閑散とした視聴覚室で、センリは一人悩んでいた。

 勿論、一人悩んでいたというのは言葉の綾だ。
 斜め前の席にはうちはサスケが座していたし、サクラとナルトは、待ちくたびれたのか入り口付近をウロチョロしている。手持ち無沙汰で退屈な気持ちはよくわかる。センリだって、待ち人がダンゾウであれば、もうそら大興奮で入り口の前に陣取って離れない。でも、そうじゃないから無気力に長椅子に座っている。それだけのことだ。
 センリは薄っぺらい机上に両肘をついて、組んだ手に顎を乗せた。早く帰りたくて堪らない。
 広い広い室内に四人しかいないのは、昼休憩で自分たち以外出払っているからではなかった。昼休憩どころか、説明会も疾うに終わっている。センリたち以外の皆は担当上忍と共に出ていき、四人にあれこれ気を配っていたイルカも低学年の合同演習を手伝うために去って行った。
 要するに、これから酸いも甘いも共に噛み分け、同じ釜の飯を食って日進――いや日進月歩は違うか。何はともあれ、視聴覚室が第七班の貸し切り状態となってから三十分近くが過ぎていた。
 熟練の忍であれば、この余暇を利用して、互いの技量や人柄を確かめようとするのだろう。しかしセンリたちは誰一人真っ当なコミュニケーションを図ろうとしない。だってほんの二週間前までフツーの子どもだったし、今だってどうせフツーの子どもに毛が生えた程度のプロ意識しか持っていないからだ。まあセンリは忍者としてのプロ意識が全くないわけでは、いややっぱないです。

「なんでオレたち七班の先生だけ、こんなに来んのが遅せーんだってばよォ!」
 もう何百回聞いたか知れない不満を耳に、センリはため息をついた。
 皆は憤っているが、遅刻する分には想定内だ。この混沌班を受け持つに当たって、やるべきことは山とある。薄々遅刻の理由がわかるから、センリは如何でも良い。何なら一生来なくても良い。自分からダンゾウの期待を裏切る気はさらさらないが、他人のせいで駄目になるならどんどん駄目になってしまえと思う。やはりこんなお子ちゃまたちと一緒にやっていくのは無理だ。センリはうちはサスケの背を睨みながら思った。だってコイツらほんの四十分という短い昼休憩で早くも昼ドラを繰り広げていたし、まあ何故それを知ってると言えば面白半分にナルトを尾けたからなんだけど、“いやーもうほんと無理ですわ〜”という気持ちで胸が一杯になる。むりです。
 大体この、ナルト―→サクラ―→サスケって、これ何? 如何考えてもヤバイでしょ。絶対ヤバイ。いや別にセンリは如何でも良いのだ。ナルトとサスケがホモだろうと、サクラの恋の行方も、何もかも如何でも良い。センリはただ付かず離れず何となく適当にクールポジションに陣取って、そつなく振る舞うだけで……でもそれだとうちはサスケとキャラが被ってしまう。
 おじさま以外のものは如何でも良いとはいえ、センリにだって嫌いなものの一つや二つある。まあ正直言うと嫌いなものだらけなんだけど、その中で一等嫌いなのが“うちはサスケ”だった。
 何故と言えば理由は山ほどあるが、今はそれどころじゃないので割愛する。兎に角こんなちょっと顔が良くて成績優秀で影を背負っててでもさり気なく女子に優しくて努力家なだけのお子ちゃまと班内のポジションが被るなど、あってはならないことだ。最悪「センリちゃんってサスケくんに憧れてるの〜?」とか無知蒙昧の徒に問われかねない。サクラにナルト、お前らのことだぞ。この二人は悪意の何たるかを知らないため、センリの嘘をあっさり信じてしまう。そんなら嘘を付かなきなゃ良いだけのことなのだが、サクラは言うまでもなく、ナルトだってセンリの悪意を知ったら引くと思う。サスケに敵愾心バリバリなくせに、そしてずっと他人の悪意に晒されてきたくせに、ナルトは他人の悪意に対して平気で「それはちっと言い過ぎだってばよ」とか言えちゃう人種なのだ。イルカの愛に満ちた指導のおかげとしか思えない。センリもその指導力を会得したいものだ。今更五十過ぎのおっさんが変わってくれるとも思わないが。
 センリは自分の悪意を悟られないよう、ため息混じりの欠伸を漏らした。

 一体センリはこの愚民たちと、如何いうスタンスで付き合っていくべきなのだろう。
 今はまだ集合しているだけなので、積極的にコミュニケーションを図る必要はない。春野サクラから「意外と大人しいのね」って感じの視線がちょいちょい向けられるだけだ。まあ焦らずに待て、如何いうスタンスで行くか決めるまで“睡眠不足で眠いフリ”しとくから、ちょっと待ってて。
 説明会のずっと前から同班の面子に見当がついていたのだから、最初からちゃんと考えておけという話なのは分かっている。しかし実際にこの耳で聞くまで現実だと思いたくなかったというか……おじさまの気が変わって私を“根”に入れる決心がつくとか……もしくは土壇場になってやっぱり私と片時も離れていたくない本心に気付いて視聴覚室に飛び込んできて、私たちは晴れてゴールイン 私たち幸せになります みたいなアツい展開になるのでは……? と無意識下で熱望するあまり、同班の愚民と如何付き合っていくかまるで考えずに今日を迎えてしまった。ヤバイヨー!
 アカデミー時代は協調性なぞ然して求められないが、下忍となれば話は別である。よって、これまで通りの一匹狼は通用しない。それならまあ適当に要所要所で協力しよう……と何となく思っていたものの、それはなんかうちはサスケと同じだし、センリ一人でフーンて態度ならまだしも、そこにうちはサスケもフーンて態度でいるわけだ。そんなの絶対面白い。クールっていうか、無差別反抗期でしかない。あっ二人とも親いないもんね(汗)みたいな腫れもの扱いを受けるのは必須だろう。何より既にうちはサスケが輪を乱してるとこに自分も加わると絶対怒られるというか、ああいうクールキャラは一人なら見逃されるけど二人いると大人の怒りを買うよね的な、でもそれを言ったらナルトだって協調性ないよねと、後から後から懸念事項が湧いてくる。えーーーーーん(号泣) 何が大人の怒りを買うかも分からない子たちと関わりたくないないよーーーーーメメェーーーーーーーーだっこーーーーーー!!!!!!!!(号泣) って養父に泣きついたらぎゅっとしてくれたりしないかな……しないな。絶対しない。兎に角これまで通り、好きに振る舞うのは無理だ。

「ちょっと! 何やってんのナルト!!」
 WOW. センリは思索を切り上げて、入り口に目を遣った。
 ニシシと悪戯っぽい笑みを浮かべたナルトが、黒板消しを引き戸に挟んでいる。流石はナルト、と言うべきか。愚民の発想はつくづく天才のそれに似ている。それ見ろ、クールガイ気取りのサスケも「そんなベタなブービートラップに引っかかるかよ」とかテクニカルな言い回しで話に参加してきやがった。やはり真のクールポジションは、こんな児戯に関心を持たないセンリが位置するべきである。分かったらシャイなベイビーちゃんは昼ドラな青春を楽しんでなと言いたいところだが、思うままに発言したら今後の人間関係に支障が出るのは間違いない。センリだって馬鹿じゃない。ダンゾウの前で思うままに発言してるのは、あのオッサンに精神的優位を取れる自負があるからだ。でも、こいつらにはない。取ろうと思えば取れるけど、そこまでして取りたくない。
 精神的優位を取れない相手のまえで素をぶちまけるのは愚かなことだ。だからこそセンリはこの愉快な昼ドラキャストたちと如何いう関係を築くか悩んでるのに、君らは本当に自由だねえ!
 如何したもんかなあ。気が付けば担当上忍があと数秒で来ちゃいそうだし、それなのに第七班結成後の初騒動☆をノーリアクションでやり過ごしてしまいそうだし、完全に空気だし、いや別に空気で構わないんですけど、これまでセンリはずっと高慢我儘ポジでやってきたわけで、流石に春野サクラが「もしかして具合悪いの?」みたいな目でチラッチラしてくるし、いやーーーー!! 初恋の相手に盛大に罵られた春野さんに比べたら、まあそれでも私のほうが一大事カナ……ぶっちゃけ春野さん、あまりに待たされ過ぎて気まずさ忘れ去ってるよね。しかも担当上忍はたけカカシだし、憑り殺すのまず無理そうだし、もう色々しんどいな……メンタルのヘルスがヤバイので帰りたい。おじさま、センリを助けて。センリは心から思った。アーアトゴジュッポグライデキチャウヨー!
 大体ブービートラップと言うのも烏滸がましくない? 大丈夫? 今後うちはサスケが「くっ……ブービートラップに引っかかった」とか言おうものなら思わず「ええっ黒板消しに!?」とか言っちゃいそうだけど大丈夫? ついでに班内における私のスタンスも決まらないままついにはたけカカシ引き戸の前に来ちゃったけど大丈夫? だいじょばないね。ぜーんぜんヤバイ。


 入室を躊躇ったら、もうそれでブービートラップに気付いてるのは明らかだ。
 それなのにワザワザ頭でキャッチして、ご丁寧に「お前らの第一印象はぁ、嫌いだ!!」と言って下さるあたり、はたけカカシも上忍師役に乗り気でないのだろう。そりゃそうだ。
 双方共に最低なファーストインプレッションを得て、センリは僅かに安堵した。
 はたけカカシはこれまでに三度上忍師役に任命されているが、彼が実際に生徒を教えたことは一度もない。生来首が長いセンリなので、一昨年のサバイバル演習も見学している。まず百パーセント、この凸凹チームが彼のお眼鏡に適うことはないだろう。そして再試の合格率も、極めて低い。ナルトとサスケが下忍になれないなら、センリだって正規部隊に属する必要はないのだ。
 これまで通りダンゾウの傍で、ダンゾウの指示通り、のんべんだらりと忍んでいけばよい。
 はたけカカシがこの拝命を無碍に扱うつもりだと察するや、センリは思わず微笑ってしまった。それを手で隠すか隠さないかのタイミングで、はたけカカシと目が合う。でも、如何でも良い。

 この男だって、里の歯車という点では“根”の連中と同じだ。
 センリが何のために生き、何を考えようと、無機物にはそれに関与する術も、権利もない。
 何より愛らしいことには、彼ら自身も不干渉を望んでくれる。センリが里を愛そうと愛さなかろうと、ダンゾウがこの里を愛し守ろうとしているから、彼らはセンリに関心を持たない。
 母親も父親もそうだった。だからセンリは、自分で何に執着するか決めたのだ。誰に何を言われたわけでもなく、ただ自分の意志で、自分よりもずっと不幸なひとを探した。
 このひとのために生きようと、何の哀しみも知らない頃から決めていた。その意志は、七年と少し経った今も尚センリの胸にある。そのひとは、六年前から変わらずセンリと共に在る。
 だからセンリは揺るがない。その気持ちの強さが、センリの武器になる。安定した精神状態を保つことで、自身の霊体をより遠くに、長時間放つことが出来た。それがセンリの自慢だった。

 センリはたっぷりの蔑視と共に瞳を細めると、声を立てて笑い出した。
 きょとんとした顔で、サクラもナルトも、皆がセンリに注目する。カカシ一人が、怪訝な顔。
 大遅刻をしてきた担当上忍に「嫌いだ」と言われることの何が面白いのか。そう聞きたげに目を瞬いて、小首を傾げて、無邪気な仲間たち。どうせみんな、すぐ死ぬくせに。

「これだけ遅刻してきて、嫌いもなにも……私たちもとっくに好感なんか持てないですよお」
 ケラケラ笑いながら口にすると、すかさずナルトが「センリちゃんの言うとーりだってばよ!」と乗ってきた。サスケもフンと素っ気ないものの……ほんと君はハンフンヘンぐらいしか感情表現がないね……いや、それは誇張か。ハンとフンはあったけど、ヘンは未経験である。何にせよ、サスケもサクラも、別段センリが悪意ある対応を取ったとは思っていないようだ。ただ、センリの表情の変化を見ていたカカシだけが、その言葉の端々に含まれた棘に気付いている。
 気付いていても如何にも出来ない。相手は成人男性で、センリはまだ幼い少女だからだ。センリはそういう、“ちょっとした憂さ晴らし”が好きだった。普段、木ノ葉丸で遊んでいるのと同じに。
 散々悩んだ自分が馬鹿みたいで、センリはくっくっと体を震わせた。
 この即時解散不可避の仲間たちと如何付き合っていくかなど、考えるまでもない。どうせ大した縁ではないのだから、気まぐれの悪意で煽ってやれば良いのだ。それが一番センリの負担にならないし、ダンゾウには遠く及ばないにしろ、まあまあ楽しく他人とコミュニケートできる。
 そう心に決めてはたけカカシの反応を伺うと、センリの挑発にも乗らず「いやー丁度読んでた本が佳境に差し掛かっちゃってね」と苦笑していた。流石は上忍と言うべきか、ひととして当然の振舞と認識するべきか――まあ人間が出来ているほう、と見るべきだろう。そのあからさまな嘘にサクラとナルトは一層顔を顰めたものの、素直に遅刻の理由を吐くよりずっと好感が持てる。

「まあ、なんだ。これは“不本意ながらも両想い”って奴だな」
 先ほどと同じ無気力な顔に戻ったはたけカカシがウンウンと頷いて、一人納得した。
 素直に反発するナルトを眺めながら、センリは肩を竦める。やる気がない御仁であれば、別にフツーの子どもを取り繕う必要はない。大人と子どもが同じ土俵で争えるわけもないのに、模範的な昼行燈の演技をゴクローサマ。そう感謝を込めて、嫌味っぽく笑ってやれば良いのだ。
 めんどくさいことに巻き込まれて、不運なことね。私はなんにもしないから、お好きに難を逃れてちょうだい。イルカ先生はナルトを庇ったけど、あなたにとって私たちも部品の一つでしょう。
 そう思うあなただって、幾らでも替えの利く大量生産品の一つ。でも私は違う。


 私は違う。私は、あなたたちみたいな“道具”や“部品”とは違うのよ。
機素の内訳
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