差し出された菓子を前に、トバリはやはり相変わらずの無表情で黙り込んでいた。

「たまには縁側で茶をすするのも良かろうと、買ってきた」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げるトバリに、ヒルゼンは感極まった。着々と教育の成果が出てきている。
 果たしてこの子を如何すれば良いのか頭を抱えていたものの、躾けてみればなんのことはない。トバリはヒルゼンが思っているよりずっとこちらの意思を汲んでくれた。要するに悩むまでもなく、「〜しなさい」と上から押しつければ、端から素直に従ってくれたのである。
 本音を言うと、まだ四歳の子どもに命令口調であれこれ言うのは好ましくない。なるたけトバリの自由意志に任せようと中途半端に放任してきたが、そうした腫れもの扱いな態度が一番良くなかったのだとヒルゼンは自覚した。それ以来、トバリの躾は上手くいっている。

「甘いものを食べたことはなかろう」
「ほうれんそうの白和えとか、よく食べる。フサエは料理がとくいだから」
 フサエは、家政婦の名前である。トバリ同様愛想はなく、センテイほど親身になってはくれないが、それなりに上手くやっているらしかった。まあ、トバリが気を使っているのだろう。
 今働いているフサエに落ち着くまで、ヒルゼンはトバリのために多くの家政婦を雇った。しかし彼女らの殆どはトバリの異常なまでの賢さを“不気味”と称して辞めていった。その一方で、トバリが彼女たちの家政婦としての働きや人柄に不満を呈したことは一度としてない。
 単に他人への関心がないのだと決めつけていたものの、今思えば、他人の家の世話をする彼女たちに対して、トバリなりに気を使っていたのかもしれない。
「そうか、そうか。確かに料理上手な人間の作った白和えは、ほの甘くて美味いのう」
 トバリがこっくりと頷いた。
「しかし、これは和菓子と言ってな、こっちの茶色でつやつやしているのがみたらし団子、こっちの薄らと白く、四角いのが金つばじゃ。好きなほうをお選び」
「……さるとびせんせいは、どっちが好き?」
「甲乙つけがたい。わしは優柔不断で時間がかかってしまいそうだから、トバリが選んでおくれ」
 ヒルゼンの手のなかの包みを、トバリはじいっと見つめる。どこか困っている風でもあった。

 この子にも、僅かながら感情の起伏がある。
 そう理解しさえすれば、トバリの思考回路は随分シンプルなものだった。
 トバリは他人を悪く言わないし、大抵の場合は他人の望みを叶えるよう努めてくれる。他人の気持ちを重んじる傾向があるということは、“他人を思いやる気持ちが強く存在する”ということだ。
 他人への献身や、奉仕の気持ちは、大の大人にとっても得難い美徳と成りえる。
 ヒルゼンは、その稀有な美徳をトバリの長所として伸ばしてやりたい。しかし、その美徳故に、トバリは自分自身の意志を見失いがちになってしまう。

 つまらない選択を強いられて、トバリはみたらし団子と金つばを交互に見ている。

「金つばは、つみれに似ている」
 トバリがポツンと呟いた。
 いわしのつみれは、ヒルゼンの好物である。よく覚えていたなと、感心した。
「ふーむ……? そうかのう」
 サイズ的には似ているかもしれないが、ヒルゼンには全くの別物に見える。
「つみれを三つくしにさすと、みたらし団子に似ている」
「美味しそうじゃのう」
「金つばにする」
 如何いう思考の果てに金つばに落ち着いたのかは分からないが、兎に角トバリ自身の感性で「気に入った」とか「おいしそう」と思ったわけではないだろうことは分かった。
 ヒルゼンはにっこり笑った。
「しかし金つばは黒くてヒジキを連想させる」
 金つばに触れる直前で、トバリの手が止まった。はっとヒルゼンを見上げる。
「やっぱり、みたらし団子にする」
 自分の意志がないというか、単純というか、その騙されやすさは子どもらしいというか。何とも言えない感情を持て余していると、トバリがみたらし団子をヒルゼンに差し出した。
「さきっぽの団子を一つ食べて。フサエのしょくじが入らなくなってしまう」
「……トバリはしっかりした良い子じゃな」
 それでは、結局ヒルゼンがみたらし団子と金つばの両方を食べて、得をしたことになる。金つばを半分やろうと言っても、夕食が食べれなくなると固辞されるのは想像に容易かった。
「ありがとうございます……?」
 ヒルゼンは仕方なく身をかがめて、トバリの差し出すみたらし団子を一口食べた。

「うむ……甘栗甘の、みたらし餡は……甘さが控えめで美味い」
 舌の上のみたらし団子をゴクンと飲み込んで、ヒルゼンが笑う。
 ヒルゼンの顔をまじまじと観察していたトバリの瞳が、僅かに和らぐ。肩の力が抜けた。
「そう、おいしいの」
「トバリも食べてみると良い。甘くて、柔らかくて、美味しいぞ」
 ヒルゼンが促すと、トバリはこっくりと頷いた。
 小さな口が、串の中ほどにある団子を食んで、咀嚼する。もぐもぐ舌の上の頼りない甘さを確かめてから、もう一口団子を食べる。口に合わなかった、というのはなさそうだ。
「あまくて、おいしい。さるとびせんせい、ありがとうございます」
「いや、たまにはな。女の子だから、甘いものが好きじゃろう」
 ぽりぽりと頬を掻いて、トバリから顔を逸らす。
「次は同じものを買ってくるとしよう」

 トバリ自身の“喜び”を知りたいのに、この子は他人の喜びのために我を殺すことが得意すぎる。
 忍者として生きる上で、この奉仕精神と忍耐力の強さはトバリにとってプラスになる。しかし一人の人間として生きる上では、あまりに強すぎる奉仕精神と忍耐力は“毒”でしかない。

 この子が気を遣わずに済む“誰か”が、外の世界にいることを願ってやまない。
ヒルゼンと甘味
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