乱文倉庫
「おれは、正直もう関わらないほうがいいと思います」
「いや、そこまで言うことねーだろ」米屋が困惑気味の奈良坂に視線をくれる。「おまえも気にしすぎだって」

「劣化しないために頑張るのって、上に行くために頑張るのより辛い。先輩には、それが分からない」
 苦笑とともに、米屋がため息をついた。
「先輩は正しいことしかしない。それって、相手の気持ちは如何でも良いってこと」

「あいつ、賢そうなことも言えんだな」
「いや、鈴原は馬鹿っていうか、馬鹿だけど、鈴原の馬鹿さは米屋先輩とはベクトルが違うんですよ」
おれが賢そうなこと言えないタイプの馬鹿って言うのやめろ

「実際先輩は悪くないですし、どっちが悪いかで言えば鈴原のほうだと思います」
「良い悪いで言えることじゃない気もしますけど、でも正直」古寺が肩を落として、頭を振る。「……鈴原、おれたちが思ってるよりずっと色々考えてます。でも何にも言わなかった。要するに、言っても意味がないとか、そういう風に思ってる」
「陽介に言われて、一度きよらと話に行ったんだろう。その時は……」
 奈良坂の問いかけに対し、古寺が視線を泳がせる。
「泣きそうだったから……なんかもう、おれちょっと……」
「最近やたら鈴原贔屓なのはそれでか」
「贔屓ってほど何かしてるわけじゃないですよ」

「誰が悪いかで言えば鈴原だと思うけど、そう思う理由だってこっちの話を聞こうとする姿勢がないってことだけですから、先輩が鈴原のことはもう良いって思えばチャラですよね」

「奈良坂先輩に謝れって迫ってるわけでもないし、ただ自分は謝る気がなくて、先輩もそうだから、互いに謝意がない状況で顔を合わせてても狙撃場の空気が悪くなるだけだってアタッカーに転向したわけだし、元々スナイパー専門ってわけでもないから鈴原の転向を変に思うひとも少ない」

「東さんとか荒船さんとか、そこらへん分かってるから全く口出ししてこなかったんでしょうね」

「下手に触ると誘爆しますから。おれも米屋先輩も、多分もうブラックリスト入ってます」
「おれもか」
「だってもう鈴原、おれが米屋先輩に言われて仲裁に来たの見透かしてガチギレでしたよ!」


「わりーわりー。まさか、鈴原がここまで察しが良いと思わなかったからさ」
「きよらは馬鹿じゃない」
「そう分かってたのに、なんでバカ扱いしたんだよ」
「あの成績をほっといたら訓練に支障を来す」

「こっちとしても、この件をほっといたら任務に支障を来すんだよなー」
「……今後は気を付ける」
「いやそれはいいけど、でも結構落ち込んでんじゃねーの」

「なーんかおれが余計ややこしくしたっぽいしさ」

「要するに、きよらはおれの何が不服なんだ」
 米屋と古寺は顔を見合わせて、何とも言えない顔をした。多分、それを理解出来ないあたりがもう不服なんだろう。しかし奈良坂にそんなことを言っても「分からないものは口で言って貰わないと分からないままだろう」とか軽くキレだすに違いない。如何考えても他人の感情の機微に敏感な鈴原と、とことん鈍い奈良坂とでは相性が悪いのだから、ぱっぱと「それなら仕方ない。きよらのことは諦めよう」と気持ちを切り替えれば良いのに。
「……ほんとに知りたいなら言っても良いですけど、理解出来ます?」

「鈴原は、要するに、先輩からの好意が全く見えないので嫌になったんだと思います」

「おれは鈴原よりは先輩と一緒にいる時間も長いし、男同士だから、先輩が鈴原のことを評価してるのも分かります。そもそも、そうでなきゃ義理でこんな気に掛けないですしね。でも鈴原にはぜんっぜん伝わってません」

「先輩が鈴原のためを思って提言してるのであっても、相手に好意が伝わらなければ単なる嫌味です」
「……だったら言い方が気に食わないと言えばいいだろう」
「何だかんだ鈴原は先輩に敬意払ってましたよ」

「そりゃ、当真さんとじゃれたり、指示に逆らったり色々我儘で、御世辞にも素行が良いとは言えませんけど、でも狙撃に関して言えば鈴原は奈良坂先輩の指摘に文句言ったことはことないと思います」

「先輩の指摘に対して『正論だ』って思ってたから文句言わなかったんじゃないですかね?」
「なら、」
「こないだの訓練で、先輩、当真さんから『攻撃戦なんだから受けに回りすぎるな』って言われてましたよね」
「その時は当真さんが指揮官だったし、大人しく従ってましたけど、舌打ちしましたよね」
「……気のせいだ」
「その舌打ちが『先輩は正しいことしかしない。それって、相手の気持ちは如何でも良いってこと』の意味です」
「おまえほんと奈良坂の扱い上手いな」
「先輩と鈴原の物の感じ方を推測した上で、その差異をすり合わせて説明してるだけです」
 チャッと、古寺がメガネの位置を直す。

『スナイパーとして尊敬はしてましたし、今もそれは変わりません。でも、先輩のこと大嫌いです』


「劣化しないために頑張るのって、」
「先輩、鈴原のこと褒めたことあります?」

「調子づかせると鬱陶しいって気持ちも分からないでもないですけど、相手は女子中学生ですからね」
「女の弟子取るとめんどくせーな」

「つーか、何? 結局奈良坂はどーしたいわけ」
「単に鈴原に拒絶されて落ち込んでんなら、おれもこれ以上関わらんほうがいいと思うわ」

「あいつフランクに明るく振る舞ってるけど、章平の話を聞く限りじゃ秀次と出水を混ぜて暗所で十年寝かせてから気温の高いところ置いて盛大に腐らせた感じの性格してそうだぞ」
「それ言いすぎじゃないですか」
「きよらの、」


「……きよらの、的に照準を合わせている時の横顔が好きなんだ」
 米屋が飲んでいたコーヒーを噴き出した。

「師弟関係は解消したままで構わないから、狙撃場に戻ってきて欲しい」
「それ、鈴原に言ったか?」
 ふるふると頭を振る奈良坂に、米屋は額を押さえる。
「もう今更ですよね」
 きよらが激昂して出て行ってから古寺が説得しに行くまでの間に伝えていれば――しかし、今更きよらにその台詞を伝えたところで「それが何?」と返されるだけだろう。

「分かりました」
「機を待ちましょう」
「おいおい、おまえ……奈良坂に適当なこと言うとあとがめんどくせーぞ」
「如何いう意味だ」
「荒船さんが勧誘に失敗したって言ってましたし、鈴原もまだ奈良坂先輩に思うところがあるんだと思います」
「荒船隊が嫌って、我儘だな」

「あいつ、忍田本部長からも説教されてるだろ。いつになったら正規のランク戦に出てくるんだ」
「……きよら自身の希望は荒船隊だっただろう」
「先輩が、スナイパーがいる隊だと駄目だって言ったからって断ったらしいですよ」
 露骨に表情の明るくなった奈良坂を見て、米屋がため息を吐いた。

「今はとりあえず泳がせておきましょう」
「いや……おまえさ、奈良坂、おまえも忍田本部長に説教されるべきだわ」

ムオンノクニ//9


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