乱文倉庫
 (大規模侵攻前あたり、おとなのいないまちクリスマス後)

きよら「(私、しろーくんのこと好きなのかな……単にしろーくんを向精神薬的な位置づけにおいて執着してるだけなのかなー)奈良坂先輩」
奈良坂くん「どうした」
きよら「恋愛遍歴とか全くなさそうでまさしく無駄としか言いようのない顔面偏差値を誇る先輩ですが……前世ぐらい遡って考えてみて、好きな人とかいたなあって思うことあります?」
奈良坂くん「……喧嘩を売る元気があるなら、延長届を出しておけば良かったな」
きよら「古寺くんのことぎゅってしたいって思いますか?」
奈良坂くん「それは、首を……ということか?」
きよら「古寺くんって割と童顔じゃないですか。可愛いなとか、その表情のへん、どこいくんスか可愛い後輩が喋ってんスよ!?」
奈良坂くん「理解出来ない言語を口にする生き物は後輩は愚か同属と認めたくない
きよら「だって先輩ホモふぐ」
奈良坂くん「そうだな。ホモサピエンスといって差し支えないが日常会話で使うにはやや冗長すぎる。次に同じ表現を使ったら問答無用で頭をバリカンで剃られると思っておけ。あとお前は頭に蛆が湧いてる」
きよら「うぃっス」
奈良坂くん「……何か聞きたいことがあるなら、簡潔に纏めろ。おまえの馬鹿馬鹿しい疑問には、一分で終わる見込みがない限り付き合っていたくない」
きよら「じゃあイエスかノーで結構なんで、好きな人に触りたいとか抱きしめたいとか思うか教えてくださいよ」
奈良坂くん「思わない」
当真さん「思わないじゃなくて、いないの間違いだろ」
きよら「で〜すよッイダイ」
奈良坂くん「お前はおれを煽りたいのか? まだいたんですか、当真さん」
当真さん「おまえらが説教以外の話題で喋ってるとかめずらしーじゃん。おい待て奈良坂」
奈良坂くん「忙しいんで」
きよら「あーもう聞くこと聞いたから帰っていっスよ。あざーした。で、当真さんにも聞きたいんですけどー」
奈良坂くん「最後に何でこんなばかげた質問をしたかぐらい説明しろ」
きよら「帰らないんスか」
奈良坂くん「よく考えたら、おれが先に帰ったら、後々責任問題になりかねない」
きよら「どゆこと? 一人の帰り道だと寂しくて通りすがりの女性に淫行を働くかもとかそういうこと?
奈良坂くん「いい加減幾ら生物学上女で年下だからって先輩に対して舐めた態度をとりつづければ後悔することになるぞ
当真さん「おいおい、どー考えても今のはお前が悪いだろ。鈴原相手にそんな回りくどいこと言えば曲解されることぐらい分かってるくせに、素直に『暗い中一人で帰らせるのは心配だ』って言えって」
きよら「ああ、そういうこと。それはそれは気遣っていただいて有難うございます」
奈良坂くん「なんで当真さんに頭を下げるんだ」
当真さん「で、奈良坂も気になるつってることだし、話元に戻そうや」
きよら「そーだった。当真さん、当真さんってー好きな人に触りたいとか抱きしめたいとか思いますか」
当真さん「そら誰しも思うだろ。鈴原みてーに可愛かったら好きじゃなくても触りたいとか抱きしめたいとか思うし」
奈良坂くん「そこまで節操がないのはあんただけだ」
きよら「そんなことありません!!! 当真さん、童貞坂先輩のことなんて気にしないで。太刀川さんもどっこいどっこいだから当真さんは一人ぼっちじゃないよ。元気出してね」
当真さん「全然フォローになってねーけど、ありがとな。お前のそういうとこ、好きだぜ」
きよら「私も、当真さん、可愛いって言ってくれるから好き。でも、当真さんのことはそんな触りたいとか抱きしめたいとか思わないっスね!」
当真さん「ちょ、普段のおまえの懐きっぷりからは想像も出来ない鋭利な拒絶ひっでえな。てめ、奈良坂笑ってんじゃねーぞ」
奈良坂くん「持病の癪で噎せただけだ」
当真さん「で、何? 鈴原は好きな奴に触りたいとか抱きしめたいとか思うわけか? そんで、好きな奴がいると」
きよら「いやまあ、そっスね。触りたくないか触りたいかと聞かれれば後者かなって感じではあります」
奈良坂くん「わけのわからない奴だな」
当真さん「そうか? 鈴原ほどわかりやすい奴は早々いねーだろ」
きよら「つーか、まあ、そこらへんは相性の問題ですよね。私も奈良坂先輩が何考えてるかは分からないけど、当真さんはそこそこ分かるし」
当真さん「そこそこ……おまえ、狙撃手なら観察眼はちゃんと磨いとけつったろ」
きよら「いやまあ、普段はいいじゃないですかー。交戦中に、先輩がどーゆー行動取るかとかは何とか分からなくもないですし。逆に、交戦中だと当真さんのが分かりづらいけど」
当真さん「結局駄目じゃねーか」
奈良坂くん「ああ、はぐらかしたいのか」
きよら「はあ?」
当真さん「おまえずっとそれ考えてたのか。別に、鈴原に好きな奴がいようと驚きもしねーけど、こうやってはぐらかされると気になりはするな。な?」
奈良坂くん「自分に都合の悪い流れになると回りくどい話し方になるわけだ。なるほど」
きよら「その点、奈良坂先輩は分かりやすくていーですよね。喋りたくなきゃ平気で口噤んでどっか行っちゃうし。こないだも米屋先輩、出水先輩と話してて」
奈良坂くん「そうやってはぐらかす前に、何でこんなことを聞いて回ってるのかについて説明しろ」
きよら「え、どうでもよくないです?」
当真さん「鈴原はほんと奈良坂苦手だよなあ。おれが同じこと聞いても、おまえテキトーに茶化して流せるだろ。なんで奈良坂相手だと詰まるんだよ」
きよら「つーか当真さんと奈良坂先輩、割と相性良いですよね」
当真さん「ま、おまえと奈良坂よりかはいいかもな。んじゃ、正面ロビーが開いてる前におれぁ帰るわ。鈴原、触りたくなったり抱き付きたくなったらいつでもおれのこと好きにしていいからな?」
きよら「うぃっす。言われなくても、また勝手にイチャつきにいきまーす。じゃ、私たちもブース片して帰りましょうか。あと十分で訓練室施錠されるし、もー誰もいなくなっちゃったし」
奈良坂くん「説明がまだだ」
きよら「先輩、空気読めない奴ってよく言われません?」
奈良坂くん「きよら」
きよら「……馬鹿馬鹿しい質問ってゆってたじゃないですか。私が誰を好きになろうと、好きな人に触りたいと思おうと思ってなかろうと如何でも良いんじゃないです?」
奈良坂くん「……きよら」
きよら「あー(ほんと、この人苦手だわ。何考えてんのかわかんないし、何事にも無関心そうなくせに執念深くて世話焼きだし、相手に如何思われるかとか、そういうのより自分が納得するかどうかが最優先だし……嘘を嘘ってわかんないから、嘘を吐きにくいんだよね)」

きよら「……自分の好意がわかんなくなっただけです。あのー単に相手が好きなのか、それとも好きでいることで自分が楽になるから、そー思い込んでるのか、どっちかわかんなくなって、まあ他人の意見を伺ってみようかと」
奈良坂くん「……それは、どっちも何も、同じことじゃないのか?」
きよら「そ、そーです……かね? だって、好きだって思うことで自分が楽になって、そう思うのに都合がいいって理由でその人を好きだって、それは、えーと」
奈良坂くん「対人関係上の好意は、結局のところ自分にとってのメリット・デメリットに左右されるものだろう」
きよら「いや、そーですけど」
奈良坂くん「他人の意見を聞く前に、まず自分のことまで嘘や冗談ではぐらかすのを止めろ。そんな風だから自分の感情が分からなくなるんだ」
きよら「年上みたいなせっきょー」
奈良坂くん「みたい、じゃなくて年上だ。目上を相応に敬おうという意識が、おまえには足りない」
きよら「私の分も古寺くんが敬ってるからいーじゃないですか」
奈良坂くん「好きな奴が、いるのか?」
きよら「先輩の、」
奈良坂くん「おれの?」
きよら「……先輩の、そーゆー、相手への関心も何もないくせ、気になったら何でも知ろうとするとこ、好きじゃないです」
奈良坂くん「元から、おまえはおれを嫌いだと言って憚らないだろう。それとも、それも嘘か」
きよら「別に。嘘でも本当でも、先輩にとっては如何でも良いんでしょ。ただ今知りたいってだけで、どーせ明日には忘れてますよ。私、藍ちゃんと帰るし、口噤んで、どっか行っちゃってくださいよ」
奈良坂くん「当真さんじゃないが、そうやって適当にはぐらかされると、はいそうですかと無関心を気取るのは、おまえの言う通りにするようで癪だ」
きよら「図星だから癪なんですよ」
奈良坂くん「おまえは、わけのわからない奴だな」
きよら「IQに開きがあると会話成り立たないって言いますしねー」
奈良坂くん「確かに、おまえは賢いとは言えない」
きよら「馬鹿と喋ってると馬鹿になりますよ。一人で寂しく気ままに帰ったらどうです。先輩なら誰かにインコー働いても許されますよ。イケメンだから」
奈良坂くん「一人で寂しいのは、おまえのほうじゃないのか」
きよら「は?」
奈良坂くん「嵐山隊は今日広報活動で本部に来ていない。幾ら基地が広くても、あれだけ目立つ隊服を見落とすはずがないだろう。注意力が散漫なおまえならいざ知らず、おれはそこまで間抜けじゃない」
きよら「まぬ、ひっどい」
奈良坂くん「おまえが吐く嘘は、すぐボロが出る。そのくせ、おまえは自分が完璧に嘘を吐けると信じて疑わない。おまえの嘘を頭から信じ込む奴は、おまえに関心がない奴と、おまえだけだ」
きよら「それだと、先輩は私に関心あることになりますけど」
奈良坂くん「おれがおまえに関心がないと、そう思うのか?」
きよら「……ないですよ。あるわけないじゃないですか、説教説教アンド説教で、古寺くんと比べまくりーの、馬鹿にしまくりーで、ついさっきだって頭に蛆が湧いてるってゆったし――古寺くんと、比べる」
奈良坂くん「……おまえがこの訓練室に戻ってきてから、章平と比べたことはないはずだ。もしおれが覚えてないだけなら、謝る」
きよら「……先輩が覚えてないのに、私が覚えてることなんかないです。そういう言い方は、ずるいです」

奈良坂くん「好きな奴がいるのか」
きよら「い、ます」
奈良坂くん「そいつを好きでいることで、自分が楽になるのか? 触れたい、抱きしめたいと思うのに、そうすることが出来ない。それを他人に知られたくないのか」
きよら「先輩、他人の色恋沙汰に首突っ込むタイプじゃないくせに」
奈良坂くん「おまえは、他人じゃないからな」
きよら「……先輩の」
奈良坂くん「おれの、なんだ」
きよら「思い出したように優しいとこ、嫌いです。どっか行ってって言っても行かないとこ嫌い。私、先輩のこと要らないって言ってるのに、触らないでって言ってるんだから、もっと傷ついた顔してよ。如何でもいいから構わないでくださいよ。私にちょっとでも好意があるなら、私に拒絶されて傷つくでしょ。そんな平然としてないで、傷ついた顔してくださいよ。先輩の訳知り顔見てると腹立つ。私、馬鹿なんだから、二歳も年下なんだから、先輩、年上で頭良いんだから察してくださいよ。今、ひどいこと言ってる。他人に甘えて、ずるいことしてる」

きよら「私、そりゃ馬鹿だけど、でも先輩と違って、友達いっぱいいるんだからね。体育も料理も凄い得意だし、後輩から凄い慕われるし、一緒にいて楽しいって言って貰えるんだから。先輩と違って、私といるだけで傷つくひとには、ちゃんと近づかないもん。馬鹿だけど、私は一人でやってけるんだから」

きよら「先輩なんか、どんだけ傷ついても如何でも良いんです。私、先輩のこと嫌いです。先輩と一緒にいると苛々するんです。話してると、嫌な気持ちになるんです。先輩は頭良くて、年上で、模範的に優しいから――先輩は何でも出来ちゃうから、自分が昔から全然変わってないみたい、で、」

きよら「先輩優しいのに、何もひどいことされてないのに……先輩といるとすごい辛い。私が自分でひどいこと言ってるのに、なんで私が嫌な気持ちになってるの。馬鹿なことしてる、黙ってればいいのにって思うのに、先輩がどっか行かないから、っていうか、なんか言ってくださいよ。お得意の嫌味でもなんでも……」
奈良坂くん「これが“甘え”なのか? どちらかと言うと、嫌がらせに分類される気がする」
きよら「あの、そういう素ボケ要らないんで……なんかもう、本当に全部忘れて帰ってください。全部嘘です。全部ジョーダンです。そういうことにしてください。それが出来ないなら、ほんとに、もう私に関わらないでください」
奈良坂くん「きよら」
きよら「触らないでください。ていうか、先輩の言葉ホイホイ信じた私が馬鹿でした。A級になんか、別に上がれなくたって良いんです。私は、触らないでって、」
奈良坂くん「関心がないわけじゃないが、おまえのことは如何でも良い」
きよら「あ、じゃ帰ってください。私、今度はシューターに転向します」

きよら「手、離してください。何かご不満があるようなら、もっと離れてください。幾ら先輩がイケメンで、私がイケメン好きでも、近すぎるんですよ」
奈良坂くん「おれの言動でおまえが傷つこうとどうでもいいから、おれは自分のしたいようにする」
きよら「それって先輩、私のこと嫌いですよね」
奈良坂くん「一人になって、声も出さずに泣くのか」
きよら「泣いてません。カラッカラです」
奈良坂くん「他人のために自分を否定して、自分を拒絶して、自分を傷つけるのか。おまえが傷つくことで嫌な気持ちになる人間のことは無視か」
きよら「先輩、私が傷ついても如何でも良いって言いましたよね。痴呆?」
奈良坂くん「おれが手を離したら、おまえは一人だ。おまえを傷つけないためにおまえの嘘を信じてやる人間も、おまえに無関心な人間も、おまえ自身も、おまえのそばには誰もいない。どうせ、おまえはもう自分が何で傷ついてるのかもわかってないんだろう」
きよら「私は、先輩が嫌いなだけです。なにか嫌なことがあったわけでも、辛いわけでもないんです。少し自分の感情について考えてみただけで、先輩と一緒にいると劣等感湧くだけです。そんなの皆、誰だって一緒です。事実、私は先輩より頭悪いんだし。なのに私が可哀想な子みたいに、私、先輩が何考えてるかわかんないです」

きよら「そりゃIQの開きがあるからかもだけど、そしたら私が馬鹿なのも悪いかもだけど、でも、でも先輩が回りくどい喋り方するのが悪いんですよ……! 当真さんだって言ってた、回りくどく言えば曲解されるの分かってるくせに――たまには私の知能指数に配慮した、明快で簡潔で分かりやすい言葉を十文字以内で口にしてよねっ」
奈良坂くん「おまえが好きだ
きよら「そう、そのぐらい短く、は?」

奈良坂くん「手を離したくない。おまえに触れたい。抱きしめたい。一人にしたくない。おまえの本心が知れるなら、当真さんみたく好かれていなくても、こうして甘えられるほうが良い。おれの傍でなら、どれだけ傷ついてても、泣いてても良い」
きよら「な、泣いてませんし、ちょっと離れてください」
奈良坂くん「……おまえが、おまえの好きな奴の傍にいられなくて良かったと、そう考えている」
きよら「待って、ちょっと、私、帰ります。私、わ、先輩が面倒みてくれて、先輩何でも出来て、私何も出来ないから、馬鹿だし、先輩嫌いだけど、でも愛想つかしされたり、見放されないの嬉しかったんです」
奈良坂くん「きよら、俯かれると顔が見えない」
きよら「見なくて良いんです。私、帰る。また明日喋りましょう。私、ひどいこと言わないし、先輩も、私のこと馬鹿だなって、お得意の嫌味でチクチクしてください。私、忘れる」
奈良坂くん「このまま会話を続けようと、ここで打ち切ろうと、今日も明日もおれの態度に変化はないだろうが、おれは忘れないし、おまえにはおれの手を振りほどくほどの腕力がない」
きよら「たけのこの里買ってあげるから、帰らせてください」
奈良坂くん「おまえに恵んでもらう必要はない」
きよら「じゃあどうしたらご満足いただけるんです? 土下座? 私家に帰りたいんです。一人で、先輩が絶対にはいってこれなくて、安心して過ごせるおうちに」
奈良坂くん「……そうだな、帰るか。もうそろそろ、本当に施錠される頃だしな」
きよら「そうです、帰りましょう。で、手も離してください」
奈良坂くん「離したら逃げるだろう」
きよら「頭の良い先輩には信じがたいかもしれませんけど、私は人間なんですよ。冗長に言うと、ホモサピエンスね。犬猫じゃあるまいし、前触れもなく逃げ出して帰ってこないとかないですからね」
奈良坂くん「ああ、回りくどい言い方だと理解出来ないんだったな」

奈良坂くん「おまえの、一番近くにいたい。おまえが好きだから、触れていたい」

きよら「……それ、この、一連のめんどくさい何やかやは、私が、先輩のこと好き、構って、イチャつきましょうって言ったら、それ、全部やめてくれますか?」
奈良坂くん「抱き寄せていいのか?」
きよら「ダメ、ダメです。帰る」
奈良坂くん「今まさに帰るところだろう」
きよら「私は一人で帰りたいんです。先輩の顔、暫く見たくないんです」
奈良坂くん「赤くなっているのを見られたくないからか」
きよら「先輩のことが嫌いだからです」
奈良坂くん「おまえは、わけがわからないな」
きよら「馬鹿に構ってると馬鹿がうつりますよ。呆れたでしょう。疲れるでしょう」
奈良坂くん「……かわいい、と思う」
きよら「先輩、酔ってます!? 熱でもあるんじゃないです? 変な薬飲んだ?」
奈良坂くん「優越感や独占欲が満たされて、気分が良いだけだ」
きよら「あーこれ鳥インフルだわ。救急車呼ばなきゃだわ。むしろ私が入院したい。骨折しようかな。死にたい」
奈良坂くん「耳まで赤くなって、ネガティブな言葉を吐いてるおまえを見たことがある人間は早々いないだろうな」
きよら「そら、好きな人にはみっともないとこ見せたくないですからね」
奈良坂くん「おれ以外の人間の前で泣いたこともないんだろう」
きよら「そんなこと、ないです」

きよら「私は傷つきやすいわけでも、可哀想なわけでもないし、泣きたいときに縋れる相手だってちゃんといたんです。その人のそばにいると凄く幸せだった。先輩と一緒にいる時とは大違いです」
奈良坂くん「過去形だな」
きよら「揚げ足取りなんて、頭の良い人がすることじゃないですよ。中三にもなって、ちょっと嫌なことがあったぐらいで他人に迷惑かけてたらアホじゃないですか」
奈良坂くん「おれは嬉しい」
きよら「先輩がお節介焼きだからですよ。お人よしで、鈍くて、間抜けで、ベンキョーできるのに馬鹿だから、そんな顔して面倒見がいいから、嬉しいなんて思うんです」
奈良坂くん「好意を寄せる相手が自分を信頼して甘えてくるのは、誰にとっても嬉しいはずだ」
きよら「じゃあ、それで良いです。ていうか、先輩、鳥インフルだと思いますよ。そりゃきよらちゃんは可愛いからグッとくるのは分かるけど、先輩、なんか同情と好意はき違えてるだけじゃないです?」
奈良坂くん「そうだな。初めて会った時は整った顔をしてるなと思った」
きよら「もう良いから、先輩黙って。絶対そのほうが先輩のためだから。絶対後で思い出して後悔するタイプの流れになってるから、絶対熱ある。何か変なもの食べたんでしょうね。大変ですね。古寺くん助けて」
奈良坂くん「笑った顔が、可愛いと思った。排水溝に詰まったり、枯れ井戸から出れなくなったり、木から落ちたり、ドブにはまったり――初めて会った時におまえに抱いた印象は、すぐに突飛な奇行と偏差値の低さに上塗りされたがな」
きよら「そんな女を好きだと勘違いするなんて、一生の汚点になりますよ……」
奈良坂くん「誰に認められるより、おまえに認められるのが嬉しい。おまえに年上だと、頼られるのが嬉しい」
きよら「あの、そろそろ手離しません?」
奈良坂くん「……泣きたいときに、縋られたい。誰よりも長くおまえの傍にいたい」
きよら「……先輩が、そこまで思う価値、私になんかないですよ」

きよら「好きな人が、いるんです」
奈良坂くん「聞いた」
きよら「私は、その人さえいたら他は要らないんです。その人が傷つかないなら、私は死んでも良いんです。世界中の何よりも、その人が大事なんです。その人と一緒にいるときが、一番幸せだった。その人と一緒にいたときの自分が、一番嫌い。大嫌いです。だって、このままずっと許して貰えないなら、四年前に死んじゃったほうが良かった。一緒にいられないのに、触れないのに、名前呼ぶことも出来ないのに、だれも、」
奈良坂くん「……好きだ」
きよら「何も要らなかったのに、誰も、私が……だって自業自得なのに、そんなのずるい」

きよら「そうやって優しくしてくれても、私、先輩に何もしませんよ。馬鹿だし、生意気だし、先輩の神経逆撫でするし、一緒にいて、先輩いつも私のこと叱ってる。そんなんで、如何して私のこと好きだなんて思えるんです? それは同情ですよ。私が馬鹿で、年下で、先輩の前で泣いたから――そうやって、散々甘えて頼って、でも先輩が大変なときとか、誰かそばにいてほしいとき、私一緒にいないかもじゃないですか……だって、先輩よりずっと好きな人がいる。その人以外はどうなってもいい。如何でも良い。私、自分のことしか考えてない」

きよら「泣きたい時に縋らせてくれるんなら、先輩じゃなくたって良い。一緒にいてくれるなら、誰だって良い。そんなんじゃ、先輩が勿体ないじゃないですか。先輩かっこいいし、頭良いし、強いし、そこそこ優しいし」
奈良坂くん「そこそこは要らなくないか」
きよら「いや、すごく優しくはないでしょ……」

きよら「……ほんとは、喫茶店行った時、泣いたのずるいってわかってました。先輩勘違いするかもって、でも、」
奈良坂くん「……勘違いしてるのは、おまえのほうじゃないのか?」
きよら「何を? SUKIって、英語では馬鹿って意味になるとか?
奈良坂くん「そうじゃない。おれは、おまえに何かしてほしいとか、見返りが欲しくて今構ってるわけじゃない。前も言ったとおり、訓練を見てやってるだけの後輩との縁を大事にするほど優しくもない。ただおまえのことが好きだから、おまえの本心を知りたいんだ。今一緒にいて、おまえがおれのことを考えてくれるだけで割と嬉しい。おまえにとってのおれがかっこいいんだと知れたことも嬉しい――今、おまえの傍に、おれしかいないことが嬉しい」
きよら「先輩のこと気遣ってるんじゃないです。ただ、私は自分が傷つきたくないだけです。先輩に甘えて、また、ちょ」
奈良坂くん「おまえは無駄に反射が良いな」
きよら「あの……私、今話してるんですよ。続き聞きたくないなら、力技で口塞がなくても、そう言ってくれれば黙ります」
奈良坂くん「昔付き合ってる奴がいたんだろう、中学生のくせに。そいつとは、何もしなかったのか?」
きよら「なにもしなかったから離れて。そりゃ彼氏いたこともあったけど、別に好きだったわけじゃないです。他の人と付き合ったら、好きな人が気にしてくれるんじゃないかって思っただけ。ファーストキスは、好きな人と…好きな人のために、とっとくんです」
奈良坂くん「そうか。別に今どうしてもってことでもないしな」
きよら「ファーストキスだって知らなくても、気まぐれでキスしようとするのはダメでしょ。幾らイケメンでも許されないでしょ。ふつー三回目のデートの終わり頃……とかじゃないですか」
奈良坂くん「おまえの“嫌い”は、俗に言う“好き”に近い」
きよら「そんなことないから。普通に嫌いは嫌いだし、好きは好きだから。先輩のことは嫌いです。大嫌いです。私の好きな人とは大違いです」
奈良坂くん「どれだけおまえがそいつのことを好きでも、結局今のおまえの傍にいるのはおれだ。おまえがどんなに嗚咽を殺して泣いても、これだけ近ければすぐに拭える。それに、おまえがどれだけ否定しても、おまえは寂しがりで、丸きりの孤独には耐えきれない奴だと、おれはそう思う」
きよら「先輩、私が先輩のこと好きだと思ってるでしょ」
奈良坂くん「正確には、おまえは誰のことも嫌いになれないんだろうなと思ってる」
きよら「博愛主義みたいに思われてて笑う」
奈良坂くん「……菊地原のことが好きなんだと他人に知られたくないんなら、おれ以外にも、もう少し嫌いな連中を増やせ」
きよら「しかもガッツリ気付かれてるの草も生えない」

きよら「……しろーくん、ね」
奈良坂くん「ああ」
きよら「しろーくん、優しいの。汚い言葉も、知りたくないことも聞こえちゃうのに、それで傷ついても、全然おくびに出さない。寧ろこう、全力で相手を言葉の暴力でぶん殴ってくる……逞し可愛いんだけど、だから……だから、私、しろーくんって呼ぶだけで、好きだって、大事だって伝えた気になってた」
きよら「私が、しろーくんの風間さんになりたかった。歌川くんみたいに、しろーくんとふざけあえるだけでよかった。でも、いるだけで嫌な気持ちになるんだって。私がしろーくんと一緒にいたいって思うだけで、傷つくんだって」
奈良坂くん「……そうか」
きよら「しろーくんと、一緒にいたい」

きよら「風間さんみたいに大人だったら、歌川くんみたいに優しかったら……先輩みたいに、頭、良かったら……でも、私、子供で、身勝手で、馬鹿だから……でも一緒にいたくて、一緒にいたいって思ってないふりしたら、同じボーダー隊員でいるぐらい良いかなって思った」

きよら「風間さんや歌川くんみたいに強くなったら、しろーくん、私のこと見直してくれないかなあ……なんて――先輩、手痛いです」
奈良坂くん「おまえのことが好きだ」
きよら「……アザス」
奈良坂くん「おまえが純粋培養の馬鹿で、本当に良かった」
きよら「先輩の感情と思考回路って繋がってなさそうですね。馬鹿で間抜けでアホで素行悪くてチャラくて女々しくてストーカー気質でメンヘラで……こんな、見え見えの地雷に引っかかるなんて」
奈良坂くん「大体、地雷じゃない女なんていないんだ。おまえにどれだけ欠点があろうと、大した問題じゃない」
きよら「奈良坂先輩、人生何周目……?」

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