パンはパンでも
たべられないパン
なーんだ

 いっけな〜い!夜尿夜尿!
 あたし、轟むぎ。ヒーロー科に入学したにも関わらずクビを切られたばかりの高校一年生☆なんと時を同じくして両親からも家族の縁を切られたあたしは叔父の家の庭に住まわせて貰ってるのだけど、夜中におしっこがしたくなっちゃったからも〜大変!! 大豪邸の叔父の家屋敷はセキュリティが完璧でアリ一匹侵入出来ない造りになってるからもう大変! あたし、このまま庭で漏らすしかないの〜〜!?

 おしっこが漏れそうなのである。
 六歳の時にも従弟の布団におねしょをしたことがあるが、まさか十年後の今また叔父の家で粗相をしそうになっているとはね。
 正直言って同世代のなかでもむぎはかなりお顔が良いほうだ。かつてむぎの横を走り抜けていったストーカーの一人が「むぎちゃんがおしっこなんかするわけないだろ!」と言っていたような気がするが、まあ有り体に行ってむぎは自分のおしっこは薔薇のフレグランスに似て非なるもののように思っていたし、自分のおしっこに対する肯定感は同世代のなかで飛び抜けて高い。おしっこしたすぎてもう文脈も支離滅裂だよ〜(トホホ)という感じだが、文脈が滅茶苦茶だろうとコンニャクがモチモチだろうと、何にせよおもらしはおもらしである。おもらしというのはトイレ以外の場所でおしっこをすることだ。地球外生命体にさえ伝わりそうなシンプルな粗相である。あーもうこりゃダメですわ。社会的尊厳の死ですわね。今勝手口の前で仁王立ちしてるむぎはおもらしへの覚悟を決めているように見えるが、YESかNOで言えば断然NOである。漏らすならせめて草木に隠れたいものだが、パッと見にもめちゃ金掛かり庭園は一部の隙もなく……要するに「ここならおしっこしてもバレへんやろ!」というスポットに欠けている。出入りの庭師のお兄さんに「ん……?」などと思われようものなら憤死不可避である。先週から来てるお兄さんがまたむぎちゃん好みの爽やかイケメンマッチョなのだ……落としたハンカチから始まるラブストーリーはあれど、落としたおしっこから始まるラブストーリーは存在しない。このままではお兄さんが抱いているであろう「あの子、パイオツカイデーでめっちゃ興奮するんだ……!」という好意も台無しになってしまう。健気な居候美少女アピのために一時間に一回お茶を運んだことも「お茶に含まれているカフェインには利尿作用がある……! あっふ〜ん(意味深理解)」に繋がる可能性がある。あっお兄さんが二時間に一回トイレに行ってたのって……!(唐突理解)(びっくり)(ボリショイ大メーワク!)
 まあ何にせよ野ションに切り替えていくなら切り替えていくで、場所は重要だ。先述の通りむぎちゃんのボーイハントのために庭師のお兄さんたちが出入りしてる区域は全部ダメだし、そうなってくるとまあ大体庭師が足を踏み入れないとこってノーモア遮蔽物というかまあ結構大分限られてきてしまうので、なけなしのIQを振り絞って考えなければならない。うっかり叔父が愛でる松の根元でやらかそうものなら二度と叔父の顔を見ることは出来なかろう。大体庭に住まわせるなら、トイレも作ってほしいものだ。それとも叔父も、可愛い可愛い姪はおしっこなんかしないと思っているのだろうか? めちゃくちゃにする。今もう頭の八割ぐらいでおしっこのことを考えている。人間はここまでおしっこのためだけに生きることが出来たのかと、感心さえする。
 頭の残り二割をフル回転させながら一生懸命従姉に救護要請を出しているのに、きっと日頃の疲れが出ているに違いない。全く既読が付かない。最早余裕をなくした従妹が一秒間に「おしっこ」「助けて」「出る」「おしっこが」「お願い」「誰か助けて」と懇願しているにも拘わらず起きる気配がない。助けて冬美ちゃん、冬美ちゃんがおしっこ漏らし女の従姉になるまえに……!! そもそも今日結構かわいい下着つけてるし、おしっこでダメにしたくないし、いい加減死に場所を見つけるべきかもしれない。むぎちゃん十六歳目前にして「新しい私(野ション)デビュー」ってワケ。ワナワナしていると、先程の断末魔に「既読:1」がついた。

『トイレ?』

『鍵持ってねえのか』

 従弟である。
 うっかりグループチャットで醜態を晒していたらしい。最近仲直りしたばかりの従弟に見られたいメッセージではないが、最早なりふり構っていられない。従弟もおもらし実況されるよりマシであろう。

『どこ』
『おかって』
『こっち来い、鍵開けた』

 叔父のクソデカ和風ハウスは叔父の人間としての器と相反してめちゃくちゃに広く、今いる台所(外)から従弟が暮らす離れまでは二分ぐらいかかる。むぎは股を抑えた。がんばれむぎちゃん。むぎちゃんは長女だからおしっこを我慢できる。がんばれがんばれ。

『トイレ ドアあけといてえ』

『駄目なら入り口脇に松があるからそこでしろ』

 その、離れの入り口に植わっている松こそが叔父の愛する松である。
 野ションへの理解が異様に深い従弟に感謝しながら、むぎはヨチヨチ歩きで離れを目指した。


 Hallelujah!


 果たしてトイレは良い文明である。
 強い水流がジャーとむぎの薔薇のフレグランスを流す様に聞き入りながら、むぎはまったりと体の力を抜いた。
「大丈夫か?」
 物見高い従弟が戸の向こうでワヤワヤしている。そんなに従姉が漏らすや漏らさざるや……!なのが気になるのだろうか。可哀想に。今度の休みに世界のバカを集めた動画サイトを教えてあげよう。
「ありがとお」
 よろよろとトイレを出ると、律儀な従弟は壁に寄りかかって待っていた。草臥れたスウェットを着ているのに、JUNONの表紙を飾れそうなぐらいインスタ映えする。こんなに顔が良い従弟が自分のおしっこが終わるまで待ってくれるとは、むぎちゃんは前世で随分善行を詰んだとみたね。自分の徳の高さに感じ行っていると、従弟がもの言いたげな顔をした。

「どうしたのう」
 生まれながらのJUNONボーイである従弟が口を開こうとして、すぐぎゅっと真一文字に引き結ぶ。
「むぎ、」
「うん」
 よく見ると、従弟の目は笑みで細くなっていた。
「よくトイレ行くって、俺のこと起こした」
 キッズの頃である。
「それは、まあ、」
「俺の布団でおねしょもした」
 重ねて言うがキッズのみぎりである。
「しょうちゃんが一緒に寝よおって言ったからだよう!」
 従弟が破顔した。ananの表紙か?

「またトイレで起こされると思わなかった」

 へえ、おもしれー従弟。そんな可愛い顔すんなら、何べんだってトイレで起こしてやるよ。という気持ちになるようなならないような。何にせよ、こちらはさっきまでおしっこガチ勢だったのである。笑ってんじゃねえよという気持ちもなくはない。ひとのおしっこを哂うな。

「人類の体は冬はトイレが近いように出来てるんだよお」
「俺はあんまり行かない」
「ふわ〜! 流石五歳でオム卒したおしっこエリートですわ〜〜〜〜!」
 オーバーアクションで罵ると、おしっこエリートはむぎが自分の偉業を覚えていたのが嬉しいのか、すぐさまハリウッド映画の宣材に出来そうな顔をした。う〜ん、顔が台湾国立故宮博物館……! むぎが感じ入っていると、顔面彫象牙透花雲龍紋套球に手を掴まれた。

「またトイレ行くだろ、一緒に寝よう」
「……おねしょしても良い?」
「俺のせいにしないなら」
「一回しただけだよお……しかもあの日はしょうちゃんが残したジュース飲んだからだもん」
 婉曲的に共犯であることを匂わせると、従弟は真顔になった。
「あれはむぎが美味しい美味しいって言うからあげたんだろ」
「やさしい……
「優しくなかったら、トイレ終わるまで待ってないだろ」
 そうぶっきらぼうに言って口を尖らせる従弟ははちゃめちゃに顔が良かったのだが、果たして本当に扉の向こうでおしっこを待つのが優しいかどうかはむぎには分からなかった。戸の向こうの従弟に滝行みたいな音が聞こえませんようにと祈りながら行う排尿はどこか複雑で、残尿感に膀胱がキュンとするのだった……

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