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「失礼します」
「……お、やっときたか」
昼休み、急いで弁当を食べ終え職員室に行くと東條は保健室にいると智希の担任が教えてくれた。
その際、東條を探してると言うとどこか具合が悪いのか?!と大げさに騒がれた為、なんでもないですと言って逃げるように職員室を飛び出す。
まじもう…過保護やめて…。
過度の期待による心労を抱えながら時間も限られている為急いで保健室に向かうと、来るのがわかっていたのか東條はさほど驚いた様子ではなかった。
「俺が相談しにするってわかってたんすか」
「まぁ、こういうのは昔よくあったからな。相談に乗ってもらいたい人の目ってな、独特なんだよ」
「………」
全てを見透かされてるようで少し腹が立った。
「で、どうした?あ、なんか飲む?」
「なんかあるんですか」
「コーヒーなら」
「………コーヒーならいらない」
「あれ?でも北海道の喫茶店行った時ブラック飲んでなかった?」
「…………」
「…………」
「…………」
「あっははは!」
「笑うな!」
やっぱり全て、見透かされている。
「ほう。ストーカーか。もてる男は辛いね〜」
「からかわないでください。ほんとに昨日怖かったんすから」
「そうだね。ごめんごめん」
ミルクを2つと砂糖を4つ入れたコーヒーはもはやコーヒーではなかった。
暖かい砂糖の飲み物だ。
それをちびちびと飲む智希を見つめながら東條もブラックコーヒーを飲む。
「で、泉水さんには…お父さんには言った?」
「言ってない」
「だろうね」
そうだと思った。
東條は目を伏せて一呼吸置いた。
自分の経験からして、子どもはイジメられている事を親に言えない。
イジメという、自分の存在価値を否定されるような扱いを受けていることは知られたくないというのが心理だ。
怒られる。そういった恐怖観念よりも心配させたくないといった気持ちのほうが大きいだろう。
智希君の場合はイジメではないけど、ストーカー行為をされているということを父に話すと、まず、お父さんは心を痛めるだろう。
なぜ、気づいてあげられなかった、なぜ、守ってあげられなかった。
大きな事件になっていなくてもそれはきっとお父さんの心に深く傷をつける。
ま、智希くんは泉水さんに知られることなく解決したいんだろうな。
これが親と子だけの関係ならまだ楽だったかもしれない。
親、プラス、恋人だ。
確かに対策を練らなければ最悪智希くんをストーキングしている女の子に、泉水さんとの関係がばれてしまうかもしれない。
現状、そこまでひどくはないようだが、この年齢で、しかも智希くんは芸能人並みに人と少し違うなにかがある。
おかしな行動を起こさなければいいけど。
「あの…東條さん?」
「あぁ、ごめんごめん。でも俺に相談してくれて嬉しいよ。ま、君たちの事わかってる俺じゃないと相談できないってのもあると思うけど」
ズズっとコーヒーを飲んでニコリと笑うと、甘い砂糖コーヒーを半分も飲んだ智希は反対に辛い顔をした。
「…すんません…。こんな厄介な相談…」
「それはストーカーのこと?それとも君たち親子のこと?」
「っ………」
ぐっ、っと喉の奥が鳴る智希。
ちょっとイジメ過ぎたか…。
「何度も言うけど、俺は君たちの事をバカにしていないし、咎める気もない。君たちの関係がそうなったのなら、それはそれでいいんだよ」
「………うん」
肩を落とし小さく頷く智希は、北海道で見たときよりも子どもだった。
有志といるときは背伸びをして大人びた雰囲気を出しているのかもしれないが、智希はやはり、17歳の高校生なのだ。
「君が悩むことは悪いことじゃない。気にせず相談しにおいで」
「ありがとう…ございます」
「…………」
これは…。
弱々しく顔を上げ東條に礼を言う智希にドキリと心臓が動いた。
泉水さんに似ているな…。
柔らかく笑うところが特に。
こりゃモテないわけがない。
「次、女の子になんか動きあったらいつでもおいで。今は勉強と部活が仕事なんだから、頑張りなさいよ」
「それ父さんにも似たような事言われた」
「大人は君たちより長く生きてる分、間違ってほしくないから説教じみちゃうんだよ」
ははっ、と笑ってドアに向かう智希を見送る東條。
湯気の無くなってしまったコーヒーを片手に溜め息をつく。
それを智希は横目で見ながら一礼すると、失礼しました、とよく通る声でドア開け外に出た。
「……俺はまだ、子どもだ」
誰にも聞こえない声で呟くと、チャイムが鳴る廊下を急ぎもせずゆっくり歩き始めた。
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