パンはパンでも
たべられないパン
なーんだ

「引っ越し早速買い物にかり出しちゃってごめんね」
「ううん! むぎ、お買い物大好き それに、この時間だと空いてて買いやすいのね」
「そうそう、混む前に二人でサッと買ってサッと帰ろうかな〜って」
「帰るといえば、お手伝いさんが帰る時間早くなったのう?」
「ん、ちょっと前からね。どうも腰をやっちゃったみたいで……昼はご好意で来て貰ってるんだけど、年内か、遅くても来年度までには辞めてもらったほうが良いかなあって思ってるんだ」
「あらまあ……そうねえ、むぎがチョロチョロ出入りしてるときからだものねえ」
「もう結構なお年だしね。これ以上体が悪くなる前に自分のしたいことを楽しんでほしいな」
「なるほど、冬美ちゃんの深い配慮にむぎ感服
「まあ、だからってわけじゃないけど、私はむぎちゃんが居候してくれるの万々歳なんだ」
「むぎも、毎日がお泊まり会みたいで楽しみ。毎晩毎分毎秒常に枕投げしようね
「それは無理だけど、本当にお父さんのこととか全然気にしないで、自分の家だと思って気楽にしてね。昔はむぎちゃんもそうだったじゃない。毎日遅くまでうちにいてくれて、楽しかったな」
「……もうもう、叔父さんにイビられたら即冬美ちゃんにチクっちゃお
「うん、是非そうして。お父さん、本当にむぎちゃんにだけ全力で甘えるよね……困るったら」
「叔父さんのおかげで冬美ちゃんの精神年齢がガンガン上がってしまうのねえ……?」
「あ、そういえばむぎちゃん、来週まで学校行かなくて良いんだよね?」
「うん、明後日編入試験の結果が出て……それから次の月曜までに教科書とか揃えなきゃみたい」
「そっかそっか、じゃあ時間あるときに色々お願いしても良い?」
「冬美ちゃん専属家政婦に何でもお任せ メイド服も着ちゃうぞ
「むぎちゃん着ると言ったら本当に着るの凄いけど、お父さんが爆発するから止めてね」
「他人に厳しく自分に厳しく、そして可愛い姪にめちゃくちゃ厳しい叔父さん」
「お父さんがむぎちゃんに厳しいのは半分ぐらいむぎちゃんが煽ってるのもあるよ」
「そういう説に基づいた論文もなくはない
「どこ学会なの……? でも、そうだよね。むぎちゃんも家事全部自分でやってたんだもんね」
「自分の分だけだよう。ご飯なんて食べない日もあるし」
「もうそれ聞いただけで『うちに引っ越してきてくれて良かった……』って思っちゃうな」
「むぎちゃんは自由気ままな生き物 一方の冬美ちゃんは面倒見なきゃいけない子が三人もいるのだから、むぎよりずっとずっと大変なのは当たり前なのね。本当にお疲れ様です」
「あ〜ほんと、嬉しい……お父さんのことサラッとカウントしてくれるのむぎちゃんだけだ」
「いつも叔父さんのお世話で大変なのねえ……?」
「慣れたと言えば慣れたんだけどね。何せ、何考えてるのか全然言わない人だから。あ、出汁用の昆布切れてたな。どこだっけ──何にも言わないと言えば焦凍もそういうところがあるし」
「こっちかな? あらまあ……すごく大人びていて、そんな風には見えないけれど……」
「ああ、うん……単なる思春期なのかも。丁度そういう年頃ではあるし、『どうしたの?』って聞けば答えてくれるだけお父さんよりマシかな。でも、時々自分でも分かってないことがあるみたいで、そういう意味では心配なんだよね。お父さんはあれで自分のことはよく分かってるから」
「自分のことと同じぐらい他人の気持ちも推し量れると良いのにねえ」
「あはは、もうそのあたりは仕方ないかな。あと、海苔も切れてたっけ……買ってっちゃうか」
「あっ海苔売り場あったよう。どの海苔にするう?」
「ねえ、むぎちゃん」
「むぎは味海苔も好き 冬美ちゃんは?」

「むぎちゃん、タクシー降りてからずっと言葉選んで話してるね」

「のり、」
「いつもより戯けてるし、当たり障りのないことしか言わないから少し驚いちゃった」
「それは」
「気にしないでよ。むぎちゃんとは子どもの頃からの付き合いだし、従姉妹同士じゃない」
「その、私、もう十年も冬美ちゃんちに行ってないから、冬美ちゃんたちに嫌われたくなくて、変なこと言ったりしたら、燈矢くんの仏前にも一回も手を合わせてないし……何も分かってなくて」
「……急に、脅かすみたいなこと言ってごめん」
「あ、ううん! むしろ、寧ろむぎのほうが気を遣わせてしまったのね? ごめんねえ」
「むぎちゃんが謝ることないよ。本当はこんな、買い物しながら話すことでもないし」
「そう? どうせ周りに人もいないし、冬美ちゃんが聞きたいタイミングで話したら良いよう」
「そっか、そうかな……? うん……こないだ、お父さんからさ、」
「うん」
「むぎちゃんが明日越してくるって連絡あった時、本当は一人暮らししたがってたって聞いたから……少し考えちゃって。考えなくったって、そんなの当たり前なのにね。お父さんはむぎちゃんに当たりキツイし、容赦なくこき使うし、焦凍とも仲違いしたままだし……そんなの当たり前なのに、ふっと『うちが可笑しいから来たくないのかも』ってちょっと思っちゃったの」
「それは、一人暮らししようとしてたのは事実だけども」
「うん、だいじょーぶ。もう分かってるよ。良い年して、ちょっと甘えちゃった。そもそも家にあげるなって言ったのはお父さんだし、焦凍とのことだって、むぎちゃんは悪くないのに」
「ごめんなさい」
「やだな、むぎちゃん謝ることないよ? 卒論もあるし、少しナイーブになってたみたい」
「むぎったら、自分がしょうちゃんの態度で傷つくことばかり考えて、冬美ちゃんのことを考えなかったの。むぎとしょうちゃんが揉めて、それで傷つく冬美ちゃんの顔を見たくなかったのよ。
 冬美ちゃんはしっかりしているから、むぎの我が儘では傷つかないと思ってしまったのね」
「ううん、ううん……本当に、うう……恥ずかしい……ごめん」
「ええ、何が恥ずかしいのう……冬美ちゃんの欠点は親戚にむぎのママがいることだけなのに!」
「火也子さんのことを言うならお父さんのことも欠点としてカウントしなきゃ嘘でしょ……いや、それはまあ冗談なんだけどね。年下の従妹に気を遣わせっぱなしで申し訳ないなあって」
「気遣い魔の冬美ちゃん、たまには気を遣われるぐらいで丁度良いのでは?」
「んー? うん、まあ、まあねえ……むぎちゃんちも色々あるからねえ」
「むぎちゃんちはたまにママとパパが出奔するだけ
「そろそろ、その冗談にも笑えなくなってきちゃうなあ。でも、だから……私だってむぎちゃんのこと十分考えてきたわけじゃないんだから、むぎちゃんが私のことを考えないのだって同じだよ」
「ああん、あんなにむぎをチヤホヤし甘やかしてくれたのに……誰にでも同じなのねえ?」
「うーん、九割九分むぎちゃんが勝手に甘やかされてるだけだから同じではないかな。
 ……むぎちゃんはいっつも“そう”だからさ、むぎちゃんが私を“しっかりしてる”って言うみたいに。お父さんがむぎちゃんに甘える気持ちは分かるし、そうなった背景とかも何となく分かる」
「冬美ちゃん、大学でそういうお勉強してたものね。叔父さんだけが理由じゃないだろうけれど」
「どうなんだろうね。何にせよ、もっと上手く出来たんじゃないかなって少し思う。お父さんについてはもう如何しようもないけど、焦凍のこと、お母さんのこと、むぎちゃんのこと……」
「あらまあ、むぎの冬美ちゃんはいつだって万物が完璧なのに……?」
「最早謎の褒め言葉だけど、ありがとね」
「どう致しまして
「……むぎちゃんのそういうところ凄く好きだし有り難いけど、最近になってそうせざるを得なかったのが分かると、少し心配にもなる。私は何だかんだ夏がフォローしてくれたけど、むぎちゃんはさ──なんだろうね、私たち従姉妹同士だけど、これから一緒に暮らすから仲良くしようね」
「今まで以上に仲良くなったら冬美ちゃんの未来の旦那様に恨まれてしまう……
「むぎちゃん、もしかして本当は本当に何も考えてないだけとかある?」
「そういう説に基づいた論文もなくはない
「使い回してくる……!」

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