火の国木ノ葉隠れの里。
 街区北西、外縁部の森に溶け込むようにして志村一族の居住区画がある。
 隠れ里の設立以来、里民の人口は中心部一極集中傾向にある。御多分に漏れず、志村一族も殆どの人間が通勤・娯楽面で不便の多い居住区画を飛び出し、僅かに加齢及び負傷によって前線を退いた者が一族の土地を守っている。そこに志村ダンゾウの家があった。センリの巣である。
 火の国唯い……有数のプロダンゾウストーカー。センリの存在は決して他人に理解されない。
 我々はプロの一日を追った。

 朝、四時半。センリの朝は早い。
 自分の寝室で目を覚ました彼女はまず自分の両手に巻き付けられた縄を解きはじめる。
 目が覚めるなり両手を拘束されている自分に気付く――我々撮影班からすると、それは一大事であるように思われた。しかし脛に括りつけた小刀を器用に繰るセンリには些かの動揺も感じられない。その手慣れて無駄のない動きからは、それが彼女にとっての日常であることが伺えた。
 結び目も分からないぐらい巻き付けられていた縄。そんな厳重な拘束も、プロダンゾウストーカーにとっては児戯に等しい。センリが自由の身になるまで、ものの一分もかからなかった。

Q.おはようございます。拘束されてましたが……?
「おじさまはとっても優しいの」
 布団を畳んで押入れに仕舞う傍ら、センリは満面の笑みで答えた。わけが分からない。
「寝相の悪いセンリが、寝てる間にうっかり縁側から転げ落ちたりしないよう、私が寝てる間にああやって縛り上げたうえで、私の部屋まで運んでくれるの。照れ屋さんなのね」
 そう語るセンリの目は何より真剣だ。ウフフと微笑うプロには、一切の理性が見受けられない。

Q.昨日も、ダンゾウさんの部屋で寝たんですか?
「勿論。だっておじさまにとって、私は唯一の家族だもの」
 おじさまの布団のなかで、ちゃんとおじさまの帰りを待ってなきゃ。プロの狂気が、光る。

Q.別に布団のなかで待つ必要はないのでは……?
「まあ、好きでやってることだから」
 堂々とした居直りを口にして、プロは自室の襖に手を掛けた。
 何故なのか、スッと開くべき襖はガタッと音を立てるだけで微動だにしない。慌てるスタッフを制して、センリが一歩前に出る。刹那、紫電一閃。その細い足のどこにそんな力があるのかと思われるほど鋭い蹴りが、襖に向かって放たれた。続け様の二発目で、襖に穴が開く。穴からは、畳の上に倒れた箪笥と、冷蔵庫の背面が見えた。プロを部屋から出すまいと苦心した跡が窺える。
「どいて! 今の音でおじさまが起きたから、急がないと!!」
 撮影班を置き去りに、穴に手を突っ込んだプロがつっかえ棒を外す。何かを察知したらしいプロがはっと息を呑んで、大慌てで己の往く手を阻む粗大ゴミを掻き分け、トップスピードで廊下に躍り出た。そのまま瞬身の術も斯くやと言わんばかりの速度で、養父の寝室まで走りぬく。ヤバい。


 センリが養父の寝室に辿り付いたのは、案の定養父が屋敷から逃げ出した後だった。
 最近では口寄せの術を駆使して自分の布団を持ち歩く知恵をつけたため、室内はもぬけの殻である。塵一つ落ちていない畳の上に蹲って、センリはワナワナと体を震わせた。くやしい。
 小さい頃は仕方なく一緒の布団で寝てくれることもあったのに、数年前に「お前ももう良い年なのだから、独りで寝なさい。いい加減邪魔だ」と言われて以来――いや精確には「おじさまと同じ空気を吸ったまま眠れるなら私は別に畳の上でも構いません!」と食い下がって以来、自室に強制送還されるようになってしまった。センリの腕を縄で縛るし、どこからか集めてきた粗大ゴミを用いて、部屋の前にバリケードを築く。そこまでしてくれるあたり、なんだか愛を感じる。
 センリは、養父の愛が篭った粗大ゴミをそのまま捨てるような女ではない。
 創意工夫と愛に満ちた女であると自認する彼女は、粗大ゴミを庭の端に埋め、小さな丘を作ってみた。いずれその丘の上でダンゾウとピクニックしたいという祈りをこめ、一人“夢見が丘”と呼んでいる。ゆくゆくは夢見が丘の上に小さいベルを設置して、二人で永遠の家族愛を誓うのだ。
 畳の淵にダンゾウの抜け毛が落ちているのを発見したセンリは、繰り返し夢見た図を思い返してうっとりした。流石にコレクションまではしないものの、養父のツメの甘さがかわいい。自分の扱いに困惑する養父について思い馳せるだけで、今日一日が最高の一日になりそうな気さえする。
 今日は一日、おじさまのために玄米を買いこみ、ヒジキを煮て過ごそうっと
 正式には役職を持っていないものの、上層部の一員として日夜忙しいダンゾウの帰りは原則的に零時過ぎとなる。卒業式の日も、幾らか話すだけで職場にトンボ返りしてしまった。センリは自他ともに認める執念深い女ではあるが、まだ十二歳の子どもである。ダンゾウが帰ってくる頃には、センリは夢のなかの住人と化しており、それ故に強制退去や拘束、バリケード作りに抗うことは出来なかった。一週間どころか一月近くダンゾウと顔を合わせないでいるのも、珍しいことではない。しかし同じ苗字、同じ家に住んでいながら血縁はない自分がダンゾウのために夕食の支度をしながら待つ……これはもう実質的な妻と言っても良いのではないだろうか?
 センリはウェヘッと、決して他人に見せられない顔で笑った。畳に涎を垂らして歓喜するセンリの頭からは、無論数時間後に行われる説明会の存在など消え去っている。

 いきたくない。でもいかなきゃいけない。


「てめ、ナルト! 殺すぞ!!」
「ぐぉおお!! 口が腐るゥ!!!!」
 大慌てで視聴覚室の扉を開けて早々濃厚なホモシーンを見せつけられるのだから、やはりこの世界は腐っている。よりにもよって、あんなホモ二人と同班になることが確定してるとか地獄か?
 引き戸に手を掛けたまま、センリは思った。もう少しゆっくり来ても良かったかもしれない。
 室内は困惑気味の男子による同情と、サスケ贔屓の女子による黄色い悲鳴が交錯している。要するに、勝手に加害者と決めつけられたナルトが女子連(主にサクラ)からリンチを受けていた。
 この混沌に足を踏み入れる勇気がなければ下忍になれないの言うのなら、センリは下忍になどなりたくない。いや、下忍にならないとおじさまの不興を買うしなあ……今さら“根”に入れてなんかくれないだろうし。センリのなかにあるダンゾウへの愛が今まさに試されようとしていた。

 おじさま、センリは第ホモ班で逞しく生き抜いてみせます。
 養父への想いを胸に――っていうかそもそも養父もなんか特に女の影もなく二代目火影やヒルゼンに傾倒してるあたりちょっとヤバイけど、そこらへんはまあセンリの愛の力で何とかなるだろう最悪既成事実を作ればワンチャンある――センリは室内に足を踏み入れた。今、センリの戦いが始まる……! ご愛読ありがとうございました! 志村センリ先生の次の恋にご期待ください!
見知らぬ他人のままでいたい
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