょ」
「はい」
即答した春人に向かってクスクス笑うと、手を止め洗面所へ案内した。
「このタオル使ってね」
「ありがとうございます」
「あ、もしかしたら聖眞くんがお風呂入りにくるかもしれないから、その時はごめんだけど譲ってあげてね」
「はい!」
にっこり笑って再び台所へ戻る陸の母を見送ると、持ってきた歯ブラシを鏡の前に置き一呼吸置いた。
うちのママも陸のお母さんみたいにもっと優しかったらなぁ…。
はぁ、とため息をつきながら歯ブラシに歯磨き粉をつけて口へ運ぶ。
毎朝やっている行動だけれど、家が違うだけでこんなに新鮮でドキドキするなんて。
お泊まり万歳!
一人テンションを上げていると、階段を降りる足音が聞こえてきた。
もしかしたら。
「……あ、おはよう」
「おふぁふぉうふぉふぁいまふ!ふふふぉひまふ!」
「あぁいいよいいよ、適当に脱ぐから」
聖眞が降りてきた。朝風呂に入るらしい。
口をもごもごさせながら急いで片付けようとする春人を見ると、笑いながら部屋着を棚の上に置き構うなと頭を撫でる。
撫でられることに慣れていない春人は驚き体を硬直させ、思わずごっくんと飲み込んでしまった。
「おえー飲んじゃった…」
「あはは」
急いで口をゆすぐ春人。
聖眞は背を向けおもむろに脱ぎ始めた。
「い、いけませんお兄さん!」
「何言ってんの、男同士じゃん」
変わってる子だなぁと聖眞がケラケラと笑う。
確かに!確かに男同士だけど…!
陸の好きな人の裸だし…それに超近いし!
人一人分ほどしか離れていない場所で脱ぎ始めた聖眞に背を向け頬が熱くなってきた。
なんだかイケナイコトをしている気分だ。
「………お兄さんは…」
「ん?」
ドキドキを解消しようと色々考えて、ふと、疑問に思っていたことを漏らした。
「お兄さんは、陸のこと好きですか?」
「………もちろん、好きだよ?」
一瞬、間が開いて、声の厚みが深くなった気がした。
背中を向けていた聖眞がこちらを向いたのだ。
驚いて息をのみ目が合う。
やっぱりこの人…かっこいいけど何か…。
「……春くんは…?陸のこと好き?」
「はい。陸のこと、大好きです」
間髪いれず、聖眞の目を見つめ意志を持って答えた。
大好きだから、陸を悲しませるなら例えお兄さんでも、陸の好きな人でも許さない。
「………そう」
聖眞は数秒置いて返事をすると、首を傾けながら目を閉じた。
「………」
なんとも読み取れない表情。
春人は人の顔色を気にする性格ゆえに、人の表情に敏感だった。
しかし聖眞の顔色はわからない。
何を考えているかわからない。
聖眞は再び春人に背を向けると、ズボンも脱ぎ始めた。
「あわわっ」
それに気づいた春人は流石にここからは見てはいけないと頬を赤らめ聖眞に背を向ける。
お兄さんは陸のこと…本当はどう思ってるんだろ…。
絶対陸の気持ちに気づいてると思うんだけどな…。
少量になった歯磨きのついた歯ブラシを口に運び、力なく歯磨きを再開する春人。後ろではシャワーの音が響き始めた。
「おはよう、春」
「おはよう。って、さっき言ったよ?」
「え、さっき??なんか喋った?」
なんだかもやもやした気持ちのまま部屋へ戻ると、目をしょぼしょぼさせた陸がベッドの上に座りアクビをしていた。
やっと本格的に起きたのだろう。
「喋ったよー僕、顔洗ってくるから洗面所借りるねって」
「あー……夢だと思ってた」
ボリボリと腹をかいて何度目かのアクビをする。
春人ははぁ、と小さくため息をついて、持ってきた鞄に歯ブラシセットを直し陸の隣に座った。
「さっきね、お兄さんと洗面所でばったり会ったよ」
「え!いいな!俺も行けばよかった!」
まるで芸能人に会って羨ましいといった雰囲気で春人に迫る。
「り、陸が起きなくて二度寝したから悪いんでしょ」
「ううう」
いつもなら「だって…」と反論するのだが、それをしない。
聖眞に関しては素直のようだ。
「一緒に住んでるんだから、洗面所でばったりぐらいいつでもできるじゃん」
「そうだけど…」
もじもじと言葉を濁す陸を見て、乙女か!とツッコミたかったが、想像以上に可愛かったので飲み込んだ。
「陸はお兄さんのどこを好きになったの?」
「えっ…だってすげーかっこいいじゃん」
「それだけ?」
「それだけ」
「……僕さ、恋愛もしたことないから偉そうな事言えないけど、それってほんとに恋?」
憧れじゃなくて?と、陸を覗きこむ春人。
陸はむぅ、っと口を尖らせ、勢い良く立ち上がった。
「憧れだけじゃない!」
「じゃあ他には?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
兄ちゃんとならセックスしたいって思う。
「………?」
言えない。
「…また今度言う」
「なにそれー」
「陸ー起きたのー?朝ご飯できたから降りて顔洗ってきなさいー春くんもー」
「「はーい」」
陸の叫び声がリビングまで響いたのだろうか、陸の母が階段下から声をかけてきた。
陸と春人は同時に返事をすると、陸を先頭に部屋を出た。
「今度っていつ?」
「俺がお前の身長抜いたら」
「一生来ないよ」
「くる!絶対くる!」
ケラケラ笑う春人に噛み付くような顔で答え、足並みそろえてリビングへ向かった。
陸の母に夕食も食べていくか聞かれ、家に電話して聞いてみた。
「ごめんなさい、晩ご飯用意してるって…」
残念そうに春人が言うと、優しく頭を撫でる。
いつでもおいで。
そう言う陸の母の笑顔は陸によく似ていてとても素敵だ。
暖かい。
とても、暖かい。
「じゃあな、また明日ー」
「うん!おじゃましました!」
「ほんとにいつでもおいでね。今度はお土産とかいらないから」
「ありがとうございます!」
そう言えば陸のお兄さんに挨拶できなかったな…。
部屋で勉強中であろう聖眞のことを思い少し申し訳無さそうに2階と見ると、タイミング良く聖眞が出てきた。
「あ、お兄さん!おじゃましました!」
「帰るんだ。…送ってくよ」
「え!」
驚いたのは陸だった。
「ちょうどノートが無くなりそうだったからコンビニ行こうと思ってたんだ。もう遅いし送ってくよ。近所でしょ?」
「俺も行く!」
「なんで?」
「か、買い物!」
「いらんもん買うなってこの前怒られたばっかだろ」
オロオロしている春人をかき分け聖眞についていこうとする陸。
それを見ていた陸の母が陸の首根っこを掴みあんたはお留守番!と低い声を出す。
財布をジーパンのポケットに入れてスニーカーを履き始める聖眞。
その姿を見てなんだか絵になりかっこいいと思う春人。陸は母に掴まれ拗ねている。
「聖眞くん、勉強道具ならお金出すわよ?」
「あ、大丈夫です。100円とかなんで」
陸の母の目を見ずすっと立ち上がると、玄関の前でまだオロオロしている春人の肩にポンと手を置き先に出た。
「あ、ああ、おじゃましました!」
聖眞につられるように後を付いて外に出ると、チラっと振り返り陸の頬が大きく膨らんでいるのが見えた。
ごめん陸!
暗くなった外をスタスタと歩いて行く聖眞。
自分より背の高い後ろ姿を必死についていく。
「あ、ごめん。歩くの速かった?」
「い、いえ。大丈夫です」
気づいたのか振り返り春人を見る。
息は切らしていないが必死な顔をした春人に申し訳ないと言葉を発するが態度はあまり変わらない。
「この先の公園前だっけ?」
「はい。あ、あの、ってかほんと、ここで大丈夫です!」
「……」
すぐ前を向き歩き始めた聖眞の背中を見ながら言うと返事は返ってこなかった。
怒ってる?
初めてお話した時はもっと社交的だと思ったのに……あっ。
「あ、あの!お兄さん!」
「……なに?」
振り返らない。
しかし先ほどより歩く速度は遅くなっている。気がする。
「僕、陸のこと好きだけど…恋愛の好きじゃないですよ!」
ぴくりと聖眞の体が揺れ、段々速度はさらに遅くなり、少しすれば足が止まった。
住宅街の静かな暗闇の中で、聖眞の後ろ姿は街灯に照らされほんのり白く光っている。
なんだか幻想的だ。
春人も止まりぼーっと見つめていると、ゆっくりと聖眞が振り返った。
音もなく、静かに。
正直、とても不気味だ。
「なにそれ。だから?」
「っ……」
春人は思わず息を飲んだ。
知らない。
こんな人、知らない。
飯塚のことを相談した時はとてもやさしく憧れる大人の男性だった。
洗面所で会った時、ちょっと意地悪な表情をする大人の余裕があった。
でも今は、振り返った今の顔は。
目に暖かみは無く背筋が凍るほど冷めた顔をしている。
どれが本当の大谷聖眞?
「ただいま」
「おかえり!あ、あの!きょ、今日は…その………その…」
帰りを待っていたのだろう、玄関のドアが開き聖眞が入ってくるとほぼ同時に陸が飛び出てきた。
スニーカーを脱ぐ聖眞をもじもじしながら見つめ、言葉を濁している。
「……今日、なに?」
「あ、その…今日の…勉強は……見てくれる?」
「………」
靴を脱ぎ終え立ち上がると、少し汗をかいて見上げる陸が目に写った。
聖眞の顔色を伺って、勇気を出して声をかけている。
なに中学生の言葉にマジになってんの、俺。
バカじゃん。マジ、うける。
「いいよ」
聖眞は一言だけ言うと、陸から目を反らし何事もなかったように自室のある2階へ上がっていった。
母親は滅多に2階へ上がってこない。
父親にいたってはいつ帰ってきているのかわからない。
聖眞と陸が会話をするようになる以前は、この広い一軒家で一番静かなのが2階だった。
陸は家に帰るとさっさと晩飯を食べ、リビングで1人テレビを見る。
聖眞が部活から帰ってくる頃には部屋へ戻り音楽を聞きながらスポーツ雑誌を読む。
聖眞にいたっては、家には寝に帰ってきているようなものだった。
晩ご飯は食べるものの、テレビのあるリビングへ寄らずすぐ自室へこもる。
大半は勉強をしているのだが、勉強に飽きると暗い中外を一時間ほど走りに行く日もあった。
義母に夜のランニングは危険だからやめてほしいと言われたことがあったが、満面の笑みで断った。
俺のやり方にいちいち口出しするな。とまでは、言っていないけれど。
今は難しい時期だから。
そう思った義母は何も言わず見守ることにした。
走りに行く日は気づかれないようそっと外へ出るのだが、たまに見つかってしまう。
何か言いたげな義母。少し震えた声でおかえりと言う。
いっそ無視してくれればいいのに。
イライラが積もる。
ストレスが溜まる。
そう言えば最近ランニング行ってないな…。
部活もやめたし体力落ちるから今度行くか…。
「っ…いちゃん!!」
「わっなに、びっくりした」
ふと数ヶ月前のことを思い出していると、目の前に高揚した弟が現れた。
下着もつけず全裸で前かがみになって聖眞を睨みつける。
すっげぇ格好…。
聖眞が指示したのだが。
「っ…、ちゃんと…教えて、…よ」
「あーはいはい」
陸の部屋に入りいつも通りベッドに腰をかける。
まだ大人の形にならないと嘆く陸の股間をひと撫し、すでに半勃ちになったその顔を覗き込む。
あー楽し。
とりあえず服全部脱いで勃たせな。
それだけ言うとさほど興味のない部屋にあったサッカー雑誌を読み始める。
陸は顔を赤くさせながらゆっくり服を脱いでいくと、聖眞と同じくベッドに腰をかけ反応を始めている自分のペニスを擦り始めた。
「はっ…あっ」
荒い息が小さいが響いている。
数カ月前までは息遣いさえも聞こえないぐらい静かだったのに。
「…勃った…よ」
「見せてみ」
「ん…」
膝立ちになり腰を突き出すと、ピンと主張した陸のペニスが現れた。
初めて聖眞にここを見られた時よりも少しは成長している、気がする。
「ちゃんと剥けてんじゃん。まぁ小さいけど」
「でっ…でっかくなる?なるよね?」
「さぁ?別に真性ってわけじゃないしそんな焦らなくていいんじゃないの。あ、でもなんか半勃ちのまま持続させるとでかくなるって聞いたことあるけど、都市伝説みたいなもんだしな」
「ちゃんと教えてよー」
と、どさくさに紛れて聖眞にしがみつく。
へへ、兄ちゃんいい匂い。
ベッドの上で全裸のまましかも勃起した状態で兄に抱きつく弟はかなりおかしい。
しかしお互いあまり気にならなくなってきているところが一番危険だ。
「あ、そういえば寸止め繰り返すとでかくなるってのも聞いた事あるなー」
わざとらしく今思い出したような仕草をする聖眞。
正直陸には嫌な予感しかしない。
「す、寸止め?」
「うん。やってみよう」
「まっ、待っ」
「こっち擦ったらすぐイきそうだから、後ろ使うか」
「あっ!」
聖眞に抱きつく陸を無理やり引き剥がすと、膝立ちにさせ少し股を開かせる。
どこからともなく取り出したローションの蓋を器用に開けたっぷり右手に垂らすと、聖眞の首にしがみつく陸の尻の間に指を這わせた。
「冷たっ」
「息吸って、……吐いて」
病院の先生のように陸をあやし、言われた通り深呼吸をする動きに合わせて中指を一本中にいれる。
「ふっ…ぅんっ」
ピン、と無意識で尻をつきだした。
聖眞は陸の背中を撫でながらゆっくり中指を出し入れする。
まだ軽い水音のためか陸の耳に卑猥な音として入ってこない。
だいぶ慣れた尻への異物に呼吸を整わせながら、目一杯聖眞に抱きつく。
「陸、苦しい」
「っ……」
聖眞の首を両腕で抱きしめていた。
でも一番これが落ち着き、気持ちいい。
「…陸」
少し力はゆるめたものの、聖眞の首から離れようとしない陸を見て呆れ顔でため息をついた。
兄ちゃんをずっと抱きしめてたい。
そう思った矢先、トプトプと水音が聞こえてきた。
ローションを継ぎ足したのだ。
「あっそんなにっ」
尻の谷間をぬってたっぷりと注ぎ込まれていくローションが、聖眞の誘導によって中に入っていく。
つい先程までは冷たいと感じていたとういうのに、中に流れてきた途端聖眞の指と混ざって熱く陸を高ぶらせる。
「あっ…あっあっ」
気がつけば聖眞の指は2本になり、指の付け根まで届いている。
さらに陸は尻を高く突き出し、再び聖眞の首をきつく抱きしめる。
「っ…だから、苦しいって」
「あっ」
指を抜くと陸の腕を簡単に振り解きベッドに押し倒した。
見上げるとあまり表情の変わっていない聖眞が至近距離にいる。
俺はこんなに乱れてるのに、なんで兄ちゃんいつも通りなんだ…。
む、っと口を尖らせれると、違う解釈をした聖眞が口端を上げ笑う。
「いい所で指抜いて悪かったな」
「ちっ…違っ!」
「ほら、足開いて自分で持ちあげな」
主導権はいつだって聖眞だ。
恥ずかしい。
羞恥で心臓が止まってしまいそうだ。
やめたい。
やりたくない。
だけど、やってしまう。
「っ………」
「…そう、そのまま足上げてろよ」
自分に従順な弟。
反抗しながらも、必ず思い通りに動く。
そう、こいつは俺のおもちゃなんだ。
だからこいつに執着しているわけじゃない。
遊び道具を所有しているだけだ。
取られたってなんともない。
まぁ、今は簡単に誰かにあげるつもりはないけど。
「にいちゃ…?」
「ちょっと腰上げな」
「うん…」
また、おとなしく聖眞に従う。
笑ってしまいそうなのを必死に抑えながら、近くにあった枕を取り寝転ぶ陸の背中にそっと置いた。
「ちょ、この格好嫌だ!」
「よく自分のが見えるだろ」
腰が高くなったため勃起した自分のペニスが真ん前に見える。
陸は羞恥で顔をさらに真っ赤にさせながら体勢を変えようとしたが、バランスがうまく取れず起き上がれない。
気の緩んだ隙にローションで溢れている陸のアナルに指を2本一気に挿しこむ。
さっきまで入っていたとはいえ突然の質量に陸の体が痙攣した。
「あぁっ」
「自分の足しっかりもっとけよ。バランス崩れてベッド中にお前の精液飛び散るぞ」
「やっ」
もう結構ローションで布団濡れてるけど。
聖眞は悪いなーと思いながらも止めることはしなかった。
グジュグジュと卑猥な音がダイレクトに響いてくる。
目を閉じるとひどくかき回されるので、強制的に自分の勃起したペニスを見せられる。
…触りたい。
「あっあっ…にっ…ちゃ……前…チンチン…触って…いい?」
「寸止めって言っただろ。ダメだ」
「そんなっ」
「でかくなりたいんだ……ろっ」
「あぁっ!!」
腹の裏側を指の腹できつく押され目の前がチカチカと真っ白になった。
いわゆる前立腺と言われる場所なのだが、陸にはなぜそこがそんなに凄い刺激を感じるのかわからず恐怖に満ちてくる。
もちろん、聖眞はココがどこで、どういう所かわかっていて強く刺激しているのだが。
「やめっ…やめて!兄ちゃんやめて!そこ怖い!怖いよ!」
「なにが?」
「あっー!!」
イってはいない。
しかしペニスは激しく揺れ先走りがどんどん飛び散っている。
なにこれ…!なにこれ…!!ほんとに怖い!!
「っ…ぅっ…うぅっ…怖い…怖いよぅ」
思わず泣いてしまった。
この刺激が気持ちいいのかなんなのかもわからない。
「……なに泣いてんだ」
「っ……にいちゃ…」
閉じていた目を開けると、数センチ近くまで聖眞の顔がきていた。
ゴクリと生唾を飲みこむ。
あっキス…。
自然と、キスしてくれるのだと思った。
恋人がするというキス。
好き同士がする、キス。
だけど聖眞の唇は陸に届かなかった。
「………泣くほど、気持ちいいの?」
「へっ」
「じゃあ、もっとしてあげないとな」
「やっ!いや!!いや!!もういや!!そこいや!!」
聖眞の顔は暗く笑っていた。
楽しそうに。
だけど、何かを思いつめているように。
「やっ!兄ちゃん!!いや!!お尻いやだって!」
「何がいや?こんなに精液飛び散ってるけど」
「ダメ!触ったらダメ!!」
全く触っていなかったペニスを、人差し指でつつっと撫でられた。
「あっあっあっ…んんーーーっ!!」
その刺激だけで、陸は自分の精液を顔にぶちまけイってしまった。
「おー…すげーしめつけー…」
他人ごとのように飛び出る陸の精液を見ながら指を動かし続ける。
「もっ…やめっ…お尻…やめ………て…」
「……陸?」
イった直後、何度目かの目の前が真っ白になり、陸は意識を失い足を大きく開けたまま瞼を閉じた。
「…やり過ぎた…か」
顔を自分の精液と涙でグチャグチャにしながら寝息を立てる陸を見て、小さくつぶやいた。
そっと指を外し枕元にあるティッシュを取ると、陸の顔と体を拭いてあげる。
時計を見るとまだ22時だ。
「……親父帰ってくるまで…待つか」
使用済みのティッシュをゴミ箱に捨てると、陸を起こさないよう服を着させ足音立てず部屋を出た。
目が覚めるとそこに大谷聖眞の姿はなかった。
「……俺が起きるまでいてくれたらいいのに」
起き上がり寝ぼけ眼のままボソリとつぶやくと、爆音で鳴り響く携帯のアラームを解除した。
「はよー」
「おはよ。相変わらずだらしのない顔ねー」
「この前春に俺の顔は母さんそっくりって言われたけどー」
「ははは。おはよう、陸」
「おはよう」
怠い体を引きずりながらリビングへ行くと、朝食の支度をしている母親と新聞を読んでいる父がいた。
父には笑顔で答え、母には気に入らない言葉をかけられたので、陸も生意気に返す。
いつもならここでさらに母親から嫌味が飛んでくるのだが、シンと静まり返る。
「?」
なんとなく違和感を覚えたけれど、いつもギリギリの陸はすぐテーブルに座り用意された朝食を食べ始めた。
そういえば兄ちゃんがいない。
「……兄ちゃんは?」
「………聖眞くんならもう学校行ったわよ。授業ないけど進路のことで担任の先生と色々お話があるんですって」
「ふぅん?」
なんだろう、この一呼吸置いての会話。
父もなんだか気まずそうにコーヒーを飲んでいる。
料理と元気だけが取り柄の母親が、なんだか辛そうに見えた。
風邪でも引いたのかな。
特に心配もせず朝ご飯を食べ終えると、日課の牛乳コップに二杯を一気飲みして洗面所へ向かった。
「おはよう、陸」
「はよ」
教室に行くと春人が陸を待っていた。
陸を見つけ嬉しそうに駆けよると、なんだかソワソワしながら話しかける。
周りを気にしているようだ。
「……飯塚とは話したのか」
「へっ」
高い声が教室に響く。
陸が教室を見渡したところ、飯塚はいないようだった。
明らかに飯塚を意識している春人に陸はため息をつくと、教科書を机の中に入れながらダルそうに言葉を漏らした。
「なんかされたらすぐ言えよ。なんかされなくてもすぐ言え」
「なんもされてないなら何も言えないよ〜」
ケラケラ笑う春人。
それを見つめながら陸は少し安堵した。
思ったより大丈夫そうだな。
「でもありがと、陸。心配してくれて」
「別に」
首を曲げ優しく笑う春人。
陸は照れて目を反らした。
すると予鈴のチャイムが鳴り担任が来る数秒前に飯塚が走って教室に入ってきた。
ギリギリセーフの飯塚は、すぐ後から入ってきた担任に廊下を走るな、と軽く怒られている。
息を切らし中に入ってくる飯塚を、陸はジロリと睨んだ。
気づいた飯塚は呼吸を整えながら負けじと睨み返す。
そんな2人のやり取りを見ていた春人は離れた奥の席からオロオロと汗をかいていた。
授業も終わり放課後になると、陸と春人は肩を並べ部活へ向かう。
その後も陸は目を光らせていたのだが、飯塚は一切春人に絡んでこなかった。
むしろ無視をしているかのような態度だった。
「やっぱ飯塚くん…僕のことからかってたんだね」
「どうだろうな。今日は常に俺が隣にいたから警戒してたんじゃない」
「いつも陸は僕の隣にいるよ〜僕が陸の席に行くもん。それでもちょっかい出してたのに今日は何も言ってこなかったことは、やっぱり僕のこと好きってのは勘違いだったのかな…」
「あいつのことだから帰りとか気をつけろよ。この前キスされた時だってなんでタイミングよくあいつ教室なんかに…」
「キ、キスのことは内緒だよ!」
陸の口に手をあて顔を真っ赤にする。
陸はジロリと見上げ春人の手を振り払った。
キス…キス、か。
結局部活後も飯塚は現れず、春人は陸を家まで送りいつも通り別れた。
俺と別れたあと飯塚が襲ってきたらすぐ電話しろよ!
と、大声で叫んだら春人が顔を真っ赤にして走って逃げた。
ちょっとおもしろかった。
玄関を開けると見慣れた靴が二足あった。
兄ちゃんだ…!!と、お父さん…?
父はとても忙しい。
朝は陸が家を出たすぐあと出勤し、日付が変わる頃に帰ってくる。
それがこんな夕方にいるだなんて、今まで一度もなかった。
なんだろうか。
すごく、嫌な予感がする。
恐る恐る玄関の鍵を閉め中に入ると、話し声のするリビングへ向かった。
「……ただいま」
「………あぁ、陸、おかえり」
テーブルに座っている父が陸に気づき笑顔を向ける。
その向かいには聖眞が座っていた。
母は座らずテーブルの前で立っている。
「……?」
「陸、おやつすぐ用意するから手を洗ってらっしゃい」
陸にもわかる、重い空気。
中学生にもわかる、よくない話。
陸はなんだか心臓を握り潰された気がして、苦しくなりリビングを抜け出し洗面所へ向かった。
「………なに…なにが…あるんだ…」
教科書の入った鞄とスポーツバックを乱暴に床に置いて、水を出しっぱなしにする。
鏡に写った自分は汗をかいていて、少し血の気が引いていた。
陸は手を洗うと一度部屋へ戻り制服から部屋着に着替えた。
本当は下に降りたくなかったけれど、勇気を出して扉を開け階段を降りていく。
するとちょうどリビングから出てきた聖眞が玄関で靴に履き替えていた。
「……兄ちゃん?」
「………最後のテストも終わったし、泊まりで遊んでくる」
「……帰らないの?」
「今日は帰らないよ」
陸を見ず立ち上がると、コートのポケットに財布と携帯を詰め静かに家を出て行った。
陸の心臓が鳴り止まない。
帰ってくるよね?
明日は帰ってくるよね?
本当は出て行ってほしくなかった。
静かになったリビングへ向かい中をのぞくと、母が項垂れそれを父が肩を引き寄せ慰めていた。
なに?
なにがあったの?
なにが起こるの?
「お前が悪いんじゃないよ。そういう年頃なんだ」
「…そんな…ここからだって通えるのに…わざわざ…やっぱり私が良い母親じゃないから…」
「君は本当に良くしてくれてるよ。僕にも、聖眞にも。ただ聖眞ももう大人の男なんだ。これは普通なんだよ」
「でも………だからって……来週には家を出たいだなんて」
「っ…………」
頭を鈍器で殴られたようだった。
目の前がチカチカと真っ白になり、呼吸がうまくできない。
家を…出る?
兄ちゃんが…俺の前からいなくなる…?
その後のことはあまり覚えていない。
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