『きみの母親に会ってみたい』
 その言葉が示すところの“会う”が何か、イタチは理解していた。

 別にイタチが特別他人の感情の機微に聡いわけではない。
 トバリは分かりやすい子どもだった。時間的余裕のある人間にとって、トバリの思考・行動パターンを把握するのは容易である。幸いにもイタチはまだ五才で、同い年の珍獣に関わるための時間は無限に湧いてくる。それにイタチは、トバリに幾らかの……いや、並々ならぬ関心があった。
 イタチには分かっていた。何せ、いつぞやの“林檎事件”の際も、玄関前に林檎の袋を下ろすなり帰宅したトバリである。「家にあがっていくか?」というイタチの言葉も無視して帰るような子どもの「会ってみたい」がどの程度の交流を予期した台詞かは、考えるまでもない。トバリの「会ってみたい」の意訳が「互いのパーソナルスペースを侵さない程度の距離を維持したまま一方的に目視したい」だろうことは、すぐに見当がついた。自分に遠慮した物言いを取ったのだとも。
 本来のトバリであれば率直に「遠くからきみの母親を見てみたい」と口にしたはずだ。それをわざわざ「会ってみたい」などと言ったのは、やはりイタチの不興を買うのを恐れたからだろう。
 自分の返事を待つトバリを前に、イタチは釈然としない気持ちになった。どうやら、自分は“これ以上怒られたくない”という忌避感情を覚えさせるほど小うるさかったらしい。
 そりゃ、それなりに干渉している自覚はあったのだけれど……でも、他人に関心のないトバリのことだから、どうせ三歩も進めば自分の名前さえ忘れてしまうと思っていた。
 トバリは他人について何も考えていない。当人の意見を伺うまでもなく、彼女が殆どのことに無関心なのは明らかだ。助けてやった相手の感謝の言葉も無視して行ってしまうし、イタチがバテていてもまるで気付かない。手首を捻挫している人間に、重量のある包みを持たせようとする。しかも、何度かはとこと鉢合わせしているらしいのに、未だに嫌われていることを理解していない。
 困っているひとがいれば助けるし、他人との約束事も律儀に守る。でもそれは、ただ三代目に教えられたことを守っているだけに過ぎない。他者への献身も、そこにトバリ自身の意思は一切存在しない。いつも――少なくとも自分と出会ってからというもの、いつもトバリはそうだった。

 私はこの里の道具で、私の替えは山ほどいる。忍者というのは、そういうものだ。
 芯から、その言葉がトバリの全てだった。トバリは自分のことを大量生産された工業製品程度にしか思っていない。幼いなりにそう感じ取ったから、イタチはトバリを自分の傍に繋ぎ止めた。
 父母やアスマは誤解しているけれど、別にトバリ個人に好意があるわけではない。寧ろ自分で何か考えようとしない人間は関わるだけ損だと思う。何が楽しくて赤の他人の世話を焼かねばならないのか。イタチがトバリに口煩いのは、常にタスクを与え続けないと彼女が反応しなくなるからだ。反応しなくなる……要するに、勝手に“もうイタチに付き合う義理はない”と判断して顔を出さなくなるということ。それを避けるために「次はちゃんと飲み物をもってこい」とか「じゃまになるから、ムダな物はもってくるな」「おまえの投擲体勢には山ほど改善点があるぞ」と“次”を匂わす台詞を口にしているのだ。決してイタチ個人の人間性が“口煩い人物”というわけではない。

 鬱屈とした曇天。激しい雨のなか、イタチは忍の現実を目の当たりにした。
 自里のために命を賭すことが正しいのなら、その“正義”を遂げたはずの忍たちは何故苦悶に満ちた顔で死んでいくのだろう。死にたいと思って死んだ者など誰一人いなかったのに、それでもあの地獄が“正義の果て”なのだろうか? トバリは「そうだ」と断言する。何度でも、繰り返し。
 トバリは平然と「私は必ずこの里のために死ぬ」と口にする。誰にも興味を持たず、善も悪もなく自里のためにしか生きることが出来ない子ども。だから“振り回しても良い”と思った。
 自分が“変えたい”と渇望したものが何か見失わないために、トバリを繋ぎ止めたかった。
 どうせ、トバリは自分の頭で物事を考えない。自分自身の感性より自里の利益のほうがずっと優先度が高いのだから、他人に振り回されるのを億劫に感じこそすれ、修行の体を取っている限りは不興を買うはずがないと思っていた。隠れ里において、才能ある忍は何よりの財産だからだ。
 ずっと、そう思っていた。そうでなければ、あれだけ他人を振り回して平然としていられない。

 果たして、今のトバリに「私は必ずこの里のために死ぬ」と口に出来るだろうか。
 まさかトバリが自分に苦手意識を抱いているなどとは、夢にも思わなかった。大体、イタチのことが嫌いなら何故律儀に会いに来るのだ。何も考えてないからだと、そう思っていたのに。
 イタチがトバリに対して“出会った頃と変わった”と思うのは、出会った時のままでいて欲しかったからだ。もしトバリが“ふつうの子ども”だったら、イタチは決して彼女を引き留めなかった。
 物知らずなトバリは度々無知を発揮して面倒くさいし、ズレた価値観に苛立たされることはしょっちゅうで、イタチの聞きたいことは何も教えないくせ、要らん言葉は欠かさず添えてくれる。
 好きか嫌いかで言えば、ハッキリ言ってイタチはトバリのことが嫌いだ。

『こわれたら、かえればいい』
『わたしはこの里の道具で、わたしの替えは山ほどいる。忍者というのは、そういうものだ』
『いったい、わたしの気もちや、わたしが考えたことになんのいみがあるというの』
 死んだような目。それ以外なにも知らないと言いたげな声音。深い苦悶に満ちた表情。
 トバリだけは自分のなかにある焦燥を理解してくれると思っていた。それでもトバリも結局は“ふつうの子ども”を望むのだとすれば、自分は何のために彼女に関わるのだろう。
 そうとまで考えて、イタチは自分の身勝手さを自覚した。イタチがあの日見た地獄の先に自分の道を見出すのと、そのなかにトバリの背を探すのは全く別の話だ。イタチの未来はイタチが自分で決めれば良い。でも、トバリがどこへ行くかはトバリの考えることだ。他人が勝手に決めつけてはならない。あまつさえ自分の期待を裏切られたからと言って落胆するのはあんまりに身勝手だ。
 分かっているはずなのに、如何しても思ってしまう。雨の中に一人取り残された気持ちになる。
 お前の地獄は、こんなに簡単に薄れてしまう程度のものだったのか。

『母さんに会いたいなら、うちにゆうはんを食べにくると良い』
 トバリの意図も、自分の落胆も、失望も――何もかもを知らんふりで誘った。
 トバリが徐々に“ふつうの子ども”になっているなら、端から彼女を“ふつうの子ども”だと思っている父母と遭遇したところで問題ない。産み月の近い時にひとを招くのも如何かと思うが、既に食後の片づけはイタチとフガクの仕事になっている。トバリは物静かで食欲に乏しいし、然程負担にならないだろう。母親も「一度家に招んであげなさい」と言っていたのだし、第一当のトバリが「臨月の妊婦を見てみたい」と言っているのだ。招くのなら急いだ方が良い。
 それに、以前は「父親とトバリを引き合わせたい」とさえ思っていたはずだ。トバリが自らの意思でチャクラを使いこなせると知ったら、きっと父親もイタチに忍術を教えてくれる。そう考えると、トバリが彼女らしからぬ“凡庸さ”を見せるようになったのも幾らか許せる気がした。

 尤もトバリが多少“ふつう”に近づいたからといって、完璧に“ふつう”なわけではない。
 飽く迄もトバリは変わった子どもで、自分との交流を通してなのか何なのか、いつのまにやら多少“ふつう”になってしまっただけだ。別にトバリが“ふつう”になりつつあるのは――多少面白くないという気持ちはあるものの――構わないのだけれど、中途半端な状態にあるというのは厄介なことだ。確かにトバリを家に招くと決めたのはイタチ自身で、当人の意思を無視してまでごり押しした企画ではあったが、だからといって一切の不安もなしに当日を迎えたわけではなかった。
 恐らく「つけものはあんまり食べたくない」とか「朝食べたから、今は要らない」「帰ってから飲むから良い」といった生来の我儘(イタチはそう信じていた)は口走るだろうし、最悪アスマに敬語を使わないのと同じで、自分の両親にもタメ口で喋るかもしれない。如何しよう。トバリが敬語を操る図が一切想像つかない。アイツは一体、三代目にもタメ口を利くのだろうか? 効くんだろう。イタチには分かっていた。トバリはそういう子どもだ。三代目に操縦出来るはずがない。
 勿論、人間としての器が大きい父母は四歳児のタメ口なんかで動じたりしない。まだ子どもなのだからと寛容な態度で受け流してくれるだろう。そう考えるだけで、イタチの胃はキュッとする。
 覚悟だけはしておこう……繰り返し自分に言い聞かしたところで何も変わらない。イタチは深々と悲嘆に耽った。どうしてトバリを誘う前に、深呼吸しようと思わなかったのか不思議でならない。少し考えれば、ちょっとマトモになったとはいえストレスフリーに招ける相手でないことぐらい思い出せたはずなのに、何故ウッカリ奴を誘ってしまったのだろう。オレはバカだ。
 そうした悔いを引きずったままに、食事会当日を迎えた。殆ど徹夜である。何も分かっていない母親からは「トバリちゃんが遊びにくるの、とっても楽しみにしてたものね」と笑われた。
 きっと「別に楽しみにしているわけではない」と弁明したところで、何故を問われるだろう。この清々しい朝に、自分の絶望を事細かに説明するのも躊躇われた。躊躇われたっていうか、母親の理解を得るためにはトバリの人物像から説明する必要があり、そんなことをしていたらトバリとの約束に間に合わなくなってしまう。トバリに一刻も早く会いたい理由は一つもないが、貸しを作るのは死んでも嫌だ。最早、自分が何故そんな人物と食事会の約束をしているのかは謎である。
 何にせよ――要するに自分が今日のことを今更後悔しているとか、母親がまた妙な誤解をしているとか、真顔で玉子焼きを食べる父親が実際のところトバリを如何思っているのかとかは一先ず脇に除けることにして――トバリと合流して、修行の後は二人でここに帰ってくる他ない。

 どれだけ言い訳を並べたところで、結局“言いだしっぺ”は自分なのだ。
 しかもトバリの「会ってみたい」の意訳が「互いのパーソナルスペースを侵さない程度の距離を維持したまま一方的に目視したい」だとわかった上で誘ったのだから、何があろうとそれはイタチの自業自得である。第一トバリがミコトのことをネコかカブトムシ程度にしか思っていないことなんて、疾うに承知していたはずだ。疑惑が現実のものとなったところで、然したる違いはない。どうせ父親は千手一族に良からぬ感情を抱いていて、母親には父親の思想が全てなのだ。自分たちの産まれるずっと前から生きている父親が、今更トバリの行動の如何で変わるとも思えなかった。
 トバリとの待ち合わせ場所に向かう道すがら、イタチは幾らか気を取り直した。
 両親は息子と同い年の子どもに心無い仕打ちをするような人間ではないし、トバリが変わっているのだって今に始まったことではない。何もかも、大したことではないのだ。そう思った。
 安堵が胸に広がると同時に、凪いだはずの胸中にまだ不安が残っていることに気付く。いつも通りの“大したことのない一日”が始まろうとしているのに、イタチのなかには一つの不安があった。

 もしもトバリが完璧に“ふつう”をやり遂げたら、その時自分は何を思うのだろう。
 朝の青々とした光のなかを早足で行く最中、イタチは不意にそんなことを考えた。しかし、深く考えようとはしなかった。トバリが“ふつうの子ども”として振る舞えるはずがないからだ。
 確かにトバリは少しずつ“ふつう”に近づいているけれど、もし“ふつうの子ども”として振る舞えるなら、わざわざ嫌いな人間の前で馬鹿をやる理由が分からない。増してイタチを苦手視していることが判明した以上、イタチの知っているトバリが一番“ふつう”に近いに決まっている。
 そうやって決めつけて、それ以上考えなかった。いや、思索を切り上げた理由は他にもある。
 ようやく南賀ノ神社の社殿が見えようかというタイミングで、九時を知らせる鐘の音が背後を追ってきたのだ。ほんの数分とはいえ、イタチの頭のなかは待ち合わせに遅れたショックで一杯になってしまった。尤も、じゃあ時間に余裕があればトバリに纏わるありとあらゆる可能性を考慮したかと言えば否と言わざるをえない。やはりイタチは、徹底的にトバリを軽んじていたのである。
 幼さ故の無知で、イタチはトバリを軽んじることに罪悪感を覚えることがなかった。


◆ ◆ ◆


「しっかりした子じゃない」
 カウンターチェアに浅く腰掛けたミコトが、快活に笑った。

 その純和風邸宅に相応しくないカウンターチェアは、フガクが買い求めたものである。
 いよいよ産み月が近くなってきたというのに、母親は如何しても台所に入り浸りたがった。
 妊婦にどの程度の家事が許されているかは不明であるが、世論は兎も角、父親が「もう立ち仕事はするべきではない」と考えているのは明白だ。それにも拘わらず、母親は毎日毎日ご機嫌で台所に立っている。臨月の妻がフライパンを振り回しているのを目の当たりにしても、父親は如何にも歯切れの悪い口ぶりで「もっと手を抜けるだろう」と零すだけなのだった。母親が「まだまだ大丈夫よ、二度目なんだから」と反論しようものなら、そそくさと居間に逃げ込んでしまう。
 敗走を強いられた父親は決まって大げさな音を立てて朝刊を開く。それから後、社会欄に向けてボソボソ「お前も朝食なんぞもっと簡素で良いと思うだろう?」などとカウンセリングを行う。イタチには父の傷心がよく分かる。父は自分に調理技能が備わっていないのを知っているのだ。
 そもそも、つい先日も「もう良い。お前が毎食惣菜に頼っていられないというならオレが作る!」「じゃあお願いしようかしら。ちゃんと一汁三菜にできなきゃ認めないわよ」と売り言葉に買い言葉で炭を錬成したのである。いつも通りの横柄な態度で「良いから、もう台所に立つのはやめろ」と言ったところでミコトを怒らすだけなのは火を見るよりも明らかだ。怒った母親は怖い。夫のプライドが高いのを熟知している母親は、父親の錬成した炭を硯ですりながら「良い墨になりそうな目玉焼きですこと」とほほ笑む。羞恥で畳に突っ伏す父の姿は、記憶から消すことにした。
 そうした揶揄のあとで、家計簿片手に説教されたのもショックだったのだろう。イタチが「父さんの焼きそばだけは好きだよ」と慰めても、社会欄とのカウンセリングを止めようとはしなかった。イタチが知らないだけで、社会欄に話しかけると紙面に返事が浮かび上がるのかもしれない。
 一時は父親の精神状況を不安に思っていたが、無駄なものと思われた“朝刊カウンセリング”も幾らか有益だったらしい。ここ一週間で急速に仲を深めた社会欄のアドバイスを受けて、父親は前述のカウンターチェアを買ってきた。そして自分より弁が立つ妻にああだこうだと口出しするより、無言で妻の仕事を奪ってやるほうがまだしも勝ち目があると踏んだらしい。何の勝負をしているかは分からないが、せっせと干した洗濯物を眺めながら「今日はオレの勝ちだな」と呟くあたり、父親は何事か競っている意識があるのだと思う。イタチは“一人相撲”の意味を理解した。かしこい。
 そういう経緯があるので、カウンターチェアに腰かける母親はいつもニコニコしている。
 幼いイタチにも、上機嫌の理由は見え透いていた。足の長いカウンターチェアはイタチの背丈ではまだ座ることが出来なかったし、見るからに華奢なフォルムをしたそれが父親の体重に耐えるとも思えない。要するに、その椅子は本当の本当に母親のためだけの椅子だった。
 夫が自分のために改修した台所で、夫が自分のためだけに買ってきた椅子に座っているのだ。ニコニコしないはずがない。しかし不思議なもので、今日の“ニコニコ”は三割増しだった。
 勿論イタチは賢いので、その理由にも粗方見当がついている。尤も見当がつくからといって理解出来るわけではない――息子が小さな客人を連れてきたことの何が嬉しいのだろう。

 イタチの提案で催された食事会はあっという間に解散の運びとなった。
 何かトラブルがあって、途中で解散したわけではない。食事も、食後の歓談も一息ついて、すっかり日も落ちたので、自然な流れで主賓が辞去することになった。それだけのことだ。
 トバリと父親が家を出てからもう二十分近く経つ。その間ずっとイタチは後片付けに励んでいたし、母親は母親で、息子の邪魔をしながら“息子の初めてのお客さま”を褒めたたえていた――とても大人しいとか、落ち着いてて礼儀正しいとか、利発だとか、そんなような言葉を並べ立てて。
 イタチは如何しようもない焦燥感を覚えて、足元の踏み台をトンと踏み鳴らした。何事もなく食事会が終わったというのに、何故こんな、落ち着かない気持ちでいるのか分からなかった。
 そのあまりに軽い足音に気付いて、食器棚とシンクの中間に座っている母親が視線をくれる。
 不思議そうに瞬きする母親に、イタチは“何でもない”という代わりに頭を振って応えた。
「洗うのはトバリが手伝ってくれたんだし、父さんが戻ってくる前に片づけておこう」
「そうね」母親は何の躊躇いもなく頷いた。「トバリちゃん、自分で自分の食器洗ってるのね。夕食の分だけだって言っていたけど、本当に慣れた手つきだったわ。感心しちゃう」
 一番最後に残った茶碗を布巾で拭ってから、食器棚の前のイタチに差し出す。
 イタチは何とも言えない表情で茶碗を受け取った。茶碗を仕舞うために、踏み台の上で方向転換する。普段使いの食器が仕舞われている段の一つ上、来客用の食器置き場に茶碗を戻した。

「アナタが世話を焼く必要なんてなさそうだったわ」
 不意に母親が立ち上がる。父親の目を盗んで、朝食の仕込みを済ます心づもりらしい。
 食器棚と向き合ったまま、イタチは「悪いやつじゃない」とだけ応じた。到底母親を満足させる返事ではないと分かっていたものの、そう答える以上に如何したら良いのか分からなかった。
「そう……」ざあっと涼やかな水の音。「そうね、イタチのほうがよく知ってるのよね」
 息子の言葉を如何解釈したのか、ミコトは目を細めて微笑した。
 会話としてチグハグなところがあっても、ミコトは息子を問い質さない。口下手なひとと話すのは、夫で慣れているのだ。チグハグな言葉を返すのが“自分の感情が纏まっていない証拠”だとも知っている。しかし、妙なところばかり夫に似た息子は適当にあしらわれることに慣れていない。
 自分が父親そっくりの頑固者だという自覚のないイタチは、俄かに面白くない気持ちになった。母さんは何も分かっていない。余所余所しい食器群が並ぶ棚の縁を見つめて、不貞腐れる。
「たしかに、ちょっと……抜けてるけど、世話してるとか……そんなんじゃない」
 一先ず「悪いやつじゃない」よりマシな言葉を絞り出すと、丁度胸元の高さにある棚板に寄り掛かった。棚の上で組んだ腕に顎を乗せる。その奥には素麺の器や玻璃の皿が静かに眠っていた。
 母親はやはり“あしらう響き”で「はいはい」と相槌を打つだけで、台所仕事に戻ってしまった。
 流しで軽く洗った布巾は、きつく絞ってから吊り戸棚下のタオル掛けに広げる。冷蔵庫の中身と朝食の献立とを頭に描きながら、鍋に水を張る。板状の昆布をハサミで切って、固く絞ったぬれ布巾で表面を拭く。綺麗にした昆布を、丸缶から取り出した鰹節と一緒に鍋に入れて火にかける。戸棚が開く音や、丸缶の開けた時の音、二番だしを取る匂いで、母親が何をしているのかが分かる。
 主婦としても忍者としても優れたミコトの挙動は極めて無駄がない。
 父親の手に収まっている時は無暗と騒々しいフライパンも、勢いよく水を吐き出す蛇口も、母親の傍では酷く従順だった。イタチは台所の前に立つ母親が好きだった。父親が“里の経済を回すために台所用品を買い替える必要がある”と言って、母親の背丈に合わせたものを新調したのは年末のことだ。まだ真新しいシステムキッチンの前を滑るように移動する母親は一際魅力的に見える。
 ほんのりと湿った、鰹節と昆布の温い香気が鼻孔に入り込む。密やかに台所に立つ母親も、それを手伝う自分も、火の気と水の香を含んで潤んだ空気も“いつも通り”。台所全体に“団欒”の名残が燻っている。その平穏に身を委ねてしまえば楽になることを、イタチはよく知っていた。

 イタチはトバリを好いているわけでも、仲良くしたいわけでもない。
 別に、イタチ個人の感情で“トバリを家に招きたい”と望んだのではない。表向きとはいえ一応は“友人関係”にあるのだし、母親の手前、一度ぐらい招いておいたほうが良いと思ったからだ。
 トバリがミコトへの関心を口にする前から、いずれ機が熟したら誘おうと決めていた。そうしたら、相手が訪問に幾らかの意欲を見せたタイミングで招くのはごく自然な事の流れだ。例えその意欲とやらが「互いのパーソナルスペースを侵さない程度の距離を維持したまま一方的に目視したい」程度のものだとしても関係ない。現に何事もなく食事会は終わり、母親のみならず父親までもがトバリに満足した。トバリが年より大人びた子どもであると知った以上、暫くは「家に連れてらっしゃい」とか「本当に、二人きりで大丈夫?」などと口煩くされることもないはずだ。
 あらゆる可能性のなかで、一番良い結果を出したはずだ。そう自分に言い聞かす。
 後片付けだってもう終わった。自分の部屋へ戻って明日の修行メニューについて考えたり、忍具の手入れをしたら良い。それとも、父親が帰ってくるまで、居間で読み物の続きをしていようか。
 ふと、イタチの鼻先に冷たい玻璃の肌が触れた。台所から漏れる乏しい光で、素麺の器に薄暗い像が映りこむ。憮然とした面持ちの自分が、こちらを見つめ返していた――鬱屈とした瞳で。
 何もかも終わったのだ。イタチは繰り返し胸中に呟いた。終わったことをほじくり返して……それも、好きでもない相手の言動を頭のなかで突き回すことに何の意味がある。馬鹿馬鹿しい。
 そっと目を瞑って、イタチは何か違うことを考えようとした。トバリ以外の何かについて。
 トバリを家へ招いた理由は、単なる打算と義理感情。それ以外に何の理由もない。だからきっと、何もかも知らんぷりで、父母の言葉におもねてしまえば楽になる。多分、それが一番良い。


「父さんに独り占めされて、残念だったわね」
 素麺の茹だった鍋に差し水でもするかの如く、ごく自然な響き。
 イタチは思索を切り上げて、棚板から身を起こした。ノロノロと気だるげな素振りで振り向くと、すっかり朝餉の支度を終えた母親が漆塗りの長角盆を捧げ持っていた。お盆の上には二人分のマグカップと塩豆大福が乗っている。マグカップに注がれた緑茶はぬくぬくと湯気を立てていた。
「イタチとトバリちゃんのおかげで早めに片付いたし、居間でお茶にしましょう」
「うん……でも、オレは別に」イタチは慎重な足取りで居間へ向かう母を追い越すと、両手を差し出す。「いつでも話せるから。そもそも、今日は母さんたちに会って貰おうと思ったんだし」
 息子の意図を察したミコトが微笑と共にお盆を預けた。「そういうところは本当に父さんそっくりね」ミコトの笑みには僅かに苦いものが混じっていたが、息子に気取られるほどではない。
「父さんはあんまりオレに似てないって言うけど、息子だからね」
 四角四面に応じながら、イタチはスタスタと極めてスムーズな歩調でちゃぶ台を目指す。
 その決して慎重とは言い難い歩調に反して、緑茶の水面は平らに凪いでいた。イタチはじきに五才になろうかという幼児ではあるものの、物心つく前から厳しく体術を仕込まれてきた。幼いながらに体軸が整った体はチャクラコントロールに頼るまでもなく、優れた運動能力を発揮する。
 ミコトは自分たちが手塩にかけて育んだ“才能”を眺めた――つい先ほど“自分が招きたくて招いたわけではない”と暗に吐露した息子の背を。やはりどれだけ大人びていても、子どもなのだ。
「でも、母さんはもっとトバリちゃんとお喋りしたかったわ」
 テキパキとお茶の支度を整えるイタチに苦笑して、ちゃぶ台脇の座椅子に腰を下ろす。
 カウンターチェア同様、この座椅子もフガクが買ってきたものだった。恐らく、初産の反省点を色々と記憶しているのだろう。そうした父親の優しさも、イタチにとっては特別なものではない。妊娠中の妻を気遣うのは夫として当然の振る舞い。そう考えるイタチは、人並み外れて鈍感なわけでも、傲慢なわけでもない。ミコトが“そう言う風”に育ってほしいと望んだのである。何れ自分たちと同じ忍者として死地へ向かうのだとしても、ひとを愛し、ひとから愛されることを“当たり前”のものとして享受する人間に育って欲しかった。子を持つ親の殆どが願うこと。
 でも“子を持つ親の殆どが願うこと”は所詮“殆ど”に過ぎない。いつだって例外は存在する。
 ミコトは目の前に置かれたマグカップを手に取った。「だって、本当は母さんに会いに来てくれたんでしょう。すっかり父さんに取られちゃった」音も立てずに一口啜って、笑いかける。
 イタチは母親の笑みを窺ってから、そうっと自分の分の塩豆大福を頬張った。
 ミコトは産まれついて無口な息子に無暗と話し掛けない。幾ら話し掛けたところで本人の答えが定まらなければ何も答えてくれないからだ。夫と同じ。急ぎの用があるとか、何か物を食べているという“言い訳”なしには他人の台詞を無視出来ないのである。可愛い息子とコミュニケーションを取るためには、その手のなかの塩豆大福がすっかり胃のなかに収まるのを待つしかない。

 ふかふかの塩豆大福をのんびり咀嚼している間にも、イタチの思考回路は忙しく働いていた。
 すっかり記憶の彼方に追いやられていたトバリの訪問理由を思い出したからだ。いや、精確に言うとトバリが可笑しくなった(今日に限っては世間一般の常識の範疇から外れているという意味ではない)ことの影に隠れてしまっていただけで、忘れていたわけではなかった。そもそも事の元凶とも言うべき“好奇心”を如何して忘れることが出来ようか。トバリは母親に興味を持っていたのである。それなのに父親の相手をするばかりで、本来の訪問目的にはまるで関心を示さなかった。

 トバリと父親が何で意気投合(と言っていいのかは不明だが)したかと言えば、庭の話である。
 二人して「今年はもう芝張りは駄目だな」とか「モルタルやコンクリートで出来たのは“たいきゅうせい”がないようですよ。“せいけいいけ”が一番楽だと聞きました」「成型池は単純な形ばかりで趣味に合わん」等と、親密に話し合う。その熱心な口ぶりに、イタチは父の関心の向くところを知った。一族の顔役ということで、イタチの家は普段から来客が多い。休みの日に庭弄りをしているのは、体裁を気にしてのものだとばかり思っていた。そうか、父さんの趣味だったのか。
 急に玄関前に松を入れたり、朝っぱらからせっせと庭を掘っていたのは父の趣味だったのだ。
 イタチは一人合点した。庭隅に積み上げられた石はゴミなどではなく、何れ自作するだろう池の周りに配置するためのものだったのである。母親が処分しても処分してもいつの間にか増えているので不思議に思っていたのだが、父親がそんなことのために石を貯めこんでいるとは思いもよらなかった。道理でここ最近、毎夜のように石が増えているわけだ。妻が碌々動けないのを良いことに、まんまと貯めこんでいるに違いない。また一つ、知らないでも良いことを知ってしまった。
 幼女相手に夢を語る夫を見て、母親は複雑な顔をしていた。その理由は明らかで、イタチの家の庭は父親のガーデン・ドリームを叶えるほど広くない。決して狭くはないが、不運な事に縦横の値に差がある。父親の望む形で池を入れるには、物干し台の撤去は不可欠だろう。

 父親とビオトープの話で盛り上がるトバリは、イタチの知らない子どものように見えた。
 父親と話している時だけじゃない。今日のトバリはイタチの家にいる間ずっと“イタチの知っているトバリ”ではなかった。「しっかりした子じゃない」という母親の台詞は何一つ間違っていない。確かに今日のトバリは極めて利発で礼儀正しく、落ち着いた物腰で父母に応じていた。
 イタチ相手だと自分の懐に何が入っているか探ろうともしないくせ、フガクやミコトの話には風呂敷を広げて応じる――イタチへの相槌は勿論、はとこへ助言した時とも違う、大人びた声音で。

 その一方で、イタチと二人で修行していた際はいつもにも増して様子が可笑しかった。
 イタチの指示には応じるものの、何を話し掛けても出会った当初に戻ったかのような無反応。“父母の前で取り繕うために熱量の消費を抑えていたんじゃないか”と思うほど反応しない。何を考えているのか、何も考えていないのか、ぼーっと斜め下の地面を眺めているばかりだった。
 確かにイタチの胸中には「トバリが“ふつうの子ども”になってしまうのは面白くない」という気持ちが存在する。それはイタチも自認するところである。しかし、二か月の苦労がフイになっても尚“面白い”と感じるほど珍奇な生物に関心を持っているわけではない。凡そ二か月を費やして雑談が三往復するレベルに飼い馴らしたのに、たった二日離れていただけで野生に戻ってしまった。
 棒立ち状態のトバリに細々と指示を出しながら、彼女を家に招いたことを心底後悔した。
 後悔したというより、イライラしたと言う方が正しいかもしれない。無表情は相変わらずとはいえ、喜怒哀楽ぐらいはわかるようになっていたのに、だからこそ両親に会わせても問題ないだろうと思っていたのに――如何してコイツは自分が期待したとたん逆ベクトルに突っ走るのだろう。
 トバリを引きつれて帰る道々、イタチは口を酸っぱくして「お前は少しふわふわしたところがあるが、あまり変なことを言うなよ」と釘を刺した。そうしたお小言の間もずっと、トバリはボンヤリしていた。頷きもせず、両手に持った甘栗甘の手提げを眺めるだけ。あまりに無気力な様子を見て“コイツは何も分かっていない”と憤慨したのは、イタチの早とちりだったのだろうか。

 両親の前で、トバリは借りてきた猫のようにおとなしかった。
 それも血統書付きの猫のように行儀よく、客人として完璧な立ち居振る舞いだった。一時のこととはいえ「トバリに“ふつうの子ども”として振る舞えるはずがない」と思ったのが恥ずかしくなるほど完璧に“ふつう”の話し方で、ミコトの雑談に応じ、フガクと話しこむ。笑ったり、子どもらしくはしゃいでみせることこそなかったが、両親の目には“ふつうの子ども”として映ったはずだ。
 だだ、一切の感情が見受けられない無表情、話し相手と目を合わせるでもなく虚空を彷徨う瞳――饒舌に紛れてしまっていたけれど――その二つだけが“イタチの知っているトバリ”だった。
 イタチには分かっていた。フガクに語る言葉に嘘がなかったとしても、その大人びた振る舞いは全て演技だった。多忙な三代目、信頼の置けない親戚たちを寄せ付けないための鎧。その鎧がどれほど重いか、イタチには分かる。自分たちが“ふつうの子ども”で居られる場所は限られている。

 イタチだって、一度家の外へ出てみれば“ふつうの子ども”として扱われない。
 イタチのことを“たかが子ども”と侮る大人たちは、時として露骨な嫌悪を見せることがあった。はとこが自分を標的にするのも、そもそも彼の親が自分のことを好意的に捉えていないからだ。トバリほどでないにしろ、イタチも他人に興味がない。いざ嫌悪を向けられた時に「何が理由で“たかが子ども”に過ぎない自分に嫌悪を向けるのだろう」と不思議に思っても、答えは出なかった。
 それでは、自分の気持ちは如何なのだろう。名前の分からない焦燥を眺めて考える。
 自分は“たかが子ども”と侮られたり、嫌悪対象として見られることに不満はないのだろうか? “如何でも良い”というのがイタチの包み隠さない本心だった。同時に“鬱陶しい”とも思った。誰に如何思われようとイタチの知るところではないが、嫌悪感情に端を発した嫌がらせは鬱陶しいし、目障りだ。そう思うからこそ、イタチは彼らの嫌悪感情を煽らないよう気を付けてきた。
 まあ折角の配慮も虚しく、トバリがはとこの自尊心を全力で踏みにじった上で大気圏外に蹴り飛ばしてくれたのだけれど……そして、その圧倒的暴力によってはとこは大人しくなったのだけど――結局のところ、たまたま上手く転んだだけに過ぎない。本来、ああした対応は火に油だ。
 トバリは決して馬鹿ではない。自分と同じく“ふつうの子ども”ではないトバリが火に油を注いで平然としているのだから、それは彼女が他人に芯から興味がない証拠なのだと思った。
 イタチがはとこのことを目障りだと思うのは、少なからず彼の存在を認識しているからだ。木の根っこに躓いたからといって、木に怒りを覚える人間はいない。木がわざと自分の邪魔をするわけでもなし、自分の不注意故のことと自省する。トバリにとっては、そういうことなのだろう。
 トバリにとっては所詮何事もその程度のこと。トバリは他人に興味を持たない。

 もしもトバリが完璧に“ふつう”をやり遂げたら、その時自分は何を思うのだろう。
 今朝のことだ。トバリとの待ち合わせに向かう最中、イタチはそんなことを考えた。しかし、すぐに考えるのをやめた。トバリが“ふつうの子ども”として振る舞えるはずがないと思ったからだ。
 確かにトバリは少しずつ“ふつう”に近づいているけれど、もし“ふつうの子ども”として振る舞えるなら、わざわざ嫌いな人間の前で馬鹿をやる理由が分からない。トバリは自分のことが嫌いなのだ。トバリは流されやすい子どもだ。それを良いことに、イタチは彼女のことを散々振り回してきた。トバリは他人に興味がないし、一般常識から逸脱していて、長幼の序も分かっていない。それでも、修行も雑談も、最初は億劫がっていたとしてもいざ始まってしまえば応じる努力をした。
 トバリにとって、そうした努力がどれほど負担だったのだろう。その本心に気付かないのはイタチの両親だけじゃない。三代目も、アスマも、トバリが振り回されることに迎合した。

 イタチは家に帰れば、自分を子ども扱いする父母の間で“ふつうの子ども”として振る舞える。
 じゃあ、父親も母親もいないトバリが“ふつうの子ども”で居られる場所はどこだろう。誰かに気を使うことなく、ありのままの自分として振る舞える場所。多分彼女にそんな場所はないのだ。
 イタチがたった今気づいたことに、トバリはとっくに気付いたのだろう。

 去り際に、三和土に降り立ったトバリがチラとイタチに目をくれた。
 その隣に並んだ父親が、母親に「まだこの時間なら空いてる商店もあるが、何か用はあるか?」と口にする。玄関先で他愛ない雑談になだれ込む父母に、イタチは居た堪れない気持ちを覚えた。
 自分もトバリと何か話すべきだろうか。そう思ったものの、別れの挨拶以外に言うべき言葉が浮かばない。口を噤んだまま父母の話が終わるのを待っていると、トバリがフガクたちを見上げた。本当に掠めるだけの視線で二人の様子を窺ってから、イタチの下に視線が戻される。ボンヤリと虚空を彷徨っていた瞳がイタチを捉えて、“これで満足だろう”とでも言いたげに歪められた。

 もしもトバリが完璧に“ふつう”をやり遂げたら、その時自分は何を思うのだろう。
 改めて考えるまでもない。分かっていた。トバリは、完璧に“ふつう”の態度で接する相手の前で気を許すことはない。もし自分が完璧に“ふつう”のトバリを目にすることがあれば、それはトバリに見限られた時をおいて他になかった。そういうことだ。イタチは見限られたのである。
 確かにトバリは他人に興味がないし、はとこのことを樹木程度にしか気に留めていなかったかもしれない。でもイタチははとことは違う。トバリにとってのイタチは、樹木よりかは意識に残る存在だったに違いない。それ故にイタチの言動は彼女を怒らせるし、失望させる。気分を害する。
 本心から“トバリに嫌われている”と思っていたわけではない。そう思っていたほうが傷つかないで済むから認めたくなかった。トバリに嫌われるなら樹木程度に思われているほうがマシだ。

 トバリが樹下でウロウロしていた時、イタチはそれを面白いと思うだけだった。
 ちょっと考えればトバリが自分を心配していることに気付けたはずだ。それなのに“どうせトバリだから”という軽視を理由に考えるのを止めた。トバリとイタチの間には幾つかの共通点があるけれど、それ以上に違うところが沢山ある。イタチは子どもだから、本に載っていないことと、自分が経験していないことは知らないし、分からない。無意識下で自分が認識できないものは存在しないのと同じだと思っていた。だから自分のなかの常識が当たり前だと思って、深く考えない。落ち着きさえすれば単純なことだった。トバリの気持ちを顧みずにいたから、遂に見限られたのだ。
 もうとっくに塩豆大福は食べ終わったのに、舌先にしょっぱいものが広がる。

「本当は、少し、むりやりにさそったんだ」
 イタチはぐっと腕をあげて、頬を伝う涙を拭った。

 イタチは、思い出したように猫の話をするトバリのことを思い返した。
 イタチの世界は極めて狭いから、雑談に興じると当然父母の話が多くなる。コミュニケーション能力が高いわけでもない二人にとって、自分たちに適切な話題ではないと知りつつ“家庭”の話から抜け出せないのは仕方のないところがあった。そして、イタチよりずっとコミュニケーション能力の低いトバリに選べる術は少ない。イタチが自分の“世界”について話すのなら、それと釣り合う話題で応じる他ない。それ故トバリは、父親の話をしている時はヒルゼンの話で、母親の話をしている時は――妊娠という共通点からか、縁の下に一時居ついた猫のことを話すのだった。
 話題に乏しい自分に非があると分かっていても、如何しようもない。イタチに出来るのは、精々が尤もらしく聞き流すことぐらいだ。またこいつは母さんを猫と一緒にして……と、僅かに忌々しく思いながら、そんなことも億尾にも出さないようにして聞き流す。そうすると、トバリが少し表情を緩めてくれる。その理由は分からねど、自分の傍らでホッとしているのだとは分かった。
 自分の小言を聞かずに済んでホッとしているのだろうか。それとも、自分の話を適当に交わすことが出来たからホッとしているのだろうか。そのどちらかだろうなと、そう決めつけた。
 始末が悪いことに、一度涙がこぼれると次から次へと溢れてくる。イタチは必死に目を擦った。
「……トバリがしっかりしてるところを見たら、父さんもオレに忍術を教えてくれるんじゃないかって思った。父さんはまだ早い、早すぎるって言うけど、トバリはもう幾つも覚えてる」
 母親が座椅子から下りて、イタチににじり寄った。息子の小さな手を握って、膝に下ろす。手を押さえつけたまま、涙で潤んだ目を覗き込んだ。眼球の無事を確かめてから、口を開く。
「父さんがトバリちゃんの手のタコを確かめてたの、気付いてた?」
「トバリ、は、さいきん少し、“さぼりぐせ”がついただけで、なまけもの、じゃない」
 しゃくり上げながらも、イタチは言い返した。殆ど反射で、台詞の意図は分かっていない。
「そうねえ。修行熱心なアナタが一目置いてるんだもの。とっても努力家なのよね」
 やさしく語り掛ける母親に、イタチの耳が赤く染まる。
 トバリのことを“サボリ癖がある”と思っているのはイタチ自身だ。身勝手だと分かっていても、何かやる気が失せるようなことがあったんだろうと推測出来ても、腹が立つ。自分があんなに熱心に誘って、教えてるのに、なんでアイツはやる気を出さないんだろうと思ってしまう。
 イタチの手が膝の上から動かないのを確かめると、ミコトは華奢な肩に腕を回した。ポンポンと、息子の肩を叩く。戸惑いがちに泣く体は年相応に幼いのに、イタチは自分に許されている様々なことをすぐに忘れてしまう。ミコトはまだ自分の腕にすっぽり収まる体躯を慈しんだ。

「確かに忍者にとって忍術の習得は必要不可欠で、一流を目指すなら決して避けては通れない」
 殊勝な面持ちで涙を流しつつも、イタチは聞き飽きた説得の気配を察知した。
 父親が自分に忍術を教えようとしないことについての説得は、とっくに聞き飽きている。
 忍者にとって忍術の習得は必要不可欠だけど、それよりずっと体術や忍具捌きも大切だとか、忍術と比べってどっちが大事とは言い難い。父さんだってあと一年もすればちゃんとに教えてくれる。そんなような説得なんだか慰めなんだか判別しがたい話を、一体何度聞かされただろう。
 ミコトの腕のなかで、イタチは渋い顔をした。いや“またか”などと思ってはいけない自分のためを思って言っているのだ。今さっき自分の傲慢さがトバリの不興を買ったのだと自覚したばかりではないか。父親の言うとおり、自分には癇の強いところがある。幾らか自省しなければならない。
「イタチの言う通り、トバリちゃんは私たちが思ってたよりずっと良い子だった」
 イタチの予想に反して、母親の口から出てきたのは聞き慣れた説得ではなかった。

「本当にしっかりしていたし、忍術の腕前を確かめるまでもなく忍才のある子だと分かる。
 頭も良いわ。増しておじいさまは勤勉家で有名だった二代目火影さまだもの、きっと沢山の書物に囲まれて育ったんでしょうね。トバリちゃんは本当に優秀な子だと思うわ」
 何か、聞きたくないことを聞かされる気がした
「でもね、イタチ。極端なことを言ってしまえば、忍術は独学でも学ぶことが出来るのよ。
 勿論誰にでもってわけではないけど……才能と知識さえあれば、自分一人の力でどこまでも上を目指すことが出来る。でも体術や忍具捌きは、誰であれ独学で最善を目指すことは出来ない。
 トバリちゃんには、体術や忍具捌きを教えてくれるご両親はいないでしょう」
「アスマさんがいる」イタチは食い気味に反論した。「三代目だって、良くしてくれるって」
「三代目はお忙しい人だし、アスマだって将来有望な忍よ。幾ら可愛がっていても、限界がある」
 さらりと息子の言葉を否定して、ミコトはイタチの肩から腕を下ろす。
 ミコトは僅かに距離を取ってから、イタチの正面に移動した。疾うに泣き病んだ息子はきゅっと唇を噛んで、項垂れている。落ち込んでいるわけではない。母親の言葉に憤っているのだ。
 イタチが何より忌避したかったのは、父母の口からトバリの尊厳を損なうような話を聞かされることだった。折角気難しい父親とトバリがごく友好的に交流し、何事もなく食事会が終わったのである。今更、余計なことを聞きたくないのだろう。ミコトにはイタチの気持ちがよくわかる。

 イタチは賢く、些か他人に無関心な面があるとはいえ心優しい性質の子どもだ。
 ひとを愛し、ひとから愛されることを“当たり前”のものとして享受する人間に育って欲しい。
 子を持つ親の殆どと同様、ミコトもそう願いながらイタチを育てた。でも“子を持つ親の殆どが願うこと”は所詮“殆ど”に過ぎない。この世界にはいつだって“例外”が存在して、そして誰も子どもにそれを教えたがらない。最初から“例外”に含まれなかった子どもが、所詮少数派にすぎない“例外”について知ったところで、心を痛めるだけだ。そして心を痛めたところで、何も変わらない。
 他人に埋める事の出来ない差異を前に、ただ我が子が一人傷つく。それなら知る必要はない。
 両親がいる子どもは、そうでない人間よりずっと鈍感で傲慢に育ってしまう。増して幼い子どもに、完璧に他人の心に寄り添うことが出来るはずもない。無意識のうちに友人を傷つけたとしても、然程の罪でないはずだ。ミコトは勿論“だから、息子は悪くない”などと思っているわけではない。例え悪気がないにしろ相手を傷つけてしまったなら、それは傷つけた側の落ち度。
 しかしイタチには過度に自分を追い込む傾向がある。何より困ったことには、癇の強い息子に“気に病みすぎてはいけない”と言ったところで、素直に従うはずがない。
 ミコトは真っ直ぐ息子を見つめて、言葉を探した。
「これは、トバリちゃんがアナタより劣っているとか、アナタがトバリちゃんより劣っているとかいう簡単な話ではないの。トバリちゃんは自分に出来る最善を尽くした結果、忍術に特化した。でも、トバリちゃんが私の子どもだったら決して今のうちから忍術なんて使わせなかった。
 自分の時間を投げ打って、手取り足取り体術を教えて、忍具のあしらい方を体に叩き込むわ」
 父親の手で戦地に連れ出されたイタチは、この幼さでもう現実が如何に残酷であるかを理解している。年相応の対話を心がける母親に“自分を誤魔化そうとしている”と感じることも少なくない。
 まずイタチを納得させる必要がある。相手が母親だろうと、そして自分が子どもであろうと、イタチは自分を納得させる人間の話しか聞き入れない。フガクは何とか矯正しようとやっきになるけれど、ミコトは違う。最早この子の癇の強さを矯正することは出来ないと考えていた。
「……アナタたちの体はまだ未発達で、素直な分、修行次第でどんな風にも育てることが出来る。
 年を負うごとに人間の体は重くなって、鈍くなって、昨日出来たことが出来なくなってしまう。それを“老い”と言うけれど、老化を遅くするためには早くから自分の体を鍛えることが大切なの」
 息子が聞きたくない言葉を口にしなければならないとしても、それはもうミコトには如何することもできない。ミコトはただ、急いて大人になろうとするのを邪魔したかった。

 ミコトの目にもトバリの異端は分かった。でも、ミコトにとっては大した関心事ではない。
 あの子どもは少なからず“ここ”に興味がある。母親と父親が揃った温かな家庭。平穏が軒を連ねた里内で営巣することに関心を持っていて、イタチのことを羨む気持ちがあるはずだ。
 イタチは違う。人並み外れて聡明な息子の心はあの戦地に囚われたまま、時折その瞳に焦燥感を燻らせる。こんなことをしていていいのか、自分にはもっとやるべきことがあるのではないか――まだ四歳の子どもがそんな目をする。ミコトは、やはり何としてでも夫を止めるべきだった。
「今はまだ、忍術よりもっと大事なことを学べる。父さんから、私から……トバリちゃんから」
 少なからず誠意が伝わったのだろう。イタチは顔をあげて、母親の瞳を見つめ返した。
 一生懸命に真面目な顔を作っても、そのあどけなさは変わらない。来月頭にやっと五才になろうかという子ども。目も鼻も口も、輪郭も、肩も、イタチを形作る何もかもが幼い。
 こんなに幼いのに、イタチはいつも“ここではないどこか”へ行きたがる。その焦燥感がトバリと関わることで紛れるのなら、ずっと二人でいてほしい。それがミコトが望むことだった。

「ねえ、イタチ。ひとと違うことがあるって、悪いことばかりじゃないのよ」
 難しい顔をするイタチに手を伸ばして、頭を撫でる。
「トバリちゃんは忍術が得意。アナタは体術や手裏剣術が得意。それで良いじゃない。トバリちゃんから学んだ分、イタチがトバリちゃんに教えられることがあるでしょう?」

 ワシワシと頭を撫でられつつも、イタチはじっとりと母親を睨みつけた。
「でも……」なんだか釈然としないものがあったけれど、抗弁したところで無駄な気がする。「もうオレと修行するのはイヤかもしれない……体術も、手裏剣術も、オレに教わるひつようはない」
 珍しく歯切れの悪い言葉を発する息子に、ミコトはきょとんとした。
「父さんに取られっぱなしで全然話してなかったのに、いつの間に喧嘩できたの?」
「ケンカしたんじゃない。でも、オレはいつもアイツをふりまわすから」
「そうねえ。いつ見に行ってもトバリちゃんのこと困らせてるし、アナタ、トバリちゃんの前だとすっごく口煩いものね。母さんビックリしちゃった、まるでイタチと喋ってる時の父さんみたい」
 はーっと大げさなため息をつく母親に、イタチはフリーズした。……いつ見に行っても?
 いつ見に行っても? 自分と喋ってる時の父親そっくり? そりゃ、幾らか口煩いかもしれないけれど、そこまで言われるほど高圧的に接したことはない。ないはずだ。多分。わからない。
 短い付き合いとはいえ、トバリはただの一度も他人を批判したことがなかった。他人に一切の関心がないからだと思っていたが、多少なり関心があることが判明した以上は彼女に寛容さが備わっていることは想像に難くない。トバリは家政婦の料理を褒める。三代目を褒める。イタチのはとこを褒める。ごく稀にアスマのことも褒める。それほどの善意に満ちたトバリがキレたのである。
 そう考えると、母親の言う通りよっぽど口煩かったのかもしれない。

「母さん、尾行が大の得意なの」
 あっけらかんと、ミコトが碌でもない特技を自慢する。いや、碌でもなくない。
 尾行任務も立派な任務の一つである。イタチが“碌でもない”と感じるのは、息子が同年代の友人に高圧的に接しているというのに仲裁に入ろうともしない母親のことだ。イタチは渋い顔をした。
「イタチを産んだ頃は『妊婦は動くな』が鉄則だったけど、最近は散歩ぐらいしたほうが良いんですって。勿論、臨月に入ってからは覗きにいってないわよ? いつ見に行ってもトバリちゃんを困らせてるから、どうなることかと……トバリちゃん、ギリギリまで我慢しちゃったのね」
 トバリの堪忍袋の緒が切れそうだと分かっていたなら、何故教えてくれなかったのだろう。
 自分たちのやり取りを見守っていたという母親の言葉を聞き流しながら、イタチはガックリ項垂れた。最早、何もかもが信じられない気持ちになってきた。見ていたのなら窘めてくれ。
「賢いアナタのことだから、理由はわかるわね。そうしたら、如何したら良いかも分かるはずよ」
「母さんはトバリのことを何もわかってない」
 僅かに語気を荒げて、イタチはそっぽを向いた。
「トバリはひとのことを嫌ったりしないヤツなんだ。そのトバリが、がまん、もう」
 すっかり収まったはずの涙が頬を伝う。イタチは膝から手を上げて、拭おうとした。それを制して、母親のほっそりとした指がイタチの目元に触れる。息子の涙滴を絡めとって微笑する。
「イタチ。誰のことも傷つけないで生きるなんて、そんなの無理よ」

「だって今まさに、こんなにアナタのことが大好きな母さんの言葉で傷ついてるでしょう?」
 物凄い説得力を覚えて、イタチは呆然とした。

「トバリちゃんのことを傷つけたかもしれないけど、でも嫌われたかは分からない」
「わ、わか……オレは分かる。トバリはオレのことが嫌になった」
「そんなにトバリちゃんのことが分かるの?」
「母さんよりかは分かる」キッパリ宣言して、眉を顰める。「母さんより、ぜったい、ずっと」
 母親の指が、涙の道がのこる頬をブニーと引っ張った。呆れ顔のミコトが肩を竦める。
「トバリちゃんのこと全部分かってたなら、傷つけるようなことはしなかったでしょう」
 その通りだった。非常に不本意かつ釈然としないが、イタチは母親の言う通りだと思った。本当にトバリの考えていることを全部分かっていたなら、こんなことにはなっていない。
 じゃあトバリと如何なりたかったんだと考えてみても、それも分からなかった。自分のことなのに馬鹿馬鹿しい。ぐすっと、イタチは鼻を鳴らした。母親が差しだしたティッシュを受け取って鼻をかむ。兎に角、トバリに嫌われたり、失望されて、二度と二人で修行出来ないのは嫌だ。

「ほら、イタチ」
 苦笑したミコトが、イタチに両手を広げて見せる。
 母親に対する不平不満は山とあるけれど、正直言うと、いつものように優しくしてほしかった。普段は“子ども扱いされている”と思う癖に、こういう時だけ都合よく甘やかしてほしいなんて思うのは身勝手だ。でも仕方がない。イタチは気が付いたらこの家にいて、両親に愛されていた。
 渋々という風に母親ににじり寄って、母親の胸に飛び込む。真ん中の弟か妹か知らされていない命が邪魔をして、胸に飛び込んだのか、腹に縋りついたのかよくわからないことになる。
 二人分の命が詰まった体に身を預けて、イタチは口を尖らせた。
「ちゃんと、たしなめてくれても良かったのに」もうちょっとで五才になる四才の子どもらしい弱音を漏らす。「そしたら、もっと、トバリにいやな思いをさせずにすんだのに」

「あら、アナタたちはちょっとぐらい揉めたほうがいいのよ」
 人でなしか?

「二人とも大人びて頭が良いでしょう? ケンカすることに慣れておかないと、困るわよ〜?
 大きくなったら誰も“仲直りしなさい”なんて口出ししないから、どんどん友達が減っていくの」
 別にイタチは友達なんて欲しくないのだけれど、口論で母親に敵わないことは学んだ。
 母親の考えを改めさせようと思うこと自体が愚かなのである。口で敵わない以上、イタチの取るべき方策は一つ。カウンターチェアを設置し、母親に先んじて洗濯物を干す父親に倣う他ない。
 父親の苦労が分かる気がして、イタチは心中で深々としたため息を漏らした。せめて、父親のガーデン・ドリームを応援してあげよう。あんなにはしゃいだ父親を目にするのは初めてだった。
 ミコトはポンポンと、赤ん坊でもあやすようにイタチの背中を叩いた。
「ケンカして、切磋琢磨して、一緒にふざけて――みんな、そうやって大きくなるの」
「オレは……だれともケンカせずに大きくなりたい……」
「そうねえ。今まさにケンカ中のお兄ちゃんがとっても良いことを教えてくれましたねえ」
 イタチは母親を睨み上げた。苦虫を噛み潰したような顔で、母親の腕をポスポス叩く。今このタイミングでお腹のなかの弟妹を持ち出すのはずるいと思う。イタチはすっかり不貞腐れた。
 これから産まれてくる弟か妹の前では尊敬されるような兄でいたいのに、まだ産まれてもいないうちから情けない姿を晒している。どうか、お腹のなかの弟妹が何も聞いていませんように。不機嫌を露わに、イタチは母親の腹を撫でた。撫でてれば弟妹が誤魔化されるかもしれない。
 兄弟が出来るのを心待ちにする息子を見つめて、ミコトが目を細めた。

「……母さん?」
 胸元に落ちた涙を見咎めて、イタチが顔を上げる。小さい手を母親に向けて伸ばした。
 息子の指が届く前に、ミコトはさっと自分の目元を拭う。たった一粒涙をこぼしただけの瞳を忙し気に瞬かせた。不思議そうな息子に笑いかけて、改めてその体躯を両腕で抱きしめる。
「沢山ケンカして、切磋琢磨して、ふざけあって、そうやって覚えたことを弟に教えてあげてね」
 母親の台詞にイタチが目を見開いた。その唇が微かに“おとうと”と紡ぐ。ついさっきまで落ち込んでいた顔があどけなく破顔して、母親の腹のなかで眠る弟に頬を擦りよせた。幸せそうに。
「弟……オレの」愛おしげに、一音ずつソッと話し掛ける。「オレの、弟」
「一番最初に、アナタに教えようって」
 ミコトも息子そっくりに破顔した。腕のなかに、自分と夫の間に産まれた二つの命がある。
 戦争も終わり、暫くは何事もなく暮らしていけるだろう。若く温厚な四代目火影の下で、木ノ葉隠れは緩やかに富んでいく。息子たちは、この里が出来て以来最も平和な時代を生きるのだ。
 じきにアカデミーの飛び級制度も撤廃されて、十二才になるまで“子ども”でいることが出来る。
 イタチは四才。来月、やっと五才になる。そして末息子はまだ産まれてもいない。
 二人が自分たちの手を離れて独り立ちするのは何年も先の未来。きっと息子たちはうちは一族のなかでも指折りの忍者になる。だから、例えこの平穏が崩れ去っても、恐れることは何もない。
 息子たちを抱きしめて、ミコトは祈った。どうか、このまま二度と戦争が起こりませんように。どれだけ厳しい任務に出ても、どれだけ過酷な戦場からも、必ず生きて帰ってきますように。
 そして、何があろうとも、この子たちが私たちのところへ帰ってきてくれますように。


「お腹のなかにアナタの弟がいて、腕のなかにはアナタがいて……私、今、とても幸せなの」
 どんな未来があろうと、いつまでも私はこの里で待ってるから。
紡錘の棘は塔のなか
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