乱文倉庫
「よお鈴原」
「うい、どもっす」
「緑川待ってんのか? あいつ、ブース出たとこで村上に引きずり戻されちまったぞ」
「ええ……」

「荒船さん、村上さん待ってるんです?」
「いや、鈴原と少し話そうかと思って」

「うちの隊に入らないか?」
「……荒船塾に?」
「塾ってなんだよ、塾って」
「そう言う感じじゃないですか……作戦室こもってる時間長いし」
「まあ塾でも何でも良いけど、入れよ」
 問答無用、といった声音だった。
「だって」

 良い話だ、とは思う。荒船隊はB級のなかでも上位に食い込む強さを誇っている。
 スナイパーだった頃ならいざ知らず、アタッカーに転向してでもうちの隊に欲しいと言ってくれる人はそういない。ちょっと前まで防衛任務で組んだ隊から通信の合間に勧誘されていたのに、今では軽口のなかにさえ勧誘文句がない。皆、真剣に上を目指している。スナイパーだアタッカーだと、考えなしにコロコロ役職を変えてしまうような人間を飼ってる余裕など、どこの隊にもないのだろう。それにも拘わらず、またアタッカーとして一からポイントと経験値を稼いでいる途中の自分を勧誘する意図が、きよらには分からない。しかし弱いチームメイトに足を引っ張られたくないというきよらの本音を踏まえて、これほどまでに良い話があるだろうか。

「アタッカーで良い。つーか、スナイパーとアタッカー両方出来るから良いんだ」
 きよらの逡巡を断ち切るように、荒船はきっぱりと言葉をつづけた。
「アタッカーとしてまだ経験不足だってことは重々承知だ。ただお前はスナイパーとしては抜群にいい」

「ただ……まあ、自爆癖さえどうにかなればな……」
 五回死んでも当真のようにはなれないとは思っていても、当真の真似はしたい。きよらは奈良坂の弟子でありながら、当真の動き方を真似ることのほうが多かった。そうすると、いつも冷静な奈良坂がワナワナと震えるほど怒って、晴れやかな気分になるのだ。
 きよらは奈良坂に腹が立つと決まって当真を真似ることにしていた。結果として敵方に速攻で見つかり開幕三十分以内に退場となる。内情――奈良坂への当てつけだと知らない者にしてみれば、きよらは実力にムラがあって扱いにくいスナイパーにしか見えない。そして奈良坂にしてみれば、例え訓練と言えど実戦に私情を持ち込む人間は実力以前に単なる“愚か者”であった。
「スナイパーって暇なんですもん」
 荒船相手に悪びれても仕方ないので、きよらはケロリと口にした。

「乱反射、良かった。元々お前は女だし、火力よりスピード重視になるのは当然の流れなんだろうが、平衡感覚がずば抜けて良いからな」荒船が帽子を脱いで、ぐしゃっと頭髪をかき乱した。「本当に、緑川はおまえに甘い」
「甘いっていうと語弊があるような……荒船さんも教えて貰えば良いじゃないですか」
「その代わりにって何千ポイントも持ってかれたらたまんねーよ。ただでさえ鈍ってんのに」
「私だって何百ポイントも持ってかれてるんですよ」
「正規レートでのやりとりだろ。おれとだったら、あいつ一回で500ポイントはベットさせるだろ」
「あいつそろそろ本部長か誰かに叱られるべきじゃないっすかね」


「うちの隊は穂刈もおれも駒としては重いし、半崎は狙撃特化だ。機動力の高い遊撃手兼陽動役が欲しい」
「ゆうげき……」
「ケースバイケースで遠近どっちにもフォロー入れられて、尚且つ挑発上手な奴が欲しい」
「翻訳有難うございます」

「うーん、まあ……そーすね」


『冬島隊は駄目だ』
『良いじゃないですか、どっちもつよいし』

『それとも、急にA級チーム入りなんて駄目だってこと?』
『それもある』
『じゃあ荒船隊にする』

『ポカリ先輩に可愛がってもらう!』
『“それ”だ』

『はあ?』
『スナイパーがいる隊に所属したら、おまえは絶対に働かない』
『荒船隊も冬島隊も那須隊も鈴鳴第一も駄目だ』

『茶野隊か諏訪隊ならいい』
『どっちもヤだ。茶野隊は暴走癖あるし、諏訪隊はけっこ強いけど、諏訪さん一人で突っ走るし』
『おまえがそれを言える立場なのか?』
『こないだ諏訪さん、私のポテトチップス半分以上食べた!』
『……おまえの体重を思ってのことだろう』
『何笑ってんですか』

『体重の重は“おもい”と読む』
『いや、分かるし、そういう解説とか要らないし、それ解説してる時点でダダ滑りだし女の子にしつれーだし』


「スナイパーがいる隊に所属したらダメだって、言われてんだろ」
「うお、え」

「まあ、前に――でも別に今はアタッカーだし」

「は、働かないかも……」
「気にすることない」

「奈良坂は、単にお前に自分以外のスナイパーの癖が入るのが嫌だったんだろ」
「でも正直甘やかしてもらえるなら甘やかしてほしいし、働きたくない」
 から、先輩の言うことも正しいかもしんない。小さな声で、付け足す。
「そう思ってる分には好きにしろ。おれの隊に入ったら嫌でも働かせるからな」

「奈良坂は確かにスナイパーとしては一流だし、言ってることも大抵正しい」

「でも、おまえの扱い方は全く分かってないよ」
 ぽんと、頭を撫でられた。
「荒船さんモテるでしょ」
「まあな」
「ひゅ〜自分でモテます宣言する緑川とは格が違うなー!!」


「何話してんの」
 施錠時間を告げるアナウンスに急かされたのだろう。思ったより早く出てきた緑川が、ソファの後ろからきよらに抱き付く。常日頃からボーダー内部の癒し系、仔犬系男子としてオペレーター連に甘く見られている緑川ではあったが、きよらに対しては順位付けを欠かさない。きよらの首を軽く絞める緑川に、荒船がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ナンパ」
「なんぱ?」
 緑川がむっと口を尖らせた。
「やめときなよ、荒船さん。自分でわざわざ地雷踏み抜きにいくことないって!」
 嫉妬なんだか忠告なんだか分からないことを口にして、緑川はガクガクと、小さな脳味噌が辛うじて収まっている頭を好きに揺さぶる。荒船が小声で「シャンシャンシャン……」と言ってるのは、きよらの低学力を揶揄しているのだろう。“頭が鈴並の馬鹿”と暗に示すなど、さっきまで熱心に勧誘していたとは思えない鬼畜の所業である。
 いい加減乏しい知力の喪失を恐れたきよらは、緑川を遠くに押しやった。
「こんなに可愛いJCが地雷のわけないでしょ! フーゾクとか行って、きよらみたいなのが出てきたらアタリだって太刀川さん言ってたもん!!」
「あの人は中学生に何吹き込んでるんだ……」

「鈴原、幾ら可愛くても自分で言うと価値が半減だぞ」
 いつのまにか緑川の背後に立っていた村上が、眠たげな顔で笑った。

「でも……荒船さんも村上さんも、ここにいる人間のなかで彼女にするなら私でしょ?」
「女、お前だけだからな」
「いや俺は荒船でも良いぞ」
「おれもきよらんよりは荒船さんのがマシかな」
「哲子より私のが可愛いのに。皆知らないけど、哲子ってたまに耳の後ろを指でこすって、匂い嗅いでるし、テスト前、当真さんに勉強会頼まれて『法事があってな』って嘘ついた癖にカッコいい男子とゲーセンでビーマニしてたんだからね」
「それは酷いな」
「荒船さん、なんでいっつもテキトーな断り文句に法事使うのー?」
「ねー酷いよぐえ」

「鈴原。それ以上何か言うなら、哲子の陰湿な後輩イジメでメンタル潰すぞ」
 あ?と凄んで両頬を伸ばす荒船に、きよらは声にならない不平を漏らした。

ムオンノクニ//6


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