パンはパンでも
たべられないパン
なーんだ

クリスマス@(ボツ)


 ホークスはクリスマスが嫌いだ。クリスマスには碌なことがない。
 勿論、幼い内は単に“縁がない”というだけだった──経済的にも倫理的にも破綻した家庭には、“サンタ”というUMAは発生しない。幼いホークスにとって、今年のクリスマスの話より、筑紫野市民公園に宇宙人が降り立った話のほうがずっと身近で、親近感が湧く話題だった。
 クリスマスと苦しみますが同音異義語でないことを知ったのも中学に上がってからだったし、一握りの友人から“精神的不毛地帯”の名を欲しいままにしているうち、結局クリスマスツリーと仏壇の違いもよく分からないまま中学を卒業した。クリスマスと縁のない中学時代だったけれど楽しい三年間だった。自分と同じ、碌でもない家庭に産まれついた友だちも少なくなかったし、女子からは散々嫌われていたし、公安委員会の面々に口出しされることもなく自由だった。何より、その頃はまだクリスマスに大して“自分とは縁がないけど何か楽しいこと”という認識が残っていた。
 高校に上がると、俄かにクリスマスとの縁が繋がる。彼女が出来たのだ。

 二年に上がると仮免試験とかで忙しくなるだろう。高校生活も落ち着いた秋、同級生からの告白を受け入れた。二つ隣のクラス……普通科の子だった。顔はまあそれなりに可愛くて、兎に角脱童貞を目論んでいたので胸が大きかったことしか覚えていない。自分のような胡乱な人間に自ら突っ込んでくる変人のなかで、一番スペックが高い女子を選んだはずだ。打算に塗れた男女交際は一切楽しめなかったものの、汎用性の高い“経験”を得ることはホークスに強い達成感をもたらした。

『クリスマスどうするう?』
 ホークス同様機能不全家族で育まれたはずの恋人は、クリスマスに然したるトラウマを持っていないらしかった。

 まあ“機能不全家族”とはいえ、経済的困窮もなく、甘やかされる時は甘やかされまくって育った女だ。クーリスマスが今年もやってくる♪と歌いながら、ルンルン気分でツリーを飾る図が死ぬほど似合う。そう思った直後、最愛の恋人が「今ねぇ、むぎ、しょうちゃんのお部屋にツリー飾ってるのう」とほざいた。大っきいツリーで、直径三メートル、高さは二メートルちょっとの素敵なツリーなの炎司さんがツリーなんてとんでもないとか、邪魔だみたいに言ってむぎを追い払うので、しょうちゃんが招致してくれたのねえ…… そりゃ邪魔だろう。売り言葉に買い言葉で庇った焦凍くんもさぞかし後悔しているはずだ。また焦凍くんの部屋にいるのか。俺という彼氏がいるんだから、例え従弟でも顔のいい異性とはあまり親しくして欲しくない。
 受話器の向こうからは「むぎ、この枝切っていいか? 窓が閉まらない」というクレームが漏れ聞こえる。やっぱり、また、二人で密室にいるのかよ。

「俺、仏教徒なんだよね。クリスマスやんなくていい?」
 様々な感情が入り乱れた末に、冷たい言葉が口をついて出た。

 仏教徒とはいえ“まあ多分死んだら無縁仏になるだろう”程度の信仰なので、勿論クリスマスを祝えない道理はない。蚊はパンパン潰すし、シルバーアクセサリーはジャラジャラつけてるし、耳にはピアスホールも空いている。僧衣とかけ離れたストリートファッションを身につける彼氏が「仏教徒だからクリスマスは祝えない」と口にしたところで、誰が納得するだろうか?

「……この時期、休みたいって連中も多いしさ。忙しいんだよね」
『いいよう』
 言い訳めいた言葉を付け足すと、むぎがお決まりの相槌を打った。

『むぎもお仕事あるし、毎年ツリー飾るだけだもの』
『むぎちゃん、ケーキ屋さんから電話〜! クリスマスケーキ三つ注文してるけど、個数ミスじゃないかって』
『……だいじょぶ!』
『むぎがホール一つ、オレと姉さんたちで二つ分ける計算だから三つで合ってるよな? 電話出てくる』

『あの……だからね、毎年ツリー飾って、ケーキ食べるだけだから、平日とあんまり変わりないの。ホークスさんが暇になったらまたデートしてねえ』
 色々ツッコミどころはあるものの、出来た彼女だ。
 ホッとするのと同時に、寂しい気持ちになった。先に「クリスマスはやらない」と言ったのは自分で、勿論むぎはクリスマスを自分と過ごす気でいただろう。それなのに、言外に「しょうちゃんがいるから、あなたは要らない」と言われたような気がした。

 ずっと、五年前に、メールを貰った時からむぎが好きだった。
 むぎとの交際が始まり、高校卒業してからは堂々と付き合えるようになって、処女も貰った。自分以外の男を知らない恋人は歳を重ねるごとに美しくなるばかりで、惰性からホークスを軽んじることもない。プロヒーローの叔父に付きまとうだけあって、ホークスの多忙を責め詰ることもなかった。たまのデートでホテルに直行しても、文句を言わない。イベントをスルーしても怒らない。暫く地元から出れないと言ったら、飛行機でこっちまで来てくれる。
 可愛い。性格もまあ悪くはない。自分の仕事への理解がある。遠距離恋愛を成立させる忍耐力がある。セックスの相性がいい。家事全般が出来る。たぶん、ホークスの人生において、むぎ以上の出物はないだろう。このまま交際を維持して、幾らかの価値観を擦り合わせたらプロポーズする気でいる。
 でも、それで良いのだろうか? 自分の考えは打算に満ちていて、こういう人間と付き合ったり、あまつさえ結婚することは、むぎにとって“不幸”ではないかと考えてしまう。

 むぎと付き合い出してからずっと、むぎに求めるものが多くなっている。
 本当は今すぐにでもエンデヴァーの家を出て欲しいし、焦凍ともあまり親しくして欲しくない。最愛の恋人の人生を、自分より深く知っている男がいる。それが非の打ち所のない美男子で、性格も経歴も完璧なプロヒーローであれば「親しくしてほしくない」と思うのは当然だ。




「……合鍵渡したよね?」
「なくしてないよう!」
 言葉の裏を読んだむぎが、さっと合鍵を取り出す。合鍵があるなら部屋に上がって待ってたらよかったのに、何故、こんな時間まで外をプラプラしていたのだろう。変な輩にナンパされなかっただろうか。何より、クリスマスを謳歌するカップルに囲まれて、一人ぼっちの身の上が嫌になったり……自分へのヘイトが溜まったのではないかと、そんなことばかり案じている。

「ホークスさん、縄張り意識が強いから勝手に上がられるの嫌でしょ?」
 ホークスの疑問を察したむぎが、なんでもない風に付け足す。
「……そんなことは、」この期に及んで見栄を張るのもバカバカしい。ホークスは深いため息をついた。「ちょっとね」

 両手で顔を覆って項垂れる。

「あのね」
 むぎがそっと、ホークスの感情を慮った声を出す。
「あの、今日ね、しょうちゃんとケーキ取りに言ったら、街がカップルだらけで、あの」
 多分むぎと焦凍も傍目にはカップルに見えただろう。それを嫌だと思うことさえみっともなくて、顔を上げることが出来ない。

「むぎも、ホークスさんに会いたいなって思ってしまいました」
 そのために、福岡まで……楽しいクリスマスパーティも、優しい“しょうちゃん”も、綺麗なツリーも、楽しみにしてただろうケーキもないところに遥々やってきたらしい。自分が楽しみにしていた全部を置き去りにして、「クリスマスはしない」と言い放った自分に会いにきた。そう口にして、最愛のひとがはにかむ。




***



お正月@(ボツ)


 たまには彼女とゆっくりしてくださいよ──と、余計なお世話を焼かれた。
 まさかサイドキックたちが“お見合いババア”に変貌するとは夢にも思わず、はあ?と困惑しているうちに産まれて初めての“お正月休み”を得た。個人事務所を立ち上げて以来、一度に二日以上休んだことはない。多忙もあるが、何よりはホークス自身が余暇を求めなかったからだ。何故と言えば、ホークスが物心ついた頃にはもう“クリーンな人身売買”が成立していたし、根っから退屈な人間なのも関係して、自分のためだけに時間を使う機会に恵まれなかった。無趣味なのである。人脈を広げるとか、ヴィラン確保に役立つとか、何らかの意義を見出した事柄しか会得していない。
 街に馬鹿が溢れる繁忙期に、部下を差し置いて休むわけにいかないでしょ! やっとのことで思いついた言い訳を聞いてくれたのは壁だけで、ホークスは即座に事務所を追い出された。猫ちゃんなのねえ……? 頭のなかで、最愛の恋人の顔が涙をこぼす。仮にも自分たちのボスを、まるで野良猫でもつまみ出すかのように追い払うとは何事だ。ホークスは目の前でビシャン(お高い建築物は戸の閉まる音も勿体ぶっている)と閉められた扉を前に、暫し立ち尽くした。
 あいつら「良いんです良いんです」なんてやけに親切ぶっていたけど、本当はホークスのことが嫌いなのかもしれない。年上の部下ということもあって、扱いには気を付けていたし、それなりに上手くやっているとも自負していたけれど、本当は全部ホークスの勘違いだったのかもしれない。

 本当は、本当は……訥々と思案していると、不意にいつかの会話が脳裏に蘇った。
『ホークスさん、本当に、彼女のこと好きなんですか?』
 確か一月前の、クリスマス・イブだ。サイドキック諸氏は困惑した様子で「良いんですか」と続けた。それはバレンタインにも、去年のお正月にも、一昨年のクリスマスにも繰り返したやり取りだった。カップル同士で過ごすのが一般的な日にホークスが働いていると、部下は必ず怪訝な顔をする。彼女は本当にそれで良いと言っているんですか。幾ら多忙とはいえ、たまにはイベントごとに付き合ったほうが良いんじゃないですか。ホークスさん、本当に彼女が好きなんですか──そう口々に問われても、ホークスはうまく答えることが出来なかった。答えが分からないからではない。ホークスにとって、六つも年下の子どもにみっともないほど惚れている事実は、好き好んで他人に打ち明けたいことじゃない。寧ろ“絶対に知られたくないこと”の部類に入る。
 それなら、端から交際相手の有無も秘匿しておけばよかったのだ。今になって、ホークスは思う。端から公私混同を避けておけばこのような“余計なお世話”に悩まされずに済んだものを、しかし当時のホークスは「彼女ができた」と吹聴せずにはいられなかった。浮かれていたからだ。
 何よりプロヒーロー界隈と一切縁がないなら兎も角、相手はエンデヴァー事務所の(自称)アイドルである。

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