乱文倉庫
「……せんぱいに、言い過ぎたかもしんない」


「いいすぎた。ぜったいいいすぎた。いいすぎ」

「どうしよ、う」
 ベッドの上で丸くなる。どうしよう。そう言ってみたところで、きっと何もしない。

 菊地原から「役立たず」と見放されたのは、四年前のことだ。見放された理由については、思い当たる節が多すぎて、幼馴染に拒絶されたショックや寂しさよりも、「いつかこうなる気がしていた」と納得する気持ちのほうが強かった。

 四年前より昔、きよらは今よりずっと我儘だった。不在がちな両親と、勉強のできない孫と身勝手な娘にあきれ果てている祖母――彼らが持つべき関心の全てを、たった一つ年上なだけの幼馴染に求めていた。自分でも“重たい”とか“鬱陶しい”と思われているだろうなとは分かっていて、でも菊地原が心の裡を素直に口に出す性質だったから、どんなに煙たがられても平気だった。口では「五月蠅い」と言いながらも、菊地原は決してきよらの手を乱暴に振り払うことはなかった。言外に受け入れられているのだと、慢心していた。慢心。それが慢心だとさえ、菊地原の隣で笑っていたときは気付かなかった。それに気付いたとき、菊地原の忍耐に胡坐を掻いて慢心していた己を恥じた。その羞恥心が、菊地原の拒絶を納得させた。自分で自分のことを「役立たず」だと、思った。
 それから何故菊地原に見放されたのかを必死に考えて、自分を変える努力をした。

 もう、バレエという強みはない。
 バレエを辞めて、飼い犬と幼馴染を失ったきよらは、内気なだけで勉強も出来ず、友達も居ない――何の取り柄もない子どもだった。役立たず。役立たず。役立たず。バレエだけが、バレエ以外に、何か他人より勝る特技を見繕おう。そう思って、色んな人と喋るようにして、クラスの人気者がするみたいに明るく振る舞って、スポーツを頑張った。如何したら菊地原に好いてもらえるのかは分からなかったけど、兎に角“誰かの役に立つ自分”になりたかった。多分そこにきよら自身の意志はなくて――沢山の人と喋るのが楽しいとか、大勢でわいわいするのが楽しいとか、スポーツで汗を流すのが気持ちいいとかは全くなく、漠然と他人に勝りたいという気持ちだけで頑張ってきた。頑張った。でも、元々運動神経は悪くない。友達が多いのだって、きよらが特別話し上手だからとか、人望があるからというより、単にそれなりの容姿で、都合良く場を盛り上げてくれるからだ。
 頑張るって何なんだろう。自分の努力のレートを決めつけて、無駄なく労力・時間を運用することなんだろうか。そんなシステマチックなものを“努力”と言って良いのだろうか。

『どうしておまえは自分のやるべきことを全うしようとしないんだ』
「じゃ、なにしろっての」

「私のやるべきことって、なんなわけ」

「たかが十四の小娘が、B級止まりでアタッカーもスナイパーの中途半端な人間にするべきことなんて」

「明日私がいなくなったって、誰も何も困らないくせに」


『今、私が可哀想だから、慰めてあげようって思ってる』


「なぐさめて」
「かわいいっていって、わたしがひつようだって言って」
「可哀想だって思うんなら、もっと優しくしてよ」

 私を可哀想だと思って、大事にして。か弱いのだと見下して、守って。私を一人にしないで。
 そうした“甘え”が自分のなかにあることも、きよらは薄々理解していた。飼い犬を見殺しにしたのも、菊地原に見限られたのも、突き詰めてしまえばあまりに利己的過ぎる他者への甘えの故だ。その甘えを消すことが出来なかったと自己嫌悪が増さずに済んでいたのは、自分の甘えを受け止めてくれる人がいなかったからだ。誰か、自分の甘えを許容してくれるような人が出来ないよう、きよらは常に他人との間に線を引いてきた。自分に好意・関心を持って優しくしてくれる人より、自分に興味のない人のほうが好きだった。自分で自分を客観視した上で非難するより、他人から非難されるほうが楽だった。自分が縋ったときに冷たくあしらってくれる人のほうが、きよらにとって都合が良かった。自分へ向けられる好意なんて、きよらは要らない。
 私は役立たずじゃない。他人より劣ってない。踊れなくたって、しろーくんが認めてくれなくたって、私は役立たずじゃない。一人で頑張れる。優しくされなくて平気。


 枕に突っ伏して、肩を震わせた。
 嗚咽が菊地原の耳に届くかもしれないという不安と、聞こえたら少しは心配してくれるだろうかという期待が入り混じる。それさえ許し難い甘えのような気がして、唇を強く噛む。深く息を吸う。


 奈良坂と一緒にいると、きよらは自分が嫌いになる。自分が如何しようもない馬鹿で、身勝手で、利己的で、世界で一番醜い人間みたいに思えてくるから、自分を守るために奈良坂のことを嫌うことにした。
 この人が大嫌いと思うことで、自分の愚かさも身勝手さも、その醜さの全てを忘れたかった。

 でも、ほんとは、きよらは“こうだったら良いのにな”と、奈良坂といる時間が長くなるにつれ、“私も、奈良坂先輩みたいになりたいな”と、そう思った。
 頭も良いし、スナイパーとしても優秀で、冷静で、落ち着いていて、菊地原と同じ学校に通っているし、きよらは、一度だって菊地原と同じ学校に通ったことはない。小学校も、中学校も、高校も――そして永遠に、一緒の学校に通うことは出来ない。いいな、いいな。奈良坂先輩は、良いな。いっつも、そう思った。なんで私は、こうなれないんだろう。そう思い知らされる度に、惨めだった。

『先輩の、独りよがりの師弟ごっこには飽き飽きしました』
「ひどいこと、いった」

 何度でも繰り返し、きよらは自分が嫌になる。
 今日も母親は帰ってこない。庭に置かれたままの犬小屋は空っぽで、父親は海の向こうで忙しい。友達に話すにも、何から打ち明ければ良いのかわからない。自分で自分が如何したいのか分からない。
 思いっきり泣いて、感情を空にしたら、また明日も“いつも通り”振る舞うのが最善だと分かっている。


「もう、やだ……」

 明日私がいなくなったって、誰も何も困らない。
 しろーくんだけは、そうじゃないと思っていた。自分がいないことに一抹の寂しさは感じてくれると、傲慢にもそう思っていた。私はなんのために……その答えの全てがしろーくんだった。
 しろーくんでなければ駄目な理由があったわけではない。でも今は、しろーくんでなければ駄目だ。


 四年前に戻ってやり直さなくては、そうしないと、いつまでたっても――

ムオンノクニ//10


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