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「とにかくサムくんを頼んだわよ!」
今日から修繕屋さん再開。
まずはなまった体を鍛えなおそうと早めにトレーニングセンターに来た。
サムくんを頼んだわよ、と言い残し足早にアニエスさんは出ていった。
テーブルの上にはクーハンが置いてあり、その中で小さな赤ちゃんがスヤスヤと眠っていた。
「市長のお子さんなんですって」
ファイヤーさんが頬に手を当て困ったように言う。
「市長と奥さんが急な公務でアタシたちが預からなくちゃいけないのよ。
最近お金持ちの子供が誘拐される事件が多発していて、それでヒーローにって」
「なんで俺がこんなこと……」
「将来いいパパになれるんじゃない?」
カリーナが面白がってタイガーさんを茶化している。
「コイツは既にいいパパだぞ」
「ええっ!?」
ロックバイソンさんの言葉に皆驚いて声を上げた。
タイガーさんが指輪をしていたのは気づいていたけれどお子さんもいたのか!
カリーナは目を見開いたまま固まってしまっている。
「あー……言ってなかったか?九歳になる娘がいる」
「って事は当然ワイフは……」
「五年前に病気で、な」
湿っぽくなるなよ、とタイガーさんは言うが、なんとなく空気は沈んでしまう。
「あう……えうぅ」
サムくんが起きてしまった。
泣き声とともにサムくんの体が青く発光した。
「え、まさか」
まさか、と思った通り異変が起きる。
トレーニングセンターのありとあらゆるものが揺れ宙を舞う。
避けたりサムくんを守ったりとあたふたしていると入口の自動ドアが開いた。
「あ、言い忘れていたけどその子テレキネスのネクストだから」
アニエスさんはそれだけ言うとまたすぐに出ていってしまった。
それを先に言ってくださいよ!
「たかいたかーい!スカイハーーイ!!」
ヒーローたちが順番に抱っこして泣き止ませようとするが鳴き声はひどくなるばかり。
「ママって言ってますし女性が良いのでは?」
バーナビーさんの一声でカリーナを見るも彼女は未だ固まったまま。
そんなにタイガーさんのことがショックだったのか。
「ドラゴンキッド!たのむ!」
「いや、女の人じゃないと……」
ドラゴンキッドはれっきとした女の子だと思うけれど。
更にファイヤーさんが抱きキスをしようとすれば火がついたように激しく泣き出した。
「リツ!たのむ!」
「え?」
私はヒーローじゃないけれど……
とりあえずサムくんを抱く。
縦抱きにして背中をポンポンと叩く。が、仰け反ってしまい危険だ。
「だいじょーぶ、ダイジョーブだよ」
ソファに寝転がり、胸のあたりにサムくんを寝かせる。
ゆっくりゆっくり強めに背中をさすれば少しずつサムくんは落ち着きを取り戻した。
なるべく優しい声でサムくんを呼んだり大丈夫だよ、眠いかなー、お腹空いたかなーと話しかける。
「マ・マ!」
やっと笑ってくれた。
「良くやった!やったぞよく!」
みんな喜んでくれたが、みんなの眼差しにものすごく嫌な予感がする。
「子守はリツだな!」
タイガーさんの一声にみんな満足そうに頷いた。
「いやいやいやちょっと待ってくださいよ!?」
私はヒーローではない。
そもそも連続誘拐犯からの護衛目的でヒーローにあずけられたのだ。私では役者不足だ。
何かあった時に守り切れる気がしない。
「どなたか一緒じゃないと守りきれないですよ……」
「ならば今日は私が一緒にいよう!」
スカイハイの申し出にみんなそれでいいと納得したようだった。がしかし。
「今日?」
「ああ、明日仕事のあとCEOに呼び出されていてね」
「あの、サムくんはいつまで……」
「二日預かることになっているよ!」
「……え?」
二日……?
「じゃあ明日は俺らがスカイハイの代わりに、バニーいいよな?」
バーナビーさんは不承不承といった感じだったが、ものを壊されないよう極力泣かせないという約束で了承してくれた。
「ぁう! あ〜!」
サムくんはゴキゲンなようで私の服を引っ張ったりボタンをいじったりと楽しそうにしている。
「すみません、よろしくお願いします」
超VIPな赤ちゃん。
降って湧いた腕の中の重みはこちらの気も知らずにきゃはきゃはと笑った。
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