乱文倉庫
「忍田さんから説教されたろ」
「されました。中間管理職って大変ですね」まっふと、肉まんを頬張る。「ちゅうひゃくふぇい」
「もう夏だぞ。どこで売ってた」
「太刀川さんと一緒に中庭で蒸かした。七輪使って」
 きっぱりと宣言するきよらに、荒船は「餌付け」という言葉を思い出した。
 この場合、餌付けされているのは太刀川のほうだろう。あのね、それでねと、様々な情報を引き出そうとする様が可愛いのか“炭酸の入ってない戦闘狂”に珍しく、さして強くもないきよらを構っている。出水から「珍しいすね」と言われて「ああいう感じのちょっとエロい年下の幼馴染からけいくん〜おきて(ハート)!って腕におっぱい押し付けられるのが夢でな」と言った瞬間に幼馴染である月見蓮から「慶くん、いい加減地に足をつけて生きて?」と真顔で言われていたのは記憶に新しい。

「中間管理職は、生意気な中学生も絞らないといけないんですねえ」
「そう同情するなら、さっさとうちの隊に入って本部長の仕事を減らしてやれ」
「忍田さんは退職したら一気にボケるタイプの人だと思う」
「そういう心配は、将来出来るだろう本部長の妻子に任せて、おまえはうちの隊に入れ」
「沢村さんの好意にさえ気づかない本部長が結婚できるわけないですよ」
 きよらがにやにやと笑った。珍しく、本当に、屈託のない笑み。
「そーか。じゃ、お前は誰からどんな風に思われてんのかぜーんぶ分かってるってわけだ」
「誰だって、ある程度は分かるんじゃないです?」

「このライン越えたら駄目だなーとか、このぐらいなら許されるなとか、荒船さんだって分かるでしょ」
「……緑川、」
 先輩として、後輩の気持ちをばらすのはよくないことだとは分かってる。それでも何となく、きよらが自分に向けられた好意をどうあしらうのかという好奇心が優った。

「緑川。多分、おまえのこと好きだろ」
 知ってたか? そう問いかける荒船に、きよらは切れ長の瞳をぱちりと瞬かせた。そのあどけない表情に、荒船は口端を歪めた。ふっと鼻を鳴らして、笑う。
 ちょっと悪かったかなと、遅れてやってきた罪悪感に気付いた瞬間、きよらの目から幼さが消えた。

「そうでしょうね。でも害はありませんよ」
 ぼそっと、きよらが他人事っぽく漏らした。

「緑川自身は私のことを好きだとか思ってませんし、自覚したところで何も出来ませんよ。そういう奴です」

「まあ、私も緑川のこと嫌いじゃないかな」
 狡猾な感じの、声音だった。少女というより、成熟しきった女としての打算が満ちた響き。
「私のこと特別扱いしてくれるし、優しくしてほしいときに優しくしてくれるから」

 思いがけない見解を耳にして、荒船は二の句を告げないでいた。
 それじゃそのうち付き合うのかと突っ込むほど二人と親しいわけではないし、緑川の恋路を応援しているわけでもない。単にきよらをからかってやろうという、意地悪心から口にした言葉がこんな風に転がるとは思いも寄らなかった。


「でも私、荒船さんのほうが好きです」

「荒船さんも……私のこと、嫌いじゃないですよね?」

 如何いう意図か測りかねて、目を白黒させていると、ぶはっと、きよらが噴出した。
じょーだんですよ

「どんだけ真面目なんですか。当真さんとかなら、もっと適当に受け流しますよ。荒船さん、まじめふねさんだ」

「緑川が私のこと好きって、幾らなんでも、中二にもなって好きな女子に毛虫投げつけるのはないでしょ。荒船さん、ちょっと考えすぎ。てゆーか、双葉ちゃんと比べて、完全、私同性の友達扱いだし」
 ププッ。体を小刻みに震わせて笑うきよらに、荒船は片手で口元を覆って俯いた。頬が火照って熱い。
「荒船さん、頭良いから」上体を屈めて、荒船の顔を覗き込む。笑い涙に潤んだ瞳が荒船の瞳を捉えた。口元に添えられた指を食んでから、微笑ましげに瞳を細めて笑う。「思いがけないことが起こると、色々考えすぎて、行動不能になっちゃうんですよね。その癖、好奇心が強いから土壇場で後先考えようとしない」

「そういうとこ、好き。ってのは、ほんとです。面白いから」
 とろんとした、色っぽい視線だった。三つ年下の、中学生のくせに。
 何とも言えない屈辱を胸に、荒船はきよらから顔を背けた。はーっと深々としたため息をついて、動揺と興奮と衝撃の入り混じった鼓動を落ち着かせる。きよら相手にフーゾクだ何だと言ってからかう太刀川の気持ちが、荒船にはよくわかった。
 子どものくせに自分の価値を分かっている女は、たまに手に負えないほどの色気を見せることがある。自制心さえ兼ね揃えていれば、きよら相手に戯れるのは、確かに下手にフーゾクに行ったり、適当な女子と付き合うよりずっと満たされるだろう。
 手を出したら事案まっしぐら。そもそも、緑川の言う通りきよらは見え見えの地雷だ。こんなのに引っかかるのは、よっぽど馬鹿で、鈍くて、お人よしな人間だけと相場は決まっている。荒船は、危ない橋を渡る気はない。欲しいのは、戦力としてのきよらだ。


「まーだ元気出ないんですか? 折角媚びのタイムセールしてあげてるのに」
「……媚びか」
「媚びです」

「年上に媚びるのは好きです。ちやほやしてくれるから」
「ほんとに、自分に素直だよな」
「ちやほやしたくなりました? 可愛いきよらちゃんをちやほやさせたげましょうか?」
「要らねーよ」

「おやおや。ついさっきまでJCに弄ばれて赤面していたとは思えないほどの強気」
「やめろ」

「おまえ、ほんと生意気。そりゃ奈良坂も手を焼くわな」
「……そーゆーのは、やだ」


「奈良坂先輩が勝手に手を焼いてただけですもん。私すごい真面目でしたし」

「私、」「帰ります」


「荒船さんは上に行くのが目的じゃない。下を育ててボーダー全体の質を上げるのが目的です。だから荒船隊に入る気はないんです」
 きよらが低い声で呻いた。
「皆が私と同じかそれ以上に強くなるとか、絶対に嫌だ」

「そーゆーことなんで、勧誘有難うございましっ」
 化けの皮が引っ剥げたきよらの手を掴んで、引き留める。ぐっと引き寄せると、難なく荒船の胸に収まった。
「……おれのことが好きなんじゃないのか?」

「おれは割と鈴原のことが好きだよ」
 耳元で囁く。
 ワナワナと体を震わせたきよらは、荒船が手を放すまで一歩も動かなかった。

「またな」
「もう荒船さんは、遊んであげないっ」
 言うが早いか、きよらはぱっと遠くに走り去ってしまった。去り際「あっかんべー」と舌を突き出してたのは、本人的には鼬の最後っ屁のつもりだろう。荒船には白旗にしか見えなかったけれど。

 なるほど、意外と押しに弱いわけだ。
 荒船は勝ち誇った笑みのまま、ラインを開いた。連絡だけが並んでいる素っ気ないトーク画面に「鈴原の耳より情報、教えてやろうか?」と打ち込んだ途端、すぐに既読がつく。
 やはり不和を見て見ぬふりをしておいて、緑川や奈良坂のいない隙に口説き落とそうとするのはフェアではない。何よりも、思った以上に面白くて、手ごわくて、めんどくさいから、隊員として招き入れないほうが得が多いかもしれない。


 はい


 教えてくれと言うのも、知りたいと言うのも奈良坂のプライドが許さなかったのだろうなと声を立てずに一頻り笑う。


 押しに弱いから、逃げられないようにして思いっきり優しくしてみろ。多分すぐ落ちる。

 また、おれの弟子になにかしたんですか?

 まだ何もしてねーよ。
 つーか、今はおまえの弟子じゃないだろ。一週間以内に何もしなきゃ、無理にでもうちの隊員にするぞ。
 狙撃場の隅でおまえらが揉めてねーと落ち着かないから、さっさと連れ戻してこい。

ムオンノクニ//12


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