「木虎も一緒にいこーよ!」
「藍ちゃん、今日は広報のお仕事だよ」
ねーっと笑いかけるきよらに、木虎は咎めるような瞳を向けた。
「ちょっと良い」
「あ、ごめん。ちょっと待ってて」
「どういうつもりなの」
「何が?」
「もう一週間も本部基地に来てない。昨日の防衛任務もサボって――どういうつもり?」
「あんた、自分の義務は果たしてるって言ったじゃない!」
「茶野隊に変わって貰っただけだよ」
「茶野先輩があんたの体調心配してたわよ」
「そっか」
「アタッカーに転向してから、あんた、可笑しい」
「ここ三か月の間、ずっとイライラしてる」
「そんなことないよ」
「
そんなことなくない!」
「分かってる癖に。冗談ではぐらかして私怒らせるのも、本当のこと言うのも嫌だから、如何するのが良いか考えてるんでしょ。あんたって、いつもそう。何かあったことぐらい、気付くの」
「友達なんだから、理由ぐらい話してよ」
「なんで、いつも、そんな不誠実なの!! ヘラヘラ笑ってないで、イラつくのよ、その笑い方」
「……ごめん」
「私も、ごめん。でも、私、勝手なこと言ってる?」
「言ってないと思う」
「ボーダー、」
辞めようと思って。それを木虎に言ったところで、何か変わるのだろうか。木虎の意見を聞き入れるつもりがないのなら、悪戯に煩わせるだけだ。ただでさえボーダーの顔として気苦労の多い木虎を煩わせることは出来ない。
「ボーダー基地には、明日ちゃんと行く」
「だから」
「今日は何の用もないということか」
「な、」
「奈良坂先輩、何かあったんですか?」
「おれ個人の用だ」奈良坂はひょいと、無遠慮にきよらの襟首を掴む。「借りるぞ」
「はあ? 私、友達との用がある」
「私が言っとく。師匠が引っ張ってったから、今日は無理だって言えば、あの子も気にしないでしょ」
「師匠じゃない!」
きよらの意見などお構いなしに、木虎は颯爽と歩み去って行った。
「もう……師匠でも、弟子でもない」
「後輩だ」
「弟子だろうと後輩だろうと他人だろうと如何でも良いだろう。おれがおまえに用があるんだ」
「今、私」
「わたし、誰とも一緒にいたくない」
ふっと気が抜けた。ついさっきまで木虎たちと笑い合ってたのが嘘のような、嫌悪感。
疎遠になった今でも自分の向き不向きを考えてくれる昔馴染み。自分の様子がおかしいことに気付いて、心配くれる友達。気晴らしに付き合ってくれる友達。体調を気に掛けてくれる先輩。どんなに傷つけても、こうして自分の手を引いてくれるひと。そのなかの誰とも一緒にいたくない。一人ぼっちは嫌だ。寂しい。でも他人といると、もっと気持ちが摩耗する。些細な拒絶に傷つく。好きな人が、自分といることで損なわれるかもしれない不安のほうが、孤独よりずっと辛い。大事な人を傷つけないよう、自分を変えれば良いのだと思ってた。だからこそ自分を変えよう変えようと足掻いて、でもとっくに“昔の自分”は消え去ってしまっていて、でも胸中の苦しさは和らぐ気配がない。菊地原の隣で、飼い犬と一緒で、いつも幸せだった。飼い犬がいなくなった。菊地原に見捨てられた。一人ぼっちになったから苦しいんだと思った。菊地原が、菊地原が昔みたいに傍に居させてくれれば、また屈託なく笑えると思った。でも多分、菊地原がきよらを許し、認めてくれたところで、もうきよらは昔みたいに笑えない。もう全部手遅れ。きよらはずっと、このまま生きていく。
このまま、誰も彼も憎たらしいまま、信頼できないまま、ずっと。
「みんなきらい」
開いてるはずの瞳に何も映らない。何も聞きたくない。触れられたくない。知られたくない。知りたくない。他人を好きになりたくない。傷つけられたくない。傷つきたくない。どうせ私がいなくなったって、何も困らないくせに――どうせ、貴方がいなくなったって、私も何も困らないくせに、胸だけが、苦しい。
もうずっと前から、きよらは自分の周りにいる全てのひとが憎かった。
「そうか。行くぞ」
「は?」
「おれのことが嫌いなのは、とっくから知ってる」
いえ、別に。そう取り繕いかけて、ぐっと唇を噛む。
「おまえがおれ以外の人間も全員嫌ってると知ったところで、別に大したことじゃない。行くぞ」
「あ、はい」
そうか? そうなのか?
ムオンノクニ//15
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