忍者登録証の帰り道、進行方向に見知った気配があるのを感じた。
 まあ今日は卒業生皆が火影屋敷に集うので、知り合いがいるのはそう珍しいことではない。連れだってやって来たのだろう女子が、そこここで忍者登録証を見せ合っている。機密性って何? 美味しいの?って感じだ。まあ、どの道今の彼女たちに“漏れて困る情報”などないのだろう。
 センリはフンと、同級生曰くの“木で鼻を括ったような態度”で通路を闊歩していた。ちょっと憂さ晴らしが済んだら、帰って、ダンゾウの洗濯ものに塗れなければならない。本当のところは汚れものを洗濯機に放り込んで洗うだけなのだが、万が一にも養父の衣服に発信機などが仕込まれていないか確かめなければならなかった。ならなかったっていうか、確かめたかった。
 それにしてもおじさま、一体下着はどこで洗っているのかしら。私以外の養女をはべらす別宅があるんじゃないでしょうね。悶々と考え込みながら、センリは見知った気配の脇で立ち止まった。
 くるっと向きを帰ると、そこには古びた納戸があった。普段は清掃用の道具が仕舞われてあるだけの、何てことない納戸である。まず大人の忍どころか、センリでさえ窮屈なぐらい狭かった。
 カラッと、通路を行くひとに納戸のなかが見えない程度の隙間を空けて微笑する。

「あーら、お孫ちゃん。なあに? かくれんぼ?」
 モップ類に囲まれ、ただでさえ“ゴキゲン”とは言い難い状況にある木ノ葉丸が苦い顔をした。
「……めがね教師を撒いてるんだコレ」
 木ノ葉丸はぼそっと呟いてから、困った風に頭を抱え込んだ。
 この子どもがセンリとのエンカウントを嫌そうにしている理由は明白である。木ノ葉丸はセンリを苦手としていたし、センリも我儘放題のこの子どもをいじめて遊ぶのが好きだった。
 そもそも養父のダンゾウと、木ノ葉丸の祖父ヒルゼンはプライベートでも多少のやり取りがある。増して情操教育の“じょ”の字も知らない友が引き取った子どもであるからして、ヒルゼンはセンリの生活面において色々と配慮してくれていた。そういう縁で、センリと木ノ葉丸は殆ど幼馴染と言ってよい関係だった。お風呂も一緒に入ったことがあるし、勉強を見てやったこともある。そして、彼が家庭教師を撒いて逃走している時はいの一番に密告して捕縛させる。
 それがお孫ちゃんのためなのよ。センリは度々木ノ葉丸に笑いかける。センリはね、お孫ちゃんに三代目様のような立派な人になってほしいの。そりゃ火影にはなれないかもしれないけど、でも才能がなくたって人間性は個人の努力で変えられるでしょう? 勿論口から出まかせだ。

 センリはこの子どもが偉大な祖父に対して複雑な愛情を抱いているのをよくよく理解している。
 そして、里の殆どの者にとって“三代目火影の孫”としてしか見て貰えない現実を歯がゆく思っているのも知っていた。知ってて、お孫ちゃんと呼んでやる。理由は特にない。面白いからだ。
 センリは極めて性格が悪かった。

「今から、ジジイに奇襲を仕掛ける」
「へえ、ふうん」
 考え深げに顎に手をやって、センリは嘆息した。
「だから、ここでオレを見かけたことは内緒にしてほしいんだコレ!!」
「いーよ。じゃ、黙っといてあげるね」
 あっさり同意して、センリは木ノ葉丸の背後に手を伸ばした。モップの奥、棚の中段に纏められていた布巾を一枚手に取ってから、何事もなかったかのように納戸の戸を閉めた。
 板一枚隔てた向こう側で、木ノ葉丸が困惑している。その気配を感じながら、センリは納戸から取り出した布巾で靴についた汚れを落とす。別に、大して汚れているわけではないのだけれど。
 センリが靴を拭きはじめた直後、群れることでしか存在意義を確かめられない馬鹿が通路を通り過ぎて行った。通路脇でしゃがみ込んだセンリに意識を留めることもなく、はしゃいだ風に。
 半径五メートル圏内に人がいないのを確かめると、センリは納戸を叩いた。
「でもねえお孫ちゃん、“他人にとっての自分”なんて虚像に振り回される癖がつくと大変だよ?」
 戸の隙間から吹き込むように囁いて、底意地悪そうに目を細めて微笑する。それなりの付き合いがあるから、木ノ葉丸にもきっとセンリが如何いう顔をしているかは想像がついただろう。
 大人たちの――養父の面子を守るため、やさしいフリはするけれど、良い子としても振る舞うけれど、木ノ葉丸の前ではいつもこうだ。他人に一切興味がない事実を包み隠さず露呈する。
 この少女が自分の名を呼ばないのに、祖父のことは関係ない。木ノ葉丸は、何となくその事実に気付いていた。不愉快ではあったけれど、それは逆に“木ノ葉丸”自身を見ているのと同じだ。だから、木ノ葉丸は確かにセンリを苦手に思っていたけれど、決して嫌いだとは思っていなかった。
 そして、それはセンリも同様である。別に木ノ葉丸が嫌いで虐めてるわけではないのだ。なんか暇で反応がおもしれーから突っついてるだけに過ぎず、それ故余計にタチが悪い。

「じゃあねえ、お孫ちゃん」
 しかし、ばいばーいと小声で言ったにも拘わらず、センリはその場から動こうとしなかった。
 バタバタバタと騒々しい足音と共に、聞き飽きた声が戸の隙間から漏れ聞こえてくる。お孫様を見かけませんでしたか!? 既にあちこちを駆けずり回って疲弊しきっているのだろう。ゼハーゼハーと荒い呼吸を繰り返している。木ノ葉丸はセンリが立ち去ろうとしない理由を考えて、絶望した。よりにもよって、センリが立ち去る前に来るなんて最悪だ。

「いいえ、今日は一度も見かけてません。また脱走してるんです?」
「ええ、まあいつものことで……このあたりにいるかどうかだけでも分かりませんかね」
「うーん。このあたり、人も多いし……ちょっと分からないです。ごめんなさい」
「いやいや、お手数をおかけしました! それでは」
 ダッと、通路の床を蹴る音と共にエビスの気配が消えた。
 一人取り残されたセンリは、何が楽しいのか、うふふと微笑している。センリが喜んだり、嬉しそうにするのは、決まって木ノ葉丸に何か不幸があった時である。可憐な笑みに心底ゾッとしていると、きいっと、納戸の戸が軋んだ。寄り掛かってきた誰かの重みに耐えてるような、そんな音。

「木ノ葉丸ちゃん。いじめるのは、また今度にしてあげるね」
 木ノ葉丸は知っていた。センリはそんじょそこらの幽霊よりずっと怖い。
悪趣味なライクワーク
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